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【アナザー北米戦役】 基地防衛戦

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【アナザー北米戦役】 基地防衛戦

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モッティ戦術

 
 
 
 一方その頃、密かに戦場を大きく迂回する一団があった。
 それはローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)とそのパートナーたち。及びローザマリアたちとともに行動する米軍の特殊部隊の面々だった。
「あと数時間、耐えて下さい。夜の帳が降りた瞬間、攻守は逆転します」
 ローザマリアは出撃前の大統領たちにそんな説明して、生き残っている特殊部隊の兵士たちを借り受けると、ヘリに鋼板等を増設し、多面体の形状をしたステルス仕様へ急ごしらえながらも改造する。そして、それに搭乗して一度基地の後方に離脱をした。
 一度安全圏まで移動し、そののちに戦場を大きく迂回するように低空飛行をしながらダエーヴァの背面を突くべく移動を始めたのであった。
 
 その一方で正面から敵の戦力を引き受けてるのが天城 一輝(あまぎ・いっき)とそのパートナーのローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)及びコレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)ユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)である。
 一輝たちは前線の主だった指揮官に自分たちの所持しているハンドヘルドコンピューターを配布し、上空から飛空艇で観察する一輝たちとの簡易な連絡網を築き上げた。
 また、これらには軍の無線とは別系統の連絡網を作るという目的もあった。
 一輝はダエーヴァ側にも契約者がいる、と考えてそれらがどさくさに紛れて基地に侵入することを警戒していたのだが、それは少々的はずれ、あるいは杞憂であったといえるかもしれない。
 確かに、ダエーヴァは契約について研究し擬似的に地球人と契約する事ができる。
 前回の作戦で救出した人物の中にも、一度ダエーヴァと契約状態になった人間の救出を行ったりもした。
 とは言え、彼らはオリジン地球の人類ではなく、こちらの、すなわちアナザー地球の人類であり、ダエーヴァと契約してオリジンの契約者相当の力を得ることはあるものの、今回の戦力に人間の姿は確認されていなかった。だから、味方に紛れ込んでダエーヴァの手先が侵入してくるといったことは、今回に限って言えば起こりえなかった。
 それでも、前線指揮官や大統領のSP、あるいは基地の司令室にいる主要人物などにHCを配布し、軍の無線とは違う通信系等を作り上げたことは、後々に大きな意味を生むことになる。
 また、一輝がそうやって警戒していたおかげで、異変にいち早く気がつくことが出来たのも事実である。
 
 その異変とは、一部の兵士がピンポン球からビー玉くらいの大きさの蝿によく似た虫に、たかられつつも抵抗をしていないという様子だった。
 屋根が破壊された基地の内部にいたその兵士は、武器を捨ててその虫にたかられていた。
 それらの蝿によく似た虫の群体は、主に幼い少年や少女に似た人の形を取りつつ、赤く発光して兵士の前で何度も瞬いていた。そして、兵士がその蝿に似た生物に対して愛しそうに幸せそうに語りかけるようになると、それらの群体はその兵士にたかり始めて、彼らをゆっくりと捕食し始めるのだ。
 それでも、兵士は何ら抵抗する素振りを見せず、それどころかさらに幸せそうな表情をしながら蝿によく似た虫達に食べられていくのだ。
 
『こちら天城――』
 一輝がHCを経由して軍に警告を発する。
 だが、虫達に密着されているために周囲の兵士たちは被害者に手出しができないでいた。
 それに対し、小型飛空艇アルバトロスに乗りながらデジタルビデオカメラで撮影をしていたローザがとあることに気がついた。
 群体の中には赤く光る多数の羽虫と、青く光る一体のひときわ大きな羽虫がいたのだ。そこで一輝は小型飛空艇アラウダに乗ったまま【シャープシューター】でその青い羽虫の狙撃を試みる。
 一輝の狙撃で青い羽虫が打ち砕かれた途端、赤く発光する羽虫たちは雲霞の如く、あるいは霧散するがごとく取り憑いていた兵士から離れて逃げ出した。
 だが、その兵士は誰か女性の名前を叫び、そしてその女性に謝罪を続けるだけの壊れた自動人形のようになってしまった。
 アルバトロスに同乗していたコレットが、ローザにアルバトロスからおろしてもらいつつその兵士に駆け寄り、【ナーシング】および【メイドインヘブン】を用いて兵士の傷を回復させるのだが、身長が二メートル近くありそうな体格のいいその兵士は、精神が半ば崩壊してうわ言を繰り返す状態だった。
 仕方がないので、と言い訳をしながら、そばにいた衛生兵がその兵士に対して強力な麻酔入りの精神安定剤を投与すると、兵士は眠りに落ちつつもようやく静かになった。そして、四人の兵士が即席の担架を作って傷ついた兵士を軍医のいる医務室へと運んでいったのだった。
 そんな惨状をもたらしたそれらは、後にベルゼビュートと呼称されることになった。
 
「たしかにその速度と機動性、そしてその熱は脅威だ! だが、来るとわかっていればその予測位置に銃弾を叩き込んでやればいい! 撃てぇ!!」
 そんな号令を飛ばすのはプッロだ。
 かつてのローマとカルタゴ、ハンニバルとスピキオの故事に習い――ハンニバルの象部隊の突進をスピキオの軍は道を開けて躱すと、象部隊に雨のように槍を投げ込んだ――火車の突進を避け、そして予測位置に対しての攻撃を集中させるように指導する。
 プッロのその対策は実に見事だった。その対策の御蔭で火車による被害はそれ以降著しく減少し、プッロの指導した戦術はHCを通じて米軍の司令部にもたらされ、そこから米軍全体に伝達されたのだった。
 
 時間をさかのぼって少し前。
 キャロライン・エルヴィラ・ハンター(きゃろらいん・えるう゛ぃらはんたー)は副大統領であるトマス・ベイカーに歩み寄り、このように話しかけていた。
「副大統領。マサチューセッツへ、お移り頂けませんか? 今でこそステイツは、その機能の多くを喪失してしまったものの、副大統領は上院議長も務める重職です。確かに大統領とその専用機は強いですが、大統領にもしもの事がまたあれば……それを懸念せざるを得ません。リスクの分散のためにも、マサチューセッツへお移りいただけないでしょうか?」
 その言葉を聞いたベイカー副大統領はしばらく考え込んだあと、その言葉を受諾した。
「たしかに、そのとおりだろうな。お嬢様、ここはお任せしてよろしいでしょうか?」
 そして、キャロラインに頷いてからハイナに向き直って尋ねる。
「任せてくんなまし」
 そしてハイナの快諾を得ると、キャロラインに伴われてBB‐75 マサチューセッツに搭乗したのであった。
 
「ようこそ、トマス・ベイカー副大統領。私がトーマス・ジェファーソン(とーます・じぇふぁーそん)よ」
 そう言って副大統領を出迎えたのは、一見すると愛らしい少女である。だが、その名前はベイカーが記憶する限りかつてのアメリカ合衆国大統領のものだ。
 その辺の心の機微を感じ取ったのか、キャロラインがベイカーにオリジンにおける英霊のあり方について軽く解説をする。
「……なるほど。にわかには信じられんが、貴女が第三代の合衆国大統領であることは理解した。偉大なる先達に感謝と敬意を表します。そして、現状のような合衆国にしてしまったことにお詫びを」
 そんなベイカーの言葉に対し、トーマスはいくつか言葉を掛けると、座席を案内して、そこにベイカーを座らせた。
「ところで、この一部の部隊の動きを見ていると、戦場を迂回して敵の後背に回ろうとしているようだが、モッティ戦術かね?」
 ベイカーはキャロラインにそんなふうに尋ねる。
「Yes, Vice President His Excellency(はい、副大統領閣下)」
 キャロラインの返答にベイカーは満足するが、ふと気になったことがあってキャロラインに質問した。
「たしかに、迂回して敵を包囲する戦術は一度はやってみたいと思っていた戦術だ。そして、我々が考えるならば、敵もまた考えないという保証はないのではないだろうか? 今回、敵はレーダーを無効化する手段をとっている。であればもう少し索敵をした方がいいのかもしれないと思うのだがどうだろう?」
 それを聞いたキャロラインとトーマスは少し相談してから、ベイカーの考えを全軍に伝えた。そして、契約者の中では最も偵察・索敵に向いているであろうと思われる天城一輝の飛空艇部隊に索敵を依頼したのであった。