空京

校長室

【選択の絆】夏休みの絆!

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【選択の絆】夏休みの絆!

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第2章 酔い回るころ賑やかなり 1

 イーダフェルト上には数々のお店が開かれていた。
 この夏限定のお店ばかりで、バカンスに来たお客さんのために出店通りを作っていたのだ。
 五月葉 終夏(さつきば・おりが)は大勢のお客さんで賑わう商店街を歩きながら、感激の声を出した。
「すごーい! こんなにたくさんお店があるなんてー!」
 ほんの少し前のイーダフェルトからは考えられなかったことだった。
 ぽかんと口を開ける終夏の頭や肩の上に乗るポムクルたちも、いっせいに驚いていた。
「すごいのだー! びっくりなのだー!」
「ウキウキなのだー!」
 終夏は少し首を動かして、ポムクルたちに振り返った。
「今日はたくさん遊ぼうね! せっかくの休日なんだから、めいっぱい楽しまなくっちゃ!」
「ははははっ! その通りだ、終夏! 良いことを言うな!」
 高笑いと一緒に叫んだのは、終夏のパートナーのニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)だった。
 もちろん終夏は承知の上でニコラを連れてきたのだけど、彼はなにかと仰々しい言い回しを好むし、やたらに声が大きい。終夏は頭を抱えながら、呆れた目でニコラに振り返った。
「もう、フラメルぅ……ちょっとは静かにしてよぉ」
「むっ、なにを言うか、終夏。私は君の意見に賛同し、こうしてポムクルさんたちのリフレッシュのために一肌脱ごうとついてきたのではないか! それをこともあろうに『静かにして』だと! 悲しい! 私は悲しいぞ、終夏!」
「はいはい、もう……分かったから」
 終夏は半ばあきらめた顔をした。
「それで、そのリフレッシュのためにはどうすればいいの?」
「ふむ……良い質問だ。私が考えうるに、ポムクルさんたちは楽しむことを知らない。よって、彼らの興味が赴くままに、存分に面白いものを探すというのはどうだ!? なぁに、財布の問題は明日からの食費を減らせば良いだけだとも!」
「うん、良いアイデアだね。それじゃあしばらく、フラメルの夕食は抜きで」
「なんとぉっ!?」
 自分の首を絞める結果になったフラメルは、がくっと膝を折った。
「うぅ……し、しかし、この際、仕方あるまい。ポムクルさんたちのためを思えば、夕食の一品や二品……!」
「なかなかタフなんだねぇ……」
 終夏は苦笑した。
「大丈夫。冗談だから気にしないで。お金はちゃんとやりくりするから」
「お、終夏ぁ……! 私はいま君が神に見えるっ……!」
 いちいち大袈裟なフラメルだったが、とにかく終夏たちはお店を回っていくことにした。
 ところで、イーダフェルトの出店通りには、どうやらビールのお店が多いようだった。ふと立ち止まって見回せば、いくつものビール店を目にすることが出来る。
 白砂 司(しらすな・つかさ)サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)が開いている温泉ビール店もその一つだった。
「はいはい、よってらっしゃい見てらっしゃい! 世にも珍しい温泉ビールだよー!」
 司が瓶に入った温泉ビールを手に呼びかけると、わらわらと人が集まってきた。
 温泉の湯気が立ちこめるお店を前に、いったいなにごとかと興味津々である。サクラコもここぞとばかりに言った。
「これぞジャタの森から直送してきた温泉を使った温泉ビール! その名も『ジャタ獣人温泉ビール』です! そこの奥さん旦那さん、いかがですかー!」
 温泉ビールはなにも飲むだけのものではなかった。
 たしかにかも専ポータカラ人たちによってかもされた温泉は、味も美味なビールだ。だけど、やっぱり温泉といえば浸かるのが定番だとサクラコは思う。サクラコは大きな木樽の中にどばどばと温泉ビールを入れていった。
「酒は百薬の長と言います! そこにさらに身体に良い温泉を合わせたら、これはもう間違いなく健康にすばらしい効果があるに違いありません! いざ、参らん!」
 サクラコはお客の前で服ごと温泉にどっぽんと浸かった。
 ぷ〜んと、温泉とビールの混じり合ったなんとも濃厚な香りが漂う。温泉ビールから顔を出したサクラコの頬は上気してピンクに染まっていた。
「うぃ〜……」
 げっぷのようなものと一緒に出たサクラコの声を聞いて、司はまさかと思った。
「おい、サクラコ……まさかお前、酔ってるのか?」
「あぁ〜いぃ〜、な〜んで〜すか〜」
 間違いなくサクラコは酔っていた。これでは商品の売り込みもあったものじゃない。
 が、おかしなことに温泉ビールはどんどん売れていった。お客の口々から聞こえたのは、温泉に浸かるだけでビールも飲んだ気分になるなんて最高じゃないか、ということだった。幸運から転がってきたのか。サクラコが酔ったことが、転じて福となった。
 ジャラジャラと音を立てる小銭を手の中で弄びながら、司はぽろっと言った。
「作ってみるもんだな、地ビール」



「おい、陽一! こいつぁどういうことだ!」
 姫宮 和希(ひめみや・かずき)が歯を剥き出しにして怒鳴ったのを聞いて、酒杜 陽一(さかもり・よういち)は肩をすくめた。
 和希が怒る理由が陽一にはわからなかったからだ。トラックいっぱいのパラミタトウモロコシを見て、なにがそんなに不満なのだろう? トウモロコシの一つを手にしながら、陽一はなるだけ落ち着いてたずねた。
「なにか問題でもあるか?」
「大アリだっつーのっ! この、パラコシの、量だよ!」
 和希はバシバシとトラックを叩いた。
「いったいどんだけパラコシビールを造るつもりなんだよ! これじゃあ赤字になっちまうじゃねえか!」
「ま、まあまあ、和希くん、落ち着いて」
 ソラ・ウィンディリア(そら・うぃんでぃりあ)が和希をなだめた。
「陽一だってなにも、赤字にしようと思って持ってきたわけじゃないんやから。なぁ、陽一?」
「当たり前だ。これでも、全部さばき切る自信はあるぞ」
 陽一は胸を張った。和希のため息がこぼれる。
「どの口でそんなこと言ってんだよ……ったく、俺は責任取らねぇからな」
「まあ、良いではないか、和希。この店はなにも売り上げだけが目的ではないのだから」
 ガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)は厳かな調子で言い添えた。
「イーダフェルトが力を取り戻せば、大荒野の環境再生にも役立つかもしれん。そのためにもポムクルさんたちの士気向上と技術習得は必要不可欠だ。パラミタトウモロコシのビールは、そんなポムクルさんたちのためにも生産するのだからな」
 ガイウスの言う通り、和希たちの目的の半分はシャンバラ大荒野のためにあった。
 和希たちと大荒野は切っても切れない関係にある。どんな時でも、頭の片隅にはそのことがちらついているのだ。
「分かってるよ、ガイウス……だから、こうしてビール以外にも発酵食品とか、新しい商品を造ろうとしてるんじゃねえか」
 和希はかも専ポータラカ人たちによって発酵されている、ヨーグルトやチーズのあるボックスを指して言った。
「そいつはご苦労さまだけどな……おい、和希」
 陽一が呼びかけた。
「ナンだよ」
「そうこうしてるうちに、お客さんだぞ」
「あ゛?」
 振り返った和希の目の前に、お客の長蛇の列があった。
「はいは〜い! パラコシビールのお店はこっちやで〜! 早う並んで、ぎょうさん買ってってや〜!」
 いつの間にか列の横にいるソラが、笑顔でお客たちに愛想を振りまいている。
「……おい、陽一」
「なんだ?」
「さっきの言葉、撤回するわ。お前、すげー先見の目だな」
 和希は感心した目で陽一を見た。彼は肩をすくめた。
「お前さんの情熱が造ったビールだろ? そりゃ、売れるさ」



 出店通りには『幸愛苦流P』と書かれた旗があった。
 国頭 武尊(くにがみ・たける)猫井 又吉(ねこい・またきち)のお店のものだった。もともと『幸愛苦流P』というのは又吉が経営するお店の
名前なのだけど、又吉はかも専ポータカラ人たちによって自分の好きな材料でビールが造れることを知ると、さっそくイーダフェルトの出店通りに自分のお店の出張店舗をかまえたのだった。
 武尊と又吉のお店に並ぶビールは、三つのオリジナルビールだった。「どぎ☆マギノコ」「チェリー・スキャンティー」「セクシーランジェリー」。どれも名前からはビールなんて想像がつかないが、やってみるとこれが意外にうまくいく。ほんのり甘酸っぱい、大人の味のビールに仕上がった商品を、武尊はさっそく又吉のお店に持っていった。
「おーい、又吉ー!」
「遅いぜ、武尊! お客さんも俺たちも待ちくたびれてらぁ!」
 お店の奥から又吉が顔を出した。
 仮設店舗にしてはしっかりとした広さのあるお店だった。テーブルが二つに、カウンターもある。又吉は武尊からビールを受け取って、店で働く猫又工業社員たちにお客のもとへと運ばせた。厨房にはかわいいコックさんたちがビールに合うつまみをじゃんじゃん作っていた。包丁捌きもみごとだった。
「これで売って売って売りまくって、稼いでやるぜぇ!」
 又吉はやる気に満ちていて、拳をぐっと握った。
「売り上げはちゃんとオレにも配分してくれよ」
 すかさず武尊は言った。
「わかってるってばよ」
「そんじゃ、こいつの残りは冷やしておくぜ」
 氷術で作った氷がいくつも並んでいる大型冷蔵庫に、武尊はビールを並べていった。
「残りはまたすこし待ってくれよな。いま、かも専どもが発酵中だからよ」
「おう、頼むぜー」又吉は言った。従業員の工業社員たちが呼ぶ声がした。「それじゃ、俺は店に戻るからよー」
「ああ」
 又吉はお店の裏からカウンターのほうへ戻っていった。
 武尊はそれを見届けてから、余っていたビールの一本を手にして蓋を開け、飲み始めた。キンキンに冷えたビールが喉を通っていく。そのすばらしさたるや、まるで何年も砂漠をさまよった末の水のようだった。
「かぁ〜! イケる!」
 ビール瓶の水滴が、つーっと流れた。