校長室
リアクション
● 「おい、陽一! こいつぁどういうことだ!」 姫宮 和希(ひめみや・かずき)が歯を剥き出しにして怒鳴ったのを聞いて、酒杜 陽一(さかもり・よういち)は肩をすくめた。 和希が怒る理由が陽一にはわからなかったからだ。トラックいっぱいのパラミタトウモロコシを見て、なにがそんなに不満なのだろう? トウモロコシの一つを手にしながら、陽一はなるだけ落ち着いてたずねた。 「なにか問題でもあるか?」 「大アリだっつーのっ! この、パラコシの、量だよ!」 和希はバシバシとトラックを叩いた。 「いったいどんだけパラコシビールを造るつもりなんだよ! これじゃあ赤字になっちまうじゃねえか!」 「ま、まあまあ、和希くん、落ち着いて」 ソラ・ウィンディリア(そら・うぃんでぃりあ)が和希をなだめた。 「陽一だってなにも、赤字にしようと思って持ってきたわけじゃないんやから。なぁ、陽一?」 「当たり前だ。これでも、全部さばき切る自信はあるぞ」 陽一は胸を張った。和希のため息がこぼれる。 「どの口でそんなこと言ってんだよ……ったく、俺は責任取らねぇからな」 「まあ、良いではないか、和希。この店はなにも売り上げだけが目的ではないのだから」 ガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)は厳かな調子で言い添えた。 「イーダフェルトが力を取り戻せば、大荒野の環境再生にも役立つかもしれん。そのためにもポムクルさんたちの士気向上と技術習得は必要不可欠だ。パラミタトウモロコシのビールは、そんなポムクルさんたちのためにも生産するのだからな」 ガイウスの言う通り、和希たちの目的の半分はシャンバラ大荒野のためにあった。 和希たちと大荒野は切っても切れない関係にある。どんな時でも、頭の片隅にはそのことがちらついているのだ。 「分かってるよ、ガイウス……だから、こうしてビール以外にも発酵食品とか、新しい商品を造ろうとしてるんじゃねえか」 和希はかも専ポータラカ人たちによって発酵されている、ヨーグルトやチーズのあるボックスを指して言った。 「そいつはご苦労さまだけどな……おい、和希」 陽一が呼びかけた。 「ナンだよ」 「そうこうしてるうちに、お客さんだぞ」 「あ゛?」 振り返った和希の目の前に、お客の長蛇の列があった。 「はいは〜い! パラコシビールのお店はこっちやで〜! 早う並んで、ぎょうさん買ってってや〜!」 いつの間にか列の横にいるソラが、笑顔でお客たちに愛想を振りまいている。 「……おい、陽一」 「なんだ?」 「さっきの言葉、撤回するわ。お前、すげー先見の目だな」 和希は感心した目で陽一を見た。彼は肩をすくめた。 「お前さんの情熱が造ったビールだろ? そりゃ、売れるさ」 ● 出店通りには『幸愛苦流P』と書かれた旗があった。 国頭 武尊(くにがみ・たける)と猫井 又吉(ねこい・またきち)のお店のものだった。もともと『幸愛苦流P』というのは又吉が経営するお店の 名前なのだけど、又吉はかも専ポータカラ人たちによって自分の好きな材料でビールが造れることを知ると、さっそくイーダフェルトの出店通りに自分のお店の出張店舗をかまえたのだった。 武尊と又吉のお店に並ぶビールは、三つのオリジナルビールだった。「どぎ☆マギノコ」「チェリー・スキャンティー」「セクシーランジェリー」。どれも名前からはビールなんて想像がつかないが、やってみるとこれが意外にうまくいく。ほんのり甘酸っぱい、大人の味のビールに仕上がった商品を、武尊はさっそく又吉のお店に持っていった。 「おーい、又吉ー!」 「遅いぜ、武尊! お客さんも俺たちも待ちくたびれてらぁ!」 お店の奥から又吉が顔を出した。 仮設店舗にしてはしっかりとした広さのあるお店だった。テーブルが二つに、カウンターもある。又吉は武尊からビールを受け取って、店で働く猫又工業社員たちにお客のもとへと運ばせた。厨房にはかわいいコックさんたちがビールに合うつまみをじゃんじゃん作っていた。包丁捌きもみごとだった。 「これで売って売って売りまくって、稼いでやるぜぇ!」 又吉はやる気に満ちていて、拳をぐっと握った。 「売り上げはちゃんとオレにも配分してくれよ」 すかさず武尊は言った。 「わかってるってばよ」 「そんじゃ、こいつの残りは冷やしておくぜ」 氷術で作った氷がいくつも並んでいる大型冷蔵庫に、武尊はビールを並べていった。 「残りはまたすこし待ってくれよな。いま、かも専どもが発酵中だからよ」 「おう、頼むぜー」又吉は言った。従業員の工業社員たちが呼ぶ声がした。「それじゃ、俺は店に戻るからよー」 「ああ」 又吉はお店の裏からカウンターのほうへ戻っていった。 武尊はそれを見届けてから、余っていたビールの一本を手にして蓋を開け、飲み始めた。キンキンに冷えたビールが喉を通っていく。そのすばらしさたるや、まるで何年も砂漠をさまよった末の水のようだった。 「かぁ〜! イケる!」 ビール瓶の水滴が、つーっと流れた。 |
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