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帰ってきた絆

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年を忘れる宴4

 SSLとは正式名S×S×Labと呼ばれるコミュニティの略語である。
 その活動内容は「パラミタの科学とその他の発展の為に化学、医科学、工学、魔術から機晶石技術まで、幅広い分野にわたり基礎研究から応用研究まで多様な研究活動をパラミタで展開していく」云々と――まあ、要するに長ったらしいものなのだ。
 とはいえ、それでもそこには人が集まるという収穫がある。
 おかげでSSLはそこそこ有名なコミュニティへと成長した。
 科学だなんだと謳っているわりには、魔術とかいう相反するものまで含まれるわけだが、まあそれはご愛敬である。
 広い意味では、どれも研究対象には違いないのだから。
 結局のところは「誰でも来なすって下さい。仲良くしてくれたら大歓迎」とまあ、そんな感じの集まりなのである。
 なので――忘年会にも当然のごとく参加する。
 SSL通信を用いて忘年会の日程と時間を提示したSSLメンバーは、さっそく仲間たちと共に会場に集まっていた。

「おおー! これが忘年会の会場かー!」
 そう言って目を見開くのは七枷 陣(ななかせ・じん)である。
 彼の隣では同じようにリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)が目を輝かせていて、わいわいきゃいきゃいと騒いでいた。
「陣くん、陣くん! すごいね! これならきっとお腹いっぱい食べられるね!」
「そうや、リーズ! ここで食わなきゃどこで食うっちゅーもんや! 絶対にたらふく食ってやるぞー!」
 二人は手を取り合って大いに叫ぶ。まるでご飯にありつけなかった貧乏人が一週間ぶりの食事を目の前にしたかのような気合いの入れっぷりであった。
 そしてそれを、他の仲間たちが見やる。彼らは口々に呆れを言葉にした。
「まったく……陣もリーズも、少しは落ち着いたらどうだ?」
「そうだな。食事は逃げないんだし」
「なに言ってんだよ! 逃げるっつーの!」
 陣は憤慨した様子で言い返した。
「ここじゃいついかなる時に何が起こるか、分かったもんじゃないんだぞ! いきなりまたパラミタのピンチですーって契約者招集がかかったらどうするんだよ! オレ、もう戦うのは嫌やー!」
 ……まあ、陣の気持ちも分からないではない。
 このパラミタでは確かに何が起こるか分からないし、たいていはしょっちゅう何処かがピンチに陥っている。もちろん、それはどこの世界でも同じことだし、助けられるものなら助けたいが――たまには休みが欲しいのが、人間の本音である。
 ――と、いうわけで。
 陣たちはさっそく宴会場に降り立って、食事をむさぼり始めた。
「もがもがもがもがーっ!」
「……ちょっとは落ち着いて食べたらどうかねぇ、まったく」
 そんな陣を、のほんとした目で見やるのは東條 カガチ(とうじょう・かがち)である。
 彼はまあ呆れてはいるが、同時に気持ちも分からないではないという顔をしていた。実際、カガチもこうした機会はなかなかないため、食事にはひょいぱくひょいぱくと口を付けている。で、お酒もぐびぐび飲んで、すっかり頬が上気していた。
「ふぅむ……なんだか酔いが回ってきたよ」
「もう、気をつけてよね、カガチ。カガチってば酔っちゃったら手が付けられないんだから」
 そう言うのはカガチのパートナーの柳尾 なぎこ(やなお・なぎこ)であった。
 なぎこはカガチにとって妹女房のようなものである。まあもちろん、彼女は実年齢はカガチよりもはるかに年上なのだが――そんなことは言ったらぶっ殺されるのがオチである。彼女の前では、あくまで二〇才前という扱いをしなければならないのだった。
 そんななぎこが見ている前で、いちゃいちゃするご両人が目の前にいる。
「ふにゅ〜、ごめんねぇ……。せっかくの宴会なのに飲めないで……」
「いいんだよ、気にするな。俺は縁さんと一緒にいられたらそれだけで幸せさ」
「…………」
 呆れた目で見るなぎこの目の前にいるのは、鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)佐々良 縁(ささら・よすが)という二人であった。
 二人は恋人同士である。
 そりゃもちろん見てれば分かるが、特に二人はいちゃいちゃの度合いが半端ではない。
 というのも、すでに縁のお腹には二人の子どもが宿っているからだった。
 二人にとってはいわば愛の結晶である。その為に、縁はお腹の子供や自分の身体の状態を気遣って、あまりお酒は飲めないでいる。もちろんそれを虚雲も分かっているため、彼は自分はお酒は飲むものの、縁の頭を優しく撫でながら、ちびちびと料理をつまんでいた。
 まったくもってまあ――独り身の者たちには地獄のような光景である。
 その事を知ってか知らずか、ずーっと離れずにいる二人組。
 そんな二人を、佐々良 皐月(ささら・さつき)が呆れた目で見やっていた。
「まったくもう……こんな時までラブラブなんだから」
 それはそれで幸せそうなのだから、まあいいのだが。
(それにしたってやり過ぎじゃない?)
 などと、思わざるを得ない皐月だった。
 いくら元気だと言われても、そりゃあ縁が妊婦であることは変わりない。彼女の代わりにカガチが持ってきたオードブルの野菜や、陣の持ってきた焼き肉セットの肉を取り分ける皐月であったが……。
 それにしてもかいがいしく世話を焼きすぎである。二人のラブイチャの声が聞こえる度に、ぴしっと持っていた箸を割りそうになる皐月だった。
 まあとはいえ、楽しんではいるようである。
 彼女たちの近くにいる一人の青年が、カップルを優しく見守っていた。
(とうとう彼の子供か……。今なら僕は、ちゃんと彼の目を見て祝福できるだろうか……)
 それは虚雲のパートナーの紅 射月(くれない・いつき)である。
 彼は虚雲に恋心にも似た淡いものを抱いていた。だからそれが、こうして別の人との結婚という形になって奪われるのは、何とも苦いものを噛みしめる思いだった。しかし――今ではそれも、過ぎ去りしものとなりつつある。今なら彼は、虚無の目をしっかりと見つめることが出来そうだった。
「――ねえ、虚雲」
「ん?」
 射月に呼ばれ、振り返る虚雲。その彼に、射月はにこやかに言った。
「結婚……おめでとう。心から祝福するよ」
 その言葉は、虚雲の心の中に染み渡っていく。
 彼にとっては最もありがとうという言葉をかけてもらいたかった相手が、射月だった。その相手が、いままさに自分に向かって祝福してくれた。それが、何よりも嬉しい。
「……ありがとう、射月」
 二人は微笑み合って、それからお酒の入ったグラスをカチンと打ち鳴らした。
 これからも歩いて行くことだろう。二人は――共に。
 さて、そんな二人からそう離れていないところで――レン・オズワルド(れん・おずわるど)ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)は鍋の準備をしていた。
「ねえ、レンさん。なんで今日は鍋にしたんですか?」
「ん……?」
 ノアの質問に、レンは吐息のような声をこぼす。
 鍋を準備する手を休めずに彼は答えた。
「……鍋ならみんなで食事が出来るだろう? それに、色んな味を楽しむことも出来るしな」
「色んな味?」
「見てみろ、石狩鍋、寄せ鍋、あんこう鍋、きりたんぽ鍋、ちゃんこ鍋だ。これなら全員分あるだろう。好みのものもあるはずだ」
 そう言うレンの顔はどことなく嬉しそうだった。
 ノアは、それはきっと本心だろうと思った。
 つまり――鍋を全員で楽しむというのが、だ。
 彼は色んなことに絆を感じている。様々な絆、多くの仲間たちに。それはきっとこのSSLのメンバーにしても同じことだ。こうしてガスコンロを用意して、わざわざ地球とパラミタの各地から食材を取り寄せたのも、皆で一緒に楽しむ時間を過ごすため。
 その為に、レンはきっと努力を惜しまない。
 そんな彼と一緒で、皆に特製の料理を持ってきた青年が一人いた。
「さてと、肉じゃがは全員に行き渡ったかな?」
 尋ねているのは、椎名 真(しいな・まこと)だった。
 彼はこの日のために遠野歌菜から肉じゃがを預かってきたのである。それを全員に配分出来るようにしていたのだが、実際に配り終えた双葉 京子(ふたば・きょうこ)が言った。
「うん、大丈夫だよ、真くん。ちゃんとみんなに行き渡った」
「そうか……ならよかったよ」
 真はそう言って微笑んだ。
 彼のその笑みは、誰しもに振りまかれる満面の笑みである。
 そもそも真という人間は人付き合いがよい。何かと人に好かれるタイプであるが、それはこんな笑顔から発端しているのかもしれなかった。
 そんな、真の笑顔を眩しそうに見つめながら――
「…………」
 リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)は一人、静かに隣の席へと目を向けた。
 そこには、空白の席があった。
 しかし誰もいないわけじゃない。
 そこにはリュースの持ってきた『うごさんぬいぐるみ』がある。
 ぬいぐるみは誰かの代わりだ。代わり以上の何者でもない。しかしそれだからこそ、リュースはそこに居るはずだった人。居るべきだった誰かの事を感じることが出来る。
 その目の前に、――コトッとコップが置かれた。
「兄様、あまり悲しげな顔をなさってはなりません。せっかく、皆さんで一緒に楽しんでいる時なのですから」
「――そうですね。すみません、シーナ」
 そう言ってリュースが謝るのは、シーナ・アマング(しーな・あまんぐ)に対してだった。
 彼女はリュースにとっても妹であり、またあの人にとっても妹だった。そのシーナがいまは、小さく笑っている。その微笑みは、今まさに目の前で繰り広げられる様々な仲間たちへの慈愛の念だった。
「姉様はきっと、この空の下で旦那様やお子様と一緒に笑っていらっしゃいます。姉様がここにいらっしゃらなかったことを悔しがるぐらい、皆で共に過ごしましょう」
「ああ、そうですね……確かに……そう……」
 リュースは仲間たちを見て笑った。
 全ては――彼女がいたからこそだった。
 あなたと出会えてよかったと、リュースは思えた。あなたがいなかったら、今のオレはない。そう、ずっと……心の中で彼女は――姉貴はいるのだ。
「楽しみましょうか。オレたちは、ずっと一緒にいられるのですから」
「はい」
 リュースはシーナと微笑み合い、それから宴会に参戦した。
 ――まあ、とはいえ。
 それをすぐ後で後悔する羽目になったが。
「あははは! レンさーん! 陣さーん! リュー!」
「いでででででっ! ギブギブギブ! ギブだって、真!」
 酒が入って上機嫌になった誠にチョークスリーパーをかけられるリュース。
 彼はなぜか辺り構わずプロレスごっこをしていた。しかも、その被害は一人だけではない。レンや陣にまで及び、かなり参った様子の二人がいた。
「うう……誰やぁ、あいつに酒なんて飲ませたやつは」
「禁酒にしろ、禁酒に!」
 ――などと言う二人である。
 そんな彼らの賑やかそうな雰囲気を楽しみながら、京子はお酒を飲む。
(真くんがいて、みんながいて……そして、この楽しい時間が続いて……ずっと……続いていけばいいな……)
 彼女の願いは、何処かへ届くだろうか?
 いや――きっと届くだろう。
 その願いは蒼空を駆け抜け、それを見てる者たちのもとへも向かう。
 京子はそんなことは知る由もなく、ただこれからも続くこの時間を大切にしようと、グラスを傾けた。