空京

校長室

戦乱の絆 第3回

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戦乱の絆 第3回
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リアクション

■セリヌンティウス

 目の前には首の無いセリヌンティウスの姿があった。
 その周辺には、彼に従い、共に暴れようというパラ実生徒たちの大群が居る。
 夢野 久(ゆめの・ひさし)は、佐野 豊実(さの・とよみ)ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)クラウン ファストナハト(くらうん・ふぁすとなはと)と共に彼らの進みを阻むように立っていた。
 セリヌンティウスが進軍を止め、久ら四人を見やる。
(何のつもりだ?)
「何のつもりもクソもねえ」
 久は吐き捨て、歪めた視線を強めた。
「ぐだぐだと御託並べて如何にも真っ当そうな形を繕っちゃいるが――結局、おまえがやらそうとしてんのは帝国の言いなりのお使いじゃねえか!」
(…………)
 セリヌンティウスから返される言葉は無かった。
 その代わり、彼の周囲のパラ実生徒らが騒ぎ立て始める。
「小難しいこたぁ分からねぇがよォ、総長。オレたちゃ教頭の男気に惚れたンだよ」
「なんてったってテメェから首を捨てちまうような漢だぜ! マジっぱねぇ!」
「そんな漢と暴れられんなら、細けえことァいいじゃねーか!!」
「オレたちゃ今、最高にハイなんだぁ! 邪魔すんなら、アンタたちだって容赦しねーぞ?」
「――ハッ」
 つ、と前へ出たナガンが、大仰に肩を竦めながら鼻で笑い飛ばす。
 小首を傾げながらパラ実生徒らの方を見やり、
「どいつもこいつも……腰抜けばかりが揃いも揃って、あっけなく猿回されやがって、みっともねぇなァ」
「ンだとコラァ!!」
「漢気だなんだと喚くんなら、ドージェをやったエリュシオンと仲良しこよししてんじゃねぇよ」
 ナガンが嘲笑混じりに続ける。
「あんだけ慕ってたってのに、今や、その仇側にヘラヘラとこのザマか? 薄っぺらくて尻を拭くのにも使えやしねぇ」
 そして、ナガンの声から嘲るような調子が消え、トーンが一つ下がった。
「てめぇら、本当にそれでいいのか? てめぇ自身の明確な意思もなく、ただただ適当に流されて、エリュシオンの爪先として西と戦って、そこの首無しペテン野郎に腹の底で笑われたまま死んでいく。そんな目ヤニ鼻クソみてーな腰抜け人生でよォ――質の悪いコメディアンってのは哀れだぜ?」
「……だ、だがよぉ……教頭は、自分の首をすっ飛ばしてまで覚悟見せたんだぜぇ?」
 狼狽えを見せ始めたパラ実生徒たちの方へと、久の声が飛ぶ。
「何が覚悟を見せただ。騙されんな!」
 久は、鋭くセリヌンティウスの方を指さしながら続けた。
「こいつは首無くなっても死なねえし会話できるし全然まったく困ってねえぞ! むしろ急所の塊の頭が無くなって強くなってるじゃねえか!!」
「――――ッ!!?」
 パラ実生たちの間に動揺の衝撃が激しく突き抜ける。
「……い、言われてみれば……」
「え、お、おい、これ、どうなんだ?」
「いや、分かるかよ、オレは首とれたことねーしッ」
(……我の覚悟は本物だ)
 それまで、沈黙を守ってきていたセリヌンティウスが言う。
 そして、彼は武器を手に、久たちの方へと体を構えた。
(帝国のためではない……アイリス卿のために。我は全てを賭し、西シャンバラを倒す。それを邪魔立てするキミたちもだ!!)
「本音を垂れやがったと思えば、ただのオッサンの色ボケか。……それが悪いとは言わねえけどな」
 久は、片目を細めながら拳を握り締め、構えた。
「セリヌンティウス……前も言ったが、アンタはすげえヤツだ。だが、だからこそ遠慮も気兼ねもねえ。まして実力差なんざ知らん! ――全力でぶつからせて貰うぜ!」
 久が駆け出すのと同時に、パラ実生徒らの中に混じっていた伏見 明子(ふしみ・めいこ)藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)がセリヌンティウスへと飛び掛っていく。
 そして、動き始めた状況の中では、ナガンの声が響き渡っていた。
「腰抜けじゃねぇって奴はこっちにつけ! ナガンに任せりゃ、今よかちったぁマシな笑われ方ってのを約束してやるぜ!!」

 何割かのパラ実生たちが久たちの方へ寝返えり、セリヌンティウスへと反旗を翻す中――優梨子のフラワシがセリヌンティウスへと先行していく。
「迷惑なんですよね。大荒野で首の価値をディスるような行いを派手にされるのは」
 優梨子は自らが放ったフラワシがセリヌンティウスに絡みつき、その動きを鈍らせようとするのに合わせて、黒檀の砂時計で加速した。
 不意を突く形で、セリヌンティウスの懐へと潜り込み、それに組み付こうと、彼の肩に素早く腕を巡らせる。
 首を失った真平らな肩上を射程に捉え、
「一介の干し首好きとしては、到底、許すことはできません。ですから――今回、手段を選ぶつもりはありませんよ」
 セリヌンティウスの隙を誘うように自らの胸を遠慮無く押し付けながら、優梨子は吸精すべく彼の首の断面に牙を突き立てようとした。
 が――
(やらせるかァッ!)
 牙が刺さり掛けたところで、フラワシごと強く振り払われてしまう。
「――ッ、惜しかったですね」
 空中に投げ出されながらも、危なげ無く態勢を整えた優梨子へ、セリヌンティウスの重い一撃が迫る。
(誇り高き龍騎士たる我が、常に乳に惑わされる者と思うな!)
「たまには惑わされるって高々と宣言して、どこに誇り高さがあるってのよ!」
 魔鎧レヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)を身に纏った明子が、ラスターエクスードを構えながら優梨子の前へと滑り込む。
「――っていうか、ドサクサに紛れてパラ実私物化してんじゃないわよ! このすっとこどっこい!」
 攻撃を斜めに受け、矛先を逸らしつつ、明子は引き受けた衝撃に吹っ飛ばされていった。
「明子さん」
 地面に着地した優梨子が視線を巡らせた先、
「大丈夫ッ! フォローしてくから、どんどん遠慮無く行っちゃって、藤原さん!」
 吹っ飛びながらも明子が言って、ずびしっとセリヌンティウスを指差す。
「いっくら気ままな野良犬ばっかだからってねぇ、女の子かっさらってふんぞり返ってるよーな帝国に尻尾振れるかってのよ! 荒野なめんなーッ!!」
 
 セリヌンティウス派のパラ実生と寝返ったパラ実生たちが争う中、御弾 知恵子(みたま・ちえこ)フォルテュナ・エクス(ふぉるてゅな・えくす)は、虎視眈々とチャンスを狙っていた。
 その腕の中に抱えられていたのは、風呂敷に包まれた大きな丸い物。
 と、彼女らのすぐそばをセリヌンティウスが放った一撃の衝撃波が突っ走って地面を抉り、何人ものパラ実生を吹っ飛ばしていく。
「――ッ、派ッ手だなぁ」
 ビリビリと打ち付ける風圧と細かな破片に片目を絞りながら、知恵子はこぼした。
 ここだけの話だけでは無い。
 向こうの方では、西と東のイコン混じりの戦いも続いている。
 チッ、と舌打ちを叩き、
「もうウンザリなんだよ、西だの東だの……」
 もういい加減、どうにかシャンバラを一つにまとめないと、何か色々なものが駄目になってしまいそうな気がする。
 どうにかしなければいけない。
 けれど……知恵子には難しいことはよく分からない。
 どうすれば良いのか分からない。
 だから彼女は、とりあえず、あの教頭を懲らしめようと思ったのだ。
「だいたい、先公にヘコヘコするなんてのは不良らしくないからね――行くよ、フォルテュナ! 皆の目を覚ましてやるんだ!」
「ヘマすんなよ、チエ。チャンスは早々何度も来ねぇ」
 そして、彼女たちが向かった先。
 セリヌンティウスは、周囲の地形を崩し変えながら、自分に従うパラ実生たちと共に、傷だらけの久たちと激しい戦いを繰り広げていた。
 豊実が二振りの無光剣を手に揺れて割れる地面を駆けながら、己に飛び掛ってきたパラ実生の武器を斬り弾いて行く。
「ドージェを殺した帝国の命令を聞くのも、派手なだけの実の無いパフォーマンスで惑わすのも……どちらも断じて納得の行く話では無いね? そして――」
 ハンマーを紙一重でかわして、未だにセリヌンティウス派のパラ実生の懐へと距離を詰める。
「良雄氏に自爆特攻機を扱わせるように仕向けた件もだ」
 パラ実生の足元を蹴り刈って、倒れたその首元に切っ先を突きつける。
「アレでは、まるでパラ実の掌握に邪魔な名士を厄介払いしようとしている様だ。そんな彼と帝国におもねるなら、君等も敵だよ――敵は斬る」
 武器を捨てた相手から切っ先は、暴れるセリヌンティウスの方へと向けられる。
「無論、それが神であってもだ」
 彼女の見やった向こうで、セリヌンティウスの一撃に打ち飛ばされて地面に半身を埋めた久が、
「まだまだァ!!」
 血粒を散らしながら体を跳ね起こす。
 その強い視線の先、久の前に飛び出した明子が欠けたラスターエクスードで、セリヌンティウスの追撃を逸らした。
 衝撃を流し切ることが出来ずに、彼女の体が飛ぶ。
 意識を失ったらしく飛ばされる体に力が無い。
 彼女の纏う魔鎧レヴィの声。
「うぉいい! 起きろ馬鹿野郎!! まだ寝てる場合じゃねェぞ!」
「――っかってるわよ!」
 寸でで意識を取り戻した明子が、ギリギリで態勢を整えて何とか受身を取りながら着地する。
 間髪入れずに彼女が放ったメジャーヒールによって、明子や久らの傷が癒されていく。
 その一方で、再び正面から殴りかかって行く久と共に、優梨子がセリヌンティウスへと詰めていた。ナガンらに同調するパラ実生たちが続く。
 優梨子の狙いに気づいたセリヌンティウスが、パラ実生たちを蹴散らしながら、優梨子へと放つ一撃。
「避けきれないならば――」
 優梨子が傷だらけの腕を振り上げた先に、己の身につけていたパワードアーマーが物質化される。
 それを一度きりの盾代わりにして攻撃を受けるも、やはり受けきれずに優梨子の体が軋んだ。
 が、なんとか吹き飛ぶのだけは堪えた優梨子の操ったフラワシが、セリヌンティウスに絡みついていく。
 加えて、久の方もセリヌンティウスの動きを封じに掛かっていた。
 今度こそ、とセリヌンティウスに掴みかかろうとした優梨子の膝が震えて、地に落ちる。想定以上にダメージを受けていたらしい。
 明子がメジャーヒールの発動を急いでいたが、それはセリヌンティウスに従うパラ実生に邪魔されままならないようだった。
(勝負あったな。首を失おうとも我は神……キミたちは、よくやった方だろう――大人しく退け。我と我に続く者たちを止めることはできぬ)
「ざけんな!!」
 久が吐き飛ばす。
「つーかこの後に及んで、まだ首がねぇ首がねぇとアピールしやがって……てめえ、そもそも首はどこにやりやがった? まさか大事に隠してんじゃねえだろうな?」
(たった一つの首を捨てることによって、我は覚悟を示したのだ。そんな未練がましい真似などせん!)
 と。
「果たしてそうかな!!」
 高らかに言ったのは知恵子だった。
 彼女は、フォルテュナの援護を受けながらセリヌンティウスへと駆け迫っていた。
 程良く、セリヌンティウスは優梨子らによって、少しばかり動きを押さえこまれていた。
 一気に距離を詰めて、飛ぶ。
 そして、知恵子は手に抱えていた物体を包んでいた風呂敷を解き、『それ』を一気にセリヌンティウスの体へと叩き込んでいった。
「あんたの首は、ここだーーーーーー!!!」
 がっきょんっっっ!! とセリヌンティウスの体の上に設置される『それ』。
 知恵子は、すかさず『それ』を定着させるために糸を通した針を走らせて――久らを振り払ったセリヌンティウスに殴り飛ばされた。
(今さら我の首でも繋げ、信頼を落とそうという魂胆か。くだらぬ! 今度は砕き潰して二度と――)
「ハンッ……『それ』を砕き潰したところで、皆は納得なんかしないよ! するわけがない!!」
 地面に半分めりこむ形の満身創痍で、知恵子は口元の血を散らせながら叫ぶ。
(……何?)
 と、知恵子の傍にナガンが立ち、セリヌンティウスの頭部を見やりながら、にんまりと笑んだ。
「なるほどねぇ。アレじゃあ、誰も納得しやしねぇわなァ」
 スゥ、とナガンが思い切り息を吸い込み、
「てめぇら!! セリヌンティウスを見ろ! とうとう尻尾出しやがった! こいつの正体拝んで、一人残らず目を覚ましちまいなァ!!」
 そして、その呼びかけに彼の方を見た、セリヌンティウス派の生徒たちが、次々に戦意を喪失し、武器を下ろしていく。
「……そういう事かよ、教頭……」
「なぁにが首を取って覚悟を見せるだ、コラァ」
「オレたちは、まんまと踊らされてたってわけだな」
「がっかりだぜぇ、教頭。いや、教頭でも何でもねぇなテメェは」
「あーあ……オレ、他で戦ってる連中にも、このこと教えてくるわ」
(何だ? 何が起こっている!? 我に何をした!?)
 知恵子はフォルテュナの肩を借りながら立ち上がり、
「つまり、こういう事さ」
 鏡を取り出し、セリヌンティウスに向けてやった。
(こ、これは――――ッ!?)
 鏡の中に映し出されたのは、丸々と巨大な、あんパンだった。
 あんパンがセリヌンティウスの頭部として収まっている。
 しかも、そこには顔のパーツまで付けられ、あらゆる意味で完璧だった。
(…………いや、意味がわからんぞ)
「あんたが知らないのは無理ないさ。でもね、あたいらにとって、『あんパンを顔に持つ男』ってのは、首が取れて当たり前なんだよ」
 知恵子が言って、ナガンが心底楽しげに続ける。
「まあ、五才以下のちびっこ相手なら不動の人気だ。適切な職場に転職することを勧めるぜ?」
 セリヌンティウスのあんパン顔が、改めて周囲を見渡し、失望に溢れたパラ実生たちを確認する。
 久が口元の血を拭い捨ててから、セリヌンティウスを見上げ、
「どうすんだ? ここにはもう、てめえの味方は一人もいねえ。他で戦ってる連中にも、この事はすぐに伝わる。それでも続けるか?」
(……当然だ。我は、アイリス卿を裏切るわけにはいかん!)
「なら、勝手にしやがれ。だが、俺たちを巻き込むのはここまでだ」
(我と決着をつけぬ、か。……全員でかかれば、我を仕留められると思うほど愚かではないようだな)
「そいつは違う。――俺たちは、物量でドージェと戦った帝国のやり方に、まだ納得なんざいってねぇんだよ」
 その言葉に、セリヌンティウスは一拍の間を置いてから、笑ったようだった。
(頑固な考え方だ。龍騎士にはなれんな)
「上等だ」

 セリヌンティウスの頭部に関する情報は瞬く間に広がり、ほとんどのパラ実生徒たちが戦いを止めることとなる。
 戦いの後、セリヌンティウスはパラ実の教頭を辞職し、幼稚園の先生となるのだが……それはまた、別の話。