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第5章 最後の足掻き

「こちらです。この辺りは薬の影響ありません」
 風上に設置したテントに救護班の神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)は、避難してきた村人達を誘導していく。
「テントに入りましたら、眠っているお子様も起こして大丈夫ですわ」
 ミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)は、不安そうな母親にそう声をかける。
「順番に治療も行いますから」
 そして、体力のなさそうな人から優先に、有栖はキュアポイゾンをかけていく。
「大丈夫だよ。皆一緒、怖くない怖くない」
 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は、怯えている子供に近づいて、その頭を撫でてあげる。
「夜には帰れるからね」
 ナーシングで癒しながら、ネージュは子供達に笑顔を見せる。
 自分とさほど変わらない年齢に見えるネージュの笑顔は、子供達に元気を与えていった。
「怖くないよ、平気だよ!」
 強がる男の子も現れ、場の雰囲気も癒されていく。
「それでは、治療しますね」
 和泉 真奈(いずみ・まな)は、怪我をしている少女をヒールで癒してあげた。
 盗賊に斬られたのではなくて、慌てて逃げようとして、転んで擦りむいたのだという。
「ありがとうございます。怖かった、です」
「もう大丈夫ですよ」
 泣き出しそうな彼女にそう言い、真奈は眉を寄せて村の方に目を向ける。
「まったく、強盗なんて下卑た事を行わなくても宜しいのでしょうに……」
「ホントにもう……」
 ぶつぶつ文句を言いながらイシュタン・ルンクァークォン(いしゅたん・るんかーこん)も、真奈や白百合団員達を手伝って、治療や雑用を行っていた。
 真奈とイシュタンは、パートナーのミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)と一緒に、この辺りに別の用事で訪れていたところ、白百合団の到着を知って駆けつけたのだ。
「まったく、最近はやっかいごとばっかだよね〜?」
 早く終わらせて、遊びたいなーと思いながら、イシュタンは言う。
「そうですね」
 真奈は少し悲しげな目をする。
「あれ……んん?」
 ネージュは響いてきた轟音に首を傾げる。テントの外から響いているその音は――鼾だ。
 発生源に近づくと、若葉分校に所属する不良姿のパラ実生数人が、鼾で大合唱しながら眠っていた。
「お疲れ様」
 ネージュはくすりと微笑みを浮かべながら近づいて、眠っている彼等にも、ナーシングを施し、怪我をしている人にはヒールで癒して。
 それから、両手で揺すって起こしていく。
「一緒に、頑張ろうね!」
 目的は違うかもしれないけれど、彼等も村人達の避難や、盗賊の捕縛に動いてくれている人達だから。
 協力しあいたいとネージュは思っていた。
「おうおう、後で一緒にドーナツ食おうなー!」
「んー、良く寝たぜ〜。腹が減ったー!」
 パラ実生達はそんなことを言いながら、ネージュににやりと笑みを見せた後、再び、番長の下に向かっていく。
 ネージュはそんな彼等、そして運ばれてくる人々、世話をする百合園生を見て、小さな体で、自分もその中へ中へと進んでいく。
「誰かが困っているときこそ、自分の経験と知識で何が出来るか、それが大切なんだ」
 体が小さくたって、背負ってあげる体力がなくたって。
 ネージュにもこれまで生きて、培ってきた経験や知識がある。
「あたしはただ、多くの人たちを助けてあげたい、それだけなんだよ。多くの笑顔が見たいんだ」
 そう言いながら、今度は怪我をして運ばれた百合園生の元に駆け寄って、ヒールで癒し、SPリチャージで精神力を回復させていく。
「ありがとう」
 また1つ、ネージュが癒した娘から笑顔が生まれた。

「あ、はい。お水ですね。ただ今お持ちしますー!」
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は、パートナー達と共に、村人達の世話をして回っていた。
 幸い、怪我をしている村人は少なく、先に到着をした若葉分校生達の対処も良かったため、大きな混乱は起きていなかった。
「どうぞ。他にも何か必要な物があったら、言ってくださいねー」
 歩はメイドインヘブンの能力も発揮して、人々の心と体を癒していく。
 手が空いた時に、ちょっと気になるのは、友人の桐生 円(きりゅう・まどか)のこと。
 色々あったせいで、百合園をやめてしまうのではないかと心配してたのだけれど……。彼女は白百合団にも入って、今は前線に出ている。
 自分も悩んでばかりじゃダメだと思って、歩も歩なりに頑張っているのだけれど。
 自分の行動は、争いを助長しているのではないかと、不安になることもあって……。
「んー」
 ふと見せる、歩の不安気な表情に、七瀬 巡(ななせ・めぐる)は、眉を潜める。
 巡には歩が抱えている思いは理解できていなかった。
 歩と一緒に白百合団に入ることにした巡だけれど――自分がやることは何も変わらないよなと、息をつく。
 歩達を気にかけながら、巡は警備についていた。
「気分の優れない方は、こちらで横になって下さいね。毛布が必要な方はいますか?」
 男性であるため、歩のパートナーであっても百合園生ではない伊東 武明(いとう・たけあき)は、若葉分校への所属をすることにした。
 今回はゼスタの指示の下、雑用を引き受けている。
「ポトフ出来上がりました。お腹がすいている方は、どうぞ召し上がって下さい」
 外で調理をしていた有栖が、テントに顔を出す。
「お腹空いたっ!」
 声を上げたのは、小さな男の子だった。
「私、も」
 母の腕の中で怯えていた少女も小さな声を上げていく。
「こちらに丸太がありますので、食事を希望される方は、ここに腰掛けて待っていてください」
 武明はシートを手にとって、子供や村人達が怪我をしないよう、そっと丸太にかけていく。

「妙な騒ぎに巻き込まれちまったが、美味いスイーツの為だ。万が一ぶっ倒れたとしてもちゃんと引き摺って連れて帰ってやるから、細かいことは考えず暴れてこい」
 ゼスタは若葉分校生達にそんな風に指示を出し、村へと送り出している。
「お疲れ様です。若葉分校の講師さん、ですよね?」
 避難してくる村人達も減り、落ち着いた頃、歩は紙コップに茶を入れて、ゼスタに差し出した。
 彼は今日は薔薇の学舎の制服を着ており、整った外見からもひと目で薔薇学生だということもわかった。
 王子様っぽい雰囲気だなぁなどと、歩は思いながらゼスタを眺める。
「サンキュー、七瀬歩ちゃん」
「えっ? いつの間に名前……」
 名乗った覚えもないし、白百合団の名簿を見たわけでもないはずなのに。
「好みの女の子の名前くらい、把握しているに決まってるだろ」
 くすり、とゼスタは笑みを浮かべる。
 それ以上、ゼスタは何を言ってくるわけでもなく、手を出してくるわけでもなかった。
 それなのに、何故か心が騒ぎ、引っ張られるようなそんな感覚を受けていく。魔族の魔力かなにかだろうか。
 歩は危機感を覚えて、ちょっと足を後ろに引いた。
「教えていただきたいことがあるのですが」
 パートナーの様子には気付かずに、若葉分校生となった武明が、講師のゼスタに問いかける。
「何?」
「一般的に、シャンバラ人は地球人を歓迎していますが、タシガンでは排斥が盛んだと聞きます。それはどうしてなのでしょうか?」
 自分が生きていた時代に、タシガンの状況は似ていると感じていた。
 味方同士で殺し合うなどということは、無意味だから。
 そんなことになって欲しくはないと思いながらの問いだった。
「んー……」
 ゼスタは空になった紙コップを歩に返した後、腕を組んで考える。
「昔から女王崇拝が盛んだったから、女王以外の勢力がシャンバラに入ってくるのが許せないってのもあるんだが、実際どうもよく分からない」
 不満気に、武明に語るというより、独り愚痴るかのように続けていく。
「領主のアーダルヴェルトが急に領主の座をウゲンって元イエニチェリのガキに譲っちまったし」
 しかし次の瞬間には、ガラリと表情を変えて陽気な笑みを浮かべるのだった。
「ま、こういうことは考える必要のあるヤツが考えればいいのさ。……っと」
 飛空艇が近づく音が、後方から響いてきた。
 4人乗りの小型飛空艇には、操縦者の他に、白百合団の副団長、神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)と、団員2名が乗っていた。
 優子は飛び降りるかのように飛空艇を降りると、指揮をとっている副団長代理のティリアの元に駆けつけた。
 ティリアは少しだけ、ほっとしたような表情を見せた後、姿勢を整え真剣な表情で優子を迎える。
「救護活動は順調に進んでいます。ミルミ・ルリマーレン、ライナ・クラッキルの両名は既に保護済み。桜谷団長も団員と共にこちらに向かっています」
「手薄な場所は?」
「特にありません。……大丈夫です。副団長が出る必要はありませんよ」
 そう力を抜いてティリアが言うと、優子も安心した表情で頷いた。
 保護されたライナはまだ眠り続けており、起こしてはいない。
 ミルミはアルコリアや友人達に励まされながら、鈴子を待っている。
「最後まで気を抜かないように。互いにな」
「はい」
 返事をして、ティリアは村の方にまっすぐ目を向ける。
「捕らえた賊は、意識の有無に関わらず、木に縛り付けて。村の人は一番奥のテントへ。分校生はシートの上に」
 避難してくる者達に、ティリアは力強い声で指示を出していく。

「あっ、危ない!」
 禁猟区で警戒しながら警備についていたミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、逸早く異変を察知して仲間の元へと跳んだ。
 団員に捕らえられていた盗賊達が一斉に目を開けて、襲い掛かってきたのだ。
「一人くらいは連れて……」
「構うな、切り抜けるぞ」
「邪魔だ」
 盗賊達がナイフを振り回し、白百合団員に切り付けていく。
 倒された振りをして拘束され、服に仕込んだ刃物で縄を切り、逃走を企てたらしい。
「こっちには行かせないんだから!」
 ミルディアは深緑の槍で、盗賊達を突いていく。
 自分の背後には村人達がいる。逃がして、危害を加えられることも、後日報復に来られることも防がなければならない。
「援護に向かって!」
 ミルディアの声と戦闘音に、ティリアが気付きすぐに団員に指示を出す。
「大きな怪我はさせないように気をつけて攻撃した皆の気持ちも……あなた達は踏みにじるんだね!」
 ミルディアは、確実に阻むために、攻撃を盾で受けながら、槍を男達の足に深く突き刺していく。
「負傷された方は下がって下さい。こちらへ!」
 有栖が駆けつけ、仲間達を抱きとめてヒールをかけていく。
「どこまで腐った方々なのでしょう。帰すわけには行きません!!」
 ミルフィが有栖と負傷した百合園生の前に立ち、ライトブレードを構えて盗賊の攻撃を防ぐ。
「村の人達を守りましょう」
 有栖は治療を追えた後、皆にパワーブレスをかけていく。
「さあ、気絶させられたい人からかかってきなよー!」
 巡も駆けつけて、女王のサーベルを手に、盗賊の前へと出る。
 繰り出されたナイフを盾で受けて、サーベルで盗賊を峰打ちして倒す。
「とるよ〜。にげられないよ〜」
 空を飛びながら、眞綾がビデオカメラに、盗賊達の姿をおさめていく。
「村の中じゃないし、本気出させてもらおうか?」
 駆けつけたシーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)は、六連ミサイルポッドから、ミサイルを発射。
 盗賊達の足元に降り注ぎ爆発し、盗賊達は「ひぃ」と情けない声を上げていく。
「手足をまくって縛りましょう」
「はい!」
 すぐに有栖と白百合団員達が駆け寄って、両手両足を厳重に縛っていく。
「大人しくした方がいいよっ!」
 ミルディアも、槍を振るって、男達を打ち倒していく。
「さて、と。このあたいの休日を奪った罰はどう取らせようか……!」
 ミルディアのパートナーのイシュタンも駆けつけて、腰に手を当てて盗賊達を睨みつける。
「ま、仕方ないよね。えーいっ!」
 ミルディアの強い一撃が、盗賊の腰を打つ。その盗賊は地面に転がって、苦しげなうめき声を上げる。
「ま、参った……ッ」
 半分以上倒したところで、今度こそ盗賊達は諦めて手を上げて降参した。
 そうして一人も逃すことなく、逃走を阻んだのだった。