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5000年前の空中庭園

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5000年前の空中庭園

リアクション

★1章



 なぜ、空中庭園などと呼ばれているのか。
 ただ地上から離れて存在しているからではない。
「……幻想的ですわ……」
 美緒はそう呟き、空中庭園に到着した一行は、天を仰いだ。
 色の違う石のブロックが積み上げられて存在する塔は、視線だけでは追えないほどに高く、雲を突き破らんばかりに高くさえ錯覚させた。
 また、入り口は石牢で堅く閉ざされており、塔自体の形は砂時計のように凹凸があり、外壁を伝って登るには難しいように思えた。
 頂上付近は薄い霧のようなもので覆われ、その先には未だに力強い緑色の葉や蔦が、その生命力を塔の外にまで誇示していた。
 5000年前の空中庭園は今なお風化せず存在していた。
 それだけでもはや言葉にならず、満足感さえ漂ってしまう。
 誰もが、感慨深く見惚れていた。

 そんな静寂を打ち破ったのは、モンクのレロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)だ。
「おおおおっ! 燃えます! これは燃える展開です!」
 レロシャンは指先をぐにぐにと動かしたかと思うと、首を回して手首と足首をブラブラと動かし始めた。
 ジャンプを始めて身体を動かす姿は、どう見ても準備体操の一種にしか見えなかった。
「……もしや……。なんて無茶なことを考えて……。やめてください」
 そう言ってこめかみ辺りを押さえたのはレロシャンのパートナーである機晶姫のネノノ・ケルキック(ねのの・けるきっく)だ。
 やはりパートナーであるレロシャンが何を考えているのかは、ネノノが一番に感じ取っていた。
「ネノノも行く!?」
 燃える瞳で同行するか聞いてくるレロシャンは、止められそうになかった。
 できるならば同行するよりも、最近クラスチェンジした故に戦闘する機会があれば戦いたかったネノノだが、それすらも叶いそうになかった。
「ごめん、ワタシ、やっぱり……調子悪いみたい……。機晶姫には、影響が出るみたい……」
 到着して間もなくは、精神も高揚して何も異常は感じなかったが、落ち着きを取り戻した今は身体が少し重くなっていた。
 機晶姫が動作不良を起こしかねないという報告はどうやら間違いではなかったようだ。
 指先が痺れ、唇を動かすのさえ意思に追いつかず、次第に平衡感覚が離れていくような感覚。
 だが、それでも軽度なものだ。
 意思を強く持って拳を握れば、普段通りにいられそうだった。
「登りきるなら最後までやり通して下さい! 下でリフティングでもしながら応援してますから!」
「わかった! 確かに難しい。けど、できないわけじゃない。さあ、私と一緒に来る者はついてくるがいいです! うおおー!」
「ふむ。中々に勇ましい女子だ」
 レロシャンの後姿を見ていた英霊の熊谷 直実(くまがや・なおざね)は感心しながら言い、そろりそろりと背を向けて去ろうとしたパートナーであるテクノクラートの佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)の首根っこを掴んだ。
「こら、困難な道のりが出来ているのに、尻尾を巻いて帰るのは何事だ」
「いやぁ、おっさん。人数が限られているんだから、ちょっと考えてみてよ。あっちにもこっちにもいろいろいそうだしね」
 弥十郎は同行者と塔を交互に指しながら、そんな言い訳を言った。
 だが、それが失敗だった。
「そうか。なら、良い方法があるぞ。わたくし達も登ろう」
 嫌な予感しかしなかった。
 このまま黙り込むのも手かと思ったが、後にも先にも地獄しか待っていないような状況であり、試しに聞いてみるしかなかった。
「塔を?」
「塔を!」
「塔をッ?」
「塔をッ!」
「塔をォッ?」
「塔をォッ!」
 聞き間違えではないようだった。
 弥十郎はありったけの溜息を盛大についた。
「……またかぁ……。いや、確かに1回別の塔を素手で登ってるけどさ」
 ついつい口にしてしまった過去の経験は、直実に承諾ととられた。
「それでこそハードボイルドだ。では、参らん!」
 直実は弥十郎の首根っこを掴んだまま、今まさに塔の壁をよじ登ろうと試みるレロシャンの元に参じた。
「勇ましい女子よ。このわたくしと弥十郎もお供させてもらう」
「あなた達も一緒に登ってくれるんですか!?」
「……おっさんだけ行きます……」
 ぽつりと小さい声で言うと、直実にキッと睨み返された。
 もうここまでくれば弥十郎の小さな悪あがきも無駄で、覚悟を決めるしかなかった。
 首根っこを掴んだ直実の手を払いのけ、塔を仰いだ。
 120mほどだろうかと、冷静にあたりをつけてみた。
「まあ、大丈夫だろう。行くか」
「はい! 登るです!」
 3人は拳を突き合わせて、同時に外壁に手を掛けた。

 クライマーズを尻目に魔法少女の秋月 葵(あきづき・あおい)は、よし、と気合を入れた。
「変っ身っ!」
 てれてれて〜〜てれってって〜〜♪
 ちゅぴ〜〜んっ♪
 くるくるくるくる〜〜♪
「突撃魔法少女、リリカルあおいっ!」
 きらきら〜キラッ☆
 と、誰も見てはいないがお約束のポーズをつけて、魔法少女らしく変身をし、早速と言わんばかりに光る箒に跨る。
「準備オッケー!いっくよー☆」
 ふわりと箒が光り、葵の身体を浮き上がらせた。
 が、1mほど浮いたところで、その場でふわふわと停滞し始め、上昇の兆しを見せなかった。
 だが、ここで諦める魔法少女ではなかった。
「負けないんだもんっ! 空飛ぶ魔法↑↑ッ!」
 箒での飛行を諦め、スキルによって葵はその身体を勢いよく宙に飛ばした。
「不可能を可能にする! 魔法少女は伊達じゃないんだよ」
 いける、と思わせる加速は、ものの数秒で終わった。
 クライマーズを抜いたあたりで、浮上した身体は失速し、全身で感じた空気抵抗がなくなった。
「ひゃ、ひゃあああ〜〜! お〜〜〜ち〜〜〜る〜〜〜よ〜〜〜!」
 目を回しながら自由落下を始めてしまった葵を見て、レロシャンが叫んだ。
「ネノノ!!」
 その声に反応したネノノは素早く落下する葵と地面の間にサッカーボールを蹴りこみ、クッションとした。
 目を回す葵を起こしながら、ネノノは言った。
「箒も魔法もダメみたいですね」
「う、う〜〜〜ん、そうだ、ね〜〜」
 どうやらシャンバラ女王の妹は、よほど飛行によって庭園に向かわれるのが好かないらしい。

 外部からを試みる面々を除き、残りは玄関部分に相当する石牢へと続く階段を上がった。
「鍵がかかっているな」
 フェンリルは重い錠を手に、どうしようかと同行者達を見やった。
 ここはピッキングの出番だと、アテンションプリーズの如く声を上げようとしたが、ガチャリと重い音を立てて何かが外れる音がした。
 隣にいる美緒を見ると、その視線がフェンリルと自分との間、屈んだ彼女、獣人のソーマ・クォックス(そーま・くぉっくす)を見ていた。
「ふっふっふ。ボクみたいなバトラーには、ピッキングくらいできちゃうんだよ!」
「あら、最近の執事はいろいろとできるのね。助かりますわ」
 と、美緒は頬に手を当てながら感謝の言葉を述べた。
「ソーマ、よくやったじゃん! それじゃ、オレらが先行して安全かどうか確かめてやるよ! オレに続けッ!」
 ソーマのパートナーであるセイバーの椿 椎名(つばき・しいな)が背中の大剣を抜きかざすと、美緒とフェンリルよりも真っ先に塔内部へと走っていった。
 椎名の後姿を追うようにソーマが、そして2人のパートナーである強化人間の椿 アイン(つばき・あいん)と悪魔のナギ・ラザフォード(なぎ・らざふぉーど)も走り出した。
 おおおおおっ、と威勢のいい掛け声と共になだれ込んだ4人を見て、他の者達も続々と塔の内部に入り込んだ。

 塔内部は、壁に等間隔の窓が配置されてあり、そこから光が差し込んで明るくなっていた。
 中央には地下から水を汲み上げるパイプが伸びており、おそらく頂上である庭園まで続いていることが予測できた。
 何階ほどに相当しているかは見当がつかないが、途中までは吹き抜けとなっており、先行した椎名達が壁沿いの螺旋階段を猛烈な勢いで駆け上がっていた。
 美緒は中央のパイプに近づき、それをコンコンと指で叩いて見せた。
「5000年もの間動き続けているのですね」
 美緒はパイプを抱きかかえるように顔を付ける。
「さて、先行した奴らもいるし、俺達もこのままここにいるわけにはいかないだろう。調査を続けよう」
 フェンリルがそう言い、螺旋階段を親指で指差した時だった。
 ――ガキィィンッ!
 金属音が上方から降ってわいた。
 一度でも戦いに身を置いた者は、その音の方向を一瞥し、始めるように螺旋階段を駆け上がり始めたのだ。

 空中庭園の塔8階。
 丁度吹き抜けが途切れたこの階に真っ先に辿り着いた椎名達は、異様な光景を目の当たりにしていた。
 今までは何も配置されていなかった塔の、ここだけに配置された無数の石像。
 その不気味さに足を止めたのが失敗だと思うことになったのは、そのうちの1体が静かに埃を払うように動き出してからだった。
 5000年の眠りから覚めた騎士型のストーンゴーレムは久しぶりの身体を馴染ませるように一歩、二歩と足を運ぶと、徐々にその速度を上げて、椎名達に向かって猪突猛進、大剣を振りかぶった。
「……ッ! 来るぞ……ッ!」
 椎名も自身の大剣でその一撃を受け止めたが、一瞬にして顔が歪んだ。
「オ、オーナー!? たた、大変!?」
 椎名のパートナーであるナギはその苦戦の様子に慌てふためくが、残り2人のパートナーはすぐに飛び出した。
「ボクが引き付けるから、アーちゃんは援護して!」
 ソーマは素早くストーンゴーレムの背後に回り、2本のナイフを取り出し飛び上がっては斬りかかろうと試みた。
 大きいその身体は敏捷性の無さを思わせるストーンゴーレムだが、その殺気に敏感に反応し、振り下ろした大剣を背後まで腰から回転させて振るった。
「ぐうっ!」
 ソーマは片方のナイフでそれを受け止め、もう片方のナイフで力負けしないように自身の受け止めたナイフを押さえ込み、弾き飛ばされた。
 しかし、ストーンゴーレムも追撃に迎えない。
「私がいる限りやらせないよ!」
 アインがスナイパーライフルで的確な狙撃を見せ、右足を打ち抜いたからだ。
 肩膝を付くストーンゴーレムの衝撃は、軽い地震を起こしフロアを揺らした。
「大丈夫か!?」
 階下から一斉に残りのメンバーが登ってき、フェンリルは剣を抜きながら安否を確認した。
「ここはオレ達に任せておけ! お前らは先に行け! 後から追いかけるからな」
 そう言って笑って見せる椎名にフェンリルは不安を覚えたが、調査隊を任された身としては頂上へ向かわなければいけない。
 それに同じフロアで何かあるごとに、多くの人数を割いて戦うのは効率的には思えなかった。
 ならば、ここは椎名の言葉を信じて、調査に専念すべきだ。
「わかった! 任せたぞ!」
「よろしくお願いしますわ。わたくし達先に庭園に向かいますので、後でそこでお会いしましょう。他にお相手できる方がいましたら、ここで足止めをお願いしますね」
 このような状況を迎えても笑みを絶やさずおっとりと喋る美緒だけがどこかズレていて、それでいて安心させてくれる存在だった。
 フェンリルと美緒を先頭に、再び集団が螺旋階段を上がり始めた。
「そう言えばナギ、店はどうした?」
「お店ですか? あいつに任せています」
「それは心配だ! オレも早く甘い物が食いたいし、無事に帰らなくちゃな!」
「はい!」
 椎名は今一度大剣を構えなおし、ナギは銀のナイフとフォークを手にした。