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リアクション
★3章
砂の通路である塔の中腹――16階を抜けると、再びフロアは大きく広がりだした。
8階でストーンゴーレムは未だに活動を続けているだろうか。
16階で内乱と機晶姫の三つ巴はどうなっただろうか。
「フェンリル様、お顔が優れませんわよ」
「泉は心配じゃないのか?」
美緒に限ったことではないが、どうも緊張感に欠けるとフェンリルは思わざるを得ない。
「う〜ん……出発の時に言われた言葉をお忘れになられましたか?」
何を言ったか、記憶を掘り起こすが、すぐには思い浮かばなかった。
とにかく今は歩を進め、一刻も早く庭園を調査し、階下の仲間達の負担を減らさなければならない。
ただこの先、もう1つ2つは防衛機能が働くだろうと、フェンリルは予感していた。
それが何階であるかは予想がつかないが、気を引き締めなければいけない。
幸いなことに仲間は多い。
時間も考え、大胆に、強引突破も致し方ないとフェンリルは自分に言い聞かせた。
「あぶないかもしれないです! ちゃんとならんですすむですよ〜。なにかみえたらみんなに言ってくださいです!」
8階と16階、二度の危機もあったことにより、パラディンのヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、出来る限り先頭に出て注意を促した。
が、どちらかと言うと、美緒にくっつきたいようにも見えた。
「だんだん高くなってきたです! 美緒おねえちゃん、あっちに学校が見えるです」
「遠くまできましたわね〜」
美緒の袖を引っ張り、ハグというよりもはや抱っこと呼ぶのが相応しいほどの密着ぶりだった。
「私、ずっとそうじゃないかって思っていたのよ」
フェンリル達先頭集団のすぐ後ろを警戒に駆け上がるプリーストの一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)は、ここまで登ってきて感じ続けた疑問を口にした。
「月実がやる気を出している……。もしかしてまた、お宝が〜とか言うつもり?」
「違うわよ!」
パートナーである剣の花嫁のリズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)は、訝しげな目で月実を見上げた。
「お宝はいいからー、みんなでうなじゅーさがそー」
月実のもう1人のパートナーである精霊のキリエ・クリスタリア(きりえ・くりすたりあ)は、好物のうな重で頭がいっぱいであった。
「そんな昔のうなぎは化石化しとるわ! つか、昨日も一昨日も、うな重喰ってただろあんた!」
リズリットのツッコミにキリエは唇を尖らせて反論した。
「そうねぇ、さすがに毎日のうな重でお金がまずいのよ。私なんかここずっとカロリーメイトしか食べてないわよ。好きだからいいけど……って、そんなことじゃないのよ!」
「一体何? くだらないことなら、夕飯の買い物しに帰るよ?」
「わーい、私のうなじゅ、いたい、いたい、うわーん! つっつかないでー! うなじゅーがまんするからー」
「そ、そろそろ私の話を聞いてくれない?」
いつまでも経っても自分の話を聞いてくれそうになく、月実は一度パートナー達を黙らせた。
「あのね、凄く……重要なことなの……」
「リズ、私おなか空いたー。食糧庫とかないのかなー。この際だからわがままいいません、うな丼でいいです」
3人は、いつも通りの自分達の会話に、世界に浸りすぎていて、戦闘のフェンリルと美緒がフロアに着いた瞬間に動きを止めていたのに気付かなかった。
フロア、24階。
キリエがお腹を空かせたと駄々をこねながら、フロアの一部分に足を踏み入れた瞬間だった。
タイルと壁のブロックが同時に閃光を放ったかと思うと、キリエの足が一瞬にして石化し始めた。
石化はみるみると身体を侵食し、ついには首下まで到達して止まった。
「や、やっぱり……」
月実は何かを知っているのかと、リズリットが顔を覗き込む。
「空にそびえるこの塔、そう、まるで私の大好きなカロリーメイトみたい。つまり、これは……カロリーメイト空中味と石像味をセットで作る塔……ッ!」
「待ってろ、キリエ〜!」
リズリットは月実をスルーしてキリエに駆け寄る。
が、キリエと同じように閃光が走ると、足が囚われ、一瞬にして石化させられた。
さすがに冗談を言っている場合ではないと月実が2人に駆け寄るが、同じことだった。
そのまま石化した3人は、叫び声を上げながら同士討ちを始めた。
そのうちの1体が、美緒達に襲い掛かってきた。
「あぶないです! みんなをまもるです! バババ〜」
効果音付きで、ヴァーナーがオートガードで美緒達の盾となった。
「ありがとう、助かりましたわ」
「えへへ、褒められたです〜」
ヴァーナーは美緒に頭を撫でられ、有頂天であった。
気合が入るのも無理はない。
「よおし、やっつけるです! 美緒おねえちゃんを狙う悪い子には、おしおきです!」
相手に槍を向けるヴァーナーは、敵ではなく仲間であるという重要な点を忘れていた。
「ほっ! やっ! とっ!」
突きを幾度となく繰り出し、石化した仲間は悲鳴をあげてやっと避けているような状態だった。
「味方ですから、あまり攻撃しちゃいけませんわ」
「あっ……ごめんです……」
ヴァーナーは美緒にそう言われて、やっと思い出したのだった。
「何があったんだ!」
動きが止まった先頭集団を追い越し、英霊の典韋 オ來(てんい・おらい)が前へ出ると、そこには首から下が石化した月実達、3人の姿があった。
「待ってろ、今助けに!」
「ま、待てッ!」
フェンリルの制止も間に合わず、飛び込んだオ來までもが、地に自由を奪われるような足元の感覚に飲み込まれ、石化した。
「トラップですか。私達のパートナーの失態です。私が取り戻してきます」
剣の花嫁であるエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)が、安全な床を選択して華麗なステップで近寄ろうとする。
「なっ……そんな……!?」
オ來と同じ順路を辿ったはずなのに、たどり着く前の手前で石化のトラップに引っかかってしまった。
見る見るうちに首から下が石化していった。
それに遅れることすぐ、先に先行していたオ來とエシクからの連絡が途絶え、急ぎで向かっていた彼女らの契約主であるコスプレイヤーのローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)とパートナーである英霊のグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が到着した。
「ねぇ、ライザ? この石像、典姑にソックリだと思わない?」
石化した2人を見て、首を傾げながらローザマリアは聞いた。
「なんだと? そう言えば、此方の石像は、エシクに瓜二つではないか……。ローザ、何やら厭な予感がするぞ」
「あらあら、多分見間違えではないと思いますわよ〜」
美緒のおっとりとしたツッコミが入るが、それに返す間もなく、2人の石化したパートナーが襲ってきた。
「あたしの意思じゃないからな!」
「本当かしら、疑わしいわ」
ローザマリアはオ來と、ライザはエシクと刃を交えた。
どうやら24階のトラップは、侵入者をガーゴイル化し、同士討ちをさせるものらしいと、これでおおよそのあたりがついた。
「早く解除しなければ!」
フェンリルや他の周りは焦るものの、当事者の1人であるローザマリアはさほど焦ってはいなかった。
むしろ、中々機会のないパートナーとの腕試しであって、次第に愉しくなっていた。
「パートナー相手に腕試しなんて、そうそう出来る機会じゃないからね。御手合わせ願おうかしら?」
後方に飛び、距離をとったローザマリアに合わせるように、ライザも距離をとった。
「まったく、石像というのはもっとカチコチに硬いものであろ! なんでそんなにしなやかに動けるのだ。石像の癖して関節の構造おかしいぞ! その上、意識もある!」
(石像を動かすこの技術、巧く応用出来ないかしら……)
そんなことを考えると、ローザマリアにとって空中庭園の存在は二の次になった。
「フェンリル、私達、遊んでくるわ。庭園はそっちがよろしく。さ、典姑、きなさい!」
ローザマリアは階下に誘い込むように、ライザと逃げ込んだ。
その挑発に乗ってしまうガーゴイル化したパートナー達を見るに、ある程度の意識は保ったままであり、階下に向かっても解除されないようだった。
「とにかく、あの3人の石化を解除して、トラップを解明しないとな」
「僕達にお任せください。僕は解除のスキルを使えますし、パートナーはトラッパーを使えるんです」
ドルイドの清泉 北都(いずみ・ほくと)は、フェンリルに申し出た
「それは助かる。まずはトラップを解明したい」
「そいつはオレに任せておけばいいぜ! へへ、見破ってやるぜ」
北都のパートナーである獣人の白銀 昶(しろがね・あきら)は、目を閉じ、トラッパーのスキルを発動させた。
巧妙に罠を仕掛ける技術ならば、逆も然り、罠を見破ることもできた。
次第に浮かび上がる、トラップが発動する床が淡く光った。
「……おいおい……。5000年前の奴らは、こんな高度なことができたのかよ!?」
トラップは見破った。
見破ったが、螺旋階段付近と階段自体を除いた全ての床と壁が、淡く薄い光の点滅を繰り返すのだった。
「どうすればいいんだ……」
フェンリルは頭を抱えた。
「トラップの根本を叩くか、強引突破しかないですねぇ〜」
北都の提案する強引突破とは、上階に向かう最短距離を、石化即解除で全員で向かう作戦だった。
「だけど、この人数全員を解除は、僕だけじゃ、ちょっときついですねぇ。トラップの床を踏むと対応した壁が反応のようですから、いっそのこと人で道を作って、そこを通れたらいいんですけどねぇ」
「おまえ、リーダーなんだから決めないと、時間ないぜ」
昶にそう言われて、フェンリルは階下の仲間を思うと悩む時間さえ惜しく感じた。
「解除は任せたぞ」
「お任せください」
手段は、1つしかないようだ。
「話は聞きましたわ。ここまで他の方々に甘えてきましたが、ここは私達の出番ですわね」
フェンリルが決意を固めると、それまで傍で成り行きを見守っていたパラディンのリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が名乗りを上げた。
「いいのか?」
「ええ。それに万が一ガーゴイル化しても、実力を知っている身内同士ならば、なんとかなるでしょう?」
「うむ。我らは4人、適任ですな」
リカインのパートナーであるドラゴニュートのキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)は、力強く頷いた。
「フィスは塔の影響受けちゃって辛いけど、ここらへんで皆の役に立たないと申し訳ないわ」
ヴァルキリーのシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)は、塔の影響を強く受ける種族であるものの、道作りならば役に立てるだろうと提案に乗った。
「自分もサポートとして参加させてもらいやす。ただ万が一にキューさんがガーゴイル化されると、お嬢とシルフィスティさんだけになってしまうので、罠に掛からないよう後方支援に徹しやす」
獣人のヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)が、最悪の事態に備えてサポートを申し出た。
こういったコンビネーションは即席では中々できない。
そう言った意味で、リカイン達――多くのパートナーを連れた者――がここまで残っていたのは、幸いだった。
「済まない。道は……任せたぞ!」
「任せなさいよ! 行くわよ、フィス姉さん、キュー、ヴィー!」
「まずは後方に徹する自分から」
階段付近の安全地帯からトラップのギリギリまで行き、ヴィゼントは上階へ向かう螺旋階段の最短距離を考え、そこからジャンプした。
着地。
足が地についてから床が光ったが、ガーゴイル化はしなかった。
どうやら、乗っているだけでは石化は起こらず、あくまで、その床を踏んだ瞬間のタイミングで、石化は起こると推測できた。
「次は我が」
ヴィゼントが手を伸ばした場所までキューが飛び、身体に掴まり、足が付かぬよう気をつけながら、更に飛んだ。
キューにも石化は起こらなかった。
「2回連続成功ね。じゃあ私が行くわ!」
リカインがヴィゼントへ向けて飛び、キューに向かって飛ぶ。
そこから更に次へ飛び、着地した時だった。
リカインの足が石化を始めた。
「解除だ!」
フェンリルが叫ぶと、北都がすかさずスキルである石を肉にを唱え、リカインの石化は逆行を始めた。
「あはは、失敗しちゃったわ。でも、踏み続ける分には大丈夫よね……って、えええ、またぁ!?」
が、再び床が淡く光ると、リカインの足が石化を始めた。
これに慌てたシルフィスティが、思わず飛び込み、ヴィゼントに届く前に着地に失敗すると、石化を始めた。
これには一同唖然とし、北都もスキルが失敗したのかと呆然としてしまった。
「キューさん! お嬢達を破壊しちゃいけやせん」
「わかっている。凍らせてみる!」
フロアに立ち尽くした2人にガーゴイル化した2人が突進してきた。
が、手加減具合が分からず、攻撃を受け止め、1歩、2歩と光る床の上を歩いて後退してしまった。
「……石化、しない?」
全員が石化する危機にも関わらず、トラップにかかったにも関わらず、石化をしなかった。
それは何故か?
「どうやら男性の方は石化しないみたいですわね」
答えを出したのは、美緒だった。
「地下に離宮が出現するくらいだから、地上に空中庭園が出現したって不思議じゃない。女王が本当に復活したらどれくらいの変化が起こるのか、想像できなかった。だから、頂上で理解できる手掛かりでもと思ったけど、ここでオレは仲間達のために道を作る」
セイバーの鬼院 尋人(きいん・ひろと)は、答えの見つかった問題を解決するための1人として、決意を示した。
「仲間のため、か。よし、私も尋人に協力して道になろう」
尋人のパートナーで獣人の呀 雷號(が・らいごう)も賛同した。
雷號は尋人のそういった仲間思いの精神に好感を持っているのだ。
「いいことを言うね、鬼院」
「黒崎!?」
「僕も道作りを手伝おう」
ニンジャの黒崎 天音(くろさき・あまね)は、尋人の行動に笑みを浮かべながら、手伝いを申し出た。
「ふむ。ここから上階への階段まで、男6人もいればいいだろう。我もいれて、これで4人だな」
天音のパートナー、ドラゴニュートのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が、階段までの距離を目測で計りながら言った。
「やれやれ。自然を愛したネフェルティティ様の愛でた花を見たかったけど、ここで俺達だけ手伝わないわけにはいかないだろう?」
「早川!? 2人とも、助かるよ!」
フェルブレイドの早川 呼雪(はやかわ・こゆき)と、そのパートナーである吸血鬼のヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)も加わった。
「ネフェルティティちゃんの作った庭園なんてもうおぼろげで思い出せないし、今更見て思い出してもね。僕も6人のうちにいれてもらうよ」
「よし、道を作ろう!」
まず尋人と雷號が並び、
「女性のために幅はできるだけ広げないようにしないとね」
天音とブルーズが続き、
「今は仲間を上にやることだけを考えよう……」
呼雪とヘルが続いた。
男6人による上階への道がついに繋がった。
「男性人はそれぞれに行ってくれ!」
「よし、先にいくぞ!」
美緒を雷號に飛ばしながらの尋人の叫びにフェンリルが先頭に立ち、男性人を引き連れて走った。
「ご苦労様です。落ち着いたら是非、庭園に向かってくだされば」
「いえいえ、僕達は階下から仲間達が来たときのために留まらせて頂きますよ」
美緒の言葉に天音は階下で戦う仲間達を思い、口にした。
「俺達の分も庭園を確かめてきてくれ……」
「わかりましたわ。しっかり庭園を調べてまいります」
呼雪が美緒に調査を託した。
このまま順調に仲間を運び続けられるかと思った矢先、最初にガーゴイル化した月実、リズリット、キリエが道に振り向いた。
「ふい〜〜〜〜」
3人とも言うことを利かない身体に振り回され、既に目を回していた。
「一旦道は中止ですね」
天音はそう言うと、武器を手にした。
が、それに待ったをかけたのは、リカイン達だった。
「私達が相手をするわ! 持ち上げなさい、キュー、ヴィー!」
ガーゴイル化したリカインとシルフィスティが、パートナーであるキューとヴィゼントに抱きかかえられるように持ち上げられ、浮いた。
「そうか……解除だ!」
「わかってますよぉ」
昶はリカイン達の狙いを察して叫ぶと同時に、北都はスキルを唱え、2人の石化を解除した。
そのまま安全地帯まで2人を抱き運ぶと、次の相手、月実達の解除に目標を定めた。
安全地帯で解除か、地に足をつけないで解除をすればいいのだ。
「私達が相手よ、きなさい!」
3人のガーゴイルは挑発に乗って進路を変えた。
「5000年前のトラップとそれを解決する仲間。これ、感動のドキュメンタリー撮影だったかしら?」
「おお、友を思う気持ちが繋いだ光の道。その先に待ち受けるものがなんであれ、我々は真の宝を手にしたのだった」
「5000年前のトラップ……同士討ち……女の人だけ……人の道……」
記録係はいつものように三者三様で事実を残し、最後に24階を後にした。
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