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リアクション
「あら……これはラフレシアですわね。やっぱりあったんですね、良かった」
「逃げろ!」
フェンリルは叫ぶが、伸びた蔓が何本も美緒に向かって伸びた。
――ザシュッ!
美緒に向かった蔓の全てを正悟が切り落とした。
「こっちは俺が引き受ける!」
「……怪我を……?」
正悟の右腕からは血が滲んでいた。
美緒はすかさず正悟の腕を取り、治癒した。
「すまない。また借りが……」
「いいんですわ」
「ふふ、よくできました、美緒」
亜璃珠は美緒が助ける側に一度でも立てたことを、素直に喜んだ。
「5000年前の風景……帰ったらミルフィに見せてあげたかったのに……これでは……」
メイガスの神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)は、手にしたカメラを手に項垂れた。
先ほどまでは綺麗だった植物が、いきなり緑から紫やオレンジといった不気味な色に変わり、突然伸びた蔦で襲ってきたからだ。
同行できなかったパートナーに、綺麗でしょと言いながら一緒に鑑賞することは、叶いそうになかった。
「戦えない人も多いわけですし、近づけさせません。心苦しいですが、燃えてください」
有栖がファイアストームを放つと、瞬く間に炎はラフレシアの一部から全体に伝わり、続けざまに凍て付く炎を放つと、もはや何が燃えているのかもわからないくらいに燃え盛った。
ラフレシアに対して身構えた他の仲間達も、有栖の攻撃で全てのカタはついたと、攻撃態勢を解いた。
「……え……どうして!?」
だが、効果的だったはずの炎のスキルを受けても、依然燃えながらラフレシアは動き続けた。
5000年もの月日を生きていたその生命力を支える機晶石の力だった。
ラフレシアの蕾や蔦から樹液が全方位に飛散した。
その雨のような樹液に有栖は触れてしまうと、次第に身体が石化を始めた。
「うそ!? こんなの反則です!」
そのまま有栖は石化してしまった。
「巨大人食い花とか喋る花とかなら面白いんだが……なんて思ってたが……こりゃ反則だぜ」
ヘクススリンガーの棗 絃弥(なつめ・げんや)は、そんな事を思っていた過去に戻れるのならば、自分を責めたいと思った。
「私もここにあるもの全て幻だと思っていたが……これは反則ですね」
パラディンの神野 永太(じんの・えいた)は、流石に1人では無理だと、近くの絃弥とフェンリルと合流して、そう弱音を吐いた。
「あの樹液はやべえ。石化したらどうしようもないぜ」
「無数の蔦も厄介です。本体に辿り着くまでに消耗戦になりかねません」
「だが、逃げるにしても……」
フェンリルの言うとおり、ラフレシアは再生以上の速度で成長し、既に出口がどこかもわからぬほどに繁殖し、蔓延っていた。
「はあ……やるしかねえ……。俺は後衛だ。人生は刺激があるから楽しい……そうだろ? そう思えよ」
絃弥は銃を構えて、ラフレシアを捉えた。
「俺は前衛で斬る。奴の再生が追いつかないほどに、斬ってみせるぜ」
フェンリルは剣を構え、1つ大きく息を吐いた。
「なら私は槍ですので、フェンリル君の1歩後ろから援護します。みんなの笑顔を守る。そのための力ですから……ッ!」
永太は槍を振るい、身構えた。
最後にして最大の難関との戦いが、今、始まる。
「行くぜ……ッ!」
フェンリルがラフレシアに向かって駆けると、一斉に蔦が伸びてきた。
それを斬り落として進んでいく。
斬りもらしや死角からの攻撃は、フェンリルの後ろにぴったりとくっついて護衛する永太が槍で薙ぎ、ラフレシアを全体から捉える絃弥が次に攻撃を仕掛けてきそうな蔓を厳選して撃ち落す。
即席にして上々のコンビネーションの滑り出し。
いけると口にしたところで、それは間違いではない。
相手がラフレシアでなければの話ではあった。
「止まってはいけません!」
ラフレシアに向かって突き進むフェンリルの動きが、徐々に前に進めなくなった。
無数の蔦を捌ききれず、その場に立ち止まるような形となった。
永太も後方でフォローし続け、絃弥もより前衛の2人に近い蔦を攻撃するようになったが、次第に手数で負け始めた。
「うおっ!」
ついにフェンリルの足に蔦が絡まり、そのまま持ち上げられた。
「あのやろっ! 捕まっちまった!」
「……ッ! フェンリル君!」
絃弥は後方支援を諦め、必死に距離を詰めながら射撃し、撃ち落すまでの時間を短縮した。
その甲斐あって、ジャンプして蔦を纏めて薙いだ永太が支えのなくなったフェンリルを抱えて戻った。
「これはもう気合でなんとかできるレベルじゃないよ!」
ヴァルキリーのセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は、未だ勢力を拡大するラフレシアに天を仰いだ。
「諦めるですか、それは俺の一番嫌いな言葉ですね」
「それはわかってるけど!」
セルファのパートナーであるメイガスの御凪 真人(みなぎ・まこと)は、黙って戦いを見ながら考えていた。
「あの樹液は、女性限定なんですかね?」
「どうして?」
今になってどうしてか24階で女性しか石化しなかったことが引っかかった。
この空中庭園は、どうも女性に厳しく、侵入を拒んでいるようにしか思えなかった。
それは何故か。
「……セルファ」
「何?」
「やっぱり女性としては、俺を狙うライバルは少ない方がいいですよね?」
「は、はぁ〜〜!? な、何言ってんのあんた、こ、こんな時に! ばっかじゃないの!?」
セルファは真人の耳元で怒鳴った。
1つだけ仮定はあるのだが、それがどうも俗物的すぎて、5000年前の空中庭園には相応しくないのだ。
「ちょ、ちょっと! もう出口わからなくなるくらいになってる!」
どんどん成長していくラフレシアと覆われる空中庭園を見て、真人はタイムリミットだと思った。
「そうですね。もう撤退しかないでしょう。では、最後に……。見捨てられませんから」
真人は目を閉じ、凍て付く炎をラフレシアに向けて2度放った。
ラフレシアは多少悶えるように揺れるが、これが全く効果的でないのは、既に実証済みだった。
これは時間稼ぎ。
真人はフェンリル達に向かって、腹の底から叫んだ。
「君達ぃ! そのラフレシアぁっ! 女性なんですよぉ!」
「はあ?」
「だぁかぁらっ! 男性を欲してるんですぅ! さて、逃げましょう」
真人はセルファの手を取って、その場を後にした。
「な……何を……」
フェンリルは真人の言葉に動揺した。
しかし、もはやこれ以上戦っていても、自分達の身の安全は保障されない。
既に出口がどこかはわからないが、今からは撤退戦なのだ。
「あ、いたいた。クライス君、見つけたよ」
蔓延る蔦の隙間から顔を出したのは、シャンバラ人のサフィ・ゼラズニイ(さふぃ・ぜらずにい)だ。
「見つかりましたか。フェンリルさん達が最後ですよ」
サフィのパートナーであるパラディンのクライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)は、サフィの上から顔を出して言った。
「ええ、最後です。他の方々は先に階下へ案内しておきました。付いて来て下さい。ここから逃げましょう」
「じゃ、あたし先に行ってるね」
サフィが蔦の間から姿を消すと、クライスは蔦を斬り裂いて、人が通れる分のスペースを作った。
「さ、どうぞ」
フェンリル達は頷き、クライスの後を追った。
「しかし、大変なことになりましたね」
「そうだな」
「でも僕は少しばかりか、大いに助かりましたけど……」
フェンリルに振り向くクライスは苦笑いでそんな事を言った。
「あ、きたきた。こっちだよ! やっぱりエレベーターないと不便だよね」
「は、はは……。屋上についてからずっと、エレベーターを探させられました。しまいには、32階があると言い出し、踏み台にされました」
引き攣った笑みを浮かべるクライスを見て、フェンリルはなるほどと思った。
要するに、パートナーに引っ掻き回されている最中に現れたラフレシアは、彼にとっていい口実になったのだ。
「でもおかげで、方向感覚はバッチリです。多少目を瞑っても、空中庭園は歩けるようになった気もします」
「なら、パートナーのおかげだな」
「はは……」
もはやどんな顔をすればいいか分からないクライスだが、方向だけは間違っていなかった。
「それじゃ、逃げよっか!」
サフィが立っている傍の蔦の隙間から見える先は間違いなく階段であった。
「さて、逃げ切れるか……」
フェンリル達は、階下に逃げた。
調査の終わりであり、撤退戦の始まりであった。
――29……28……26……。
蔦はどこまでも追いかけてきた。
時折、殿のフェンリルが蔦を切り払うが、それでも次の蔦が迫ってくる。
――24階。
ガーゴイルトラップのフロアで、最上階で石化した女性人の解除をしており、道になっていた男性人も加わって逃げた。
――16階。
機晶姫は既に暴れていなかった。
どうやら機晶石を狙った輩が大人しく降参したかららしい。
敵意を向けていなければ、機晶姫は心優しかったのだ。
――8階。
無数のストーンゴーレムは全て片付けられていた。
一仕事やり終えた充実の面々だが、これから全力疾走で逃げることとなった。
――地上。
全力疾走で逃げ出した計95名が全員地面に突っ伏していた。
ラフレシアの蔓は塔からそれ以上は追いかけてこなかった。
獲物を探すようにぬるぬる動くと、最後には開けっ放しの石牢を再び閉め、空中庭園に戻っていったのだ。
「礼儀正しいラフレシアさんですわね」
美緒はどこまでも、美緒だった。
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