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七草狂想曲

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七草狂想曲

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    ★    ★    ★
 
「さあ、準備はできました。後は布紅ちゃんに入ってもらって出汁を取るだけデース」
 巨大寸胴でぐつぐつとお湯を沸騰させながら、アーサー・レイスがつぶやいた。
「地祇カレーに次ぐ、この我が輩渾身の新作、題して神様カレー。究極の出汁を入れて、最高のカレーと成すのデース。さあ、布紅ちゃん、いい感じでお風呂がわいていますのでお入りくだサーイ」
「はいはい。とりあえず、福ちゃん借りてきたけど、いったいどうするのよ」
 もはや究極のカレーに酔いしれて周りの見えていないアーサー・レイスに、布紅を連れてくるように頼まれていた日堂真宵が戻ってきて言った。
「さあ、早く鍋の中へ」
「いいの? いいのね?」
「さあ!」
 もう、調理の過程で自称小麦粉を吸い込んだんじゃないのかと思えるアーサー・レイスに、日堂真宵は考えるのをやめて、勝手に連れてきた福ちゃんを寸胴の中に投げ入れた。
「勝った!」
 アーサー・レイスが勝ち誇る。
「あーん、福ちゃん返してー。酷い、酷いよー」
 いつも一緒の腹話術人形を鍋で煮られて、橘カナが大べそをかいて駆けつけてきた。
「カナさんを泣かせる奴は許さないッス!!」
 追いかけてきた兎野ミミが、怒りにまかせてスプレーショットを放った。
 とっさにアーサー・レイスと日堂真宵は身をかがめて難を逃れたが、背後にあった寸胴が蜂の巣にされる。
「あちちちちちち!!」
 寸胴から零れだした熱湯を頭から浴びて、二人はあわてて逃げだしていった。
「あーん、福ちゃんがびしょびしょ」
 なんとか福ちゃんを取り返したものの、いったん煮られてしまった福ちゃんを、橘カナはあわててハンカチで拭きだした。
 
    ★    ★    ★
 
「なんだか騒がしいなあ。まあいい、とりあえず味つけだぜ」
 アーサー・レイスたちが逃げていく方をちらっと見てから、朝霧垂が適当に鍋にしょうゆを入れた。
「むっ、あの味つけ。寸分の狂いもない的確な調味料の量。ただ者じゃないな……」
 偶然という名の奇跡を演じる朝霧垂の姿を勘違いして、樹月刀真が身を引き締めた。
 ここしばらく喫茶店のために調理に身を入れている樹月刀真としては、七草粥でも他人に後れをとることは許されない。
「刀真、お塩、どのくらい……入れる?」
 漆髪月夜が、食卓塩の瓶を片手に樹月刀真に訊ねた。
「だめだ。塩はすべての味を決定する最重要調味料。これは俺が自らの手で振り入れる。月夜は、配膳に専念していろ!」
「分かった!」
 なんだか追い払われたようで、気分を害した漆髪月夜がぷいと横をむいて、できあがった他の人の七草粥を参拝客たちへ持っていく仕事の方に専念した。
「これは、七草粥だけでは他の者に勝てない……」
 そうつぶやくと、樹月刀真はお雑煮を作り始めた。それだけでは安心できなかったのか、なぜかお汁粉も作り始める。
「ちょっとちょっと、月夜、こっちだ、おいで」
「何……?」
 すでに酔っ払っている玉藻前に呼ばれて、漆髪月夜は七草粥を持って近づいていった。
「それは、そこにおいてくれ。それから、刀真に何かつまみを作れって言ってくれなのだよ。それより、育ったかな? むぎゅっ」
 赤ら顔の玉藻前が、いきなり漆髪月夜の胸をつかんだ。
「むっ、成長していないな……」
「揉まなくていいの……! 刀真以外は、そんなことしても……光条兵器は出て……こないんだから!」
 わざとらしく不思議そうな顔をする玉藻前に、漆髪月夜が怒って言い返した。
「何をやってるんだ、あの二人は?」
 スズシロでからみ餅を作ってきた樹月刀真は、そんな二人を見て唖然とその場に立ちすくんだ。
 
    ★    ★    ★
 
「なんだか、たくさんの食材がありますね」
 テーブルの上に集められた食材を見て、火村 加夜(ひむら・かや)が言った。
 七草以外にも、お餅やあんこや、おせちなどがならんでいる。
「一応、家からもいろいろ持ってきたから、お粥以外が食べたくなった人がいても大丈夫だよ」
 お粥以外にも、いろいろなおせちやお汁粉をテーブルの上にならべながら、朝野 未沙(あさの・みさ)が言った。見るからに怪しい合体七草が食べられないことも見越して、わざわざ自宅から普通の七草粥も持ってきている。
「それは楽しいですね。いろいろと作りがいがあります」
 そう朝野未沙に言うと、火村加夜がお汁粉を作り始めた。紅白のお餅をハート型や星形に削ったりして、お正月らしく華やかな感じにする。
「運ぶの手伝いますね」
 朝野未沙たちがならべた七草粥以外の料理をお盆に載せていきながら、布紅が言った
「そんな、布紅様に手伝ってもらうだなんて、恐れ多いです」
 ちょっとだけ朝野未沙があわてる。
「いいえ、逆ですから。今日の行事は、本来、私がすべきことなんです。私が、みんなに手伝っていただいたんですから、これぐらいあたりまえです」
「じゃ、私も一緒に運びます」
 別のお盆に料理を載せながら、火村加夜が言った。
 
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「七草ナズナ、唐土の鳥が、日本の土地に、渡らぬ先に、合わせて、バタクサバタクサ」
 七草の歌を歌いながら、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が軽快に包丁さばきを披露していた。
 目指すのは、七草粥を中心に添えた七草御膳だ。すでに、これは和風料亭の域である。
「凄いのだな。さすがに、私には作れそうもないな」
 林田樹が、本郷涼介が作っていく物を順にながめて言った。
 柚子味噌をかけたふろふき大根、蕪の浅漬け、セリのおひたし……。何やら、柚子味噌一つをとっても、いくつもの素材を合わせているようだ。あっけなく、林田樹の理解の範疇を超えてしまっている。
「こんなとき、私に手伝えることと言えば……歌うことだな! ななぐぅずざぁ〜♪」
「うっ、うわっ……。ストーップ!!」(V)
 危機一髪駆けつけた緒方章が、林田樹を無理矢理引きずっていく。
「なんだったんだ?」
 一瞬怪音波を聞いた気もしたが、意味が分からずに本郷涼介が首をかしげた。
「チェンジしましたー。代わりに歌わせていただきます。土の鳥と日本の鳥と渡らぬ先に、七草ナズナ手に摘み入れて……」
 入れ替わりでやってきたジーナ・フロイラインが、七草の歌を歌う。
「まあいいか」
 料理に集中して、本郷涼介は自分の意識から一切の物を排除した。