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空京古本まつり

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空京古本まつり
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 エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が本を抱えて店に戻ってくると、店番を任せた輝夜は居らず、旧知の朝野未那とティナとナイルが三者三様で店番をしている。未那はどこか顔色が良くなく、ティナはクトゥルフ神話の本に没頭し、ナイルは本を手に取っては笑っていた。
「エッツエル様、お帰りなさいませぇ」
 最初に気付いた未那が挨拶する。
「輝夜様は、姉さんとと休憩に行ってますぅ。私達がその代わりに店番を頼まれたんですぅ」
「そうか……で、売れました?」
「わらわが買うてやったぞ」
「つまりそれ以外は売れてないってことですね」
「当たり前じゃない。こんな本、買いたがる人なんてそう居ないわよ。書いた本人みたく、どっか侵されてるんじゃなきゃね」
 ナイルの毒舌に、エッツエルの表情は変わらないものの衝撃を受けた。
「こんな本も仕入れてきたんですが……」
 買い入れてきた本を見せる。もちろん全部クトゥルフ神話に関する書物だ。
 未那とナイルは首を振り、ティナは興味こそ示したものの、エッツエルの「売れますか?」の問いかけには、やはり首を振った。
「それなら皆でお茶でもどうですか?」
「店は良いのぉ?」
 未那が聞くと「店なんかより可愛い子の方が大切です」とエッツエルは言い切った。
 しかし未那は「今回は遠慮しておきますねぇ」と遠まわしに、ナイルは「タイプじゃないよ」ときっぱり、ティナは「わらわとそなたとでは釣りあわんな」と対象外の烙印を押した。
 トリプルアタックを食らったエッツエルは、今度こそよろけてしまう。そこに未沙が戻ってくる。
「あれ……輝夜は?」
「知らないよ! いいトコだったのに!」
「それなら私と改めてお茶でも……」
 エッツエルが言い終わるのも待たずに「ああ、あたしって男は相手しないのよね」と未沙は撥ね付けると、未那達を連れて出て行った。
 膝を抱えて店番をするエッツエル。未沙達の4連続攻撃で、いくらか侵食が進んだように感じた。
 古本まつりに繰り出した芦原 郁乃(あはら・いくの)蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)
 リフレッシュ! 古本まつり 掘り出し物を見つけようツアーと題して、アンタル・アタテュルク(あんたる・あたてゅるく)ラルフ モートン(らるふ・もーとん)を荷物持ちにしている。
「朝っぱらからくすぐり起こされて何かと思ったら、掘り出し物ゲットだZEツアーって、俺関係ねぇしっていうか。それって荷物持ちってやつだろ!?」
 アンタルの不平不満は止まらない。
「え〜い 文句を言うな! 美少女二人のお供だぞ」
 郁乃が言うと、アンタルが不思議そうな顔をした。そして額に手をかざして遠くを眺めるマネをする。
「美少女2人? 1人は居るとして」とマビノギオンを指差す。
「もう1人はどこだ?」
 指先が宙をさまようあからさまな行為に、郁乃が言い返そうとすると、ラルフが口を挟む。
「オレが思うに、字が違うんじゃないか? 美少女微小女だ」と空中に指で文字を書く。
「ああ、なるほどな。確かに微小だ、微小」
 2メートルを超えるアンタルやラルフからすれば、大抵の人間が小柄に見えても当然だが、144センチの郁乃ではなお更だ。
 郁乃に封印を解かれたマビノギオンは、外見こそ似ているが、なぜかプロポーションは格段に良くなっていた。
「背だけじゃなくって、いろいろ微小だから、ギィッ!」
「ああ、どっかのぼうやかと見間違え、グォッ!」
 盛り上がりかけたアンタルとラルフの向こうずねを、郁乃が思い切り蹴り上げた。
「ちっちゃいからってバカにすると痛い目見るんだからぁ〜」
 肩を怒らせて歩き出す。マビノギオンは微笑みながら、アンタルとラルフは顔をしかめて追っかけた。

 普通の書店と異なり古本の値段は店主の裁量によるところが大きい。
 またチェーン店では一律な値付になりがちで、相場から乖離した値段になってしまうこともある。
 そこで安く売られている本を見つけ出して、高値(と言うか相場の値段)で転売するセドリと呼ぶ仕事がある。
 本の“背”表紙などを判断して“取る(買う)”ことから“セドリ”である。

「セドリで小銭稼ぎくらいはしたいもんやなー」
 大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)はパートナーの2人を連れて古本まつりに来ていた。ただし泰輔がソロバンを弾いて本を選んでいるのに対し、フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)も自らの興味が先にある。
 安売りのワゴンを中心に見て回っていたが、想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)の店頭にある無料の文字に泰輔が飛びついた。
「タダより安いもんはないやろ」
 全部持っていこうとする泰輔に、さすがの夢悠も「1人1冊くらいに」と伝える。
 泰輔は「どこにそんなん書いたるんや!」と言おうとしたが、まつりの雰囲気を壊す気もなかったので、大人しく3冊だけ貰う。
「まぁ、これで売れたら丸儲けやな。午後にもっぺん行ったろか。それとも変装して……」
 さすがにシューベルトと顕仁に止められた。
 チラシを見たパートナーのルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)に誘われたアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)だったが、元来本好きなこともあって古本まつりの雰囲気は十分楽しめた。
「へー、結構デカイんだなぁ」
「うむ、そうじゃのぅ」
 アキラは漫画、時々ジュニア小説、所によりH本と言った感じで、面白そうなものを買って行く。ただしH本だけはルシェイメアに見つからないように、慎重に買う。
 ルシェイメアは掘り出し物を探して歩いた。
「アキラよ、ワシは向こうを見てくるぞ」
「こっちを見ようと思うんだけど〜」
「どこかで待ち合わせにするかの?」
「おー、ほんじゃーそうすっか〜」
 時間と場所を決めて、午後までは別れて行動することになった。
「一緒だとH本は買いづらいからなぁ」
「いらっしゃーい。良かったらどうぞー」
 元気良く呼びかけている綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)の店に立ち寄る。
「あれ? ……この写真集」
「私のよ。サイン入りで残り少ないから、お早めにー」
「サインか……写真はOK?」
「もっちろん!」
「握手は?」
「まぁ……良いけど……」
「ハグは?」
「それは……ちょっと」
 言いよどむさゆみに、横からアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が口を挟む。
「どれでも購入10冊につき、ハグ1回でいかがかしら?」
「分かった!」
 アキラは漫画やラノベを30冊買った。
「はい、ありがとうございます。さゆみん、3回です」
「うー」と悩ましげな顔をしていたさゆみだったが、アデリーヌに「これも販売促進のサービスです」とささやかれて、何とか納得する。
 アキラが3回ハグされるのを見た他の客も、ハグ目当てに適当に10冊単位でまとめて購入する。
 元々持ち込んだ150冊余りが、あっと言う間に残り数冊になる。
「売れちゃったね」
「わたくしが機転を利かせたのが良かったかと」
「体を張ったのは私じゃない!」
「わたくしもこんな格好したのですよ」
 どちらからともなく笑いがこぼれる。
「じゃあ、交互に見て回ろうか?」
「そうですね。これなら店番も簡単ですから」