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第二章 古本まつり開幕

 コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)ラブ・リトル(らぶ・りとる)は、買い揃えた本の陳列に忙しかった。
 蔵書の回収部隊とは別に、山葉涼司と内密に連絡を取っていたコア達は、盗まれた蔵書に類似した本をかき集め、古本まつりの会場で売ることにしていた。
「よーし、バンバン売るわよー♪」
「おい、目的を忘れていないだろうな」
「大丈夫よー。怪しい人が来たらコアに知らせるって♪」
 自分達で本を持ち込んだ想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)達も開店準備に動き回っていた。
「無料の本はこっちだな」
 想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)に指示しつつ、夢悠も本を並べる。
 無料の言葉を耳にしたさゆみやアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)だったが、まずは陳列を急ぐことにする。
「これは……なんですの?」
 アデリーヌが開けた箱には、さゆみのコスプレ写真集が詰まっていた。
「限定200部で作ってみたの」
 さゆみは写真集を一番目立つ所に平積みにする。アデリーヌの口からため息がもれた。
「作ってみたって、また無駄遣いを……第一、古本ではないですよね」
「固いこと言いっこなし。はい、これ」
「…………?」
 アデリーヌに渡されたのは、女子高生がバンドを組んで活躍する某人気4コマ漫画の衣装、つまり制服だ。
「どうしてこのようなものを?」
「人目を引かなくちゃ売れないじゃない。ミュージシャンの活動を始めたから、ちょうど良いかなって」
 アデリーヌは「わたくしには関係ないこと」と抵抗したものの、「そんなこと言って、売れなかったらどうするのよ」と押し切られる。
「なんだかスースーしますわ」
 いつもの貴族服から制服に着替えたアデリーヌは、短いスカートを気にした。
「やっぱり似合うよね。背は高いし、足も長いし」
 さゆみに誉められて頬を赤くした。
「おっ! あっちもコスプレしてるな。負けちゃいられねえぜ」
 弥涼 総司(いすず・そうじ)季刊 エヌ(きかん・えぬ)の店は雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)一色だった。
 ポスターものぼりも雅羅。総司が来ているハッピも締めているハチマキも雅羅。
 売っている同人誌だけでなく、うちわにもタオルにも雅羅が描かれている。
 そして金髪ロングのカツラを被りメイクを似せたエヌは、身長こそ違うものの雅羅そっくりになっていた。
「これで雅羅ちゃんが来ればバッチリだぜ」
 総司は舌なめずりをした。
 順調に進んでいるところもあれば、今ひとつ上手く行っていないところもある。
 エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)に「頼みましたよ」と放置された緋王 輝夜(ひおう・かぐや)がそれだ。
「こんな本、だれが買うってのよ」
 中身ばかりでなく、装丁も凝りに凝ったクトゥルフ神話関連の本が並ぶ。全てエッツェルが自作したことからも、力の入れようがわかる。しかし本人は「良い本が無いか探してきますねー」と開始前だと言うのに姿を消した。仕方なく輝夜がお釣りやら売値やらを整える。
「まさかずーっと1人で店番させられるわけじゃないよね。トイレ行きたくなったらどうしよ」
 悩んでいたのは師王 アスカ(しおう・あすか)も似たようなものだった。様々な素材、色とりどりのデザインのブックカバーが並ぶ。ただしどれも値札は無かった。
「うーん、どうしよぉ。もう格好いい人だったら、タダであげちゃおうかなぁ。可愛い女の子でも来てくれたら良いなぁ。『可愛いあなたにプレゼント』なーんてねぇ」
 出店の主旨が変わりつつあった。
 やがて会場のアチコチに取り付けられたスピーカーからファンファーレが鳴り響く。
「それではー、空京古本まつりー、開始しまーす」
 結城 奈津(ゆうき・なつ)の元気な声がスピーカーから流れた。

 四谷 大助(しや・だいすけ)は小説や心理学系の棚を見て回っていた。恋愛小説や女性心理について書かれた本を探している。
「どこまで付いて来るんだよ、ルシオン。金は渡すから1人で回れよ」
 いつになく気前の良いセリフを口にしながら、大助はパートナーのルシオン・エトランシュ(るしおん・えとらんしゅ)を睨みつける。しかしルシオンは意に介さず並んで歩く。
「そんなこと言って良いんスか? あたしがいた方が何かと役に立つッスよ」
 ニヤニヤ笑いながら、大助の手にした本を見る。
「女性心理ッスか? あたしも女性なんスから、分かんないことがあれば聞いてくださいッス」
「お前に聞いたって、牛乳のこととか田舎の姉妹のことばっかりじゃないか」
「大さん、甘いッスね。それも女性ならではの手口なんスよ」
『それを言うか』と思いながらも、何度も引っかかってきた大助自身を思い返す。
 大助が目についた恋愛小説を手にすると、「あうー、アキュートォォォー」と小さな妖精らしきものが付いてきた。
「そいつは俺の仲間だ。持ってかないでくれ」
 ペト・ペト(ぺと・ぺと)の声で飛んできたアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)が、大助からペトを受け取る。
「またか」
「はい、くっついちゃったですよー」
 大助は「特典のフィギュアでも付いてきたかと……どうぞ」と本を手渡して去っていった。
「なんだ? 『太陽の騎士と氷の女王』?」
「二人の気持ちに温度差を感じるのです。でも、何だかんだで上手くいくと、ペトは思うのですよ」
「温度差は気持ちの問題じゃねえと思うが……」
 そんなやりとりをしている内に、もう1人のパートナーであるハル・ガードナー(はる・がーどなー)も追いついた。
「こんなの買ってきたー。コレ、ドラゴン図鑑だよね? 下に書いてある字は、難しくて読めなかったんだ」
 アキュートが手にすると『パラミタのドラゴン達』と題名があったが、副題に『実録千年の恋! ティアマトとティホンの爛れた関係』とある。
「イヤ、何と言ったらいいやら……。とりあえず返してきな……」
 ペトを頭に乗せると、アキュートは不満がるハルを引っ張っていった。
 佐倉 紅音(さくら・あかね)はアチコチ見て回りながら、掘り出し物はないかと探していた。
「数はあるけど、質が伴わないとね」
 女の子が1人で番をしている店の前に来た。
「あら? これ……」
 並んでいる本を一通り眺めたが、どれもがクトゥルフ神話に関するものばかりだった。しかも装丁から見て、どうやら自作らしい。
『これをあの娘が作ったのかしら……』
 怪訝そうな顔で見ていると、店番をしていた緋王 輝夜(ひおう・かぐや)と目が合う。
 彼女も『可愛い娘がこんな本に興味があるの』と言いたそうな顔で紅音を見ている。
「えーと、いらっしゃい! 好きなだけ見てってよ」
 勧められて紅音は一冊手に取る。中身を見たが、やはりクトゥルフ神話だ。
「これ、あなたが作ったの?」
 輝夜は「いやいや」と大きく首を振る。
「作ったのは、あたしのマスターなんだけど、今どっかに行っちゃってて」
「そう……」
 どこかホッとした表情で紅音は本を置き、「他を見てみますので」と去っていく。
 なぜか輝夜も売れないことでホッとした。