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第七章 まつりの後

 蒼空学園では蔵書の回収に関わった人達の間で、ささやかな打ち上げが行われていた。
「なんとか全部回収できた。皆、お疲れ様」
 山葉 涼司(やまは・りょうじ)の挨拶を皮切りに、ひと汗かいた生徒達で盛り上がる。
 買い取った蔵書も少なくなかったため、それなりの出費となったものの、それも山葉の想定内に収まった。しかし懸案もある。蔵書を奪った犯人についての手がかりが途絶えたことだ。
「結局、目的は何だったのかしら」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が山葉に話しかける。
「分からん。捕まえた連中も、直接盗んだ奴らにまでは繋がっていないからな」
 カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)もそこが気になるのか、買ってきた掘り出し物から顔を上げた。
「本は返って来ても、それで全てが解決したわけでもない。むしろこれからが問題ではないのか」
「ああ、だが手がかりは……ある」
「どんな?」
「奪われた蔵書の解析を優先させて進める予定だ。なんらかの目的があれば、同じ場所にたどり着くだろう」
「そっか。それじゃあ、まだまだ毛根の心配も続くのね」
 ルカルカが山葉のおでこをチョンと突付いた。山葉は額を両手で覆う。
「大丈夫ですよ。山葉くん……まだ」
 火村 加夜(ひむら・かや)が懸命にフォローするものの、どこか山葉の心を上滑りしていく。
「まだなのか……そうなのか……」
 そんな山葉にクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が声をかけた。
「えっと、要求するのも何ですが、そろそろお礼とやらをいただきたいなと」
「うむ、褒美目当てにやったわけではないが、わしも期待しておってのう」
 ルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)が自慢の三節棍をジャラリと鳴らす。
 山葉が気を取り直す。
「ああ、そうだった。じゃあ、目をつむって手を大きく広げてもらえるか?」
 まずは言いだしっぺということで、山葉はクロセルに伝える。
「ええっ! そんなに大きな物なんですか?」
「考えた自分で言うのもなんだが、そこそこのオオモノかもな」
「それは楽しみです」
 クロセルは大きく両手を広げた。
「じゃあ、しっかり抱えてくれよ」
 山葉の言葉と共に、何ががクロセルの胸に飛び込んだ。
 クロセルは目を閉じたまま、しっかり抱きしめる。山葉の言葉通り、それなりに大きくで固い。しかも持ち上げようとしてもなかなか持ち上がらないほど重かった。そして……
「温かい?」
 クロセルが目を開けると、蒼空学園校長兼理事長の山葉涼司がそのまま間近に居た。そして山葉も両腕をクロセルの背中に回してくる。
「えっと、これは?」
「心を込めた精一杯の抱擁だ。遠慮なく受け取ってくれ」
 心がこもっているかは分からないものの、山葉が両腕に力をこめる。クロセルの背骨がギシギシとなった。
「グオッ、死ぬー」
「そうか、死ぬほど喜んでもらえるとは、考えたかいがあったな」
 山葉は2度3度と力を込める。クロセルの断末魔のあえぎ声が部屋中に響いた。
 お礼の抱擁が終わると、クロセルはグッタリして倒れこんだ。
「いやー、気絶するほど喜んでもらえるとは、じゃあ、次は……」
『俺はやったぜ』『あたしも活躍した』と列を作って並んでいたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)風森 巽(かぜもり・たつみ)も『さすがにこれは』と思い、列は消えていた。
 もちろん誰も貰おうとはしない……はずだった。
「……どうぞ」
 期待満面で山葉の前に立っているのは火村加夜。大きく両手を広げている。目を閉じて頬を赤くしながらも、顔は山葉涼司に合わせるように上を向いていた。
 涼司が硬直していると、一向に動きのないことにじれた加夜が目を開けて、じりじりと涼司に近づいてくる。涼司もじりじりと距離を保って下がる。
 やがて加夜がゆっくり歩き出すと、涼司も歩き出し、加夜が駆け出すと、涼司も走って逃げた。
「どうして? 涼司くーん」
「山葉校長は攻めるのは良いけど、守りに入ると弱いのね」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が評すると、東條 カガチ(とうじょう・かがち)が続ける。
「それも山葉校長の良さではあるよねぇ」
 周囲の誰もが、うんうんとうなずいた。


 蔵書の回収が終わった蒼空学園図書館は、戻った蔵書と共に新たな本や資料で充実の度合いを深めた。
「予定通り買い取って貰えて良かった」
 コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)が、呼び水として買い付けた古代関連の本や資料が図書館に収められることになった。
 魔法関連の書物を購入した犬養 進一(いぬかい・しんいち)もその場にいた。たっての願いで、本を納める作業に参加していた。

 ── 良さそうな本があったらパク……もとい長期に借りて行こうかな ──
 
 などと考えていると、図書館長が姿を見せる。
「皆のお陰で助かったよ。今後はよりセキュリティにも力を入れるので、同様のことが起こらないことを願いたいな」
 コア・ハーディオンや進一も同意する。
「他の学校にも今回の件は連絡しておいた。どの学校でも、蔵書のチェックとセキュリティの強化に乗り出すそうだ」
「ほんとですか?」
 進一の顔が青ざめている。
「ああ、図書館の本は共有財産みたいなものだからね。それを私有する不届きな輩は許さないのは当然だろう……おや?」
 図書館長が言い終わる前に、進一は蒼空の図書館から飛び出していった。

 
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は昨日購入した本を読んでいる。
 ただどちらもどこか落ち着かない様子だ。
「どうしたの? なんだかそわそわして」
「さゆみこそ落ち着かないのね」
 そんなやり取りを何度か繰り返していると呼び鈴が鳴る。2人が先を争って迎え出ると、ユルネコパラミタが荷物を届けに来ていた。
「綾原さゆみ様、お届けものです」
 本の詰まったダンボール箱が3つ。玄関に並べられる。ざっと100冊近い数だ。
「さゆみ! これはどういうことなのです? 何のためにわたくし達があれほど努力したのか」
「ごめん、欲しい本がたくさんみつかったもんだから」
「もう本棚は満杯、床に直に置くのも限界ですわ。それをあなた……」
 再び呼び鈴がなる。今度もユルネコパラミタだった。
「すみませーん、もう一件ありました」
 同じようなダンボール箱が3つ並べられた。
「アデリーヌ・シャントルイユ様、こちらにサインか印鑑を」
 業者が帰ると、さゆみの冷たい視線がアデリーヌに向けられる。
「えーっと、アデリーヌ・シャントルイユ様は何ておっしゃいましたっけ? 本棚がどうとか床がどうとか。もう一度お聞きしたいのですけど」
「さゆみの意地悪ー。わたくしだって欲しい本がたくさんあったんですもの」
 結局2人して本を片付け……る前に、買ってきた本を読むことにした。
「こうして女2人、本に埋もれていくのよね」
「さゆみと2人なら、それも本望ですわ」

 本の収納に関してはグラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)シィシャ・グリムへイル(しぃしゃ・ぐりむへいる)も似た様な状況にあった。
「グラルダ、あなたの本が私の領土に大きく侵入している現実があります」
「ああ、気にしないで、好きに読んでもらって構わないから」
「そんなことを言っているのではありません。部屋をシェアする者に配慮していただきたいのですが」
 グラルダは「分かってないのね」と頭をゆっくり振った。
「いい? 本は人類の共有財産みたいなものなの。共有財産を共同で管理するのに、何の問題があって? それを分かってもらうために昨日買い物に行ってもらったのに」
「あれは単なるパシリかと思いますが」
「財産を入手する貴重な機会を与えてあげたのよ」
 シイシャは肺を搾り出すようにため息をついた。

 ── これも苦行のひとつなのでしょうか。もっともグラルダがこうなってしまったのは、私に責任があるのですが ──

 そう思うとグラルダの言動全てが愛しく思えて笑みが浮かんだ。
 微笑むシィシャを見て、グラルダがますます目つきを悪くする。そんなグラルダを見つつ、シィシャは本の整理に乗り出した。

                              《終わり》


担当マスターより

▼担当マスター

県田 静

▼マスターコメント

大勢の参加ありがとうございました。

今作で多かったのが雅羅さんへの交流を求めるアクションです。やっぱり新入生は人気なのだなぁと痛感です。
確かに魅力的なキャラクターですからね。とは言え、特定の人に肩入れするわけにも行かないのであんな風にしてみました。

また「掘り出し物を見つけて」とか「本を買ったら図書館の蔵書だった」とのアクションも多かったです。
そんなに簡単に掘り出し物は見つけられないのですが、まぁそれはともかく、なるべく期待に沿えるようにしてみました。

次回作の機会があれば、よろしくお願いします。