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【2022バレンタイン】氷の花

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【2022バレンタイン】氷の花
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大切な人への想い−8−


 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は空京大学のカフェテラスでメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)とくつろいでいた。リリアは何か友人とのメールのやり取りに忙しいようだ。メシエは黙って、時折リリアを見ては、遠くを見るような目つきをしていた。エースはそんなメシエを見て、ひそかにため息をついた。

(メシエが婚約者を亡くしたのは何千年も昔の話。
 だが、それ以来、ずっと彼女のお墓に参り続け、メシエの心に深く刺さっている棘になってるんだよな。
 リリアがメシエの元婚約者に似すぎているせいもあるんだろうが……。
 奴がリリアに好意持ちつつあるのは誰の目にも明白なんだし。
 本人がそろそろ自覚しても良いんじゃないかと思うんだよな〜)

リリアが不意に顔を上げた。なにやら剣呑な表情だ。その気に驚いたのか、テーブルそばで何かつついていた小鳥が驚いて飛び立った。小さな綿毛が一枚ふわふわと小鳥の体から舞い落ち、メシエの頭に落ちた。

「きゃああああ!!!!」

リリアが不意に大声を出す。エースが驚いて声をかける。

「な、何事だ一体?」

特別危険な気配はないと判断し、メシエは訝しげにリリアを一瞥しただけだった。

「今の! 見たでしょう!! 雪みたいな物がメシエにっ!」
「……ああ、それが?」
「見てよ、メシエの表情は冷酷な感じになってるし、なにも言わないし!
 これは噂の氷の花の影響に違いないわ!」
「氷の……花?」

リリアは先ほどの友人からのメールで知った氷の花のについてと、その対処法を滔々とエースにまくしたてた。
それを聞いたエースはメシエが素直にリリアと仲良くするためには、この状況を利用しない手は無いと思った。

(メシエが冷酷・冷淡で取り付くシマが無い感じなのは、元々の性格なんだが……。
 まあリリアがイイ感じに勘違いしているので黙っていよう)

そして口に出してはこう言った。

「君ならメシエの凍てついた心を溶かしてあげられると思うよ」

「エース……」

メシエが何か言いかけたのを、エースが目つきで制する。リリアがエースに問いかける。

「そうかしら? ほんとにそう思う?」
「もちろんだとも」

メシエは事の成り行きに呆然としていた。

(姿が酷似しているからリリアに惹かれている自覚はある……。
 だが……それはリリアを『亡くした婚約者の代替え品と見ている』ことになりはしないか?
 それはリリアにも失礼な事だろう……。
 婚約者の事をまだ忘れてもいないまま、リリアに好意を覚える事は浮気になるんじゃないか……。
 自分の心の弱さに苛立ちを覚える……)

そんな内心の葛藤は、メシエの表情には全く表れていない。いつもどおりの冷静な表情のままだ。リリアはまっすぐにメシエのほうに向き直った。少し俯き、寂しげに言う。

「私が居ると彼女を思い起こさせてしまうのね……。
 しかも凄く似ているって話だし」

(気持ちの整理が付いていないがゆえ、リリアに対して少々冷たい対応になっている自覚もあるのだが……。
 どうすれば……)

俯くリリアを静かに見ながら、メシエは申し訳ないような気持ちでいっぱいになった。リリアはすっと顔を上げる。

「でも私はメシエが楽しそうにしている方が好きだわ……
 戦で婚約者を亡くしたんだから、きっとその事で何千年もメシエは自身を責め続けてるのよね……。
 ねえ、メシエ…… そんなに苦しみ続けなくても良いのよ…… お願い…… 苦しまないで……」

(リリアに泣かれてしまった……一体私はどうしたらいいのかね……)

内心激しく動揺しおろおろとうろたえるメシエだが、表面的には冷静そのものだ。リリアはさめざめと泣き続けている。

「……そんなに ……泣かないで」

メシエは何度か躊躇った後、リリアをそっと抱きしめ、頭を撫でた。驚いたりリアが涙に濡れた顔を上げる。
エースはそっと背後から手を伸ばし、メシエの髪についた小鳥の綿毛を摘み取ると、その場を後にした。

                 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 カイル・イシュタル(かいる・いしゅたる)龍堂 悠里(りゅうどう・ゆうり)を戦闘の特訓をしようと誘い、空京の訓練場へやってきていた。白波 理沙(しらなみ・りさ)白波 舞(しらなみ・まい)の2人は、その間近くのカラオケボックスで遊んでいることにした。訓練が終わったら4人で合流しよう、というわけだ。

「ふー、もうちょっとか」

悠里が言って汗を拭く。

「あ、メールが来てるな」

カイルは言って、携帯を見た。理沙からのメールで、なんでも今日、空京で氷の花にによる被害が出ているとあり、その対処法などが詳しく書かれていた。

「まーた、厄介なことになってるな……」

カイルは呟き、訓練の続きにと悠里のほうへ歩み寄ったが、どうも様子がおかしい。

「あれ……オレ、どうしたんだろ……? なんか気分が変……だ……」

最後は言葉にならなかった。みるみる表情がなくなり、先ほどまで動き回っていた体がたちまち冷たくなっていく。

「例の症状か……」

カイルは荷物をまとめると、人形のようになってしまった悠里の冷たい肩を抱き、予定より大分早いが理沙と舞のいるカラオケボックスへと向かった。とりあえず悠里をソファにかけさせ、2人に事情を話した。

「ええっ! 噂の症状が悠里に……っ!!」
「え? 悠里さんがっ!?」

理沙と舞が異口同音に叫ぶ。泣きそうな舞に、理沙が言った。

「……治す方法は聞いてるから大丈夫よ」
「そっか、治す方法があるのね、良かった」
「友達や片思いの相手ならその人への真剣な想いやりのこもった呼びかけとその涙だって」

しばらく舞は考え込んでいるようすだったが、顔を上げると理沙に言った。

「あの、理沙……その役、私にやらせてくれないかしら?
 ……何となく私がやらないといけない気がするの……」
「え? 舞がやってみるの? うーん…… わかった、舞に今回は任せるわ」

カイルも頷く。

「そうだな。ここは舞に任せるか」

続けて理沙に、

 他人には聞かせたくない言葉ももあるだろうし、俺たちは席を外そう?」

と言った。カイルと理沙は部屋を出て行った。

「さーて、私たちはどこにいましょうかね」
「その辺に居たらいいさ」
「それもそうね。……このこと、悠里が知ったら喜びそうね」

舞は悠里の隣に座った。氷のように冷え切った体と何も見ていないガラス球のような目は、舞の心を痛ませた。そっと冷たい手を取り、自分のひざの上で両手で温めるように包み込むと、舞は悠里の方に身を寄せた。

「悠里さん…… 私、いつもあなたに支えてもらっていました。
 きっと私が気付かない所でも……。
 私…… あなたを支えられる存在になれているでしょうか?
 こんな状態になってしまって…… 私はあなたを助けられないのかな……?
 いつもの笑っている悠里さんに戻って……。
 こんな悠里さんを見るのは悲しいよ……」

舞は目に涙をいっぱい浮かべ、決心したように言った。

「私……。 私……、悠里さんの事……好きです……。
 だから……、お願い……、戻って?
 ……また笑っているあなたを ……側で見ていたいの……」

涙が悠里の手に落ちる。悠里は氷の花から解き放たれた。

「……あれ? ……舞?」
「悠里さん! ……良かった」

安堵から泣き崩れる舞に、悠里はうろたえながらも、涙の嵐が静まるまで優しく舞の肩を抱いていた。