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リアクション
大切な人への想い−4−
「なーんかヒマやな。顕仁、散歩でも行くか」
大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)を誘い、空京の町へと出た。華やかな町並みが、いくらかでもこの退屈を吹き飛ばしてくれるかもしれないし、運がよければ小銭を拾えるかもしれない。青い空と、冷たいもののそろそろ春を感じさせる明るい日差しが気持ち良い。
そのとき、泰輔はふと上空から一片の雪片のようなものが、顕仁のほうへ舞い降りてくるのに気づいた。嫌な気を放っているそれを、顕仁に触れさせてはいけない。泰輔は本能的に直感した。両手で顕仁をつきとばす。勢いあまって折り重なって倒れた泰輔の背中に、氷の花は吸い込まれていった。
「……泰……輔?」
上にかぶさった泰輔の体が、不意に冷たくなる。立ち上がった泰輔の表情には、いつもの陽気さの欠片もない。カミソリのような冷酷な目は、なにも見ていないようだった。倒れた顕仁に目もくれようともせず、そのままどんどん歩いてゆく。一体何が起こったというのか。顕仁は慌てて起き上がり、そのあとを追った。
泰輔は道すがら駆けて来た子供がぶつかり、転んでも、うるさいハエでも見るような目つきで一瞥しただけだ。顕仁はそっと子供を抱き起こし、なだめると、泰輔に呼びかけた。
「いかがしたというのだ! 泰輔!」
「は? 気に食わん、それだけや」
近くのオープンカフェで、少女たちが大きな声で氷の花の噂話をしていた。顕仁はそれを聞いて、此度の異変の元凶を知った。
「……なんと悪夢のような出来事か。そなたが虚無にとりつかれるとは……。
いつも真面目に明るくて、すべることも恐れぬサービス精神と活動的すぎるほどの大阪人。
我にとっては太陽のようなお前が、凍てつく心を道連れに選ぶとは……」
泰輔は大通りを外れ、静かな通りへと足を向けた。歩道の手すりに腰掛ける。顕仁はそのそばにつと寄った。
「泰輔よ、そなたは祝福なき我が生い立ちを我以上に憐れみいとおしみ、そのままの我を受け入れてくれた。
他の仲間と同列の扱いで良い、ただそなたの傍に在れるだけで我は幸せであった。
泰輔を愛する女の邪魔をし、嘲弄したのも、単なる戯れではない」
「あー、うるさいうるさい、よるな、あっちへ行けや」
「愛している、という言葉だけではどれほどあっても足りぬ。助く術がそれのみならば。
……永遠の我が恋人よ!」
冷たい泰輔の唇に、そっと口づけをする。
「……ん? なんや?」
いつもののほほんとした声に、顕仁はほっと安堵の息をついた。説明を聞いた泰輔は、空を見上げた。
「……世界を呪って空虚な空を見上げるだけの暮らし……それも悪くはない、かもしれんよ?」
「否!!」
「ははは、冗談や。……ほな、行こか?」
2人は散策の続きを遂行すべく、肩を並べて繁華街へと足を向けた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
赤城 花音(あかぎ・かのん)はフィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)を、空京のイタリア料理のレストランでのランチタイムに誘っていた。この店は夜は結構なお値段なのだが、ランチは気軽に誰でもといった価格で、明るい店内は女性客も多く、にぎわっていた。
「へ〜〜、ずいぶん安くて、しかも美味しいんですねえ」
「でしょでしょ、ボクの最近のお気に入りなんだ」
嬉しそうに言うフィリップに花音は応え、2人は料理を口に運んだ。と、花音の携帯に瑛菜からのメールが入った。題名に緊急、とある。ちょっとごめんね、とフィリップに声をかけ、花音は内容をチェックした。
(ええっと……? 悪戯なの魔女の1人が氷の花の花びらを、風に乗せて空京にばら撒いた?
……花びらが体に入ると、その人は暖かさや優しさを凍りつかされてしまうんだね。
対処法は……なになに……? その人への真剣な想いやりのこもった呼びかけとその涙、かぁ)
しばし画面を見て考え込んでいた花音は、カシャンという音に我に返った。
先ほどまで和やかに食事をしていたフィリップが一変していた。大きく見開かれた何も見ていない目に、暗い影をたたえ、苦悶の表情を浮かべている。フィリップは呻くようにひとりごちた。
「お父さんは何も分かっていない……何も……。
人々の間に死を振りまいているのが解かっていないんだ……。
でも……、じゃ…… 僕はどうだろう……。
見返そうと…… 思ったのに…… 何もできていないじゃないか」
「まさか、これが……」
花音は慌ててフィリップの隣に席を移し、冷え切った両手を取った。
「……ボクと居る時のフィリポって、言動が固い……。あのひとといる時の方が、自然体なんだろうな……。
ぷぅ! ボクとしては悔しくもあるけど、フィリポらしさは大切にしたいんだ!
ボクは…フィリポの何がトラウマの原因なのか詳しくは分からない。
でも、今、苦しんでいるフィリポに、正面から向き合いたい!
ボク、自分の気持ちに素直に向き合うよ。
フィリポの苦しみを想う事で、氷の花びらを溶かせると……信じる!」
片思いの辛さがちくちくと刺さる。だが、花音はまっすぐにフィリップを見つめた。たとえどうであっても、好きな人が苦しむのなんて望みはしない。かすれた声で、花音は言った。
「ボクはフィリポが好きだよ。ね、もとのフィリポに戻れると良いな……」
握った両手に、涙がぽつんと落ちた。切なさと思いのつまった涙。
「……あれ、どうしたんでしょう?」
いつもどおりのフィリップの声。花音は慌てて、暖かくなったフィリップの手を離した。
「花音はフィリップさんと居ると、心穏やかになれるんですよ〜」
「そうか〜。僕たち、いい友人になれそうだね」
フィリップは屈託のない微笑を花音に返した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ランチの帰り道、フィリップは、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)と待ち合わせていた公園に向かっていた。
ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)はそわそわするフレデリカに、少し落ち着いてはどうかしらと声をかけた。
「そう言われても……なんだか落ち着かないのよ」
フレデリカは明るい青空を見上げた。雲ひとつない空から雪のようなものが一片、舞い落ちてきた。
「……雪?」
不意に世界が歪んだ。普段抑えていた行方不明だった兄の死が、重くのしかかってくる。あんなに探していたのに、兄さんは1人で逝ってしまった。フレデリカをこの世界に取り残したまま……。
「フレデリカ……?」
ルイーザが不審に思い、声をかける。
「ああ…… 私もこのまま…… 兄さんの所に……」
生気が一切失せた目が、豪華な装飾の護身用の短剣に落ちる。その冷たい刃が、全てを断ち切ってくれそうな気がする。
「ダメですっ!!」
叫んだルイーザが、フレデリカの短剣を持った手首を素早く掴む。
「離して……、お願い……」
そこにフィリップが到着した。フレデリカの様子がおかしい。
「フリッカ!!」
フレデリカに呼びかけ、フィリップは彼女の元へ駆け寄った。ルイーザがやっとの思いで短剣をフレデリカの手からもぎ取った。フィリップがルイーザに問いかける。
「どうしたんですか、一体……」
「わからないんです。急に様子がおかしくなって……」
そのときまた、呻くような声で、フレデリカが呟く。
「兄さん……、ああ……、兄さん……」
フィリップはフレデリカの両肩を掴み、瞳を覗き込んだ。虚ろな凍りついた瞳。体も冷え切っている。
「フリッカ、どうか落ち着いて……ね? お兄さんは……」
フレデリカが地の底から響くような嗚咽を漏らした。
「兄さんは…… 兄さんは…… 私を置いて…… 逝ってしまった……」
崩れるように倒れかかるフレデリカを、フィリップが抱きとめる。冷えた体に手を回し、支えようとするようにしっかりと。
「……フリッカ!」
フィリップに何もいうことは出来なかった。ただ黙ってフレデリカを抱きしめ、そっと髪をなでる。体を震わせ、フレデリカは泣き続けている。彼女の世界は全て悲しみだけに埋め尽くされていた。
「お願いだよ…… そんなに泣かないで……」
フィリップが痛ましげに小さくつぶやき、その瞳から涙がこぼれる。冷えていたフレデリカの体が、温度を取り戻した。
「フィル……君。私……兄さんが死んで……世界が半分無くなった感じがするの。
貴方を兄のように……失いたくない」
「フリッカ…… 大丈夫。僕と君の兄さんは…… 違うよ……」
「私……フィル君といる時だけ、寂しさがやわらぐの。あぁ。私、やっぱりフィル君が好きなんだ……」
ふと、フレデリカは自分がフィリップに抱きついていることに気づいた。真っ赤になるフレデリカ。フィリップも赤くなって、ぎこちなくお互いはにかむような笑みを交わす。
ルイーザは少し離れて、フレデリカが心境を伝えられたことを喜び、涙ぐんでいた。
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