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【2022バレンタイン】氷の花

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【2022バレンタイン】氷の花
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大切な人への想い−9−

 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)はパートナーのゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)、それに友人のロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)らと、空京に買い物にきていた。グラキエスは体内の狂った魔力の暴走を抑えるため、常に正常な魔力でそれを抑えてゆかねばならず、体調が不安定なためなかなか外出が難しい。久々の外出でもあった。

「エンド、バイタルが不安定になっています。
 元々体調はよくなかったんですから、そろそろ帰りましょう?」

心配げに呼びかけるキープセイクに、グラキエスは頷いて応えた。

「大丈夫だキース、もう少しで買い物も終わる」

少し後ろについていたゴルガイスの近くの店頭のディスプレイでは臨時ニュースとして、氷の花の飛来と、その対処法について伝えていた。
グラキエスが3人を振り返る。

「待たせたな。では行こうか……」

言いしな、グラキエスの頭上に雪片のようなものが降りかかり、ふっと消えた。

「何だ? ……今 ……何か ……昔の事を ……思い」

みるみるグラキエスの顔が強張り、苦悶し始める。キープセイクが激しいバイタルの乱れに驚き、呼びかける。

「エンド!!!」
「拙いな。今ニュースでやっていたのだが……」

ゴルガイスが手早く説明する。その声を聞き、グラキエスが呻くように言う。

「今更俺の身を案じてどうする。
 一番助けて欲しかった時に、俺を置いて行っただろう。
 ゴルガイスよ、一体何度死に掛けた?! 一度は俺を置いて行っただろう!
 俺は俺自身で決着をつけたんだ。
 そこで全て終わるはずだった……!」

それを聞いたゴルガイスはグラキエスの背に手を触れ、後悔の滲む苦しげな声で言った。

「この嘆きは受け止めねばならぬ。

 グラキエスが最も助けを必要としていた時に、我は逃げた。
 救いを無くしたグラキエスは、狂った魔力を暴走させ、全てを破壊してしまった……。
 自分諸共片付けたかったのかも知れん。
 いや、今もそうしたいのか……。

 だがな、グラキエス、我も今はお前を救う事を決して諦めん。
 お前も、自分の命を諦めるな。
 我はお前と共に生きたいのだ!」

グラキエスは呻いた。搾り出すような、苦しげな声……。キープセイクは静かに、だが強い決意を滲ませて、グラキエスの肩に手を置いた。

「エンド……。
 私の記憶はこの姿同様、作成者の模倣。
 ですが、君を大切に想う気持ちは私自身のもの。
 君と一緒にいたくて、私は自我を持ち、この姿を得たんです。
 もう寂しい思いなんてさせません。
 ずっと一緒です」

短いが真摯さのこもった言葉に、グラキエスは動揺したようだった。だが、再び苦悶の呻きを上げる。

「あのまま……俺はこの狂った魔力ごと死に、何事もなく終わったはずだったのに……。
 俺が生きてしまったせいで、何があったか分かっているだろう!
 今更構うな!俺を…… 俺を楽にさせてくれ……」

ロアがグラキエスに負けぬくらい、苦痛に満ちた表情で囁くように言った。

「……これが ……氷の花ってヤツのせいなのか?
 とえそうであっても、グラキエスのこの悲しみ方……。 なんかこっちまで辛くなってくるぜ。
 てかグラキエスがこんな思いを抱えてるなんて、俺が嫌だ!」

ロアはグラキエスをしっかりと抱きしめ、叫ぶように言った。

「狂った魔力ってのがお前の事ずっと苦しめてたものか?
 今まで知らなくて悪かった。
 そんな状態で一人ぼっちにされて、辛かったんだな。

 ……ごめんな、一緒にいてやれなくて。
 でももう大丈夫だ。俺はちゃんとここに居る。
 絶対に助けてやるし、絶対に守る!」

喘ぐようなすすり泣きの声だけが、グラキエスの喉から漏れる。ロアは嘆くグラキエスの肩に、額をつけた。

「だから、そんな風に泣くなよ……」

3人の同胞の想いが一つになった。グラキエスの体に体温が戻る。同時によろめいて倒れそうになり、3人は急いでその体を支えた。

「……すまない。疲れすぎてしまったかな」

キープセイクが優しく声をかけた。

「そうですね、エンド。バイタルの状態が良くありません。帰りましょう」

ゴルガイスとロアも頷きつつ声をかける。

「荷物は我が持とう」
「俺も行くぜ。お前がおとなしく寝てくれんと、気が休まらん」

普段と変わらない日常が戻った。変わったのは絆が深まったことだけだろう。

                 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)は普段からティアン・メイ(てぃあん・めい)に対し、さして優しかった事はなかった。
自分の言う事を聞いてさえいれば一緒にいて、愛して『やろう』といった態度であったし、他人から愛された事がないため他人は全く信じないというのが本音であった。他人は蹴落とすか利用する、程度の認識しかない。
馬鹿じゃなかろうかと思うほど、善意を全開で玄秀に向けてくるティアンに対しては、唯一見込みがあるかも知れぬと思っていたが、自分に依存させるための偽りの愛にあっさりと縋る姿にも倦んでいた。

だが、ティアンに対しまるきりの他人に対するような今の態度は、いつもの玄秀ではなかった。
 
「シュウ!!」
「向こうへ行け。寄るな」
「な…なんで? どうして!?」
「うるさい。寄るな」

とりつく島もない玄秀の拒絶にティアンの心が激しくざわめき、恐怖と混乱が支配する。

(こんな…… こんなに冷たく拒絶されるなんて信じられない。
 これはきっと氷の花のせいなのだから、必死で願えば氷は溶けるはず……)

 それ以外、もはやティアンのすがれるクモの糸はない。儚く細い、可能性の糸。玄秀にこのまま拒絶されたら……。その恐怖と絶望は、測り知れないものがあった。さながら氷のごとき風が吹き上がる深淵のように、それはティアンの前に向こうが見えないほどの広く、深い闇となって横たわっている。
 玄秀が見てくれなければ、ティアンは存在しないのと同一となる。レゾンデートルはおろか、己の存在すら曖昧なものとなるだろう。
 
 必死でうるさがる、冷えきった玄秀の手に縋りつき、悲鳴にも似た声で泣きながら訴えかける。

「言う事を聞いていれば私の事を必要としてくれるって!
 好きでいてくれるって……!」
「私は……! 私は! 貴方が望むならなんだってするのに!
 何があってもシュウを裏切ったりしないから……! 
 お願いだから…… 私を…… 見捨てないでよぉお……」

呻くように泣きながら、玄秀にすがりつく。その滂沱の涙は、玄秀に雨のごとく降りかかる。玄秀の腕に体温が戻った。腕に必死ですがり、咽び泣くティアン。

「この先、どうなっても、私だけを見てくれるなら…… なんだってする!
 お願い…… 置いていかないで……」
「ああわかったよ、さあおいで……」

ティアンが迷子になっていた子供のように、抱きついてくる。その背を偽りのいたわりの手で撫でながら、玄秀は憐憫とも違う、何か別な感情が心の奥底に蠢くのを感じた。

「……不愉快だなこの感じ。
 暖かさなんて…… 役に立ちはしない。感情は道具……だ」

                 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 リオート・ラグナイト(りおーと・らぐないと)蓬莱 ありす(ほうらい・ありす)は公園にやってきた。春花壇はまだ見栄えがしなかったが、上天気に恵まれた今日、噴水は日の光にキラキラと輝いて美しかった。

「んー、やっぱり外の空気は気持ちいいな」

リオートは言って、ありすに微笑みかけた。ありすも微笑みながらリオートを見ると、雲ひとつない青い空なのに、雪片のようなものが、リオートの上に舞い落ちるのが見えた気がした。不意に恋人の表情が一変した。不安と恐怖にゆがんでいる。

「どうしたの……?」

リオートの目が、怯えた光をたたえる。

「僕はずっと怯えていた。ひとりになることに……。
 僕はいつも誰かを守るためだけに引き金を引いてきたはずだった。
 なのに…… 呪われた子という、身に覚えのない烙印を押されて避けられ続けてきた。

 ありすと恋人同士になっても、ありすもまた、いなくなるんじゃないか……。
 あの時のように…… またひとりになるんじゃないか……。
 ……怖い ……怖いよ。
 ……僕はどうすればいい?」

冷え切った体が激しく震えている。ありすはすぐさま駆け寄った。冷たい顔を両手で挟み、宥めるように話しかける。

「リオくん…… 怖い過去を思い出しちゃったんだね。
 ボクはリオくんにずっとついていくって決めたんだ。
 やっと恋人同士になれたけど、キミはいつもどこかで怯えてたよね。
 ボクが離れるんじゃないかって。

 ボクはリオくんを愛してる。
 ずっと、キミの傍にいるから。
 大丈夫。もう一度、約束するよ。
 キミをひとりぼっちなんかにはさせないって。

 忘れないで。
 キミのそばにはボクが居る。キミは決して1人じゃない。
 ボクのファーストキスをあげる……」

羽のような優しい口づけ。リオートはありすの温もりと優しさ全身で感じ取った。苦しみとも悲しみとも違う新たな涙が零れ落ちる。

「今までの辛かった分も泣いてしまったらいいよ。
 全てボクが受け止めてあげるから……」

ありすが言って、優しくリオートを抱きしめた。