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【2022バレンタイン】氷の花

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【2022バレンタイン】氷の花
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大切な人への想い−3−


 火村 加夜(ひむら・かや)山葉 涼司(やまは・りょうじ)は、久々に空京の繁華街でデート中だった。バレンタインが近いとあって、あちこちの店やデパートでギフト用のお菓子などが可愛らしく包装され、ショウウィンドウに飾られていた。そのとき蒼空学園からのメールが加夜の携帯に入った。メールを見て婚約者に声をかけようとし、加夜ははっと息を呑んだ。
先ほどまでの陽気だった山葉は一変していた。深く傷ついた表情を浮かべ、苦悶するように胸元を押さえている。その空虚な目は何も見ていないかのようだった。

「涼司…… くん…? 
 まさか…… まさか……? ……これが?」

加夜は震えながら山葉の腕をそっと取り、デパートのそばの小ぢんまりとした中庭のような静かな場所へ彼を連れて行った。一体彼の身になにが起きたんだろう、なにを見たんだろう。苦しそうで辛そうで悲しそうで、胸が苦しい。

(いつもいつも私ばかり守ってもらってた……。
 こんな、こんな涼司くんに、今の私に一体何ができるのだろう)

自分にはただただ彼を想うことしか出来ない。己の無力さと悲しみが押し寄せてくる。

「その辛さ、苦しさが私に移ればいいのに……」

加夜は必死で泣きそうになるのを堪えながら、冷え切った山葉の体を抱き、震え声でそっと語りかける。

「涼司くんが仕事をしてる姿は好きなんです……。
 でも…… 頑張りすぎて心配になるんですよ。
 あまり疲れを見せないし、弱音も吐かないでしょう?
 それでいていつも私を気遣ってくれて……」

さまざまな想いが去来し、それが涙となって溢れ、零れ落ちてゆく。

「出会ってからもうすぐ2年ですね。
 初めて会った時は頼りになる人だなって思いましたよ。

 私が…… 自分の気持ちに気づいたのは…… お姫様抱っこで助けてもらった時なんです。
 安心感とドキドキで……。幸せな気持ちでいっぱいになったんですよ。
 辛い事も涼司くんとだから乗り越えてこられた。
 これからも乗り越えていきましょう? ね……、涼司くん、愛しています。
 今までも…… そしてこれからもずっと」

山葉が抱える哀しみを癒せるようにとの願いをこめ、加夜は彼を抱きしめる腕に力をこめた。
つと伸び上がり、山葉にそっと口づけをした。冷えていた彼の体に体温が戻ったのが、抱きしめる腕に感じられた。

「……加夜? その、どうした?」

いつもの山葉の声に、加夜は顔を赤らめて俯き、慌てて抱きしめていた腕を自分の胸元へと引き寄せる。山葉は俯いた加夜の顔を大きな暖かい手でそっと持ち上げた。

「なんだ…… 泣いてるじゃないか。どうした?」
「……ううん、なんでもない、なんでもないの」

加夜は涙をぬぐい、山葉に微笑みかける。

「……そうか? ……まあ、その、なんだ。
 少し2人だけで、……散歩でもしないか?」

山葉は照れて頷く火村の肩を抱き、ゆっくりと歩き出した。


                 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「久しぶりに、公園なんか歩いたわね」

御神楽 環菜(みかぐら・かんな)が、静かな公園の散歩道で、伸びをしながら最愛の夫、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)に声をかける。日々目が回るほどの忙しさに追われる夫妻の、仕事の合間に出来た寸の間の自由時間。

「うん、仕事の合間を縫っての、こんな時間は貴重だね」
「しばらくこのまま、時間が……」

言いかけた環菜が、不意に言葉を切った。陽太は訝しげに妻のほうを振り返った。先ほどまでの楽しそうな様子は消えうせ、凍りついたような瞳に空虚さと悲しみをいっぱいにたたえた、傷ついた小さな野鳥のような環菜がいた。

「環菜…… 悲しい瞳をしてますね」

陽太は静かに声をかけ、環菜の手を取る。ひどく冷たい。何が起きたのかはわからない。
が、今、環菜が悲しみに捕らわれているのだけははっきりとわかった。静かに妻に語りかける。

「以前、ナラカで再会できた時に伝えましたよね?

 俺はどんな時も貴女の側にいます。
 絶対に1人になんかさせません。
 悲しい時、辛い時、不安な時、苦しい時……どんな時も、一緒にいて貴女を守ります、支えます。
 そして想いも……。楽しいときだけじゃない、苦しみや悲しみさえも、環菜と2人で分かちあいたい」

陽太は環菜の冷たい体を抱き寄せた。自分の体の温もりで、妻を暖めよう。

「俺は環菜の夫で、環菜は俺の妻なんです。
 夫婦だから、この先2人でずっと生き手行ける。
 ……たとえ、遠い未来にナラカに堕ちる時が来ても、今度は俺も一緒です。
 環菜のことをずっと抱きしめていますよ」

虚ろな環菜の瞳を覗き込み、両手で彼女の花のような顔を包み込む。

「何度も伝えてきた言葉ですが…… もう1度、いや、何度でも言います!」
「愛してます環菜! 俺は世界で一番環菜のことを愛しています!!」

真心を込めて愛しい環菜に口づけをする。不意に環菜の体が熱を帯びた。

「……ね、……急にどうしたの?」
「ん。愛してますよ、環菜」
「嬉しい……」

2人はしっかりと抱き合い、口づけを交わした。


                 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 その日、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と空京の街へと遊びに来ていた。バレンタインの特別な品を見たり、ウィンドウショッピングをしたり。いつもどおりの、楽しいデートのはずだった。

「んーん。いいお天気! 日差しだけならもう春ね!」
「まだ風が冷たいわ、セレン。コートをはだけないようにね」

セレンフィリティのコートの下はいつものブルーのビキニである。晩冬とはいえ、まだ外気さらすにはいささか難がある格好だ。そこへメールの着信音がし、セレアナは携帯を取り出した。セレンフィリティは恋人から青空に目線を移した。小さな雪片のようなものが一片、額に舞い落ちてくる。冷たい。その冷たさはたちまち全身に回った。不意に目の前にいる恋人……セレアナの存在が疎ましく感じられてきた。何故自分はこんな女と一緒にいるのかしら。

「セレン、大変よ。蒼空学園から今メールが……」

言いかけたセレアナは、言葉を切った。セレンフィリティは今までに見たこともない、虚ろで冷たい目をしていた。

「うるさい。あんたの声も聞きたくないし、顔も見たくもない!」
「……セレン、まさか貴女……。これが…… 氷の花の……」

こんなセレンは見たくない。彼女の心を解放するには愛の言葉を伝えなければ……。ゆっくりとセレンフィリティの方へと歩み寄る。

「近寄らないで!」

キンキンした冷たい声音で、セレンフィリティが叫ぶ。氷の花のせいとはいえ、恋人の拒絶に、セレアナ心は激しく痛む。セレアナは深く息を吸い込み、できるだけ穏やかな優しい声でセレンフィリティに話しかけた。

「セレン、貴女ににはついていけないと思ったことも随分あった。
 でもね……、セレンが私に甘えてくるたびに、私はあなたに必要とされているんだって気づいた。
 それがとても嬉しかったの。あなただけよ? 人から冷たい女って言われる私にここまで甘えてくれる人なんて」

さらに前に進むセレアナに、セレンフィリティの平手打ちが飛んだ。

「あたしはね、あんたの全てが嫌いなのよ!! さっさとどこかへ行って!」
 
冷酷な拒絶の言葉。それがセレンフィリティの真意ではないとはいえ、悲しみと苦痛に乱れる心を奮い立たせるのは、すさまじい気力が必要だった。

「ああ……、セレン……。手がかかる子だけど……、それでも私は、……貴女のことが好きなの」

すっとセレンフィリティを腕に抱き、優しい口づけを与える。セレンフィリティが、元の温かい体に戻る。キスが解けた。

「……どうして? ……どうしたの?」

目の前の恋人が涙を溢れさせながら、セレンフィリティに抱きついてきた。セレアナが泣いている。セレンフィリティ胸に顔をうずめ、見も世もないほどに号泣している。

「…… ねえ、そろそろ泣くのやめよう? キスの続きもできないじゃない」

セレアナの指で涙を拭ってやってから、セレンフィリティがセレアナを腕に抱き、再び唇を重ね合わせた。先ほどよりもずっと長く、ずっと強く、ずっと優しく。


                 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 神崎 優(かんざき・ゆう)神崎 零(かんざき・れい)と、空京でデート中だった。2人でのんびりと遊歩道を歩く。青い空は、そろそろ冬が終わり、春の到来を予感させるような水を含んだ色合いだった。

「ね、見て優、街路樹の根元に、何かの芽が出てきてる。もうすぐ春なんだね」

零のほうへつと身を乗り出した優の首に、小さな雪片が吸い込まれた。優の穏やかだった瞳が見る見る虚ろになり、抜き身の刀のような冷たさと、人を寄せ付けない悲しみのある色を帯びる。

「なあ零、俺は何時も救いたい、手を差しのべたいと思った相手に手を差しのべてきた。
 だが、本当にそれで相手を救う事、変わるきっかけを与える事が出来たんだろうか?
 地球にいた頃の自分を変えたくて、逃げ出してきた俺みたいな奴。
 そんな男に誰かを救う事や、手を差しのべる権利なんて無いよな……。

 絆なんて……所詮自己満足。
 俺は……、俺は……、やっている事を正当化したいだけなんじゃないか。
 俺みたいな奴はこの世にいない方が良いんじゃないか……」

苦しみと悲しみ、虚無感と自嘲に満ちた優の言葉に、零は目を見張った。
さっき聞いた、これが氷の花の効果なのか……。

「優はどんな人にでも優しく手を差しのべる事の出来る、思いやりのある素敵な人だよ。
 罪を犯した人にだって、事情がないか、何かあったんじゃないかってちゃんと相手の本質を見てるじゃない。
 それはずっと隣で見てきた私が保証できる。
 私や他のパートナーだって、貴方が手を差しのべてくれたお陰で救われたんだよ?」
「本当にそうか?、何故そう言い切れる?
 ただの偶然かもしれんし、俺の真意はそこになかったかもしれない」

冷たい、自嘲を帯びた優の声に、零は必死で反論する。

「そんな……。そんな事無いよ……。
 優は相手を思いやれる優しい人だよ……」
「思い上がった哀れみや、見下した思いからそうしていたのかもしれない。
 ただ俺がそれを意識していなかっただけでな」

零は涙ぐんだ。優……どうしちゃったんだろう。いつもの優じゃない。おののくように息を吸い込み、零は優の冷え切った手をとり、まっすぐにその目を覗き込んで訴えた。

「私は優を誰よりも愛してる。貴方は優しいよ。
 どんな事があっても貴方を独りにしない。
 だからお願い。いつもの優に戻って! 
 ……お願い!」

優の首に腕を回し、零は優に長いキスをした。優の体に温かみが移る。

「……ん。どうしたのか? ……零? 泣いてるのか……?」
「優! 良かった! 元に……」

そこからはもう言葉にならなかった。安堵の涙にくれる零を、優は強く、優しく抱きしめた。