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家に帰るとゴンザレスが死んだふりをしています。

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家に帰るとゴンザレスが死んだふりをしています。

リアクション

 警察が姿ない犯人を追いかけようとする時、手段の一つとして取るのが『警察犬』である。
が、彼――蔵部 食人(くらべ・はみと)が連れていたのは、犬ではなくカピバラさんだった。
「頑張れ、頑張るんだカピバラ! 何だかよくわからんが、あの熊のぬいぐるみ(笑)が殺害された証拠を見つけ出せば、多分こっちの勝ちだ」
 何やら独自の解釈をしている食人の横、彼のパートナーである魔装戦記 シャインヴェイダー(まそうせんき・しゃいんう゛ぇいだー)は何ともうんざりした様な顔をして彼に言葉を投げかける。
「勝ち負けがあるのかどうかがまずわからんし、それに食人。普通こういうのは犬を使うんだろ? なんでカピバラなんだよ」
「何を言うか! ペットちゃんのお散歩がてらで丁度良いんだよ。それにカピバラ舐めんな」
 即答だったところからするに、結構彼は真剣なのだろう。二人の前を歩くカピバラをっ凝視する彼はしかし、そこでカピバラの動きが止まった事に気付き、その先を見やった。
「ま、まさか……! この先に何か重要な証拠が!」
「そんなわけがあるはずがない。幾ら動物だからって、動物なら何でも言い訳がなかろうさ」
 二人と一匹の前、大きな扉にはありがちな表札がぶら下げられている。そこには『らなのお部屋☆』と書かれていて、二人はそこで成る程、と頷いた。カピバラが辿っているのはゴンザレスの匂いであり、彼女の持ち物である以上ラナロックの部屋に行きつくのは至極当然の結論である。
「ラナロックとかいうねーちゃんの部屋ね、そりゃあ確かにゴンザレスの匂いもあるわな」
「っていうか、厳密にはゴンザレスの匂いかどうかも怪しいけどな。物だから、いずれは持ち主の匂いがつくのは当然だろうよ」
 シャインヴェイダーの言葉を聞きながら、食人が扉のノブに手を掛け、それをゆっくりと押してあけながら中へと目を向ける。と、彼はそこで絶句した。
「え、何この部屋」
「ん? どうした?」
 次いで中を覗こうとするシャインヴェイダーはしかし、出入り口で食人が止まっている為になかなか部屋の内部を見る事が出来ないでいる。
「どうでも良いから早く入ってくれないか? 幾ら付き添い程度でもそんなリアクション取られたんじゃあ中が気になってしょうがねぇよ」
 苛立ちにも似た声色で呟く彼女の方を向き、食人が瞳を閉じて首を振った。
「ヴェーダよ。世の中にはな、見なくていい物ってのがあるんだよ」
「は? 何言ってるかさっぱりだな」
 強引に中を覗こうとする彼女に対し、食人が懸命に体を使って視界を塞いだ。
「良いんだ。見なくていい物なんだ。確かにちょっと、期待はした。年上のお姉さんの部屋がどうなってるのか、面識は殆ど無いが気になったからな。それにこの表札……『らなのお部屋☆』とか書いてある日にゃあもう、期待しないでくれって方が無理だ。でもな、そんな俺の幻想は儚くも今此処で、打ち砕かれた……こんな思いをするのは俺だけで充分なんだよ!」
「いや、オレはお前と違って期待とかしてないから。ってわかったよ。中は見ない。だからせめて、何がそんなに驚く物なのかくらい教えてくれよ」
 食人は暫く考え、しかし一度ため息をつくと口を開き始めた。
「なんて言うかその……これから戦争に行く人たちのアジト」
「……ん? 意味が分からん。もっとわかりやすく言えよ」
「いや、もう最高にわかりやすく言ったつもりだぞ」
 至って真面目にそう返事を返す彼の後ろ、それは突然に発動した。
炸裂音――乾いた音だ。 そしてそれは、命を奪うにはあまりに十分すぎる暴力の奏でる音色だった。
「ぐはっ!」
「お!? なんだよいきなり!」
 少しわざとらしくそんな声を上げて倒れる食人に対し、本当に驚いたシャインヴェイダーが身構えた。彼女の前、視界を遮っていた食人が地面に崩れて行くにつれ、彼女の視界は開けていき、そしてその部屋の全貌が彼女にも見える様になった。
「うわ………何でこんな銃器が揃って――って待て待て! 何であそこの銃こっち向いてるんだ!? ってか煙!? 発砲したの!? 発砲しちゃった感じなのか!? それで食人は――」
 慌てて扉を閉めた彼女は、地面に突っ伏している食人へと目を向ける。
「うわー はみとがー はみとが しょほてきながらに かなりむごいとらっぷにひっかかってしんでしまったー たいへんだー」
 物凄い棒読みだった。
しかもしっかり現状を説明している感のある言葉である。
「ぐぅ……まさかいきなり背後から撃たれるとは思ってなかった……かなり危ない所だったぞ……」
「普通は『危なかった』じゃ済まないがな」
「大丈夫か、ヴェーダ」
「いや、オレよりまず自分の心配しろよ」
「俺は問題ないぞ。ほら、この通り、あと二回は死ねる」
「ったく……それで、何かヒントになるものは見つかったのかよ」
「ある訳がないだろ。だってあんな部屋だぜ? 入れるわけがない。ってか入れる気がしない」
「まぁ……そうだな」
 中を見てしまった以上、シャインヴェイダーも肯定するしかなかった。
「次に行こう。次こそ何か手がかりを」
「え、まだやんの?」
「当たり前だ! こんなところでへばっていたら、先を越されてしまうだろ?」
「誰に!? ってか何を!? 何を先に越されるんだ!?」
「さあカピバラ。俺たちを次の目的地までいざなってくれ!」
「言い方格好よくしても駄目だからな」
 が、それを聞いていたカピバラはきりっとした顔になり、二人に背を向けて再び歩みを進める。どうやら次のあてがある様だ。
「頼もしい……なんて頼もしい奴なんだお前は……!」
「わかってんのかよ、本当に」
 彼女のツッコミは尤もなのだがしかし、この時の食人は全く聞く耳を持ってはない。歩き出したカピバラの後を着いていき、期待踊る瞳を目前の小さな背に向けている。
 と、暫く歩けば再びカピバラさんが足を止める。
「今度こそ此処だな! よし、行こう!」
「おーい、此処は――」
 再び銃弾の音が聞こえた。
「は、はみとー はみとがなにものかのきょうだんによって しゃさつされてしまったー はみとー ぶじかー」
 二度目の棒読み。今度は慌てる事無くそこへと足を踏み入れていくシャインヴェイダー。と、そこは即ち脱衣所だった。
脱衣所には風呂を終えていたラナロックの姿と、そしてその足元でただただ突っ伏しているだけの食人がいた。
「あら、どうかなさいました?」
「い、いや……誰?」
「ああ、私、ラナロックと申します。初めまして、ですわよね」
「うん。そうだな。って、何でタオル巻いてるだけの格好で銃なんて持ってるんだ?」
「今着替えをしていたら、突然にこの方が入ってきたんです。ビックリして撃っちゃいました」
「ビックリしただけで殺人事件は起こさないよな普通」
「いえ、何やらよくない表情が見え隠れしていたので、思わず――」
「そうか、だったら多分正解だよ。その選択は――」
 二人が話していれば、二人の足元でつっぷしていた食人がゆっくりと立ち上がった。先程は胸部を打ち抜かれていた。が、どうやら彼は受けたダメージもそっちのけの状況と判断したらしい。なんという事はなく、平然とした顔で、ラナロックへと歩み寄る。
「そうか、お姉さんがラナロックか、よろしく頼む」
 ラナロックの姿をみるや、突然きりっとした表情になった食人が手を差し伸べると、ラナロックは笑顔のままにその手を打ち抜く。
「変態さんと仲良くなるつもりはありませんわよ」
「ひ、ひでぇ! 俺が何したってのさ!」
「そりゃまあ、覗きだろ」
「違うんだ! 別に覗こうと思った訳じゃないんだ。ただ、ゴンザレスが死んだ、と聞き、そして君が悲しみにくれてるだろうその日々に早々ながら終止符をうとうと――」
「って言っといてホントのところはどうなんだろうな。言ってる事しどろもどろだし」
「ばっ! バカっ!? 本当なところもなにも、俺は本心からそう思ってる。話をややこしくするなよヴェーダ」
「どちらでも構いませんわ。ですが此処で素直に「はいそうですか」として済ませるわけにはまいりませんの。なのでどうか、お覚悟を――」
「に、逃げるぞ!」
 近くでぼんやりと浴場の方を見ていたカピバラを抱え、食人は慌てて脱衣所を後にした。
全力疾走の彼の後ろ、「何でオレまで逃げなきゃならん!」と叫ぶシャインヴェイダーは、そこで足を止めて食人を呼び止めた。
「おい! なんか転がってるぞ!」
 初めは気付かなかったのだろうがしかし、何か、が自分の視界にも入っていた事をふと思い出した彼はそこで足を止め、踵を返してシャインヴェイダーの元へと戻る。
「ん? この人、何でこんなところで寝て――」
 ゆっくりと抱きかかえた食人。抱えたその人物の顔を見て思わず彼女の名を呼んだ。
「か、カノコさんやぁ!」
「お前関西弁じゃねぇだろ」
 シャインベイダーのツッコミ、ならぬチョップが彼の脳天にクリーンヒットする。
「い……たい……っ! 痛いわボケ!」
「いつまでそのノリだドあほ!」
 にらみ合い、唸り合う二人はしかし、「これ以上の争いは無駄だ」と判断したのかため息をつくと、再びカノコへと目を向けた。
「一体誰がこんな事を。っていうか彼女まで……」
 悔しそうな顔をして、彼は何もない、誰もいないところに向ける。
「はいはい、よくありがちな決意表明な」
「さあ! カピバラよ! 今度こそ、今度こそ俺たちを犯人にたどり着くための有力な証拠の在りかへ!」
 がしかし、カピバラさんは凄く眠そうにしながら歩みを進め始めた。
「あ、ねえちょっと……カピバラ!?」
「ほら、もう眠いって。連れまわすなってさ」
「そ、そんな事はないぞ! だってカピバラさん、まだ普段の半分くらいしか運動してないし」
「はいはい。ほら、そう言ってる傍から止まったぞ」
 今度は早かった。彼等がいる場所から間もない距離、カピバラはある扉をずっと見つめている。その近くには何やら鎖の残骸やらが転がっていて、何処か他の部屋とは雰囲気を逸するもの。
「なんだ、真剣に探してくれたんだな。よし、今度こそ――」
 扉を開けた食人の姿が、しかし突然に消える。
「あ、あれ? 食人?」
 横で見ていたシャインヴェイダーも思わず首を傾げるが、扉はすぐさま閉じてしまった。
「な、なんだよ……まさか、これは本当に犯人に――」
 いてもたってもいられず、彼女は急いで扉を開けた。思った以上に簡単に開いた扉。勢いよく扉に近付いた彼女はそのまま前のめりに転がり、慌てて手を着いた為に何とか顔面から地面に突っ伏すのだけは避ける事ができた。
ふと彼女が顔を上げると、そこにはやはり、倒れている食人。
「うわー はみとー はみとがまたまさらにやられてたおれてるー ……ん? あれ?」
 咄嗟に口を着いた自らの発言に首を傾げた彼女は、目の前にいる雅羅を見上げた。
「いらっしゃい。見ちゃったのね……ふふふ」
「雅羅さん……その人は計画には入っていない方ですよ」
 奥には剣で体を貫かれたハデスの姿があり、辺りが暗い為に雅羅が辛うじてわかるその視界で。その声は徐々にシャインヴェイダーへと近付いて行く。
「お、お前は!」
「おっと、それ以上の発言は禁止、だよ」
 今までどこにいたのか。今度は自分の後ろから青年の声がした。
「此処で貴方がこの部屋を出て、全てをばらされてしまったら水の泡……残念だけれど、此処で皆さんの到着を待ちましょう。私達と共に。ふふふふ」
 僅かに揺れるその影は――
 雅羅の隣で揺れる影は――

 杜守 柚。