リアクション
個人ブース 個人ブースでは、カスタム化されたそれぞれのイコンが展示されていた。 ひときわ巨大だったのが、応龍のカスタム機であるベスティア・ヴィルトコーゲル(べすてぃあ・びるとこーげる)の重巡航管制艦 ヘカトンケイルだ。 「さあ、この巨大なイコン用母艦を御覧ください。全長443.30m、全幅963.77m、全高102.39m。24基の強力なエンジンを搭載した巨大航空機なのです」 ベスティア・ヴィルトコーゲルが自信満々で説明をする。 イコン用母艦と言っても、この機体自体がイコンなのではあるが……。 そのため、小型飛空艇ならまだしも、他のイコンを搭載することはできない。実際の搭載能力は、接続するコンテナの能力に左右されるだろう。 だいたいにして、カタログスペック自体が規格外のため、本当にこの大きさだとしたら随時機晶エンジンを起動させて各部を浮遊させていなければ、自重で崩壊するだろう。地上型への変形も厳しいので飛行型のままで展示されている。もっとも、戦いは情報戦から始まるものである。誰かに計測させたわけではないので、実際の大きさは不明だ。だが、もしも、敵がこのカタログスペックを鵜呑みにするならば、過大評価によって判断を誤る可能性は高い。それを敵の致命傷とするかは、指揮能力や情報操作能力次第と言ったところか。 もっとも、通常でさえ巨大な応龍をさらに大型化したイコンであるため、敵の目を引くには充分であった。味方に対するランドマーク的な影響力や、敵に対する陽動の高さは、作戦によっては高効率の運用が期待できる。 「姉さんったら、相変わらずマッドねえ……」 ベネティア・ヴィルトコーゲルが、ヘカトンケイルを見あげながらつぶやいた。 乗降口の細い階段を上っていった先では、見学コースとしてラウンジが喫茶店化していた。さりげなく、コックピットの窓の横から、『御休処』の幟がはためいている。 「わあい、こんなに大きいイコンだと、スケッチのしがいがあるよね」 あちこちのブースを回って、スケッチブックにたくさんのスケッチをためたラピス・ラズリ(らぴす・らずり)が、ヘカトンケイルを見あげて言った。 「大きいですね。私にも、地球の奈良や鎌倉に、大きな像がありますが、あのイコンほどに大きくはありませんし、あれはイコンのように動いたりはしませんからねえ」 ガウタマ シッダールタ(がうたま・しっだーるた)が、はははとちょっと照れ隠し笑いをしながら答えた。 「そうだよね、ブッダさんはイコンみたいな銅像たくさん持ってるんだよね」 「いや、あれは、私の持ち物ではありませんから。それから、その名前で呼ぶと、拝み出す人が出て来ちゃいますから勘弁してください」 「そうだったそうだった、今はシッダールタ君だったよね」 あわててラピス・ラズリが訂正する。 「そう呼んでください。ところで、スケッチの方はできましたか?」 「うん。今変形したところを書いてるところ」 ガウタマ・シッダールタの問いに、ラピス・ラズリが自信満々に答えた。 「変形って、あれは形を変えては……」 そう言うと、怪訝そうなガウタマ・シッダールタが、ラピス・ラズリのスケッチブックをのぞき込んだ。 ぎゃあぁぁぁ……!! 声にならない叫びが響き渡る。 「見てもいないのに、このような凄惨な戦闘シーンを描けるとは……。弾け飛ぶ装甲、血塗られたコックピット、得体の知れない怪光線、ねっとりとした重い空気……。この少年……画伯でしょうか……」 ガウタマ・シッダールタは小さくつぶやいた。 ★ ★ ★ 少し離れた場所には、非不未予異無亡病近遠のE.L.A.E.N.A.I.が展示してあった。 正式名称を『Existence like an electronic neutrino,and influence』といい、スフィーダの設計図から装甲形態を大幅に変更した可変型イコンであった。 大幅に強化されたエンジン部は脚部に移され、飛行形態時は翼部がほとんど排されたロケット状態となる。 スフィーダ自体は、電脳世界にあった可変型機動兵器である。大気圏外での活動を基本に設計されたもので、素で宇宙空間での活動が可能となっている。その機動力は絶大で、完全に第二世代イコンと同等かそれ以上の性能を誇っていた。変形後はプロポーションのよい人形となるが、その複雑な変形機能からかやや防御力に欠けるところがあった。 とはいえ、全てはデータ上の物であり、現物はその設計図を元にパラミタのイコン機晶技術により再設計されて再現されたものである。 本来説明を担当すべき非不未予異無亡病近遠たちは他のイコンを見学に行ってしまっていたため、ブースは無人である。 不用心にも思えるが、すぐそばには個人ブースを警備するイコンがいた。 「状況はどうだ?」 プラヴァー高機動パック仕様タイプ飛燕のメインパイロットシートから、岡島 伸宏(おかじま・のぶひろ)が後ろのサブパイロットシートで外部をモニタしている山口 順子(やまぐち・じゅんこ)に訊ねた。 「今のところ、こともなしよ。大会本部からも、特に警報や指示は出ていないし。たまには、こんなのんびりした任務もいいかもね」 あちこち歩き回るよりも、警備モニタとのリンクで各ブースのイコンを楽しむ方が楽だと山口順子が言う。 「暇だなあ。後でメシでも食いに行くかなあ」 大きくのびをしながら、岡島伸宏が言った。 ★ ★ ★ 「さあ、見た目で判断しちゃダメだよ。Night−gauntsは凄いんだから!」 「ううっ……」 見た目、センチネルと同シルエットのNight−gauntsを前にして、ゴチメイレッド姿の秋月 葵(あきづき・あおい)が、ゴチメイホワイト姿のフォン・ユンツト著 『無銘祭祀書』(ゆんつとちょ・むめいさいししょ)とともに自慢のイコンの説明をしていた。 ベースとなったセンチネルは、イコンで後れをとった旧東シャンバラが、ゴーストイコンの元ともなったイコンを回収修復して作りだした汎用イコンである。甲冑の兵士を思わせる地上戦用イコンであるが、性能の低さは否めず、現在では第二世代機のプラヴァーにその座を追われて生産も中止されている。 「中身は凄いんだから。さあ、黒子ちゃん、説明お願い」 思いっきり胸に詰め物をしたゴスロリ衣装の秋月葵が、同様に詰め物で夢一杯のフォン・ユンツト著『無銘祭祀書』をうながした。 「ううっ……、一回だけって言ったのに……」 「ほら、早く!」 いったい、何度この衣装を着せられれば気がすむのだとうなだれるフォン・ユンツト著『無銘祭祀書』を、秋月葵がつついた。 「見た目は旧型のイコンじゃが、中身は総取っ替えしてある。内部機構が、たまにテケリリと鳴くのが御愛敬でな。操縦は、パイロットの動きをそのまま反映するモーション・トレース機能を採用しておる。動かすことなら誰にでもできようが、我や葵のような者が乗れば、その能力は最強となるのだ、エヘン」 ちょっと元気を取り戻してきたフォン・ユンツト著『無銘祭祀書』が、うなだれてずり落ちてきていた白いミニシルクハットの位置を人差し指でクイっと直しながら言った。 「さらに、豊富なオプションの数々。両腰の剣『アダマントの剣』と『空裂刀』、それとミサイルポッド、無限の射程を誇る『無尽パンチ』機構も組み込んである。あと、運搬用のコンテナもつくぞ」 「わーい、これも乗ってみたいなあ」 なんとなく茨ドームの巨大イコン・シトゥラリに搭載されていたリーフェルハルニッシュを思い出して、彩音・サテライトが言った。シトゥラリは魔法力を吸収するタイプの自爆型巨大イコンで、リーフェルハルニッシュはそれに搭載されていた鎧騎士型のイコンだ。全体の装甲に細かな象眼が施されたイコンは、大雑把なシルエットではセンチネルに似ていた。彩音・サテライトは、そのリーフェルハルニッシュのコントローラーとして組み込まれていたサテライト・セルの同型機晶姫の一体であったため、データベースの一端に何かの情報を持っていたのかもしれない。 「さっきのようになったらどうする。もう、乗ってはダメなのだ。メッ」 また騒ぎを起こされてはたまらないと、綺雲菜織が彩音・サテライトを軽く叱った。 「それでは、実際の性能を見せるんだもん。行くよ、黒子ちゃん!」 「フェ、フェード・イン!」 かけ声は元気いいが、実際にはNight−gauntsのコックピットから垂れ下がっていたリフトに足を引っ掛けて、秋月葵とフォン・ユンツト著『無銘祭祀書』がじりじりと上に登っていくだけである。登り詰めたところで、もぞもぞとつんのめるようにして二人がコックピットに潜り込んでいった。なまじゴチメイのコスプレなどしているものであるから、下からはバッチリ丸見えである。もっとも、スコートだから恥ずかしくないもんと言うことであったが。 「行くよ、黒子ちゃん、動き合わせてね」 「ちょ、ちょっと待て、なんでパイロットが二人なのだ。一人はナビゲーターではなかったのか!?」 「何言ってるの、二人で動かせば、なんでも二倍だよ」 秋月葵に言いくるめられて、フォン・ユンツト著『無銘祭祀書』がシャキーンと一緒のポーズをとる。 モーショントレースシステムのため、二人のパイロットがまったく同じ動きをしなければならなかった。ここは、息の合っているところの見せどころ……なのか!? 「すごーい、すごーい」 下では、何やら不自然なポーズで武器のお披露目演舞をするNight−gauntsを見て、彩音・サテライトが拍手をしていた。 |
||