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炬燵狂想曲

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炬燵狂想曲

リアクション

 ある晴れた冬の日。蒼空学園生徒松原 タケシ(まつばら・たけし)は思い立った。


 そうだ、雪山へ行こう。


 といってもスキーやスノボで遊ぶためではない。
 山奥深くでひっそりと暮らす素朴な地元民がいることを知り、彼らの集落を訪れて親睦を図ったらどうかと思いついたのだ。

 ちょーど赤札バーゲンセールで道端でたたき売ってたこたつがあるし。
 寒い冬にこたつでミカンは最強だ。きっと地元民たちも喜んでくれるに違いない。

 彼の提案に、何名かの蒼空学園生徒が「それいいね!」と乗った。
 思い立ったが吉日と、彼らはすぐさま大量のこたつを購入し、雪積もる山へと向かい、無事地元民と接触。言葉が通じないなりにも身振り手振りのボディランゲージが功を奏して、彼らにこたつがどういう物かを教えることができた。

「冬はやっぱりこたつでミカン! だよな!!」

 雪原に設置されたこたつとそれに入って猫背で温まっている地元民たちを見回して、うんうん満足そうにうなずく。
 同じ光景を見た赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)

「そうですね」

 と同意して、苦労して運んできた甲斐があったと達成感に額の汗をぬぐったりもしたものだったが。
 このわずか数分後。
 彼は激しく後悔していた。

 まさか、こんなはめに陥るとは。


「……くっ。体が動きません…!」
 こたつに下半身を入れたまま、霜月はうめいた。
 どうにも足に力が入らなかった。感覚はあるし、中で動かすことはできる。ただ、出ることができない。出ようと考えただけでこたつの中に入った部位がしびれるような倦怠感に襲われ、脱力し、動かせなくなるのだ。
 しかもこの倦怠感、こたつから出ている部分、つまり上半身へじわじわと迫ってきている気がする…。

 気のせいじゃない。間違いなくきてる!

「冗談じゃ、ありませんよ…!」
 うつ伏せになり、這い出ようと必死にもがく霜月に、となりのこたつに入ったタケシが声をかけた。

「あきらめなよ〜。無理無理。俺はもーあきらめた」
 緊張感に欠けた声。肩までどっぷりこたつに入って、ミカンをモグモグしている。

(ついさっきまで「このこたつ、マジやばい! 出れねー!! どーしよー!?」とさんざん騒いでいたくせに…!)
 すっかり脱力しきった様子でぽへーとミカンを食べているタケシにイラっときたが、すぐに不毛なことと気付いて見るのをやめた。
 今はそれどころじゃない。
「なんとか、して……ここから、出ないと…!」

 霜月がこんなにもあせる理由はほかにもあった。
 実は彼、こう見えてカナヅチなのである。
 ほかのことであれば人並かそれ以上にできる能力の持ち主で、剣術に至っては天才的な才を誇っていたが、泳ぎだけはてんで駄目。
 駄目どころか水に落ちることを想像するだけで恐怖にパニックを起こしかけるほど、致命的な弱点なのだ。

 そんな霜月の恐怖心に火がついたのは、こたつの下からチョロチョロと流れ出る水を見た瞬間だった。


 なんとここ、積もった雪のせいで全く気付けなかったが、雪原などではなく凍った湖の上だったのだ。


 雪を払って設置するときに気がつかなかったというのも間抜けな話だが、こうなってしまった今はそんなことを悔いている場合ではない。
 こたつの発する熱で、雪と氷が溶けだしている。
 1〜2台程度ならたいしたことはないかもしれない。しかし霜月たちが設置したこたつはそんな台数ではなかった。安かったこともあって、地元民全員がゆったり入れるようにとかなりの台数を購入し、設置していた。
 いやもう、半端なく多い。
 このまま放熱を続けていたら、間違いなくこの周辺の氷が溶けて全員湖に転落する。

 落ちる。
 ボッチャン。
 水の中。
 しかも体は動かずカナヅチとくれば、待っているのは死あるのみと想像は容易につくわけで。

「溺死なんて死んでもいやですから…!」
「だーいじょーぶ、だーいじょーぶ。カチコチに凍るから、きっと春になったら蘇生してもらえるにゃん」
「そんなの救いにもなりませんよ!! 元はといえばあなたが――」

 ……ん?

「――にゃん?」
 変な語尾を聞き取って、不吉な予感にチクチクさいなまれつつもタケシの方を振り返る。
 こたつ布団からにょきっと飛び出したタケシの頭には、さっきまでなかったはずのネコミミが生えていた。

「!?」

 先端がぴこぴこ動いているとこから見て、飾りではなく直に生えているのは間違いない。

(そ、そういえばなんだかさっきから頭がむずがゆく……)
 霜月はおそるおそる自分の頭を手で探った。

 間違いない。
 生えている。

「!!!!!!」

 声にならないパニックが霜月の中を駆け巡った。
 


「霜月お待たせ。バイクを運んできたわ。これなら――あらやだ、かわいい」
 ネコミミの生えた夫霜月を見て、クコ・赤嶺(くこ・あかみね)は思わずプッと吹き出した。

 ネコミミは、ほかのこたつに入っている地元民たちにも生えていた。
 ここの地元民はみんな小さくて、3等身ぐらいしかない。それがエスキモーのようなボア服で着ぶくれていて、コロコロしていて、しかもしゃべる言葉が「ポポポ」と聞こえるのでそれだけでも十分かわいいという印象を持ったが、こうしてこたつに入って猫背でネコミミがついた姿は、ますますかわいく見える。

 だがクコの目で見て一番カワイイのは、やっぱり霜月だった。

 こたつを設置し終えた当初、こたつに入って脱力した霜月を見るのもめずらしくてかわいいと思ったけれど、ネコミミの生えた今の霜月はさらにかわいさを増している。
 しかも黒耳。

(霜月は黒猫なのかしら)
 あたたかな茶色の目をした黒猫。難なく想像がついて、切迫した状況なのにどこかなごんでしまう。
(うーん、いっそこのままにして、見てみたい気もするわね)
 大量の猫がこたつでごろにゃーする姿は、さぞかし見甲斐のある光景だろう。

 想像するだけで口元が緩んできたクコだったが、しかし当の霜月は切実だった。
 耳が生えただけですむとは思えない。なんだか顔やお尻のあたりもむずがゆく……。
「クコ、そこで見ていないで助けてくださいっ」
 両手をこぶしにして、目じりに涙まで浮かべている。

「はいはい」
 猫化霜月が見えないことをちょっぴり残念に思いつつ、ツインバイクの後部座席にロープをくくりつけ、もう片方を霜月に放った。
「持てる?」
 本当は体にくくりつけてあげたいが、近付きすぎると攻撃されるのでそういうわけにもいかない。こたつから出られないことが発覚した直後に引っ張り出してあげようとして、あやうく引っかかれるところだった。だから触れなくてもいいように、集落に置いてきていたツインバイクを取りに行っていたのだ。

「できれば体に巻きつけてほしいんだけど」
 しかしこたつの呪いは入った者が出ようという意思を持った時点で発動してしまうらしい。霜月はロープを握るだけでつらそうだった。
 それでものろのろと腕に巻きつけて、簡単にはほどけないようにする。
「じゃあ行くわよ! 衝撃を覚悟して!」
 霜月がうなずいたのを確認して、クコはスロットルを全開にした。




「そうか、ああいう方法があったのか!」
 ジェットスキーさながら、ツインバイクに引っ張られてこたつから脱出していく霜月を見て、高柳 陣(たかやなぎ・じん)はこたつの中でうなった。
 だが残念ながら彼らはバイクを持って来ていなかった。
 あるのはヘリファルテとエンシェント。飛空艇の馬力なら人の1人や2人どうってことないが、肝心のロープがない。

「くそっ! 何かロープのかわりになる物はないか」
 きょろきょろ周囲を見渡すが、あるのはこたつと雪だけで、それらしいものは枝っ切れ1本ない。

 ぴゅーと寒風が吹いていく。

「ちッ。こんな場所じゃあだれか通りかかるなんて期待もできやしねえ」
「べつにいーじゃん。ここあったかいし。ミカンもあるしさ。
 俺、もうこのまま春までここにいてもいいかなー? って思いだしたよ」

「だまれ諸悪の根源」

 となりのこたつでぬくぬくとこたつ猫になっているタケシからのフォロー(?)を、ひと言で切り捨てた。

「ひどっ! 陣くんひどいっ! タケシだってわざとこんな事件起こしたわけじゃないんだよ!」
 攻撃されないよう、遠巻きに様子をうかがっている(だけの)リーレン・リーン(りーれん・りーん)が責めたが、陣は一瞥もしない。

 実際彼は今、それどころじゃなかった。
 緊張感なくこたつで猫ってるタケシを気遣ったりするよりもっと切実な、切迫した問題が彼をせっついている。
 今はまだそれほどでもないが、このままずるずると時が経てば、いずれ緊迫したときを迎えるに違いない。

「……いろいろと人としての危機を迎える前に、なんとかしないと…!」
 その焦れたつぶやきに、タケシがぴこーーーんときた。

「だいじょーぶ! この広大な自然、全てがトイレだって昔読んだマンガの主人公が言ってた!」


「身もふたもないことを平然と言うな!!」


「なんだ、図星か陣」
 むくっと向かい側で木曽 義仲(きそ・よしなか)が身を起こした。
「うーむ。こたつから出るとやはり外は寒いな」
 もそもそこたつ布団を肩までかけて、ネコミミをピコピコする。

「義仲! おまえ耳っ! 耳がっっ」
 指差そうとした手がぶるぶる震えていたのは多分寒さのせいじゃない。
「そう騒ぐな。鼓膜が痛い。大体、騒げばどうとなるものでもないだろう。
 言っておくが、おまえの頭にも生えているぞ」
「なにっ!?」
 ばっっと頭に両手をあてる。するとそこにはしっかり毛ふっさふさのふくらみが……。

「なっ……な、ななな…」
 ショックのあまり、言葉が続かないでいる陣を見て。

「陣、かわいい」
 両目にキラキラ星を浮かべて、ユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)が感動に震えていた。

 視線は陣に固定したまま、手があわて気味にダウンコートのポッケを探る。
「どうしたの? ユピリア」
「カメラよカメラ! この奇跡を絶対撮っておかなくちゃ!」
「あーなるほど。カメラなら今落ちたよ。はい」
「ありがと」
 リーレンから手渡しされたそれを、ネコミミ陣に向けてパシャリ。

「はーい陣! こっち向いてー」
「うわ! ばか! やめろ!」
「やーん、そんな照れなくてもいいのよー。ほんとーにかわいーからー」

 デレッデレである。

 陣は体をひねったり手で邪魔したりしているが、決定的には隠せていない。かくなる上はとこたつ布団をめくり、広範囲におおって妨害に出るも、ユピリアもさるもので
「はっ! やっ! たあっ!」
ときにフェイントを交えつつ、前後左右に機敏に動き、シャッターチャンスを狙っては巧みにカメラを操りネコミミ陣の姿を手中に収めていた。
 ま、陣はこたつから動けないしね。


「ああ、お宝映像がこんなにいっぱい…」
「――くっ、消去してやりたいが、ここから出られねえ…!」
 液晶で確認しながらうっとりつぶやいているユピリアに、陣はこたつに下半身突っ込んだまま悔しがることしかできなかった。
 あとで覚えてろよユピリアと、せめてとばかりににらみつけるが、そんなこと日常茶飯事なユピリアはてんで気付いた様子もなく、ほくほく顔でリーレンに「見て見てー! このメガトン級のかわいさ!」と自慢までしている。

「おい義仲! そこでぼーっとしてないで、おまえも何か考えろ!」
「……いや、べつにぼーっとしていたわけではないのだがな」
 八つ当たり的に話を振られて、義仲はふうと息をついた。

 義仲とて今の状況を良しとしていたわけではない。英霊である義仲としては、雪・こたつ・猫という組み合わせには一種和的な情緒を感じないではないが、自分が猫になるのは別問題だ。
 それに、今思い出したが、現代の人間のなかにはケモミミを見ると激しく欲情する者がいるとユピリアに聞いたことがあった。しかもその数は決して少なくないという。
 もしもそんな輩が現れでもしたら、今の無気力な俺では抵抗することができず、アッー! なことになってしまう可能性が非常に高い! というか、今ここにいるやつらの中にそういう趣味のやつが1人もいないと言い切れるか!? 切れない!!(反語)

 考えだすととまらない。あっちもこっちもそっちもどっちも、なにやらそれっぽい視線が自分に向かって飛んできているような気までしてくる。
 猛烈な危機感に襲われて、義仲はこたつにもぐった。そしてそのまま、陣の横に顔を出す。
「おい、陣」
「うわっ! なんだいきなり? 狭いぞ!」
「いいから聞け。おぬしもここから出たいのであろう」
「何か策があるのか?」
 含みのある義仲の言葉を聞いて、にわかに陣の表情が真剣味を帯びた。
「うむ」
 義仲がうなずく。
「何だ? どうすればいい!?」

「俺を抱き寄せろ」

「はあっ!?」

「俺を軽く抱き締めて、頭をなでるんだ」

「なんでそんな真似――」
「いいからそうしろと言っている! ここから出たくないのか!」
 そりゃ出たいに決まってる。
 陣はまるっきり意図が分からなかったが、とりあえず言われるままに義仲を抱き寄せた。

 してみて分かったのだが、これが意外に気持ちがいい。
 ちっさくてやわっこくて、まるでぬいぐるみを抱いているみたいだ。大きさもちょうどよく、腕になじんでにしっくりくる。
「義仲……おまえ、いいにおいがするんだな…」
「はあ!?」
 今度は義仲が驚く番だった。顔を上げると、陣の目がこころなしかうっとりした視線を自分に送っている。
「それに、すごくかわいい……おまえがこんなにかわいかったなんて、知らなかった…」
「じ、陣っ!?」
「特にそのネコミミ。食べちまいたいくらいだ…」
 そう言って、ほんとに陣は噛みついた。
 はぐはぐはぐ。
「こ、こら、陣! 耳、耳は駄目……だ…っ! そ、それに、下! 手! かっ、過剰に触るでない!!」
「大丈夫。こたつ布団でみんなには見えないから」
 と、こっちもハグハグハグ。

「そういう問題じゃなかろうーーーっ!!」

 叫ぶ間も、陣は一心不乱に猫流スキンシップで義仲のネコミミをはぐはぐ甘噛みして毛並みを整えていた。
(くううっ……まさかあの陣がこんなになるとは……これもこたつの呪いか!?)
 抱き込まれ、敏感なネコミミを攻められながらも義仲は顔を真っ赤にしてこれに耐える。
 そしてこの行為は、義仲の思ったとおりの効果を挙げていた。

「……陣が……あんなことを…」
 ばさっと雪の上にカメラが落ちる。
「ユピリア!? 大丈夫!?」
 リーレンの心配も聞こえていない様子でユピリアはふらふらと陣に近付いていく。

「陣! 今すぐ私もこたつでネコミミになるから! はぐはぐしてーーーっ!! ――ぶっ」
 陣の猫パンチを受け、ユピリアは軽く後ろに吹っ飛んだ。

「ど、どうして陣!?」
「悪いユピリア、体が勝手に動いた(棒読み)」
「そんなのおかしいわよ!! 出そうとしたら攻撃するんでしょ!? 私は入ろうとしたのよ!?」
「そうは言っても実際に動いたんだしなあー(棒読み)」
「そ、そう…。とりあえず、これつけてもらえるかしら。危ないから」
 ユピリアはアイテム「ねこぱんち」を取り出して、陣の手元に放った。

「しかたないにゃあ」

「そうそうおとなしくつけ――って、にゃあ!?」
 驚くユピリアの前、ねこぱんちをつけた陣は、再び義仲のネコミミを舐め始めた。
「ばっ……やめ……陣っ。そ、そこは…っ」
 ――ひゃんっ

「ふ……ふふ……ふふふふふ…っ」
 2人の過激なスキンシップを見せつけられて、ついにキレたか。ユピリアの口から低い笑い声が漏れはじめた。ゴゴゴと黒いオーラ(らしきもの)が噴出しているのまで見える気がして、リーレンはサササっと距離を取る。

「私、信じていたのよ、陣。「恋愛対象:両方」でも、ショタだけは絶対違うって信じてたのにっ!!」

 バーストダッシュ発動!
 雪面を滑るように走り、加速して一気にこたつへと近付いたユピリアの手が、こたつ布団ごと天板をがっしと掴んだ。

「陣の、ぶわぁかぁーーーーーーーッッ!!」

 ちゃぶ台返しの応用で。必殺! こたつ返し!!

 勢いと怪力そのままに、こたつ布団と天板をひっぺがして放り出す。


「やったぞ!」
 こたつから解放されると同時に呪いの消滅を感じて、義仲は快哉を叫ぶ。と同時に横へ転がった。
 そしてあとは一目散。後ろにはちらとも目をくれず、脱兎のごとくその場から逃げ出す。
 あとに残ったのは。

「どうして!? どうしてなの!? 陣!! こんなにこんなにこんなにこんなに乙女の純情を捧げているのにっ!!」
 半泣きで本気で怒るユピリアと
「ちょ……ま……ユピ……やめ……っ」
 胸倉を引っ掴まれてガクガクガクガク前後に揺さぶられ続ける陣だけだった。