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リアクション
「雑務からの解放、素敵だわ」
警戒を解き、ミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)は大きく伸びをした。
「やっぱり、籠ってばかりじゃ肩がこりますね」
「確かにね。たまに外に出るのは気分転換になるし」
言葉を返したのは高根沢理子……じゃなく、影武者の酒杜 陽一(さかもり・よういち)だ。
「だからと言って、御付を撒くのは危険だよ?」
「悪い奴らは捕まえたのですから安全だと思うんです。少しくらい大目に見てください」
城を抜け出した姫君。あれもダメ、これもダメと言われ、付けられた護衛を振り切り街を散策していた。
「み、見つけたわよ」
その一時を邪魔するように掛かる声。
「羽を伸ばすのも、もう終わりですか……」
「そんな感じじゃないね」
「え?」声の主を見るミルザム。「……誰ですか?」
知らない相手。
「新しい護衛……ってわけでもなさそうだ」
酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)とガラの悪い湯浅 忍(ゆあさ・しのぶ)がそこにいた。
「わ、私の子分たちがお世話……になったそうじゃない」
「子分……お世話?」
全く身に覚えのないミルザム。
「人違いだと思います」
「それよりも、その手に持った本を生かした方がいいんじゃない?」
陽一が指さすのは美由子が持つ『あがり症克服術』という本。
「う、うるさいわね! そんなことより、私の屋敷に姫が乗り込んできたって聞いているわ。そうよね?」
「その通りですぜ」
頷く忍。完全に陽一を理子と見間違えている。
美由子は叫んだことで慣れてきたのか、意外と口が回ってくれた。
「護衛は自分たちで勝手に撒いてくれたみたいだし、今が好機よ」
妖艶に唇を歪ませる。
「姫を捕まえて言うことを聞かせれば、この国は私の思うが儘だわ」
陽一はそこで何かに気付いた。
「そういえば、リコっちが言ってた。親玉がいなかったって」
「あれで全部じゃなかったんですか?」
「屋敷に居た人間は、らしいよ」
どうやら本来の家主は不在だったらしい。
「それじゃ、この人が悪代官ってことですね」
「何を話しているかしらないけど、やっちゃいなさい!」
「へい、承知!」
「ちょっと待ったー!」
突如として現れる乱入者。黄色地に茶の格子の入った着物。帯はあずき色で町娘然としたセイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)。
「女の子相手に何やってるのよ!」
「ちっ、邪魔が入ったわね」
「そこの娘さん、危険だから逃げて」
「いいえ、逃げないわ。だって見過ごせないもの!」
陽一が忠告するがセイニィは目撃してしまった諍いに、正義感剥き出しで止めに入る。
「面倒なことになったわね。どのみち目撃者を残していくわけにもいかないし、先にあの娘をやりなさい!」
「いくぜ! うおりゃー!」
「なんのーっ!」
正義は勝つ。そう思っていた時期がありました。
「きゃあっ!」
真正面から繰り出された拳。それを避けて反撃しようとしたセイニィだったが、予想以上に着物が動きづらかった。足をもつれさせ、そのまま転倒。
「痛ったー」
忍はその姿を見て勝ちを確信。
「へっへっへ、さっきは上手く避けられたが、次はねぇぞ」
理子とミルザムは助けに行こうにも間に美由子が居て動けない。
「ちょっ、待って! 今は無理!」
「観念しな!」
「だ、誰か――」
悲痛の叫び。それを言い終わるともつかない瞬間に、
「迅雷見参!」
赤いマフラーで顔を隠し、忍び装束を纏った武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が躍り出る。
「あ、あなたは……」
「また会いましたね」セイニィを助け起こし、「危ない事には首を突っ込まないよう言ったはずですが」
「でも、放ってはおけないから」
「その義勇、大切にしてほしいですが、それ以上に自分の身も大切にしてください」
「わ、わかったわ」
少し頬を染めるセイニィ。
「私なんて悪役なのに……そんなラブ展開は許さないわ! 早くやってしまいなさい!」
「へ、へい!」
私情が混じり始めた。
「……彼女、友達います?」
「……察してくれるとありがたいね」
ボソッと言葉を交わすミルザムと陽一。
「くらいやがれー!」
突っ込む忍。そこからの牙竜は無言で敵を駆逐する。
【歴戦の立ち回り】で間合いを把握し、【グラビティコントロール】で動きを封じる。
「ぬおっ!?」
棒立ち状態の忍へ、【マグマブレード】を叩きこむ。
「ぐはっ! やーらーれーたー!」
切られた個所を押さえ、もがき苦しむよう倒れる敵。
「後はあなただけですよ」
「大人しく縄についてくれないか」
「ど、どうしよう、私、一人、どうすれば――」
追い詰められ、動揺する美由子。
「そうだわ! これがあったわ!」
懐から取り出したるは妖術の巻物、という【巨大化カプセル】。そのスイッチを入れると、美由子の体が五十メートルを超えるほどに。
巨大化に巻き込まれた周りの建物が崩れる。
「きゃっ……って、きゃあっ!?」
セイニィの最初の悲鳴は落ちてくる瓦礫から頭を庇った時。その次は意図せず体が浮いたからだ。その理由は牙竜にお姫様抱っこをされたため。
「流石にあなたが手におえる相手ではありません。このまま安全な場所へ行きます」
「でも、あの人たちが」
「あれだけ大きな騒ぎなら誰か駆けつけてきます。俺もすぐに戻ります」
そして何よりも、と今まで行く先しか見ていなかった牙竜の目がセイニィの目を見つめる。
「あなたを死なせるわけにはいかないのです」
「……もしかして、あなた様はケンリュウ――」
「あまり喋らないでください。舌を噛みます」
「は、はい」
何かに気付いた様子だが、それ以上は追求しようとしなかった。
屋根伝いに離れていく二人。
「姫様!」
逆に近づいてくる二人。高円寺 海(こうえんじ・かい)と杜守 柚(ともり・ゆず)だ。隠密として護衛以外に姫を見守る任を受けていたが、この事態は流石に出てこざるを得なかった。
「ご無事ですか?」
「おう、問題ないぜ!」
返事をしたミルザム、元いシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)。現役都知事に怪我をさせないためスタント部分を担当するのだが、口調がはっきりと変わってしまっている。
「……勝手な行動は困ります」
二人は気づいたが、無視することに決めた。
「理子姫様は」海は陽一を見る。「……なぜ、影が?」
「リコっちに協力してくれって言われてね、つい」
「本当にじゃじゃ馬姫だな……」
遠目から見ていたので気づかなかったが、撒いてる途中に入れ替わったらしい。
「ともかく、ここは危険です。お逃げください」
「えー、今来たばっかなのに。オレも混ぜろよー」
「……どうする、海君?」
「もうどうにでもなれだ」
困惑する柚に海は開き直って進言する。
「それでは手伝って貰いますよ」
「おう、まかせとけ!」
やる気満々なシリウス。「俺も参加しよう」と陽一もそれに倣う。
まずは短刀を逆手に構え、巨大美由子に切りかかる柚。手近な足を狙うがビクともしない。大きさから蚊に刺された程度にしか思わないのだろう。
「柚、同時に攻撃するぞ」
「わかりました」
海も同様、短刀を逆手持ち。二人で一か所を重点的に攻撃する。
足元で行われる攻撃を煩わしく思ったのか、美由子の足が持ち上げられ、
「押しつぶす気だ」
「ちょ、逃げるぜ!」
下ろされる。
轟音と土煙が立ち込める。四人は互いの無事を確認しつつ、
「おい、こんなの相手にどうするよ?」
「何か策がないと無理ですね」
「案でもあるのか?」
海の質問に首を振る柚とシリウス。
「とりあえずは被害が少なくなるよう注意を引き付けるしかないね。散り散りになるよりも、まとまって行動する方が被害は少ないかな」
「危険だけどしょうがないぜ」
陽一の提案に頷く。
「注意は俺たちが引き付ける。今度はもう少し上を狙ってみるぞ、柚」
「はい」
屋根を使い、阿吽の呼吸で腰元まで登りつめる海と柚。だが、そこには美由子の手がぶら下がっている。
「危ない!」
「くっ!」
ハエを叩き落とすよう、手が海を襲う。間に合わない。そう思えた。
「【サンダークラップ】!」
雷撃が美代子の顔を直撃。深手にはならないものの、海を捉えていた手は顔を抑えるために動かされた。
「助かったぜ、迅雷さん」
セイニィを安全な場所へ移し戻ってきた牙竜。海の礼は聞こえているのだろうが反応はせず、【馬賊の銃】を顔を覆う手に押し付け発砲。続けざまの攻撃に、怯む美由子。
「海君、無事ですか!?」
「なんとかな」
柚は落下から受け身を取った海を助け起こす。
「ああ、オレも混ざりたいぜ……」
「出番はちゃんとあるんで待ってください」
メタな会話を交わすシリウスと陽一。
「攻撃は強力ですから気を付けてください」
「ああ、もう失敗はしないぜ」
「背中の目は私が務めます。だから――」
「柚の背中は俺が守る、そうだろ?」
頷き合い、牙竜に加勢する二人。攻撃は効かずとも、気を散らすことはできる。
またもやなラブ展開に業を煮やした美由子は怒り狂う。両手を無造作に振り回し、そして――
三分が経過した。
巨体がみるみるうちにしぼんでいく。
「ええっ、ちょっ……」
後に残ったのは顔にかすり傷と埃を付けた等身大の美由子。
「あ、はは、ど、どうしよう……」
「時間切れってわけか。こうなりゃこっちのもんだぜ」
「あの人たちは?」
牙竜、海、柚の三名は、脅威が去ったのを認識したのか、何も言わずに消えていた。
「おい、あんた。こんな騒ぎを起こして、その上、人さらいと殺人の容疑があるぜ。覚悟はできてるんだろうな?」
「え、殺人!? 私、知らないわよ! 人さらいしか命令してないもの!」
「往生際が悪いぜ」
「本当よ!」
「……嘘は言ってないみたいだね」
「どうしてわかるんだ?」
「あがり症の人が、ここまで必死になってるから、かな」
「ふむ、一理あるな」
「うぅ……」
変なところで納得された美由子。
それでは、誰が宣教師を殺したのか。
疑問で顔を見合わせるシリウスと陽一の後ろから怪しい黒装束。手には黒く禍々しい刀。
「あっ、後ろ!」
「ん?」
振り返ったシリウス。その時既に刀は振り上げられ、陽一を捉えていた。それが振り下ろされる。
「どっせいっ!」
横からはじき落とすシリウス。
「おいおい、穏やかじゃないぜ」
たたらを踏む敵。
「あなた、誰?」
尋ねる陽一。答えは構えた刀だった。
「言う気はないってわけだ」
「オレも暴れたかったんだ、丁度いいぜ」
指を鳴らし、姫らしからぬ言動のシリウス。
敵は油断なく切っ先を向けてくる。そこへ、
「あたしがいないところで面白いことしているわね」
本物の理子が出てきた。
「え、リコっち? 遊びたいからって変わったのに」
「あんな巨人見せられたら気になっちゃうわ。そして来てみれば、楽しそうじゃない」
「邪魔すんなよ?」
シリウスは体を動かしたくて仕方がない。
「あらあら、血気盛んになっちゃったわね」
会話を交わす二人。だが、敵はそれ以上に二人いる理子姫の存在に戸惑っていた。陽一と理子の顔を交互に見る。
「さあ、観念しな」
更に、シリウスまでも相手にしなくてはならない。
敵は不利を察したのか刀を収めると一目散に逃亡。
「あっ、おい! 待ちやがれ!」
「深追いは危険だ」
陽一に止められ、舌打ちするシリウス。せっかくの運動相手がいなくなってしまった。
「ちっ、くそが」
「さっきから聞いていれば……シリウス、私はそんな汚い言葉は使いません!」
「なっ、ミルザム!?」
予定にないミルザムの出現に驚くシリウス。
「あなたは私の影武者なんだから、言葉遣いも直してください!」
「いや、つい……」
スタントだったせいで楽しくなって地が出てしまい、頭をかくシリウス。
「その仕草もダメです!」
「こちらは?」
「こっちが本当のミルザム姫よ。彼女は影武者のシリウス。ま、私たちと同じ関係ね」
ただ、スタントで入れ替わったせいで、更に役が変わり、収集が付かなくなり始めている。
「なに……これ?」
同じ人間が二組という異様な光景が出来上がり、今まで放っておかれた美由子が呟く。そこですかさず軌道修正に入った理子。
「で、この人が元凶ってわけね」
「本人は否定しますけど」
「さっきの怪しい奴もいるし、まだ終わってないみたいだぜ?」
「だから、その口調を直してください!」
美由子は思った。
(早く連れて行って欲しいわ……)
と。
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