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その場しのぎのムービーアクター!

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 夜。
 どこか遠くで梟の鳴き声が聞こえる。
 それ程までに静寂な夜。
 いつもは騒がしい虫も、今日は鳴りを潜めている。
 この後起こる騒動の前触れかもしれない。
 件の屋敷は一室のみ明かりが点いていた。
 酒を酌み交わす悪代官イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)と越後屋上田 重安(うえだ・しげやす)
「ん? 酒が切れたのだよ」
「直ちに。おい、酒を持って参れ」
 重安が手を叩いて呼んだのは芸者の桜月舞香。
「ほれ、酌をせんか」
「苦しゅうない。もっと近こう寄れ」
「お代官様、失礼いたします」
 盃に酒を注ぐ。
「おっとっと……」溢れる前に喉へ流し込む。「うむ、美味い」
「お気に召したようで何よりです。それと――」
 重安がそっと摺り寄せるのは小脇に置いてあった大きめの菓子折り。
「お代官様のお好きなものでございます」
 それは二段になっており、蓋を開けると上にはふっくらとした白い饅頭。下には、
「ほほう、これはこれは。よいものである」
 山吹色をした楕円のお菓子。イングラハムは扇子を開くと、上機嫌で扇ぐ。
「越後屋、お主も悪よのう」
「いえいえ、お代官様には敵いませぬ」
 下卑た含み笑いが部屋を埋め、重安ははたと気づく。
「おっと失礼、それがしは厠へ失礼させてもらいます」立ち上がり障子まで歩くと、「調子が悪くて少々時間がかかります。その間、どうぞお好きにお食べください」
「ほう、気が利くな」
 イングラハムの視線が舞香に行く。
「それでは失礼して」
 退室した重安。
「さあ娘、酌はもういいのだよ。こっちへ来るのだ」
 奥に用意された布団一式。
「お止めください、お代官様!」
「よいではないか、よいではないか!」
 舞香の腰帯を掴むと、そこへ向かい引っ張り、
「あーれー!」
 そのまま倒れた舞香に覆いかぶさる。
「きゃあっ!」
「げへへ、助けを呼んでも誰も来ないのである」
 いやらしい笑いを漏らし、イングラハムの触手が着物の裾を捲る。露わになる白い太腿。程よい肉付きで、羞恥のためかピッタリと交差させている。
 その柔肌へ延びる触手が閉じた門戸を開き――
「うふふ、二人の悪行、見させて貰ったわ!」
 艶やかな腿がイングラハムの首元を締め付けた。芸者の仮面を脱ぎ、舞香が本性を現す。
「越後屋との密約、言い逃れできないわよ?」
 賄賂での買収。交わされた条約は事件の隠蔽だ。辻斬りの話題が出ないよう、差し向けていたのである。
「密命により、二人の身柄を拘束させてもらうわ!」
 簪を抜き放ち首に指す。それで悪代官は失神する……はずだった。
「おのれっ、謀りおって……」
 にゅるりと拘束から逃れる。
「うそっ、何で!?」
「我に首など存在せぬのだよ!」
 頭部から直接生えた触手。ポータラカ人故の形状だ。
「しくじったわ……」
 苦虫を噛み潰す舞香。
「曲者じゃ、であえであえー!」
 障子を開け、長曽禰広明と湯浅忍を含む手下が数名駆けつける。
「相手は一人だ、囲め!」
 広明が叫んだ。帯を外し着崩れた着物を押さえる舞香は円状に包囲される。
 動きづらい格好。すぐ取り押さえられるかに見えた。
「助太刀いたします!」
 言葉と同時、円の一角が吹き飛んだ。空いた隙間から舞香に駆け寄る一人と一匹。フレンとポチだ。
「大丈夫ですか?」
「ええ」
 着物を合わせ直す舞香。彼女を守るように立ちはだかり、
「女性を大勢で寄って集って、恥ずかしいと思いませぬか?」
「ご主人様の言う通りです! これだから下等生物は!」
「ポチ、行きますよ!」
「はい!」
 手近な所から小太刀で成敗していく。
「おいおい、もう始まってんのか」
 その場所へやってきたベルク。
「おかげで楽に侵入できたけど……って、お前、フレイか!?」
「マ、ベルクさん!?」
「エロ祈祷師! こんな所までご主人様に付きまとうとは!」
「って、危ねぇ!」
 よそ見していたフレンに振り下ろされた刀。それを杖で弾き飛ばし掌打を加える。
「あ、あの、二度も助けて頂いて、ありがとうございます」
「そんなことよりも、どうしてここに?」
「それは――」
「ご主人様、話してる場合じゃないです!」
 残る隊長格の二名、広明と忍。気を引き締めないとやられかねない。
「フレイ、布団に足を取られるなよ」
「布団ですか? どうしてここに?」
 しまった、とベルクは後悔した。注意を喚起するつもりが、逆に注意を逸らしてしまった。戦闘以外は天然だ、「足元に気を付けろ」と言うべきだった。
「まあ、その、あれだ……そういうことの、ためにだな……」
 律儀に答えようとするも、歯切れの悪いベルク。フレンには何が何だかさっぱりわからない。
「どうりゃ!」
「こんのっ!」
 チャンスと見た広明と忍は覇気の抜けたフレンに殺到する。
「ご主人様!」
「やらせるか!」
「ぐはっ!」
「や、やられ、た……」
 思った以上に弱かった二人。ベルクの一閃が二人を倒す。
 ……あれ、ポチの攻撃は?
「痛ぇ! てめぇ、またやりやがったな、この駄犬が!」
「ほひゅひんははひひはひはほほほほひへひょふほひははふへふ!」
(ご主人様に卑猥なことを教えようとした罰です!)
 ベルクは足に絡みつくポチを掴み上げると、布団に投げ付け、被せ、覆う。
「うわっ、何も見えないです!?」
 もぞもぞもがくが、縛り上げられ出れなくなってしまった。
「なるほど、そうやって使うんですね!」
 何故か納得していたフレン。
「いや、違うんだがな……もう、いいや」
 ベルクの苦労は絶えない。
「ぐぬぬ……逃げるが勝ちなのだよ」
 漫談みたいになっている連中をよそ目に、逃げだそうとする悪代官。
「待ちなさい」
 丸腰で止める舞香。対して、イングラハムは脇差を抜き放つ。
「武器も持たぬお前に何ができるのだ?」
「武器ならあるわ」
 イングラハムによって剥された帯を拾い上げ、鞭の要領で振るう。
「おい、そんなに動いたら着物の中、ぼふっ!?」
「首は無くても、窒息には耐えられないわよね?」
 帯で顔を覆われるイングラハム。舞香は手に持った方を天上の梁に通し、そのまま吊し上げる。数刻後、帯を外そうともがいていた触手がすべて力なく垂れる。
「大人しく眠っていなさい。それと――」
 着物を脱ぎ去る舞香。
「着物の下が裸だとでも思ったの?」
 下には丈の短い女物の忍装束。
 フレンは無意識のうちにベルクの目を塞いでいた。


 時間は少し遡り、廊下を歩いていた重安。
 厠とは方便で、実際は代官と芸者を二人だけにするのが目的。そのためぽっかりと時間が空いた。
「さて、何をして暇を潰しましょうか」
「それじゃ、お話を聞かせてもらおうかな」
 暗がりから理知が顔を出す。
「誰だ!?」
「俺がわからないか?」
「辻永のところの坊ちゃん」
 理知の隣には翔。重安とはライバルにあたる越後屋の息子。
「色々聞いたぞ。良からぬことをしているんだってな」
「滅相もない。それがしは」
「しらばっくれてもダメだよ。ネタは上がってるんだから」
「何を証拠に」
「さっき悪代官に小判を渡していたな?」
 どうやら現場を見られていたらしい。これ以上は言い訳しても無理だろう。
「……見られていたのなら仕方ない。このまま生かして帰すわけにはいきませんね」
「本性が出たか」
「誰か! 誰かおらぬか! 曲者だ!」
 しかし、誰も来なかった。
「なっ……」
 丁度その頃、イングラハムが屋敷の者を呼んでいたからだ。
「往生際が悪いよ。観念しなさい」
「知っていること、全部吐いてもらうぜ」
 詰め寄る二人。重安は廊下にあった飾り物の刀を見つけると、
「この重安、丸腰の相手に遅れは取らぬ!」
 飛びつき、鞘を抜き放つ。
 素手対刀。だからと言って怯まない。
「翔君、行くよ!」
「ああ!」
 正面から向かう翔。刀を振り上げ、振り下ろす。その動作を見切り、半身で回避。
 大振りで出来た隙を後詰の理知が突く。掌底で刀を落とし、勢いのまま肘を突き入れる。
「ぐふっ!」
 鳩尾に叩き込まれ、一瞬息ができなくなる。
 そこへ翔が手首を掴み、後ろ手で縛る。
「さっ、降参するんだな」
 身動きができない重安。
「やったことを白状しなさい」
「……それがしは言われたままに刀を献上しただけで」
「誰に?」
「どこの者とも知れぬ女だ」
「黙っててもいいことはないぜ?」
 締め上げる翔。
「ほ、本当だ! わからぬのだ! ただ、あの黒い刀を置いて行っただけで」
 どうやらそれ以上の事を本当に知らないらしい。
「ということは……」
「まだまだ黒幕がいるってことだね」
 この情報を知らせなければいけない。
「後は悪代官だな」
「急ごう!」