リアクション
* * * * * 樹達があおぞらへ現れるより少し前の事。ツァンダの往来を小走りに行く一組のグループが居た。 「パパーイ、こっちこっち、ここがあのお店なの!」 パタパタと駆けて行くセシリア・ノーバディ(せしりあ・のおばでぃ)の背を追いかけるのは、セシリアのパパーイことアルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)と彼の強化人間のパートナー六連 すばる(むづら・すばる)だ。 このところ仕事に忙殺されて食事の時間がバラついていたアルテッツァを気遣って、セシリアはあおぞらへ行こうと提案したのである。 「セシリアさん、前を向いて歩いて下さい!」 「そんなに慌てなくても、食堂は逃げては行きませんよ」 こちらを向いて足下の怪しいセシリアに向かって声を上げたアルテッツァとすばるは、仕方ないと肩を落として二人の会話に入った。 「……全く、病気の治療中だというのに、シシィは元気ですね、スバル」 「マスター、元気なのは良いのですが……ワタクシは心配です」 「一応科学的療法はそれなりに効果を出しているようです。 しかしながら、あの男……オガタが言っていた魔法的両方に関しては、全く手がかりがない状態が続いていますね」 「その件ですが、ジーンウォーカーというクラスをご存じですか? それについて調べて見れば、何らかの答えが出るかもしれません」 「確かに、パートナーロストに似たシシィの病状は、パラミタならではのクラスに治療のヒントがある可能性は、否定できませんね」 二人が小声で交わしているのが自分の体調についての会話と気付いていないセシリアは、無邪気に手を高く上げて振り「はやく」と合図してあおぞらのドアノブへ手を掛けた。 「入るよー、ごめんくださーい!」 * * * * * 「おや、セシリア君がみえてますよ、太壱君。 樹ちゃーん、あれ、あれあれ、先生も来てる」 アルバイト店員のエレノアの後ろに続く三人に初めに気付いたのは章だった。言葉に反応して樹たちが次々視線を上げるのに、セシリアもそちらへ駆け寄る。 「あっれー、タイチも居たんだ ……あ、タイチのお父さんとお母さん……と、コタローちゃんだ。 ごめんなさい、みんなで食事中に邪魔しちゃって……」 「ツェツェ、どうしたんだ……んげ……」 硬直した顔で丼を取り落とす太壱の不審な行動に、すばるが何処からか取り出した機関銃を構える。 「マスター、この方々は排除対象ですか?」 得物ががしゃりと音を立てたのに、エレノア「お客様」とやんわり諭すような声を上げると、「店内での発砲は他のお客様のご迷惑になりますのでご遠慮願います」とジゼルが向こうから続けるので、すばるは黙って銃口をおろした。 その一連の出来事を矢張り何事も無かったかのうように聞き流して、樹はセシリアへ向き直る。 「おお、小娘も食事をしに来たのか? 迷った時には日替わり定食が一番だぞ、旬の食事ができる…… 太壱、どうした? 何を取り落としてる?」 「たいー、のーしたんれすか? あ、つぇちーしゃんら、こにちはれす、つぇちーしゃん!」 セシリアがコタローらと挨拶を交わしている間、アルテッツァはコタローの姿を物珍しげに見ている。 「……カエル?」 上から下まで見直してみれば、背中のチャックが目に止まり「ああ、ゆる族か」と合点がいった。 「あ、アルト、それと……黒髪の強化人間もか、どうしたんだ今日は?」 「う? つぇちーしゃんのおとーたんれすか? う? ねーたん、つぇちーしゃんのおとーたん、知ってるれすか?」 「ああまあ、私の幼なじみだ。コタローと小娘は面識はあったようだが ……アルトと強化人間とは、初めてだな。 私の『娘』、緒方コタローだ」 「『娘』そういえば、『息子』には、いつもシシィが世話になっているようですね」 会話は樹と、だが鋭い視線はがっちりと太壱に固定された状態のアルテッツァを見て、コタローは空気を読めずに「ねーたんねーたん、あるろしゃん、たいの方ずーっと見てうれすお!」と口に出してしまう。 それにふっと微笑んで、章はアルテッツァへ作った笑顔を向ける。 「うちの愚息に何かご用でしょうか、先生? 図体はでかいですが、性格は至って真面目でどちらかと言えば凝り性 人様に迷惑をかけないタイプだと思いますが、その彼が何をしたと言うんです?」 「貴男は、何を企んでいるのですか? ああ、治療方針のきっかけを探して下さった事に関しては礼を言いますよ アリガトウゴザイマシタ」 棒読みの礼をするアルテッツァに溜め息をついて、樹は章を見るが―― 「で、食事をするのであればそこに大人しく座って食べ始めたら如何ですか? ……外見を医学的に診たところ、先生には偏食していそうな顔色の悪さが見られるのですが」と言った具合に、アルテッツァへ挑発的な笑みを飛ばすのだ。 「……こら、アキラ、ケンカを売るような口調をするな!」 「タイチのお母さん、何かうちのパパーイとタイチのお父さんが にらみ合ってますけど、どうします?」 「コタロー、こっちに来い!巻き込まれるぞ!」 「あいれす……」 「すばるさん! 急いで逃げて!!」 「お袋、俺はどうしたら……」 「嵐が収まるまで待機、これも修行の1つと思え、以上だ」 「ってえええええ! それだけ、指示は本当にそれだけっすか、お袋!!」 「長年の付き合いで アルトがこうなると意地を張って動かなくなる事は知っている 同じように、アキラもこうなるとテコでも動かん、意地を張りまくる」 「と、言う事で我々は避難するぞ、コタロー」 「あい!」 「嵐が収まるまでカウンターに行きましょ!」 コタローを連れて脱兎の如く駆け出した樹、セシリアとすばるがカウンターに押し寄せるのに、ジゼルは慌てて「落ち着いて」と手で制した。カウンターの中はオープンキッチンだ。衛生面を考えれば一般客を立ち入らせる訳にはいかないし、今は営業中なのだ。 そんな騒動の最中に何やらもじもじしだしたコタローに気付いて、セシリアはその顔を覗き込んだ。 「……どうしたのコタローちゃん?」 「こた、つぇちーしゃんと、じぜうしゃんとご飯作りの手つらいすうー」 「ああ、胃袋満たして大人しくさせるのね、了解! ……ほら、すばるさんっ!」 「セシリアさん……何故ワタクシまで調理スペースに?」 「おーふーくーろー!!」 「アーアー、キコエナイ、シラナイ、コームギーコカナーニカーダー」 店の奥から太壱の救助を求める声に被せて、樹が耳を塞ぐ為の声を上げる。ジゼルは何かトラブルが起こりそうな予感に彼等を奥の席に隔離しようとした作戦の失敗に気付いて頭を抱えていた。 「樹、どうにか二人を収められないの?」 「ムリムリー」 「つぇちーしゃん、早くご飯作らまいと、あるろしゃんおこうれすよ! おしたしと、肉野しゃいいちゃめが、いちばんかんたんれす! ……こたのきゃぷちぇんのかんがゆってます つぇちーしゃん、すばうしゃん、しゅぐ作るれす! きゃぷちぇんのめーれーれす!」 「はあ、分かりましたわ、子ガエルさん ほうれん草をゆでる程度なら、ワタクシだってできますよ!」 「まっ、待って! 厨房には――」 ジゼルが狼狽しながら声を上げかけた瞬間、立ち上がり睨み合っていた章とアルテッツァの鎖骨付近に何処からか伸びた二本の腕が宛てがわれたかと思うと、二人の膝がガクリと落ちて椅子に強制的に座らせられる。 二人を見下ろしているのは男女とも殆ど似たような顔だ。 「アレックス!! 居たのか!?」 太壱が泡を食っている間に、黙っているアレクの隣でスヴェトラーナはテーブルをぐるりと見回して破顔する。 「お食事は、座って、愉しく。さあ、折角のご飯が冷めてしまいますよ」 手に箸を無理矢理握らせてくる食えない笑みを浮かべたままのスヴェトラーナに、章は従うしかない。太壱の方は何か言いたげに口を開いたが、アレクの表情の無い視線が「黙って食え」と言うので慌てて飯をかっ込み始めた。 ジゼルは自体が収束していくのを見ながら息を吐くと、同じく隣で面食らっていた佳奈子に先輩アルバイトとして指示を出す。 「エレノアと3卓と4卓繋げて7人席作ってくれる?」 佳奈子が「わかったわ」と向こうへ向かうのに、ジゼルはコタローへ向き直った。 「ご免なさいコタロー、今は営業中だし厨房へお客様をあげる訳にはいかないの。 けれど皆でお食事をすれば良いって提案は素敵だと思うの。美味しいご飯を一緒に食べればきっと仲良く慣れるわ。 セシリア、リクエストなら受けるから、遠慮なく言ってくれるかしら?」 * * * * * 「パパーイ、今日のスペシャルメニューよ」 セシリアの声と共にテーブルに7人席の並べられたのは、セシリアとすばるが注文したアルテッツァの為のメニューだ。 「しっかり食べて元気出して頂戴ね!」 「お味は……如何でしょうか?」 すばるがおずおずと聞くのに、アルテッツァが頷いている。自分達のチョイスは間違っていなかったのだと胸をなで下ろすすばるに、セシリアは「わたし達も一緒に食べようか」とアルテッツァと同じスペシャルメニューを前にすばるに微笑んだ。 テーブルの様子を暫く見守って、ジゼルは佳奈子の肩を叩く。 「私もう上がるけど平気?」 「大丈夫よ。もうすぐ女将さん来るし……それよりジゼルさんこそ時間伸びちゃったよね。大丈夫?」 佳奈子の言葉に時計へ目をやって、ジゼルは「平気よ」と小さく頷いた。今日はスヴェトラーナと映画鑑賞の約束をしていたのだが、元々何かあった時の為に開演までの時間は余分に取ってある。 「終わりですかジゼル。なら私パーパと裏にバイク回してきます」 「うん、直ぐ着替えるから待ってて」 佳奈子に後を託して関係者用の扉の向こうへジゼルが消えると、それを合図にカウンターの横に立っていたアレクとスヴェトラーナが移動を始める。 と、店の奥から「アレックス!! 待ってくれ話しがあるんだ! 俺を弟子に――」と叫ぶ太壱の声が聞こえてきた。 「ほっといていいんですか?」 「Ceca,my suger bear.娘より優先するものなんて何も無いよ。妹と妻を除いたらね」 聞こえよがしに言ってから皮肉っぽい笑顔を浮かべて、アレクは断末魔のような太壱の声を背に受けたまま容赦無くドアノブに手を掛け、冬の冷たい空気の中へ行ってしまった。 |
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