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冬のとある日

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冬のとある日

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【5】


 ――午後。遠野 歌菜(とおの・かな)は夫の月崎 羽純(つきざき・はすみ)とデートの為に、空京へ繰り出した。
 今日のおでかけの目的は甘いケーキやアイスクリーム――所謂スイーツと呼ばれる類いの店を巡る事だと言う歌菜に、羽純も楽しみにしている気持ちを表情で返す。予定では彼女が事前に雑誌でチェックしていた店を順に回るようだった。

 一件目はコーヒーショップ。街中や学校内、果てはオフィスビルに至るまで何処にでもあるチェーン店だが、雑誌によると空京だけの限定商品があるらしい。
「実は俺このチェーン、一度も入った事が無いんだ」
 羽純のやや告白めいた言葉に、歌菜は「そうなんだ?」と少し目を大きく開いた。
「コーヒーの他にも色々あるんだよ。
 メニューそのままでもいいんだけど、人気のポイントはそこじゃなくて、どんなカスタマイズでも応えてくれるとこ♪」
「そいつは面白いな」
「空京限定のコーヒーフロートが美味しいんだって♪」
 言いながら自動扉が開くと、カウンターの向こうから「Salve!」と店員達の声が響く。
 店内は程よく混み合っているようだ。カウンターに並ぶ列の最後尾につけると、「こちらをご覧になりながらお待ち下さい」とメニュー表を渡された。
「あっ、見て見て羽純くんっ。
 コーヒーフロートもカスタマイズ出来るみたい」
「アイスの上にトッピングか――」
 どんなものを乗せるか相談し合っていると、程なく順番がやってくる。
「お待たせ致しました!」という店員の声は何処か聞き覚えがあって二人がメニュー表から顔を上げると、目の覚めるような赤毛が目に飛び込んだ。
「キアラちゃんだ!」
「歌菜ちゃんに羽純くん! 偶然っスね。
 今日はデートっスか?」
「うんっ♪ 今日は空京でスイーツスポット巡りするつもりなのです。
 キアラちゃんはここでバイトしてるんだね」
「何時もはヴァイシャリーの百合園近くの店なんスよ。今日はヘルプ」
「ここのお店忙しそうだもんね。――ってごめんね、早く注文しなきゃ!」
 慌ててメニュー表に顔を下ろした歌菜に、キアラは「やっぱ空京フロート目当てっスか?」と質問する。空京をイメージしたオリジナルブレンドにシンプルなヴァニラアイスを乗せたフロートは最近雑誌で紹介されたらしく、これを注文する客が増えたのだ。
 予想の通り歌菜は「二つお願いします」と指を二本立てると「それとカスタマイズで……」と、続けた。
「えっと……ホイップクリームに、アーモンドプラリネ、コーンフレーク、フルーツビッツ。
 彩りに5色スプレーチョコのトッピングで」
 メニュー表を見ながら歌菜がなんとか言い終わると、次は羽純へキアラの視線が飛んでくる。
「カラーチョコビッツ
 カールチョコ
 ウォールナッツ
 スティックアーモンド
 フルーツマシュマロ
 ウェハース
 メレンゲ
 をアイスにトッピングしてくれ」
 空で言ってみせた羽純に心の中で拍手して、キアラはメニューを復唱する。
「――って歌菜ちゃんの方は兎も角、羽純君これ結構ガツンてくるっスよ。大丈夫?
 つーかコーヒー埋もれちゃうからサイズはご注文頂いたClassicoよりもGrandeがいいっスね」
 ちゃっかり一番大きなサイズを勧めるキアラに、羽純は「商売上手だな」と歌菜と一緒に吹き出して、結局その通りにしてやるのだった。


「わぁ……注文通り!」
 コーヒーフロートを受け取って、歌菜は目を輝かせる。羽純の注文したものはキアラの危惧した通りガツンときそうなもので、確かに一番大きなカップでなければ下のコーヒーが見えなくなっていた事だろう。
「食べごたえのありそうな物が来たな」
 と言いつつも、羽純は面白さの方に惹かれたようで、カウンターの向こうで別の客の清算を終えたところらしいキアラへ笑顔を送る。
「美味そうだ、キアラ、サンキュ」
「イエイエー、ごゆっくりー」
 言いながらキアラは人差し指をこっそり向こう側へ向けている。丁度奥の席が空いたらしくそれを教えてくれたようだ。羽純は微笑んで返して、歌菜の分もフロートを持って席へ向かった。
 成る程こっそり合図してくれるだけあって、この一角の席は布ばりのソファがフカフカと座り心地がいい。大きなソファに沈みながら上機嫌な笑顔の歌菜が正面に見えて、羽純はそれだけで始まったばかりの一日に満足していた。
「コーヒーフロートが豪華になって、嬉しい♪
 羽純くんのも美味しそう」
「そうだな、歌菜のも美味しそうだ」
「ね、一口ずつ交換しようよ」
 提案に頷けば、歌菜はバースプーンで一匙掬って「はい、あーん♪」をこちらへ向けてきた。
 一瞬「……あーん、って――」と躊躇するも、無邪気な妻の期待一杯の目に直ぐに周囲の視線が気になる複雑な気持ちを清算して、羽純はテーブルの向こうへ身を乗り出す。
「うん、美味い」
 歌菜のチョイスが良いらしく、トッピングがヴァニラの味とよくマッチしている。自分の方は掬ってやるには随分種類を乗せてしまったので、ストローをそちら側へ向けてやってそのまま手渡しした。
「ほろにがコーヒーと、アイスとトッピングの甘さ、最高♪」
「ああ。正解だな」
「一軒目から大満足!
 でも今日はコレだけじゃないんだもん」
 分かってると応えて、羽純は歌菜がソファの隅に置いた件の雑誌を手に取った。一件目はコーヒーフロート、となると――
「次はもう少し腹持ちのいいものにするか」
「じゃあ――」徐に立ち上がって、歌菜は羽純の向こう側から頁をパラパラと捲る。
「このクレープなんてどうかな?」
「バナナクレープか。結構重そうだ。
 隣のワッフルもいいが、アイスのせか……」
「折角フロート食べてるから、次はもうちょっと別の感じがいいよね」
 そんな話が一段落して、二人は席を立った。羽純が次の店の場所を頭の中で確認していると、歌菜が「あっ」と振り返る。
「フロートどうだったっスか?」
 補充用のジュースを抱えて質問するキアラに、歌菜はにっこり微笑んだ。
「とっても美味しかった♪ ご馳走様でした!」
「またきてね。ヴァイシャリーでデートの時も是非!」


 手を振るキアラに見送られて、此の日二人は本当に沢山の店を回った。
 ディナーを楽しむ余裕は今の胃袋には無い。
 矢張り雑誌に掲載されていたお惣菜だけを購入して帰り道を歩く二人の隣、通り過ぎるバイクから聞き覚えのある声に呼ばれた。
「羽純くんっ、あれジゼルちゃん! アレクさんも」
 歌菜が指差す先でバイクが停車すると、後部座席から身軽そうに降りてきたのは矢張りジゼルだった。そう言えば空京に自宅があるらしいと思い当たって歌菜と羽純は顔を見合わせる。
「バイト帰り」「じゃないですよね」
 羽純の言葉を歌菜が即座に訂正したのは、ジゼルの服装がアルバイトに行くだけにしては可愛らし過ぎたからだ。こういう部分は当然歌菜の方が聡い。
「バイトの帰りにツェツァと三人で映画を観てきたの。今から帰るところよ。
 二人は?」
「雑誌で調べたスイーツショップを回ってたんです。
 一件目のコーヒーショップでキアラちゃんにも会いましたよ」
「ヘルプで入ってたみたいだ」
「それは要注意だな。近付かない様にしよう」
 アレクの本気なのかどうか分からない軽口を流して、ジゼルは歌菜と羽純を見ながら溜め息を漏らした。
「……いいなぁ。夫婦になってもデートなんて。ねぇアレク、今度は二人で出掛けよう? スイーツ」「厭だ」
 アレクの即答に歌菜と羽純が目を丸くしていると、アレクはジゼルに向かって何故なのかの部分を噛み砕き始めた。
「お前ハインツのSchaetzchen(*独・恋人に対する呼びかけ)の噂が全隊に回る迄何分掛かったと思う?」
 問いかけにジゼルは先日の出来事を思い出す。あの日のハインリヒは朝会った時は何時もの笑顔で、ランチタイムに再会した時には部下達に散々突っつかれた後で死んだ魚の目をしていた。
 プラヴダの中でハインリヒに恋人が居る事は、プライベートでも親しいジゼル以外に知る者は居なかった筈だ。上官のアレク、訳有ってニコライ少尉辺りは気付いていたかもしれないが、彼等は人の色恋沙汰を面白半分に触れ回るタイプでは無い。
 そんな機密性の高いプライベートな情報が漏洩し、伝達され、瞬く間に広がった。こんな任務に一切関係の無い――ぶっちゃければ下らない部分でも軍隊は何処迄も軍隊なのだと関心したのだが、アレクはあの害を自分が被(こうむ)る事を、面倒がっているのだろう。そもそも内容の可愛らしさ云々以前、甘いもの自体好まないのだから、スイーツショップなんて行く訳が無かった。
「『すいーつしょっぷ』でデートは、絶対に、厭だ」ときっぱり否定を口にするアレクを黙って見ていた羽純だったが、ふいに歌菜の後ろに回ると、腕を回してそっと抱きしめた。
「俺達はまた近いうちに出掛けよう」
 突然の事に真っ赤になってドギマギしていた歌菜だったが、息を吐き出したところで羽純の意図を理解して「アレクさん!」と声で後押しする。それで遂に観念したらしいアレクが両手を肩の上に上げた。
「1月に……基地帰る時に……時間あったら。地球ならマシだろ」
「ほんとに!? 約束、約束よ!」「Da.」
 目を輝かせて喜ぶジゼルの笑顔を見て、歌菜は羽純の腕をぎゅっと握って返す。
「二人のデートも、今日みたいに愉しくなるといいね」
「ああ」
 優しい相槌は白い息と共に、クリスマスのイルミネーションの中へ消えていった。