リアクション
* * * * * 「――映画みたいですね」 円柱型の上に棘のような屋根のついた不思議な入り口を前に、スヴェトラーナ・ミロシェヴィッチ(すゔぇとらーな・みろしぇゔぃっち)は感嘆混じりの声を漏らした。 失われた古代の都がかつて存在したという遺跡群の中の一つの調査をしたいと、スヴェトラーナはグラキエスの依頼を受けたのだ。 「それでグラキエスさん、今回は何を調査するんですか? 私は具体的にどんな事をすれば――?」 「依頼主が工事に入る前の下準備で、俺が写真を撮ったりして、内部の状態を記録する。 だが噂だと内部にオーガや住み着いているという話もある。古代シャンバラ関連の遺跡だから機晶警備ロボような遺跡を守護するものも居るだろう。 そうすると俺は身体的に問題があるし、ロアとウルディカは銃火器は得意だが、基本戦闘が不得手で手に余る。 他のパートナー達は今日はそれぞれ用事があって……助けが必要なんだ」 勿論そんなものただの方便である。グラキエスはロアに予め吹き込まれていた台詞を、すらすら答える事が出来たらしい。 スヴェトラーナの方はそれで「大体分かりました」と素直に納得していたが、ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)はそうはいかなかった。 スヴェトラーナの登場、グラキエスのやたら流暢な台詞、そして横でそれを若干にやついた顔で見ているロアを見れば、逆に怪しいとしか思えなかったのだ。 さて、いざ遺跡の内部に入れば実際に調査に没頭し始めてしまったグラキエスはそのままに、ロアは『作戦』を続行する。 「スヴェータさんは、どんな男性が好みなんですか?」 グラキエスにした吊り橋効果の質問よりも余りに唐突な内容だった為、黒曜石の銃を片手に周囲を警戒していたウルディカの姿勢が崩れてしまう。ロアは忍び笑いを殺すのに必死だが、スヴェトラーナは戦闘行動の間だと集中していたようで数拍置いてから振り返った。 「男性の好み、ですか」 「はい」 「そうですね……うーん……頼れる人が好きです。かわいいというよりカッコイイ人でしょうか」 「成る程。見た目はどうですか?」 ガツガツ行くロアに、ウルディカのグリップを握る握力は無意識に落ちていた。 (おかしいと思った。矢張りお前の入れ知恵だな、キープセイク) 思いながらも周囲には何の気配もない為、ウルディカはロアの好きにさせておく。確かにグラキエスの護衛はロアと自分だけでは不完全かもしない、今回彼女を仲間に招いたのは正解だろう。それに質問にスヴェトラーナがどう答えるのか少しだけ興味があったのだ。過酷な人生とパートナーロストも経験しそのショックから年下の女性にあまり接触したがらない未来人のウルディカにとって、それは異例な事だった。――そこをロアに見つけられてしまったのだが。 「うー……背は、高い方がいいですね。目つきとかちょっと鋭い隙がない感じで、筋肉もちゃんと欲しいですが、別に体育会系を望んでいる訳では……、ああでも軍に居るとやっぱりその辺て基準ズレてるかもしれません。もしかしたら普通は細マッチョと呼ばれる人達は、私には貧弱に見えるかも……。 あー、あと髪は短くて、ピアスをしているとぐっときますねなーんてえへへ」 スヴェトラーナの理想にぴったり合致するウルディカの容姿を見て、ロアが謎のサムズアップを送ってくるのに、ウルディカは表情をピクリと動かし反応する。 だが、良く意味の分かっていないグラキエスが、此処へきて口を開いた。 「アレクか」 スヴェトラーナのやけに具体的な理想像を頭の中で描いて、グラキエスは知っている人物に思い当たったのだ。つまり―― 「スヴェータは父親が好きなんだな」 「はい。父の事は尊敬しています」 にっこり微笑むスヴェトラーナは何時もより幼く見えて愛らしいが、好きなタイプを聞かれて父親を例に出すのは、二十歳の女性としてどうなのだろう。まさかと思い当たってロアはもう一度質問をした。 「スヴェータさんは今恋人は」 「いませんね」と先回りして、スヴェトラーナは答える。 「子供の頃は私も他の女の子と同じ様に『大きくなったらパーパと結婚する』って言ってました。父親と結婚出来ないと分かると『ハインツおじさまと結婚する』。それから反抗期を迎えた頃にはやっぱり父の仲間の契約者の方の名前を出してましたね。 私背がこのくらいの頃から――」 言いながらスヴェトラーナは腰より下の方で掌を横にする。 「父に剣や格闘術の手ほどきを受けていました。 『女の子だから危ない目に遭う事も多いだろう。その時に返り討ちに出来る様に』って。 それで下手な男の子より喧嘩も強かったですし、運動も得意でした。――ので、当然契約者の方に憧れてたんです。でもパラミタに行ってからは任務で身分も隠してましたし、結局そういった機会には恵まれませんでしたねぇ……」 照れ笑いで終わらせたスヴェトラーナの話を纏めるとつまり―― 「ウォークライ、チャンスですよ! スヴェータさん、恋人が居た事自体ないみたいです!」 「なんのチャンスだ!」 ウルディカとロアが戯れ合っていると、二人に背中を向けていたスヴェトラーナが合図をする。件のオーガか。否、音が静かなところから判断するに、機晶警備ロボの方だろうか。 「私が前に――」 出ようとするスヴェトラーナを制して、ウルディカが前に立った。リーチの短い武器を持つスヴェトラーナよりも、この場はウルディカの方が有利だと判断したからだ。 * * * * * 長い年月整備されて居なかった年代物の機晶警備ロボは、如何に数が多かろうと彼等の敵では無かった。 表向きは「三人では手に負えない」とスヴェトラーナを呼んだものの、噂のオーガも人間達の気配に既に住処を変えてしまったのか現れなかった為、大した苦戦も強いられず暗くなる前には調査は無事終了となっていた。 「結局ウルディカさん一人で殆ど片付けてしまいましたね」 カンティーン(*水筒)をショルダーバッグにしまいながら苦笑して、スヴェトラーナは後ろを振り返った。 「それにしてもウルディカさんの格闘術、東洋の武術の演舞みたいで素敵です」 ハンドガンという中距離武器を使いながらも近距離まで縮めるウルディカの独特の格闘術を賞賛して、スヴェトラーナはウルディカの手を――正確には彼がまだ手にしていた銃を取る。 「銃を鈍器に使えるなんてこのコ随分頑丈なんですね。どうなってるんですか?」 ウルディカが機晶警備ロボへ銃を握ったまま打撃を加えていた事を思い出して、スヴェトラーナが上からきょろきょろと覗き込むので、ウルディカは黒曜石の銃を彼女の手に渡した。 「トリガーガードでぶん殴るなんて信じられませんよ。ええっと……あれ? このメリケンサックどうやって使えばいいのかな」 ウィーバースタンスに構えたスヴェトラーナがそのまま横に首を傾げているのに、ウルディカは後ろから覆い被さる様に彼女の構えを修正する。 「グリップの握る向きを変えればいいんだ」 「ああ成る程! それでこう……」 話しを続ける二人の後ろで、含んだ笑顔のロアがグラキエスへ話し掛ける。 「ご覧為さいエンド。男女の仲というのはああして触れ合う事で一気に距離が縮まるものなのですよ」 ロアの解説に「そうなのか」と感嘆の声を上げるグラキエス。 「キープセイク! エンドロアに妙な事を吹き込むな!」 反射的な早さでウルディカは声を上げるが、スヴェトラーナは状況を理解していないようでハテナという顔で小首を傾げている。それよりも彼女の興味はもっぱら珍しい近接格闘術の方にあるらしい。 「ウルディカさん、もしよかったら今度ちゃんと教えてくれませんか?」 スヴェトラーナのお願いに、ウルディカはもう一度ロアを振り返った。今スヴェトラーナと何か約束すれば、即座に後ろからからかわれるに決まっているからだ。 しかし「……ダメですか?」と見上げてくる彼女の瞳は、アクアマリンをそのまま映した様にキラキラと期待で輝いている。その上どう言う訳か彼女から甘い花の香りが漂ってくるようで、とてもじゃないが否定出来る空気では無かった。 「否……駄目という訳では」 「ほんとに!? 約束、約束ですよ!」 ウルディカの両手を上下にぶんぶん振り回すスヴェトラーナを見て、グラキエスは理解した内容を沁み沁みと吐き出す。 「本当だ、キースの言う通りだな」 「はい、無事にデートの約束を取り付けられたようで――」 「キープセイクいい加減にしろ!!」 |
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