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マレーナさんと僕(1回目/全3回)

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マレーナさんと僕(1回目/全3回)

リアクション

 
 ■
 
「あー、大変な目にあった!」
 二日酔いの頭を抱えつつ、キヨシは廊下を歩いていた。
 彼は酔いが回るのも早いが覚めるのも早い。
「可愛いけれど、やっぱりパラ実生だ!
 そこは注意だな!」
 どっぷりと自己嫌悪に落ち込みつつ、台所に向かって歩いて行く。
 くみ置きの井戸水が、バケツ一杯に置かれている。
 それを柄杓でくみ取ってがぶがぶと飲んでいると、誰かがぶつかった。
「きゃあ、ご、ごめんなさい。
 誰もいないと思って……」
「ええ、ええ、ええっ!
 どーせ、影薄いですからねっ!」
 悪かったね! 
 鼻を押さえつつ向き直ると、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が足下で足を押さえてうずくまっている。
(うっわ――っ! この子、ピカ一じゃねぇ?)
 女の子は可愛らしく、つまりはキヨシのモロ好みであった。
 夜露死苦荘にしては、えらくお嬢様然としたところも、いままでの女の子達とは違うのではなかろうか?
 しかも、このベタな出会いの展開はっ! ひょっとして!?
(こ、これって、運命かもっ!?)
 キヨシはサッと表情を一変させると、片手を差し出した。
「ご、ごめんね?
 驚かしちゃったかな?」
「う、ううん。あたしの方こそ!
 良く見えなくて、ごめんなさい」
 顔を上げた少女は、キヨシを見て……正確にはキヨシのメガネを見て、サッと顔を赤らめる。
(わっ!
 賢そう!
 さすが夜露死苦荘の人よね!)
 王子様って、いるんだな――歩はキヨシを見上げたまま、じいと見つめる。
 
 そこへ。
 歩の手作りクッキーを持った伊東 武明(いとう・たけあき)が駆けつけた。
 
「駄目ですよ、歩さん。離れては!」
 武明は歩の腕を取った。
「挨拶回りですよ?
 ボクがいなくちゃ、話にならないでしょ」
「うん、ごめんね? 武明くん」
「ケッ! 男連れかよ」
 男、というより、年齢からすると「弟」かもしれないが。
「誰です? 君は?」
「ン? ああ、201号室の後田キヨシだよ、よろしく」
 歩よりは事務的に片手を差し出す。
 よろしくと武明は握り返す。
「僕は、パラ実若葉分校生の伊東武明と申します。
 ここへは、空大受験のために来ました。
 部屋は224号室ですね」
「へぇ、2階か。
 お姉さん綺麗だね?」
「は? 姉?」
 武明は目を瞬かせたが。
 気を取り直して経営学の本を掲げる。
「そーだ!
 どうせなら、一緒に勉強でもしませんか?」
「ですね? お部屋、きっとまだ片付いてないですよね?」
 歩は腕まくりする。
「あたし、こう見えても、元々百合園女学院でメイドの勉強をしていて、掃除は得意なんですよ!」
「へーえ、百合園だったんだ」
 納得、とキヨシは頷く。
「いやぁ、パラ実生にしちゃ、可愛過ぎるもんな! 歩さん」
「ふふ、ですから、腕は折り紙つきなんです。
 掃除させて頂けません?」
「う、うん……嬉しいんだけどね……」
 キヨシは自分の部屋を思い浮かべた。
 今行けば……あの悪魔のような3人組が、まだ部屋を陣取っていないとも限らない……。
「ぼ、僕。
 そ、それより武明の部屋で勉強したいかなぁ?」
「は?」
「ほ、ほら、角部屋だからさ。
 上に三階も出来ちゃって、色々気が散るし……」
「あの、御迷惑でしょうか?」
 うるんだ大きな瞳で、歩はキヨシを見上げる。
「いや、全然迷惑じゃないっす!」
 歩の両手を掴んでハッとした。
 し、しまった――っ!
 だが、後の祭り。歩は無邪気な笑顔で掃除する気満々である
「そうしたら、武明くん。
 キヨシさんにお勉強も見てもらったら?」
「そうですね。
 アスカさんとも、一緒に勉強する約束です。
色々教え合って、勉強もはかどると思いますよ?」
「え? ああ……うん、ありがとう、武明」
 携帯で連絡を取って、師王 アスカ(しおう・あすか)ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)蒼灯 鴉(そうひ・からす)の3名が合流する。
 キヨシは暗い表情で、歩達を自分の部屋へと案内するのであった。
 
 果たして、例の3人娘達は部屋のどこにもいなかった。
 ただし、キヨシの教科書類は総てきれいさっぱりなくなっていた。
「ぬおっ! なんつーことを!」
 おぼえてろよおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!
 キヨシは涙目になる。
「キヨシくん、教科書がないので?」
「え? あ、うん……はははは……」
「キヨシさんは空大受験生ですもの。
 きっと普通の学生さんとはやり方も違うのよ」
 歩が真面目な顔で武明をたしなめる。
 ふぅーん、と武明は納得すると、自分の教科書を見せて。
「でも、基礎は大事です!
 これ貸しますから、一緒に『僕のレベル』で勉強見てくださいませんか?」
「あ、そうだな……その方が助かる……じゃなくて、そうするよ!」
 キヨシは武明の教科書で、学習出来ることとなった。
 一方アスカらは、学力がかなり秀でた3人組のようだ。
 そうした次第で、家庭教師役として急きょ教材を作成すべく、部屋の端で相談していた。
 時折下品な笑いが流れてくるのが、とても気になるのだが。
(まあ、この真面目な武明の知り合いなら、心配ねぇだろ)
 それに、と歩の後ろ姿をちら見する。
(歩さんって、やっぱ「運命」だよな!)
 チョット天然だけど。
 よく気がつくし、可愛いし!
 頭の中で結婚行進曲が鳴って、ついでマレーナの怒った顔が浮かぶ。
(う、嘘っす! 管理人さん。
 俺は、けっして浮気なんかっ!)
 キヨシさぁん、という歩の声でドキッとしたのは直後のことだった。
 歩ははたきで綺麗に埃を落としている最中だった。
「管理人さん? マレーナさんの事?」
「え? ああ、いやぁ〜」
 キヨシは冷や汗を流す。
 思っているだけのつもりが、呟いていたようだ。
「気になるんですか?」
 美人だもんね、歩はハァッと溜め息。
「いや、歩さんも可愛いよ!」
「……え?」
「じゃ、じゃなくてっ! うん、昔の知り合いに似ているんだ。
 全然似ても似つかないんだけどさぁ」
 ハハハと苦笑い。
「管理人さんが?」
「ああ、パラ実の不良どもに絡まれていた時に、助けてくれた女の子にね」
 ふと、歩はマレーナの知り合いなのか? と考えてみる。
 そういえば、管理人さんは、ドージェのパートナーだとかほざいていた奴もいた……本当なのだろうか?
「あ、はい。
 知り合いではありますよ、顔見知りくらいですけど」
 トントンとリズミカルにはたきを動かしつつ、歩は答えた。
「管理人は最近みたいですね」
「それくらい?」
「ええ、残念ながら」
 ねぇ、キヨシさん。
 ついで、と言った感じで尋ねる。
「空大って、難しんですよね?
 何かやりたいことでもあるんですか?」
「やりたいこと? 夢ってこと?」
 うーんとキヨシは悩んだきり、黙り込んでしまった。
 空大工学部への進学は、彼の発案ではない。
 埼玉にいる兄の勧めであった。
(兄さんにはやりたいことはあったかもしれないけれど……)
 実際兄は優秀であった。
 学歴は無くとも、人並み以上に出世している。
 だからこそキヨシに買い与えた「小型結界装置」であり、ステータスとして課した「パラミタ」と「空大」であった。
 出来の悪い弟は、大学に受かること以外考えていなかったりなんかする……。
(……大学かぁ。キャリアって、一体何だろうな?)
 
 鬱モードに入りかけた頃。
「出来たわよぉ〜、キヨ君」
 ぼんやりとしたキヨシにアスカがニヤッと笑いかける。
 そして、キヨシの「悪夢のような受験勉強」は開始されるのであった。
「大丈夫よぉ。
 これで、キヨ君も空大生になれるわ〜。
 何しろ『チョースペシャルな教材』を、特別に作ったんですものぉ」
 
 ■
 
 その教材は、はっきり言って非常に「難し」かった。
「え、英文読解……て。
 これが、空大のレベルで?」
 東大よりは格下だろう。
 などと考えていたのが、甘かった。
 
 こ、こんなに難しいとは!
 
「武明君、これはあなたにはとても解けないと思うけどぉ?」
 なぜか武明を特別扱いするのが、気にはなったが。
「でもアスカさん」
 キヨシ、首を傾げて。
「これほど出来れば、とっくに『空大』入っててもおかしくないのでは?」
「あーそれねぇ」
 アスカは髪を掻き上げつつ。
「正直に言うと、絵が描ければどこも同じなのよね〜。
 うーん……マレーナさん、かな?」
「は? 管理人さん?」
 うん、と頷く。
「あの人は、大切な人を失くしてここで生涯を閉じようとしてるんでしょ〜。
 なんかそれって、人生を損してる気がするじゃない?
 だから〜、私達が次のステップに向かう姿や合格した姿を見せて
 自分が向かうべき道の可能性を感じてほしいのよねぇ」
「……アスカさんって、優しいんだ!」
 キヨシは瞳を輝かせた。
 パラ実の女! と言うだけで警戒していただけに、素直に感激したようだ。
「誰かの為の受験! っすね?
 美しいっす!」
「ん〜ま、と言う訳で、お互い合格頑張りましょうね? キヨ君♪」
「はい! 頑張ります!
 僕ぁ、問題に専念するぜ!」
 真面目なキヨシは、再び問題用紙に向かった。
 だが、首をひねるばかりで先に進まない。
「気分転換に、別の教材はどうであろう?」
 ルーツは「小論文」と「科学」の教材を勧める。
 だが、キヨシはいや、と首を振ると。
「受験に試練はつきもの。
 僕、頑張ります!」
「……そうか。では、我は管理人さんに頼んで、差し入れでも持ってくるとしよう」
 
 そして、ルーツが「おにぎり」をせしめて戻ってくると。
 キヨシの頬にはくっきりと往復ビンタの跡があり、歩と武明の姿はなかった。
 
「どうしたのだ!
 一体何があったのだ!」
 ハッと思うことがあって、ルーツは英文読解の問題を訳してみた
「『「マリナさん…、貴女が欲しい…。」
 自分より若いタカシの欲望にギラついた目が、自身に突き刺さるのを感じたマリナは、顔が火照るのを感じる。
「駄目よタカシさん、私は夫を愛しているの!」
 彼から視線を逸らしそう言い放つも、それはタカシの中の理性を焼き切る言葉でしか……』」
 わあああああああああっ! とルーツは問題用紙を放り投げた。
「か、官能小説ではないかっ!」
 鴉! と怒鳴りつける。
 鴉は鼻血を吹いて放心しているキヨシの体をつつきつつ。
「アホか? おまえ」
 はあ、と深い溜息を吐くのだった。
「こんな『未亡人シリーズ・愛欲』なんて英文読解、序の口だろ?
 ん? おまえ、何赤くなってんだ???」
 マリナ、マレーナ……タケシ、キヨシ……と呟く、キヨシの姿がある……。
 
 ■
 
 散々からかうだけからかって、アスカ達は退散して行った。
 だが、キヨシの受難はまだ続く。