空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

四季の彩り・春~桜色に包まれて~

リアクション公開中!

四季の彩り・春~桜色に包まれて~

リアクション

 
     〜2〜

 そうして、暫く平和に花見は続き、次にアクアに話しかけてきたのは花琳だった。
「あのアイドル衣装、かわいいね! そうだ♪ 実はね、今日アクアさんとファーシーさんにも着てもらいたくてアイドルコスチューム持ってきたんだよ」
「……?」
 そう言われ、アクアは半ば耳を疑いつつも意識を向ける。自分対象にアイドルコスチュームなど想像の対象外だ。聞き捨てるわけにもいかない。
「ほら」
 そうして出てきたのは、まばゆいばかりにラインストーンや何かがついた、『可愛い』としか表現しようのない衣装だった。水色のと黄色いのの2着ある。
 アクアは仰天した。
「……! そんなものを着ろというのですか。生憎ですが、私はそういった服で目立つ行動を取る気は……」
「ファーシーさんとお揃いだよ?」
「そういう問題ではなく……!」
 冷静に対処しようとするが、やはり動揺が態度に出る。しかし、過去に悪のラスボス的立ち位置で目立ちまくっていたのだから今更のような気もするが。まあ、それとこれとは別なのだろう。
「わ、私は……!」
 慌てた拍子に、脇に置いていた布トートに手が当たった。中から例の本『これで完璧! ゴースト、アンデッド撃退法』が顔を覗かせる。それを見て、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が眉を顰める。
(ゴーストの撃退法? また胡散臭い本読んでるのね。アーティフィサーになりたいんじゃなかったっけ?)
「あっ……!」
 アクアはしまったという顔をして急いで本を仕舞う。だが、もう遅く――
「ゴースト、アンデッド? アクアさん、そういうのに興味あるんだ」
「いえ、興味というか……」
 花琳に聞かれ、アクアはどうはぐらかそうかと頭をフル回転させる。だが、理由の一部だけなら隠す必要もないのだと思い当たる。山田の名前を出さなければいいのだ。
「あれ以来、幽霊らしきものに憑かれたようで……、それで、鬱陶しいので始末してしまおうと。ええ、鬱陶しいので」
 鬱陶しいを2回も言った。
「心霊現象ですか? それは怖いですよね」
 気遣わしげに橘 舞(たちばな・まい)が話に加わり、ブリジットも横から口を出す。
「へえ、あんた、案外怖がりなんだ」
「!? な、何を……!」
 鼻白むアクアに、関心薄そうにただ思ったことをそのまま言う、という感じで彼女は続ける。
「実はホラー映画とか駄目なタイプでしょ。登場人物だと、怖いのに強がって、馬鹿らしいから私は先に帰るとか言って真っ先に死ぬタイプ」
「……そんな事はありません。勝手なことを……」
「ああはいはい、皆そう言うのよ」
 些かむきになって抗弁しようとしたが、ブリジットが聞く耳を持つ様子はない。適当に流されてしまった。
「でも、まぁ、どうしてもって言うなら、話ぐらい聞いてあげるわよ。また何かあったらお花畑の人たちが騒ぐしね。推理研代表の私が協力するんだから、解決したようなものよ。さっさと蒼学にでも転入して、早くリア充爆発しろって言われるようになるといいわ。冷やかしに行ってあげるから」
「…………」
 もの凄く婉曲しているが、流石にアクアにもその意味合いは分かる。ブリジットの態度にも段々と慣れてきた。なので、わざとこう言ってみる。
「話を聞きたいんですか?」
「ばっ……、そんなこと言ってないでしょ! 何聞いてるのよ!」
「そうですか。では話す必要もありませんね」
「……!」
 言葉に詰まったようなブリジットを少し面白く見ながら、アクアは彼女の台詞の後半部分を思い返す。何気に解決後の進路に蒼空学園を勧められた。リア充という単語を知らない訳ではないが――
(恋人を作って幸せになれという事でしょうか。それはいくら何でも余計なお世話ですね。私はそんなものを作る気はありませんし……)
 リアルの充実はらぶらぶに限った話でも無い筈だが、アクアはその辺までは知らないようだ。まあ、9割方リア充イコールらぶらぶという使われ方をされるのも事実だが。
 そして、そんな事を考えていた所為だろう。お互いに目を合わせない彼女達の間には、何ともお見合い中の男女的な空気が流れてしまった。金 仙姫(きむ・そに)がやれやれと息を吐く。これでは進むものも進まない。
(……アホブリが素直じゃないのはでふぉというやつじゃが、面倒くさいやつじゃ。ストレートに相談に乗るといえばいいものを)
 まぁ、アホブリだから仕方ないのかもしれない。
「しかし、幽霊のぉ」
 仙姫はふむ、とそれについて考えてみる。
「未練があって現世を彷徨っておるのか、あるいは何者かによって歪められたか……。どちらにしても哀れなものよ」
「哀れ、ですか?」
 首を傾げる舞に、仙姫は頷く。
「ナラカに行けねば、転生することも叶わぬ。やはり成仏させてやるのが一番ではないかと思うが……、本人が現状に満足しておるような場合もあるし、これは一般論としてじゃがな」
「満足……」
 アクアはそれを聞いて、多少そら寒さを覚えたようだ。考えたくない、と。
「……愉快そうではありました。ゴースト化したのを楽しんでいるような……」
 そう言うと、何事かを考えていた舞がそういえば、と口を開く。
「ちょっと耳にしたのですけど、この間の事件で亡くなられた山田さんの霊を見たという噂があるんですけど、もしかして……」
 ぴく、とアクアの肩が反応した。図星らしい。
「……アクアさん、とりあえず、どういう状況なのか話してみませんか? ブリジットも心配しているんですよ。ブリジットが悪く言う時は、大体その相手を気に掛けている時ですから」
「…………」
 何も言わずに網目を数えるようにシートを見ていたアクアは、観念したのか腹をくくったのかは分からないが、やがて彼女達に話し出した。
「イルミンスールのあの部屋で暮らし始めてから2週間程でしょうか……。その頃から、夜眠っている間に山田の声を聞くようになって……最初は夜だけだったのですが、そのうち、昼夜問わず気まぐれに現れるようになりました。その度に追い払うので、毎回すぐに消えはするのですが……」
 追い払っている最中の様子は、決して人に見せたくない姿態だったりもする。
「そうですか……」
 それを聞き、舞は考え考えに口を開いた。
「霊を退散させるだけならそれほど難しくないです。その気になれば私にもできますけど、本当にただ退散させるだけでいいのか、と」
「……何か問題が? 退散させられればそれほど助か……すっきりすることはありませんが」
「アクアさんのもとに現れたのなら、きっとアクアさんに何か伝えたいことがあるのですよ。……それは、もしかすると、アクアさんにとっては辛いことかもしれません」
「…………」
 アクアは僅かに片眉を上げた。特に何かを言うことはなかったが。舞は優しく、だが確かな自信と共に、黙ってしまった彼女に話す。
「でも大丈夫です。アクアさんはもう1人じゃないんですよ。どんな壁が立ちはだかっても、皆で力を合わせれば、きっと乗り越えられます。山田さんとも話し合えれば理解しあえるかもしれません。もしかすると、一緒にお花見できるかも」
「! ……いえ、それは無いでしょう」
 慌てて否定するアクア。第一、まだ昼だ。
 一緒に花見など絶対にお断り申し上げたかったが……その思いは舞には伝わらなかったようだ。
「やってみないとわからないです」
 舞はそう言って、ネバーギブアップ的ににっこりと微笑む。
「ふむ……」
 顎に手を当て、仙姫も思案顔だ。アクアが嫌がっているのは何となく見て取れたが、これは遅かれ早かれ幽霊と話をしないと解決しそうにない。ついでに花見をする流れになるかはともかく。
「幽霊と対話できるか知らぬが……どれ、舞の願いでもあるし、わらわも手伝ってやるとするかの。わらわの美声と雅かつ荘厳な舞を披露すれば、霊も魅入られて出てくるに違いないわ」
 そうして仙姫は立ち上がり、歌を歌い始めた。
「あっ、ちょっと……!!」
 アレと顔を合わせるなど……と、アクアが慌てて制止しようとする。だが、彼女は舞を続けた。
「……なんですの?」
 マイクを取られてふくれていたノートや、皆を相手にオンステージしていた未来やノーン、ピノもその歌声に振り返る。チマチョゴリの裾を翻して踊りながら、仙姫は透き通るような歌声を響かせる。ファーシー達だけではなく他の花見客も注目する中、幽霊話を聞いていた6人が周囲をきょろきょろとして霊を探す。
 そして――
(わるくないんだな……。桜の風景に合った歌と踊りなんだな。もう少し近付いてみるんだな……)
 山田のゴーストは……実は彼女達の花見を眺めていた。知らずうちに可視化して、仙姫の方へと寄っていく。まさか自分が見えているとは思っていないので堂々としたものである。そこで。
「あ! あの桜の木の陰……そうじゃないでしょうか!?」
『……み、見つかったんだな!?』
 ルイがとある桜の木を指差した。それは、今日の昼から人が埋められたり求愛されたりと忙しかった桜の木だ。山田は、ちょうどその傍を通りかかったところだった。
 ルイの声につられて、他の花見客もそちらに注目する。そして、ゴーストに気付いた彼等は――
「あ、はぐれゴーストだ」
「え、ちょっと……キモくない?」
「あそこまで死んだ時そのままなのも珍しいな……」
 ――冷静だった。さすがパラミタの住人、鍛えられている。
 何はともあれ、山田は慌てて回れ右した。
「幽霊、待つのだ!」
 そのまま背を向ける彼を、リアが急いで追い掛けていく。意思疎通を試みようという話を聞いていたので、今のところミサイルをぶっ放す気はない。
「ほ、本当に出るなんて……」
 アクアは、遠ざかっていく山田とリアを目で追いながら愕然とした気持ちになっていた。機晶石が冷え冷えと縮み込むようだったが(縮むわけがないが)目を離すことも出来ず、機体を暖めようと知らず酒瓶を探してしまう。
 手に触れた瓶を掴んで中身を一気に飲み――
 それと同時。
「ホレグスリ! ホレグスリだぞ! どうだ、1杯でも1本でも! 好きなだけ持っていくがいい! リア充だらけの花見などぶち壊してくれるわ!!」
 という、むきプリ君の場違いな声が聞こえてきた。
 武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)から女絡みの自慢話を聞いたむきプリ君は、今日こそ女と最後までやってやる男との経験をこれで水に流すのだ! と執念を燃やして桜ジュースを女性に飲まそうと頑張った。だが、やはり誰1人として釣れず――
 やけになって、ついにホレグスリをそうと明言して配り始めたのだ。それからはそこそこクスリがさばけたようで、むきプリ君はちょっとご機嫌だ。自分に惚れる女性は勿論いなかったが……寂しかったらしい。
「どうだ! ホレグスリ……! ホレグ〜スゥ〜リ〜」
 節までつけてしまっている。チャルメラに近い。色々な意味で末期だ。
「ホレグスリ……? あ、あれはむきプリの声だなー、退治しなきゃ〜」
 そんな声に敏感に反応したのは、未だお酒で抱きつき魔化しっぱなしの鬼崎 朔(きざき・さく)だった。こうして幼児化した後もうにうにと追加でその辺のお酒を呑んだりしていて、さっきよりも酔っているくらいである。
「ね! ファーシー」
「え、え? さ、朔さん?」
 起き上がった朔はとても懐っこい笑顔でファーシーの手を取ると、公園内を歩き回るむきプリ君の消えた方を指差した。
「一緒に退治しよ! ほら、ファーシーライトになって! あくあさんも!」
「…………は? 私ですか? というか、ファーシー、その呼び名は……」
 お酒をがぶ飲みしていたあくあ……おっとアクアは少し鈍い反応をしつつ聞き慣れない呼び名に首を傾げた。どこからか揚羽マスクを取り出したスカサハが言う。
「ファーシー様がヒーローになった時の呼び名であります! スカサハも揚羽蝶仮面としてサポートするでありますよ! アクア様も是非ヒーローに、であります!」
「ひーろー……? わ、私はそんなことはひませんよ! そんな……」
 若干呂律がまわっていない。桜がなんだかゆらゆらとしている。……片隅に残ったまともな思考が「あ、飲みすぎた」と言っていたが後の祭りだ。
 そこで、花琳・アーティフ・アル・ムンタキム(かりんあーてぃふ・あるむんたきむ)が先程のアイドルコスチューム(水色)をアクアに示した。花琳は、きらきらと光る(今のアクアには実際以上にそう見える)コスを正面に突きつける。
「アクアさん、お姉ちゃんは今、ネクロマンサーなんだよ♪ これ着てヒーローやったら、幽霊退治、お姉ちゃんにお願いしてあげる♪」
「ねくろまんさー……ゆうれいたいじ……幽霊退治ですかっ!?」
 一瞬、アクアの思考がクリアになった。