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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

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 第14章 朱の空の下、桜まみれのつんでれ少女。

 アクア達が辞した花見の席。時刻も程よく、そろそろ夕方。大佐の姿はいつの間にか消えていて――
 シートの上にぺたんと座ったまま、ピノはこくん、こくんと船をこいでいた。
「少しお休みしますか〜?」
「うん……」
 隣に座るシーラ・カンス(しーら・かんす)に膝を示され、うと……としていたピノは我慢の限界、というようにふわり、とそこに頭を乗せた。程なく、小さな寝息が聞こえてくる。
「遊びつかれちゃったんですね〜」
 顔にかかった髪を優しく揃えてあげながら、シーラは彼女の寝顔に微笑みを向ける。各自それぞれに持ってきたお弁当は無事空になって片付けられ、場には各種甘味類やデザートが残っていた。
 最後にゆっくりしよう、と、皆の輪の中心では御剣 紫音(みつるぎ・しおん)が持ってきた道具で、食後の抹茶を点てている。
 しゃかしゃかしゃかしゃか……。
 と、涼やかとも感じられる音が耳に届く。キメの細かい泡が立った抹茶を綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)が皆に順に配り、ファーシーのところにも持ってくる。
「どうぞどす」
「ありがとう!」
 ファーシーは、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に脚の問診と診察をしてもらっていた。抹茶を飲みながら、彼女は言う。
「最近は歩くのも慣れてきたのよ。不具合とかも、わたしは感じないけど、どう?」
「……そうだな、安定しているようだ。機械の状態も良好だな」
 軽く点検を終え、道具をしまいながらダリルは自然と笑みを漏らしていた。状態が良いというのは、彼女の修理に携わった者として喜ばしいことだ。
(ほえ……珍しい。笑ってる)
 そんなダリルに気付き、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)がちょっと目を見張って彼を見た。抹茶から上る湯気の向こうでからかうような笑顔を向けてくるルカルカに、ダリルは渋い顔をした。
「ほら、これでも食べていろ」
 あまりによによされるのも気まずく、チョコバーを差し出す。彼女はにゃっ、と反応し、嬉しそうにチョコバーを受け取った。
「じゃ、遠慮なくー♪」
 ビニールのパッケージをぺり、と破いて美味しそうに食べ始めるルカルカ。無事に気を逸らしたところで、ダリルはファーシーに改めて向き合った。2人での会話ではあるが、話自体は皆にも聞こえるように。
「ときに、ファーシー」
「ん? 何?」
 ファーシーはのんびりと、笑顔で応える。無防備だ。
「皆、無関係ではない事だ。君の選択を聞かせてくれないか」
「……? せんたく?」
『…………!』
 切り出されたその話題に、以前にライナス研究所で数日を過ごした皆がつい、という感じで注意を向ける。ファーシーも、その意味が解らないわけではなかった。ひらがなにしてみたが、解らないわけではなかった。洗濯ではなく選択であることはびびっ、と、理解した。それが何についての選択であるかも。
「え、えっと……」
 ちらり、とティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)の方を見る。話の内容がぴんと来ていないのか、ティエリーティアはスヴェン・ミュラー(すう゛ぇん・みゅらー)と一緒に自作の桜色のクッキーをほおばっている。とても美味しそうで、幸せそうだ。
「?」
 視線に気付いたのか振り返り、ティエリーティアは明るい笑顔を浮かべてクッキーを勧めてきた。
「あ、ファーシーさんも食べますか〜? ボクが作ったんですよ〜」
「う? う、うん……」
 戸惑いながら1枚摘む。色だけではなく、形も桜の可愛らしいクッキーだ。クリスマスにもらったケーキの味を思い出して一瞬躊躇したが、スヴェンが普通に口に運んでいるのを見てかじってみる。
「あ、美味しい……」
 イチゴ味で、問題なく食べられる。意外そうなファーシーの言葉に、遠くに座っていた志位 大地(しい・だいち)が『なんですと!?』というようにえらく驚いた顔をした。ティエリーティアの作ったお菓子を食べて気絶しないなど、天文学的な確率である。
 大地の様子にも、ファーシーがダリルからの質問で少々困っていることにもまだ気付かず、ティエリーティアは抹茶とクッキーとお花見のコラボを楽しんでいた。
「おはなみっていいですね〜、きれいで、ほわほわして、しあわせなきもちになりますね〜……」
「う、うん……」
 ファーシーはどこか、気もそぞろだった。だって、聞かれても……。わたし、わたしは……。大体、どこに行ったのよ。いなくなってから、もう結構経つのに……。
 そう思っていた時。
「きゃっ!?」
 頭からぶわー、と何かが降ってきて、彼女は驚いて自分の身に起こったことを確認する。スカートに、頭や肩に、桜の花びらがたくさん、たくさん乗っている。
 何だか、身体中桜だらけだ。
「どーよ、盛大な花吹雪♪ ご機嫌に楽しんでるかァ?」
「……あっ!!」
 背後に立つフリードリヒ・デア・グレーセ(ふりーどりひ・であぐれーせ)に、ファーシーは些かすっとんきょうな声を上げる。その反応に満足そうに、そしてわくわくとした声音でフリードリヒは聞いた。
「ビックリした? なぁ、ビックリしたか?」
「び、びびび、びっくりって……!!!」
 ビックリも何も、機晶石が口から飛び出そうになったではないか。行方不明になっていたフリードリヒは、公園内に降っている花びらをマントで集めて、溜まったところでファーシーの頭の上から一気にふりかけたのだ。
 いたずらっ子である。
「うぉーい、俺様もどっか座らせてくれー」
 これまでの話の流れを知らない彼は――知っていても変わらなかったかもしれないが――いつもの調子で席を探した。いつの間にか魔法のビニールシートも満員御礼である。しかし、誰も何も言わないのでファーシーの隣に無理矢理入り込んだ。
「……!!」
 当然、狭い。腕と腕が密着する。
「な、何でここに座るのよ……っ!!」
「ん? 座りたかったから?」
「…………!!!!」
 口をぱくぱくさせるファーシーに反し、けろりとしたものである。でも。
(ま、待って……、これ、これって……)
 何気にすんごい都合が良い……?
 そう、彼女はさっき、ダリルに選択の答えを聞かれた。かつての契約者で大切な故人、“ルヴィ・ラドレクト”の子供を――残ったデータから『つくるか』『つくらないか』――
 そして、ライナスの研究所で、フリードリヒはこう言った。

『発言が無責任? 馬鹿野郎、俺様がんな事するわけねーだろ? 責任とってやるよ! ああ、そのつもりで言ってんだからな!』
『ああ、ハンデなんか、全部オレ様が代わりに背負ってやろうじゃねーか!』
『フン。お前の都合なんざ知ったこっちゃねーよ。俺様が勝手にオマエの『いろいろ』な『代替品』になるつもりなだけだし? あ、どーでもいいけど舎弟2号より下僕1号の方が好みだな』
『未亡人とか既婚とか種族とか関係ねーよ、バカ。それ言ったら俺様だって既婚の一人身、人生一回転済みだっつの』

 と。それから、月日はあっという間に過ぎ、桜の季節――
 答えたら、もう後には戻れない。
 言うだけ言った方は、完全に開き直っていて。
 返事を急かす気はないみたいだけど。
 ――答えたら、友達とも下僕とも呼べなくなる。……ううん、友達と思ったことは多分無いし、もしかして、下僕とは呼べるかもしれないけど。
 …………下僕?
「……ダリルさん、わたしね……」
 そう言って、今度はフリードリヒの方を向く。きっちりと正座して、膝に自分の両拳を置いて。
「ねえ、フリッツ」
「んー?」
 それは、本当は――
 とっくに、答えが出ていたこと。
 きっと、あの時から、わたしの気持ちは決まっていた。
「わたし……子供、産むわ。だから……わたしの、代替品になってくれる?」
「代替品?」
 フリードリヒはちょっと目を丸くして見返してきて。それから、少し楽しそうに口元に笑みを浮かべる。ほれほれ、それじゃあ分かんねーぞー、と言われているみたいで、ファーシーの顔は赤くなった。
「だ、だから……わたしが出来ないこと、代わりにやってくれないかなって、これから、ずっと……。だ、だって、げ、下僕1号なんだから当然でしょ!!! 王様だか何だか知らないけど、フリッツはわたしの下僕なんだから!!!」
 ……って……ちがう!!!!!
 こ、これじゃあえと、そうじゃなくて……!! ち、ちがくて、えと……!
 恥ずかしさのあまりに変なことを口走ってしまった。
「あ、だ、だから……わたし、子供を……」
「おう、なんでもやってやるぜ? まとめて全員幸せにしてやらぁ!」
 焦りに焦るファーシーに、フリードリヒははっきりきっぱりと宣言する。
「俺様は欲張りなの! だから全部幸せじゃねーと気が済まねぇの!!」
「う、うぇ?」
「分かったか? ご主人様」
 冗談めかして無駄に自信たっぷりな笑みを向けられる。
「1号なんだな? 俺様は1号なんだよな?」
 やけに嬉しそうな彼に、ファーシーは少しだけもじもじして、花びらまみれのまま、頷いた。
「うん……」

              ◇◇◇◇◇◇

 ――そんなこんなで夕方になり、空が薄く朱色めいてきて。それぞれに、帰り支度をし始める。
「エース、エオ、さあゴミを片付けるのだよ。分別も忘れずにな」
「はいはい、ちゃんとやるよ」
 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)に指示されて、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は苦笑しながらエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)とゴミを拾っていく。
「花見の後は公園を綺麗に清掃するのはマナーだからね」
 そうは言っても、メシエ自身は見ているだけだったりする。貴族だから。
「あれ」
 各種ペットボトルを集めていたエオリアが、シートの上で座ったままのシーラに目を留めて近付いていく。彼女の膝枕で、ピノがすやすやと眠っている。
「気持ち良さそうですね……」
「起こすのも忍びないですわよね〜」
 ちゃっかりとその寝顔をカメラに収めつつ、シーラは少し困り顔だ。ラスもそこにやってきて、彼女達を見下ろした。
「ピノ、まだ寝てるのか?」
「はい、どうしましょうか〜?」
「どうしましょうって……起こすしかないだろ。……おい、ピノ」
 大して困った風もなく、ラスはピノの傍にしゃがんで肩を叩く。そう強くもなかったが、ピノは半分ほど目を開けた。ものすごく眠そうで、意識のほとんどは未だ夢の中、という感じだ。
「ん……おにいちゃん……?」
「ほら、帰るぞ、乗れ」
「うん……」
 片腕を取って自分の肩にかけさせると、それにつられたようにピノはもぞもぞとラスの背中におぶさった。そして、またすぐに眠り始めてしまう。ちゃんと背負いなおして立ち上がると、何やら視線を感じて振り向くと、そこでは大地が何か微笑ましげな笑みを浮かべていた。
「……今度は何だ?」
「いえ……。やっぱり、ピノさんのお兄さんですね」
 存外に、本心からの言葉のようだ。てっきりからかわれるものと思っていたラスは、何と答えていいものか、と抗議めいた半眼のまま目を逸らした。
「ティティ、シートを畳みますよ、忘れ物はないですか? 全部持ちましたか?」
 一方、こちらも大概過保護なスヴェンは、片付け中のティエリーティアの傍で忘れ物最終確認を行っていた。
「待ってください〜。えっと……あれ? クッキーが1枚残ってますね〜。誰か、どうですか〜?」
 ぽつんと残った桜色のクッキーを見て、ティエリーティアは言う。席が離れていたためにクッキーを食べられなかった大地は、その声に反応した。ティエルさんの食べられる手作りクッキー……! そんなレアものを味わわずには終われない。
「あ、ティエルさん、俺が……」
 しかし、皆を言う前に。
 ぽいっ、とスヴェンがクッキーを口に放り込んだ。
「…………!」
「さあ、ティティ、これで綺麗に片付きましたし、帰りましょうか」
 にっこりと笑って、スヴェンはティエリーティアを促した。
「…………」
 シートを畳みながら彼がこちらに勝利の笑みを向けるのを――がくぜんとした大地は見逃さなかった。