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四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~

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四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~
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リアクション

 第3章 空京の公園で2 〜このライブは、あなただけに〜

 その頃、エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)に連れられて公園の中を歩いていた。ローザマリアはケースに入れたギターを担いでいる。
(ローザ……?)
 エシクは困惑していた。バンド活動はローザマリアの趣味であり、ギターを持ち歩く事自体は珍しいことではない。けれど、練習にしろ何にしろ、何故自分を連れ出す必要があったのかが分からない。
 俯きがちに、ただローザマリアの後ろを歩く。去年の10月以降――正しくはアルカディア、と呼ばれていた遺跡で“智恵の実”を食して以降――エシクは前を向くことが少なくなった。
 過去を思い出してしまったから。“エシク・ジョーザ・ボルチェ”という存在になる前の、アルヘナという少女だった頃の事を。
 ――確かに、私には現在があります。そして今の私にはローザという契約者がいて、お互いの間には強い絆も……。では、アルヘナ・シャハブ・サフィールとしての絆は……? アルヘナとしての私は、存在してもいいのでしょうか……?
 答えの出ない問い。葛藤。それが、頭から離れない。
 そんなエシクの様子を背に感じながら、ローザマリアは迷いなく足を運ぶ。目指す先は、小イベント等が行われるささやかな特設ステージ。
 やがて辿り着いたそこには、彼女も予想していなかった光景が広がっていた。

 ――あんな事があったのだもの、沈み込むのも無理ないわね――そうだわ。
 空京に来る前、エシクを心配したローザマリアは共にバンドを組む親友に連絡を取っていた。リードギターである彼女とゲリラライブを開き、エシクを少しでも励まそうと思ったのだ。
 どうにかして立ち直って、乗り越えてもらいたいから。
 だが、親友は今日外せない用がある、と済まなそうに言ってきた。「ごめんよ!」と。2月14日というこの日、彼女にも大事な用があったのだろう。
『分かったわ。私こそごめんね』
 1人での演奏でも、室内よりは開放感のある外の方がいいだろう。
 そう思って、ローザマリアはエシクを誘って公園に来た。

 だが、そこでは――
 ライブの準備整ったステージが待っていた。
 親友の姿は無い。けれど、照明、アンプ等ライブに必要なものは全て揃っている。そして、過度にならない程度に演奏を演出する装飾。
 恐らく、誰かに頼んだのだろう。来ることは出来なくても、せめて可能なサポートを。
 ――さあローザ、彼女に聴かせてあげて、あなたの音を。

 ギターの音が響く。
 心が軽くなるような、勇気づけられるような、力強くポップな演奏。
 音楽で、少しでも心を上向かせてくれれば。
 そう祈りつつ、演奏する。
 観客はたった、1人だけ。
 だから、想いの全てをその指に込める。

 エシクは腰を下ろし、演奏を眩しそうに見つめていた。彼女には、ローザマリアの笑顔が眩いばかりに輝いて見える。後ろで支える親友の姿が、透けて見える。
 そこで、最後の一音が空に溶けた。
「アル!」
「……!?」
 ローザマリアからチョコレートスティックバーが投げ渡される。ジョーではなくアルと呼んで。驚いた表情で受け取るエシクに、彼女は言う。
「人は誰しも、悩み、苦しむわ――でも、それを1人で背負い込まないで。貴方には、家族も、友人も、居るのだから」
「…………」
 僅かに、エシクの瞳が見開かれる。そして気付いた。この時間が、この演奏が何だったのか。奏でられた音を思い出す。心が跳ねるように響いた、あの音を。
「……ローザ。ありがとうございます。私は、至らぬパートナーでした。その私の為に……」
 崩れないようにチョコレートスティックを軽く握り、エシクは微笑む。
「もう、大丈夫ですよ」