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四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~

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四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~
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リアクション

 第7章 空の上で、君の隣で

 空京に本部を持つ冒険屋ギルド。その1階にあるカフェの奥。厨房に広がるのは、甘い匂い。
「はーい、チョコが固まりましたよー」
 ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)は、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)レン・オズワルド(れん・おずわるど)とチョコレートを手作りしていた。冷蔵庫から出した銀色のトレーには、3人がそれぞれに作った型に入ったチョコや手ずから丸めたトリュフが並んでいる。
 その出来に、レンは少しほっとしたようだ。
「まずまず、というところだな」
「あとはトッピングして、箱に入れるだけですね」
 チョコレートの先に誰かの顔が見えているのか、レンとメティスはどこか綻んだ笑みを浮かべている。キッチンの上には、生クリームやナッツ、フルーツにチョコスプレーなどカラフルな材料が揃っていた。
「……しかし、こうして俺が可愛らしいものを作るというのは……」
 生クリームを乗せ、その上に細かいデコレーションをしていると、レンは、段々とくすぐったいような気分にかられた。
「女性はみんな可愛いものが好きなんですよー。レンさんのセンスの魅せ所です! 思いっきり可愛く仕上げてくださいねー!」
 ノアの会心の笑顔に、困ったような笑みをレンは返す。それを見て、ノアは隣のメティスにこそっ、と話しかける。
「かわいいですねー、レンさん」
 去年のバレンタイン、ノアはメティスにバレンタインとは何かを教えていた。その時に、一緒にいたレンにも『欧州では男性も日頃の感謝を込めて、女性にチョコを贈る』と聞かせたのだ。
 だからノアは、今日は3人仲良くこのイベントを楽しもうと決めた。
 去年はつい、察しが悪くすげなかったレンに臍を曲げてしまったけれど、今年は一緒に、楽しくチョコを作るだけで満足だ。それに、レンの恋の行方も気になるし。
 普段はポーカーフェイスのレンが照れながら調理しているのを弄るだけでも、充分に楽しい。
「そうですね、何か、微笑ましいです」
 自身もチョコにトッピングを施しながら、メティスは微笑む。彼女は、事前に今日のフリューネの予定を調べていた。今頃は、同じ空賊仲間のリネンと一緒にいる筈だ。
 ――『戦えない誰かの為に剣を振るう』
 それが、レンがいつもフリューネに向けてきた言葉であり彼と彼女の共通点。
 だけど――

 綺麗にラッピングまで済ませたチョコレートを持ったレンを、メティスはノアと見送りに出た。そこで、言う。
「レンは、いつも誰かの為に戦っていた。でも、そろそろ自分の為に戦ってもいいと思います」
 2月14日、バレンタインデー。大切な人に、自分の想いを伝える日。
 命を懸けた荒事とは違うけれど、今日がレンにとっての、戦いの日。
 だから、メティスは彼を送り出す。
「フリューネさんに逢いに行って下さい。そして、彼女からフリューネさんを奪い去ってきてください」
「私とメティスさんは結果報告を楽しみに待っていますね!」
 ノアも、明るくレンに声をかける。
「レンさん、ファイトです!」
「頑張ってきてください!」
「……ああ、行ってくる」
 2人の、何かとても良い笑顔に苦笑しながら、レンはギルドの事務所から歩き出した。しかし、応援を受けたはずなのにどうもそういう気がしない。むしろ、彼の恋物語の続きをわくわくした気持ちで待っているような、それを楽しまれているような、そんな印象だ。
「レンさん、私たちにはチョコくれませんでしたねー」
 残ったノアは、しょうがないなあ、というニュアンスの口調でメティスに言う。去年のアップルパイも、バレンタインより拗ねたノアへのお詫び、という感じだったし。
「でも、今日こうしてフリューネさんに逢いに行くだけ成長したってことですよね!」
 去年は、日本には男性から女性にチョコを贈る習慣はない、とか言っていたのに。
 ――見守る2人の目に映ったのは、コートから携帯を取り出すレンの姿。

              ◇◇◇◇◇◇

「リネン……」
 受け取ったチョコレートを胸に抱き、フリューネはリネンを見つめ返す。それから、1つ息を吐いた。
「私が結婚を決めるまで……、か」
 告白された、好きの意味。答えは急がない。ただ、傍に居たい。その気持ちに対してフリューネが持つ言葉は。返せる言葉は。
 仮に――仮に結婚をする時が来たとして、自分が誰を選ぶかは分からないのに。
「言ったでしょ。好きになってくれるなら、私は止めることはできない。それと同じ、一緒に居たいと言ってくれるなら、傍に居てくれるなら、私がリネンの気持ちを、行動を止めることはできないよ」
「じゃあ……私が傍に居たら、隣に居たら……フリューネは嬉しい?」
 リネンは一度俯き、フリューネと目を合わせて問いを変える。傍にいるのは自由。だけど、傍にいた時に彼女はどう思ってくれるのか。嬉しい? それとも……
「もちろんよ。そうじゃなきゃ、今日だってここには来ないわ」
 ――フリューネの電話が着信を告げたのは、その時だった。

              ◇◇◇◇◇◇

 とある場所にある格納庫。
 そこには、整備中の大型飛空艇アガートラームの姿があった。迎えに行ったレンがフリューネを案内したのは、日の当たらないそんな場所。
「良い飛空艇ね」
 空賊であるフリューネは、雄雄しきその姿に興味を持ったようだ。声を弾ませて飛空艇を見遣る。その彼女に、レンはチョコレートを差し出した。
 贈るのは、ノア達と一緒に作ったチョコレート。そして、ペガサスと槍がクロスした細かい意匠のついた、ペンダント。
「この、ペンダントは?」
「ハートの機晶石ペンダントを加工したものだ。これなら、遠くにいても想いは伝わる。……受け取ってもらいたい」
「……レン……」
 レンはフリューネを愛している。空峡での空賊との戦いで出会い、十二星華と戦い、シャンバラを飛び出してカナンやザナドゥでの戦いも経験した。時にはその隣で戦い、時には、その背中を送り出した。
「俺は、いつもフリューネの傍に居たわけじゃない。傍で戦えなかったことを、悔しく想ったこともあった」
 だから――彼は決めた。
「だが、これからはフリューネと共に、隣で戦いたい。この、飛空艇で」
 自分自身に言い訳などをせずに済むように購入した飛空艇。これは、レンの覚悟だ。
「まだ調整中だが、それが終わったら一緒に空を駆ろう」
 フリューネと一緒に過ごしたいから。
 同じ時間を、生きていきたいから。
 その想いをこめて、レンは言う。これが彼なりの、愛の伝え方。
 デートの場所としては些か油臭い場所かもしれない。だが、気持ちを伝えるのは此処以外に考えられなかったから。
「……ありがとう。私もこの飛空艇が空を飛ぶところ、見てみたいわ」
 フリューネはペンダントを首にかけ、チョコレートを受け取った。それがどんな感情にしろ、彼を大切に思っているのは本当だ。
 ――その瞬間。
 レンはフリューネとキスをしよう、と顔を近づけた。
 だが、2人の影が、重な――
 る直前でぴたりと止まる。
 驚いたフリューネが、すかさず手でガードした結果である。
「な、何!? いきなり」
「前、不意打ち気味にキスをされたことがあったからな」
 だから今日は、自分からしてみようと思ったのだ。
「……! キスを自分からするのと、されるのは違うのよ!」
 少々動揺したらしいフリューネに、レンは微笑む。
「……俺は幸せだ。今が一番、幸せだよ」
 最初から、彼女がどんな反応をしても、彼はそう言える自信があった。そして実際に、言うことが出来た。
「……ありがとう、フリューネ」
 それはどこまでも純粋な、素直な気持ち。