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リアクション
第5章 救命艇
プール処刑人の静麻が、「罪人」のサンマコンビ、ファタと英希をかついでやってきた。プールに落とそうとしたそのとき、トツゼン、
「おかあさーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!」
ぼとっ。ぼとっ。
静麻は罪人を落っことして、泣き崩れている。
サンマコンビはギリギリでプールに落とされず、救われた。
「エーコちゃん、今のうちに厨房に行くのじゃ。戻らないと、怒られるのじゃ」
「うん。行こう行こう」
が、2人の目の前には瞳孔の開いたカレンが立っていた。
「そーーーれ!」
ファタをプールにぶん投げた。
「そーーーれ!」
英希も投げた。
ぴゅーーーーーーーーーーーーーーーーーー、ぼっちゃん。ぼっちゃん。
結局、サンマコンビはプールに落ち、沈んだ。ぶくぶくぶく……。
泣き崩れてる静麻を抱きしめる者がいた。ウミガメのエース・ラグランツだ。
「ありがとう! 命の恩人っ!!!」
プールで溺れてるところを助けてもらった恩を忘れてなかった。
「恩人さんのおかげで、俺は今、生きてるよっ!」
「おかあさーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!」
「おんじーーーーーーーーーーーーーーーーーん!」
ひとしきり泣いた後で、エースは立ち上がった。
「恩人さん。受けた恩は他の人に返してこそ、恩に報いるっていうものですよね。俺、カナヅチ同盟の人に浮き輪を渡してきます!」
奇行の覚めた静麻は、涙を拭きながら頷いた。
「ここにふたつ、浮き輪があるよ」
エースは、静麻から浮き輪を受け取った。
そのころ、プールに沈んだサンマコンビは、やっと水面から顔を出していた。
そしてコンビの目の前には……ある1人の変態の姿があった。
「ふっふふ。ようこそ、明智スイミングスクールへ」
「明智スイミングスクール?」
「沈没時に備えて、スイミングをレッスンしてほしいというわけでしょう?」
「レッスン……はあ」
サンマコンビはカナヅチではなかったが、ノリがいいのか脳みそがトコロテンなのか、素直に珠輝コーチに従う。
「では、レッスン1。まず、水の中で目を開ける練習です。ファタさん、潜ってこちらをご覧ください。何が見えますかな?」
珠輝はそう言って背を向け、グラビアアイドルばりにセクシーな顔で肩越しに背後を見る。
「さあ、レッスンは始まってますよ?」
「で、では……」
ファタが潜って……珠輝を見て、
「がぼがぼっぐげぼごげふっ!!!!」
溺れながら顔を上げた。
「はあっはあっはあっ……」
プールサイドにいたエースは、すかさず浮き輪を1つ投げる。
「泳げないんですね! これをどうぞ!」
ファタは泳げるが、飛んできた浮き輪は無意識に手に取っていた。
珠輝は構わずにレッスンを続ける。
「この程度で溺れるとは、やはりカナヅチなのですね。さて、何が見えましたか?」
「はあはあはあ……ティ、ティーバッ――」
「はい、そこまで! ……正解。合格ですね」
「こんな寒い季節に、なんでわざわざそんなものを持ってきとるんじゃ。ティーバッ――」
「はい、そこまで! 皆まで言う必要は……ありませんよ」
「ぬぐう……」
珠輝は水の中でごそごそと何かすると、もう一度2人に背を向ける。
「では、次は英希さん。何が見えますか?」
何の必要があるのか肩越しに振り向いて、半目。舌をやらしく出している。
英希が潜って……珠輝を見て、
「ぐげっごがぼがっぐがっぐげふっ!!!!」
溺れながら顔を上げた。
「はあっはあっはあっ……」
やはりエースがすかさず、浮き輪を投げる。
「こ、これを……!」
英希も泳げるが、受け取った。
エースは満足して、プールを去っていった。
「恩返し、確かにさせてもらいました……!」
珠輝はレッスンを続ける。
「英希さんもカナヅチなのですね。さて、何が見えましたか?」
「はあはあはあ……ア、アナ――」
「はい、そこまで! ……正解。合格ですね」
わんこしいなはご主人様の珠輝の元に帰ってきて、プールサイドに立っていた。しかし、おかしなご主人様の様子に首を傾げていた。
「くうーん?」
「わんこしいな君。どうしたのかな? おかしなものばかり見て疲れてるんじゃないかな」
やさしく声をかけ、頭を撫で撫でするのはヴィナだ。。
「きゅんきゅん」
わんこしいなはトツゼン、にゃんこしいなになって鼻と鼻をつける猫キッス。
「にゃっ」
「は、恥ずかしいな……」
そして、ゴロン。
ヴィナがお腹を撫でてやると、喉をゴロゴロゴロ……。そのまま、いつの間にかわんこしいなに戻っていた。
「おや。脇がほつれてますね」
ヴィナは、針と糸を出して直してあげた。家庭科能力が皆無のヴィナだが、「ほいほい」縫う奇行の影響だろうか、妙に家庭的になっていたのだ。とはいっても、ものすごくヘタクソなのは変わらない。
わんこしいなは前足がちょっと窮屈になって、動きづらそうだった。
「くうん……」
症状が覚めたカレンは甲板に立ち、周囲の海に向けて光術を放っていた。
「お願い! 気づいてー!」
ピカピカーッ!
「カレンさん。もっと目立つところで、たとえばそこの船首に立ってやった方がいいんじゃないですか」
話しかけてきたのは、永太だ。
「そうだね! でも、あんまり端っこに立って、落っこちないかな」
「そういう心配なら、大丈夫」
「え?」
永太は、自分の胸に手を当てて答える。
「永太が支えましょう!」
要するにタイタニックごっこをしたいだけなのはバレバレだが……
「じゃあ、ちょっと恥ずかしいけど、お願いしちゃおうかな。みんなのためだしっ」
オーケーだった。
「うそ……まじで?」
カレンは船首に立ち、両手を広げて光術を放つ。ピカピカピカッ!
永太はいざとなったら恥ずかしくて、遠慮がちにカレンの腰を掴んで支えていた。
船首でカレンの側に立つなんて彼女の奇行症を知っている者なら絶対にやらないことだが、永太は医務室から出てきたばかり。しかも朔のジャーマンスープレックスを食らって脳みそがトコロテン気味なので気がつくわけはなかった。楽しんでいられるのも、今のうちだけだろう。
タイタニックごっこの目の前に、ンカポカ一味が放った救命艇が浮かんでいた。
これを武尊とエメ、陽が引き戻そうと計画している。
軽身功で海面を走って救命艇まで行き、ロープを結んで戻り、甲板から引き上げるという計画だ。
「さーて、これ以上流されていかないうちに、とっとやるか」
武尊は体の関節を回したりして準備をしているが、奇行の効果か、すっかり体が柔らかくなっていた。
「あれ? エメはどこ行った?」
「武尊さん! すみませーん!」
エメは何やら大きな鞄を持ってやってきた。
「パーティー会場に置いといたらグチャグチャになってたんで、今のうちにと思って」
「なんなの? それ」
「えっと、バイオリンと……」
「バイオリンなんていらないだろっ!」
「でも、もっと大事な物も入ってるんですよ。石鹸でしょう。シャンプーとリンスでしょう。それから未使用のタオル大、タオル中、タオル小。あ。この石鹸、すごいんですよ。泡が濃密でですね、肌がつっぱる感じがないという。もちろん安くないんですけど、でもお金は使うところには使わないといけませんよね。武尊さんも使ってみますか? もったいないので、申し訳ありませんが三擦り半くらいで……あれ?」
武尊は仁王立ちして怒っていた。
「生きるか死ぬかってときに、石鹸なんてどうでもいいんだよ!! 見ろ! 救命艇がさっきより離れちまっただろうが!」
「す、すみません……」
エメは慌てて石鹸やシャンプーを鞄に詰めるが、やはり几帳面なので、詰め方が丁寧で時間がかかる。
「話し合いのときは頼りになる奴だと尊敬してたのに。オレが馬鹿だったか……。お、そうだ。そうだ。忘れちゃいけねえ。ロープは用意できたのかな?」
とロープ係の陽を探すが、見当たらない。
「今度はなんだぁ〜?」
陽は、ロープにするために薔薇学の制服に絡まってるバラのつるを集めていたが、勇の制服に手間取っていた。
というより、逆にバラのつるで縛られていた。
「あ、あの〜。勇さん。どうしてこんなことに?」
「奇行症の治療法がわかったんですよ」
「え? 治療法が?」
「そうです。これが、そのための第1ステップなのです」
とバラのつるで亀甲に縛っていく。
「えーっと、いつもミヒャエルにやられるときは確かこんな感じで……」
「あの、治療法っていうのは?」
「カンタンなことです。脳みそをトコロテンにするのです。ここでは人の目がありますからね、続きは……そうですね、ピンクルームにでも行きましょうか。きっと奇行症が治りますよ」
しかし、陽は奇行症を治したくなかった。自分の症状には気がついてなかったが、本能が、いや“スク水の精”プルプルが治すなと言っていた。
「や、やっぱりお断りだよ。なんとなく、なんとなくダメなんだ。奇行を治しちゃダメなんだ!」
縛られたままバラロープを手に取り、逃げていった。
「残念ですねえ……」
勇は次のターゲットを誰にしようかと甲板を歩き回った。
陽は、何度も転びながら武尊のところにやってきた。
「ロープ、お待たせ!」
「おお、なんか君も大変そうだな」
「うん。でももう大丈夫。縛られてるだけだから」
「だけって……かなり変態慣れしてるな。といってフツウにロープを受け取るオレもオレだけどよ」
「このロープ。トゲがあるから痛いけど、そのかわり耐久性は抜群だよ!」
「サンキュー。じゃあ、これを持って行ってくるぜ」
エメもようやく鞄の整理が終わり、バラロープの端を手すりに結んで武尊を手伝う。
が、そのとき!
甲板にいたカレンがトツゼン、永太を投げる。
「そーーーれ!」
ぴゅーーーー。どっぼーーーーん。
そして、次々と周囲の人を投げていく。
「そーーーれ!」
ぴゅーーーー。ぐっ。ぶらんぶらん……。
陽はバラのつるが絡まって、海に落ちずに済んだ。が、また船の外壁に吊らされた。
「ま、またかあー!」
次は勇が投げられる。
「そーーーれ!」
ぴゅーーーー。
「うおおおおお! しかーし! やってやる! やってやるぜええええ!」
勇は海面に着くと同時に、海面歩きに挑戦する。
「カンタンなことだぁ! 右足が沈みきる前に、すばやく左足を前に……出す! 左足が沈む前に、右足を出す! これを交互に繰り返せばああああ! 海面を歩けるッ!!!」
すっすっすっすっ。なんと、ほんとに歩き出した。
カレンはさらに、自殺したルイを偲んでいたガートルードを投げる。
「そーーーれ!」
ぴゅーーー。
と同時に、ガートルードも発症し、
「ぼっとんちんちん。ぼっとんちんちん。ぼっとんちんちん」
姿勢良く、海面で“ぼっとんちんちん行進”を始める。
「な! な! なんなんだ! こいつら! 奇跡だ! いっそ、そのまま救命艇まで行ってくれ!」
武尊が叫んだ。
が、これは奇跡でもなんでもなかった。
「うううううう……」
恭司が奈落の鉄鎖で重力を操っているだけだった。
「ぐああ! もう……限界だ……」
恭司の力が及ばなくなっていく、その間にも、武尊が投げられる。
「そーーーれ!」
ぴゅーーーーーー。
武尊はすかさず、計画通りに軽身功を使って海面を走る。
そして今度はエメが……投げられなかった。
間一髪、かわしたのだ。
が、エメの鞄が投げられる。
「そーーーれ!」
ぴゅーーーーーー。
「それだけはああああ!」
エメは迷わず自ら飛び込んだ。
落ちながら、鞄をキャッチ。そして、鞄が濡れないように高く掲げて、足だけで泳ぐ。
「スーツが、スーツがあああ……!」
そして、なんとか踏ん張っていた恭司だが……
「あっと。恭司さん。その険しい顔、いいですね! いただきます!」
顔に墨をぴちゃぴちゃと塗られ……
バシッ!
ひなに顔拓を取られた。と同時に、力が抜けた。
発症したままのガートルードは、「ぼっとんちんちん……」と呟きながら徐々に沈んでいく。
呪われしスマイル軍団。また1人、命を落とした。スマイル軍団の一員だけあって、ガートルードの最期はやはり、笑顔だった……。
勇は泳げないわけではないが、一度歩けただけに「歩けなくなる」という心の準備ができてなかった。いきなり大量の水を飲んでしまったら誰でも溺れるものだ。
「ぐがっぼがぼげっうっぷぎごっぽーーー」
ようやく奇行がおさまったカレンは、何も気づかずに、空を見上げて光術を放つ。
「あれえ。永太くんがいなくなっちゃったよ。変なのー。まいっか。誰か助けてー!」
ひなは顔拓収集に夢中で、惨事に気づかずに去っていった。
「わーいわーい。恭司さんのいい顔いただいちゃったー」
甲板にいて、唯一ミレイユだけがちゃんと状況を把握していた。
「わわわわ。たいへん! 溺れてる人がいっぱい!」
慌てて浮きそうなものを投げまくる。
「これに掴まってくださーい」
が、慌ててるからか、変なものばかり。パンダが食べてた笹の葉。猫じゃらし。変な配色の卵焼きと弁当箱。そしてスクール水着。
「わあああ! それはダメえ!」
吊られて身動きの取れない陽の目の前を、スクール水着がひらひらと落ちていった。
「ああ、だめだ。こんなんじゃだめだ。えっとえっと……あった!!!」
ミレイユはついに、浮き輪を見つけて手に取った。
と、そのとき! トツゼン、どこにあったのかストローをブッ刺して、ちゅううう〜。
奇行症が発症して、中の空気を吸ってしまったーーー!
このままでは、勇が死んでしまう!
「おい、ストローちゃん。目を覚ませよ」
まだ正常な人間がいた!
ちょっと酒臭いが正常な樹が、ミレイユから浮き輪を取り上げる。
「やれやれ。この浮き輪はもうダメだな。おっ。あそこに幾つかあるな。使えそうだ」
と隅に置いてあった浮き輪に近づく。
が、トツゼン……
「酔い抜くぞー!」
ガーンガーンガーン!
銃を乱射する。
「酔い抜くぞー!」
ガーンガーンガーン!
ぷっしゅーーー。浮き輪は全て穴があいてしまった。
ミレイユが奇行から覚めて、最後の1つを取りに走る。
「うきわああああ!」
が、一瞬目を離した隙になくなってしまった。
「あれ?」
遠くから、恭司の声が聞こえた。
「マネーーーーーロンダリングーーーーーーー!!」
がっくり。ミレイユは肩を落とした。
そのとき、フィルが叫んだ。
「浮き輪はまだありまーーーーす!」
遠くから、浮き輪を持てるだけ持って走って来る。
が、そのときトツゼン、
「あはっあはっあはははははっ」
笑いながらも無表情。ヤンデレ化して銃を乱射する。
ガーンガーンガーン!
「あははははっあははははははっ」
ガーンガーンガーン!
そして、勇は海の藻屑と消えた……かと思われたが、海面に浮かんでいた。しかも、そのまま救命艇に進んでいく。
ミレイユが目をこらすと、何かに乗っているようだ。
「ああ! あれは! ウミガメさん!」
そう。カレンはエースも投げていたのだ。
エースはウミガメになってスイスイスイ。スイスイのスイ……。
勇がその上で、溺れて死にそうになってたくせに、トツゼン発症し、
「もっと泣きなよ」
ドS!
しかし、スイスイ泳いでいたウミガメのペースが落ちる。
それは、軽身功で疲れちゃった武尊と、鞄を掲げるのが重くてツラいエメが掴まったからだった。
勇はエメの鞄を踏んづけて、ドS。
「やめてぇーーー」
「もっと泣きなよ」
「そ、そんなぁ〜」
武尊はそれを見て大笑いしていた。
そして、なんとか救命艇まであと少しと迫ったところで、エースが発症から覚め、ウミガメから人間に戻った。
勇も覚めたので、今度はきちんと泳ぐことができる。
「よーし! あと少しだ。泳げ!!!」
休養十分のみんなが、どんどん泳いでいく。
が、しかし、エースはカナヅチだった。
「ぶがぽっ。がぽ。がおぎゃぽぽぐひごういぴぴぷぎょぎょごへがぽーー」
溺れる者は藁をも掴む。
鞄を死守していたせいでなかなか進まないエメに、しがみついた。
「ぐがぽっ。や、やめろおお! ぐがぽぎんばぼおお。エース! てめえ、私まで死んで……」
エメの泳力と体力では、鞄とエース、どちらかしか持っていくことはできない。死にかけて混乱したエメは、エースと鞄とを天秤にかけ……
「ごめん……!」
ドゴッ!
水中で、エースのみぞおちを殴った。
「うごぽっ……」
哀れ、エース・ラグランツはパラミタの海に沈んだ……。
が、我々は忘れてはいない。
――カレンはまず最初に永太を海に投げていた。
そして、海の中で永太が初めて奇行症を発症させていた。
「キュウキュウキュウ!」
エースはイルカの背に乗って、再び海面に浮上した!
悠々と救命艇に一番乗りし、ガッツポーズ!
「よっしゃあっ!」
後に『ソアノート』に付け加えられることだろう。「永太=イルカになる」と。
こうして、武尊、勇、エース、エメ、永太が救命艇に辿り着いた。
その頃パーティー会場では、機関室に向かうはずだったヴァーナーが友人ルイの死を悼み、まだ涙をこぼしていた。
それを見て、珂慧は自分に言い聞かせる。
「友達の死に比べたら、僕のファーストキスの喪失なんて大したことじゃないよな……」
珂慧が何気なくスケッチブックをめくっていると……
「うん? これは……?」
何かに気がついた。
よく見ると、スケッチブックが誰かに使われた形跡があるのだ。
「誰だ、勝手に使ったのは。もう!」
大切なスケッチブックを、ちょっと目を離した隙に使われたようだが、いったい誰が何のために?
珂慧の声に反応して、ヴァーナーが涙を拭きながらのぞき込む。
珂慧が鉛筆でサササッと撫でると……筆圧が強かったのだろう、書かれた文字が浮き出てきた。
手紙のようだ。
『もう冬になり、寒い季節になりましたね。ワタシは心が冬のようです。女性の方々に対してご迷惑をおかけしたことを、ここに謝罪させて頂きます。ワタシ自身は島に向かうという意見に賛成です。その間、行動次第ではまたみなさんに迷惑がかかると思いますので、ここで単独行動に移らせて頂きたく思います。せめてンカポカの手がかりもしくは遺留品など見つけ出し今後に役立てればと。改めて、女性のみなさん申し訳アリマセンでした。……ルイ・フリード』
ルイの手紙は遺書ではなかったのだ!
「ルイおにいちゃんは……生きてるんですね!」
ヴァーナーは感激して、また泣いてしまった。
そして……救命艇に移ったみんなが驚いていた。
「ルイ!!!!! 自殺したんじゃなかったのか?????」
そこに、ルイがいたのだ。
「ワタシが? ナゼ自殺なんてするんですか!!!」
ルイは1人で甲板を歩いていたら、うっかり足を滑らせて落下し、仕方なく近くにあったこの救命艇まで必死で泳いだのだという。
「なーんだ。そういうことか!」
「生きててよかったですね!」
みんなは生きていたルイと握手しようとするが、何故かルイは首を振ってそれを拒否する。
ルイが握手をしない原因は、武尊の次の言葉ですぐにわかった。
「おい、この船。動力がないぞ! エンジンが外されてる!」
「そうなんです。ワタシは今ずっと海に潜って、船底のどこかに奇跡的に引っかかってないかチェックしていたんですが……ダメでした。完全に引き離されて捨てられているようです」
そして、慌ててブルー・エンジェル号に戻ろうとしてももう遅い。すっかり潮に流されていて、体力を使い果たした彼らには到底泳げる距離ではない。それでも行ってみようか! と迷ってるうちに霧が濃くなり、船を見失ってしまった……。
エメが自分に言い聞かせるように呟く。
「きっと、きっと、甲板にいた人達が手を打ってくれますよ……」
しかし、甲板では……
ミレイユが状況をみんなに説明して協力を頼もうとしても「ストローで血を吸われるー。逃げろー!」とみんなは離れていくし、顔が墨で真っ黒の恭司からも「大切な物を隠されたらたまらん!」と離れていくし、カレンは光術を放つのに一所懸命で気がついてないし、ひなは顔拓に夢中で気づいてないし、樹は通りかかったぽに夫が置いてきたペットのコタローに見えて追いかけていっちゃうし……あとは、全てをガクガクブルブル震えながら見ていたカガチだけだが……
「し、し、し、死ぬ。死ぬんだ。溺れて……死ぬんだ……」
カナヅチのカガチはパニクって、長い髪を振り乱して半狂乱となっていた。
何やら解読不能の文字を壁に、爪をボロボロにしながら、血をだらだら垂らしながら、ガリガリと書きつけていた。
「死ぬ。死ぬ。死ぬんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
こうして、救命艇はみんなに忘れられていった。
陽はバラのつるに吊られて、再び脳みそがトコロテンに……ならなかった。
「いっそ落としてよー。あの川にまた行きたいよー」
陽のさらに下の方から微かな声が聞こえていたが、それには気がつかなかった。
「ぼっとんちんちん。ぼっとんちんちん……」
機関室と操舵室をどうにかしないと、救命艇の救出も難しいだろう。みんながうまくやってればいいんだが……。
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