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ンカポカ計画 第2話

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ンカポカ計画 第2話

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第8章 甲板

 船が動き出したとあれば、あと大切なのはンカポカ襲来に対する警戒だ。
 ヘリから飛空艇が出てきたのは見えたが、その後は完全に見失っている。マストのてっぺんでピカピカしてるエルは警戒していたが飛空艇はまだ見当たらない。
 そして、エルはひどく疲弊していた。マストのてっぺんは強い海風にさらされ、揺れも激しいから当然だ。こんなときに彼を応援するはずの蒼も、酒と船のダブル酔いでマストにしがみついているのがやっとだった。
 いつものキンピカな輝きを失いつつあるエルにかわって船首で見張りをしようというのが、椿薫だ。ツルピカな頭は、失われたエルの輝きを十分補うことができるだろう。
 その薫を背中から支えるのが、瀬島壮太だ。ここに、本日2組目のタイタニック・カップルが誕生した。今度は男同士だが。
「椿っ! こうして風を感じてるとよお、ンカポカなんて忘れちまいそうだな!」
「気持ちいいでござる。空を……空を飛んでるでござるーっ!!」
「いやっほーーーっ!」
 薫は咳払いをひとつ。コホンと。
「ええ、では、一曲歌うでござる」
「おお。そうだそうだ。椿のツルピカが消えるか歌が止まるかしたら敵機襲来の合図って言っといたからよ。頼むぜ」
「♪快食快便、ずんずんずん。ずん、ずん、ずんず――」
「ちょっと待った!」
「なんでござるか。ここからいいところでござるのに」
「他の曲ねえのか?」
「他のって、どんな曲が好みでござるか?」
「いや、なんでもいいんだけどよお、もうちょっとこう、そうだ。空飛んでるみたいって自分で言ってたじゃねえか、そういう浮遊感のあるような曲とか、ないのか?」
「それなら、この曲でござるな」
「……そっか。じゃあ、まあいいわ。これで。やってくれ」
 コホンコホン。

「♪快食快便、ずんずんずん。ずん、ずん、ずんずんずん。
  体が軽いよ、ぴょんぴょんぴょん。ぴょん、ぴょん、ぴょんぴょんぴょん。
  空を飛んじゃう、ふわふわふわ。ふわ、ふわ、ふわふわふわ。
  ああ。こんな朝は、ぼっとんといっしょにどこまでも〜。ふわふっわ〜。お空を飛んで学校に行こうよ〜」

 壮太は苦笑して、ポケットに手を突っ込んで空を見ていた。
「つっこまねえぞ、俺は」
 と、そのとき、薫の歌が止まった。
 壮太は薫に背を向けたまま尋ねる。
「どうしたんだよ、歌詞につまったのか?」
「あ、うん……」
「そんな歌詞ならよお、なんでも同じだと思うけどなー」
「うん……」
 薫は生返事を繰り返すばかりだ。
「おいおい、まさか……」
 壮太は慌てて上空を見るが、飛空艇は見つからない。
 甲板では、いつもは鈍感な有沢祐也が、珍しく敏感に反応していた。
「歌が途中で止まって、長い。これは……敵機襲来だ!」
 甲板にいるみんなに報せて回る。
「敵機襲来! 敵機襲来!」
 それを聞いて、恭司が立ち上がる。
「俺が奈落の鉄鎖で落っことしてやるぜ!」
 見張りをしていた壮太たちのもとへ走って、場所を尋ねる。
「壮太! どこだ!?」
「俺もわからねえ! 今探してる。椿、どこだっ! 俺には見えねえぞ!」
「拙者には見えるでござる」
 薫は、船の中心、マストのてっぺんの辺りを指差した。
「もう真上まで来てるのか! ヤバいっ! 橘! お前の方が近い! 頼む!!!」
「任せとけ。マストの上だな! くらええええ!」
 しかし、奈落の鉄鎖で重力を加算されて落ちるのは……エルを応援していた蒼だった。
「きゃああああ!」
「あ、見える。よーく見えるでござるよ!」
 と、落ちる瞬間――
 ガシイッ!
 エルが蒼をしっかりと抱えるように掴んだ。
「お、重い……」
「えっ。ショック……!」
「あ、そういうことじゃなくて。これはほら、奈落の鉄鎖で……」
 女性に重いと言ったのは、失言だった。この後、エルは激しく後悔することになるのだが……
 今は、蒼がトツゼン発症し、
 エルを自分の胸に埋めて、ぱふぱふぱふぱふぱふぱふぱふぱふ……。
「し、しあわせ……!!!」
 ついに敵機が攻撃をしてきたのだろうか、薫は悲痛の声をあげる。
「あああああああああ! 羨ましいでござる!」
 壮太はやっと気がついた。
「もしかして、見える見えるって言ってたのは……」
「え? 蒼殿のおパンツでござるが、なにか?」
「バカヤロウ! これだからのぞき部はどうしょうもねえんだよ。見るな。見るんじゃねえ! 頑張ってんのに、可哀想だろがっ!」
 タオルで薫の頭をぐるぐる巻きにして、隠してしまった。
 が、これもまた敵機襲来の合図だ。
 薫のおバカにつられて、壮太もボケてしまったようだ。
 やはり祐也が反応して、一段と大きな声でみんなに報せる。
「敵だ! 敵がきたぞーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
 今度は恭司だけでなく、甲板にいたみんなが大騒ぎだ。
「やべっ。ちょっと隠れとこうぜ」
 壮太と薫は、こそこそと甲板を後にした。
 しばらくして、デマ情報だとわかると、ナゼか最初に伝えた祐也がみんなに吊し上げられた。
 またしてもラーフィンが都合よく発症して……
 カンカンカン!
「ギルティー!」
「お、俺じゃねえよお……!」
 祐也はプール処刑人の静麻に担がれて、落とされた。
 ひゅーーー。どっぼーん!
 そしてプールには、この男が待っている。
「ようこそ。明智スイミングスクールへ」
「明智スイミングスクール?」
「わかりやすく言いますと、変態スクールでございます」
 有沢祐也、ご愁傷様……。
 甲板では、みんなすっかり落ち着いていたが、カナヅチのリュースだけはワナワナしていた。
 救助船に安心して巽を追いかけるのをやめていたが、壁に書かれた文字を読んでしまったのだ。
「こ、これは……!」
 それは、同じくカナヅチの東條カガチがパニクって爪を血で染めながらガリガリと削って書いた謎の文字である。
 秘密結社りゃくりゃく団から逃れて再びここにやってきた巽が、後ろからのぞきこむ。
「これって、文字なんですか? どこの言語ですか?」
「こ、これは……古代シュメール語です」
「へえ。それで、なんて書いてあるんです?」
「この船は、沈む……!」
 イヤな予感がした巽は、ヒーローとして最後の手段に出る。
 巽とりゃくりゃく団のデッドヒートを見学していた亮司の頭に……
「えいっ!」
 ガポッ。
 なんと、ソークー1の変身マスクをかぶせてしまった。
 再び怒りに震えるリュースが振り向くと、そこにはソークー1ならぬリョージー1の姿が!
「巽ィイイイイイイ!!!!!」
「ま、待った! 俺は佐野亮司だ!」
「この期に及んで、何ぬかすううううううううううううううううううううう!!!!!」
 ライトブレードをためらいなく振り下ろす!
「どわあああ!! あっぶねえ!」
 間一髪かわすリョージー1。
「巽でないなら、ナゼよけるッ! よけたり逃げたりするのは、巽のボケタレだから……ダァァァァァアアアアア!!!」
「お、おい。待てって。だから逃げてねえだろうが!」
 と、そのときリョージー1はトツゼン発症し、
「ぶおん。ぶおおおおおん!」
 とバイクに乗ったようなポーズで走り出す。
 客観的に見ても、逃げている。
 マスクをかぶっているので、まるで正義のヒーローがバイクに乗って登場するシーン……いや、ヒーローごっこをしている無邪気な子供だ。
「ぶおん。ぶおん。ぶおおおおおおおおん!」
 リュースは完璧にキレていたが、もっと完璧にキレた。
「こ、このオレを嘲笑っての所業かああああ!!!!」
 リュースはどこまでも追いかけ、リョージー1はどこまでも逃げざるを得なかった……。
 カガチが刻んだ「古代シュメール語」を解読する者は、もう1人いた――
 巽と一緒にホワイトルームで勘違い行動をしていた望月あかりだ。
「なになにぃ? でい……だら……ぶっち……。やっぱり! この船は古代兵器“デイ・ダラー・ブッチ”の制御装置だぁ。ねっ?」
 隣で「うんうん」と頷いているのは、愛と正義のヒロイン、ラヴピースだ。
「わかった。協力するッス。なんとしても自爆装置だけは破壊するッスよ!」
 正義のヒロインも、とんでもない人に掴まったものだ。
 そして、2人はダクトから操舵室に向かった。

 ――その頃、野武とケイ。

 2人は、野武の「空を見ろ!」と上を目指してしまう奇行のおかげで、すっかり海上の迷子となっていた。
「ぬぉわははは。我輩がそのような奇行を? まさか!」
「まあ、信じなくてもいいけどよお、おかげで迷っちまったんだぜ」
「それはこの飛空艇の計器類がイカレているからだ。我輩のせいではない。そして、霧が晴れた一瞬の隙をついて方角を完全に把握した我輩に隙はない。ぬぉわはははははははー!」
 2人は、アジトのあるロドペンサ島に向かうところだ。
「しかし、おぬし。あのような優男が好みとは、変わっておるのお」
「はあっ。ユウ様……!」
 相変わらず、ユウを想うと恋する乙女になっていた。もはやこちらの方が奇行のようだ。
「ぬぉわはは。どんな実験を用意しているのか楽しみだな。実験施設も充実してるに違いないからなあ」
「早く……早くユウ様に会いたいわ。褒めてくれるかしら……」
 霧が深いこともあるが、2人ともアジトに向かうのが楽しみすぎて、その先に一隻の小さな船が浮いていることには気がついてなかった。
 その船とは、みんなのために頑張って確保しながらみんなに見捨てられた、あの救命艇だ。
「わわわ。エースさん! 見てください!!」
 永太は、恐怖で脳みそがトコロテンになりかけているエースに声をかけた。
「みなさんも。見てください! 飛空艇が、こちらに向かってきます!」
 心を落ち着けるためにバイオリンを演奏していたエメも、思わずガッツポーズした。
 救命艇のみんなは、一生懸命手を振って呼ぶ。
「おーい! こっちだこっち!!!」
「お、おい。あれ野武じゃねえか! 何されっかわかんねえぞ!」
「そんなこと言ってる場合ではありませんよ!」
「ど、どうする?」
 実験施設とユウに夢中の2人は全然気がついていない。
 そこで、ルイが立ち上がった。
「あの飛空艇を……利用しましょう!!!」
 ルイがバラロープを手に取る。
「これで……カウボーイみたいに捕まえるんです。そして、牽引させるというわけです……どうでしょう!?」
 あまりにも無謀な作戦に、一瞬沈黙する。
 が……
「やりましょう!」
「今はそれしか方法がありません!」
「時間がないっ! もうそこまで来てますよ!!!」
 みんなでバラロープの一方に輪を作り、もう一方を救命艇にしっかりと結ぶ。
 そして……気を引き締める。
「あれがラストチャンスです! 絶対捕まえましょう!」
「だ、誰がやる?」
「言い出しっぺの、ルイさん! お願いしますよ!」
 ルイが緊張しながら、バラロープを握る。
「やりましょう!」
 飛空艇は、このままだと真上を通る。勝負は一瞬。
 それを逃したらもう終わりだ。緊張が走る。
 ルイはカウボーイのように、バラロープをぐるんぐるん回しはじめる。
 と、そのときトツゼン、
「スマイルめくり!」
 ロープをふわふわ放って、からまっていく。
「うわあ! 発症したーーー!」
「交替です! 交替しましょう!」
「いそげー! いそいで解くんだッ!」
 まだ空気に向かってスマイルめくりを繰り返すルイから、武尊がバラロープを奪って構える。
「オ、オレがやるぜ!」
 武尊はカウボーイのように、バラロープをぐるんぐるん。
 が、トツゼン、
「ら〜ららら〜らら〜らら〜ら〜」
 くるくる踊り出して、バラロープがからまっていく。
「ぎゃひいい! また発症したーーー!」
「交替しろおおお!」
 踊り続けるバレリーナ武尊からバラロープを奪って、今度はエースがロープを握る。
「お、俺が?」
「もう人を選んでる暇はありませんよ!」
「わ、わかった!」
 バラロープをぐるんぐるん回して、迫り来る飛空艇を待ち構える。
 緊張が走る。
「ちっくしょー! カナヅチ同盟なめんなよーっ!」
 と、そのときトツゼン、
 べたっと床に伏せ、のそのそのそ……。
「あぎゃああ! ウミガメになってる!!!」
「発症だ! 発症だ!」
 次のカウボーイは、勇だ。
 勇はなかなか落ち着いていて、期待が持てそうだ。
「変態ですが、まだ死にたくはありませんから」
 と、トツゼン!
 ウミガメにバラロープを縛って、
「もっと泣きなよ……!」
 と踏んづけて、ドS!!!
 これが本当の亀甲縛り。勇は発症中ながら、どことなく満足そうだ。
「勇さん! 目を覚ましてくださいいいい!」
「ダメだ! 奪え! ロープを奪え!!!」
 エメと永太でバラロープをドS男から奪って……次のカウボーイは、永太だ。
 バラロープをぐるんぐるん回して、トツゼン、
「キュウキュウキュウ」
 バラロープを握ったまま、イルカになって飛び込んでしまう。
「ま、待ってくださいいいい!」
 ジャッパーン!
 エメと、ようやく奇行から覚めた武尊がバラロープを引っ張ってイルカを引き上げる。
 もう飛空艇はすぐそばまで迫っている!
 最後のカウボーイは、エメだ。
「エメ! たのむっ!」
「やってやるぜえええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
 緊張と必死さのあまり、言葉が汚い。エメらしくないが、それだけに本当にやってくれそうだ!
 が、無情にも! 無情にも! それはトツゼン発症した……
「衣服の乱れは心の乱れ!」
 奇行から覚めたみんなはもう、手のひらはバラのトゲで血だらけだ。
 真っ赤な血をボタボタ垂らしながら、あきらめた。
 今からバラロープを奪っても間に合いっこない。
 しかし、衣服の乱れを直す奇行が発症しているエメがまっさきに直したいと思ったのは……
 ――野武の服だった!!!!
 ぐるんぐるんぐるん……
「ほっ!」
 ガシッ!
 バラロープは見事に飛空艇に引っかかった!
「待てえええ! 衣服の乱れは心の乱れええええ!!!!」
 バラロープが伸びきると、ガックンと飛空艇に衝撃が走った。が……
「おっと。調子悪いな、これは。おぬし、後ろを見てみてくれ」
「オーケー。あんたはちゃんと前見て運転してくれよっ」
 ケイが振り向こうとしたそのとき、
 間一髪奇行から覚めたエメは、バイオリンを弾く。――ユウが演奏していた「アヴェ・マリア」を。
「はあっ。ユウ様っ!」
 この曲が流れたらもう、ケイは完全なる恋する乙女だ。
 目がハートになって、救命艇は見えてなかった。
「ユウさまぁ〜」
「おぬし、どうだ。異常はないのか?」
「ええ? いじょう? ないない。はぁっ。早く会いたいわ〜」
「すっかりスピードが出なくなったが、まあ2人乗りだから仕方ないか。ぬぉわはははははー!」

 ――その頃、ブルー・エンジェル号。

 甲板で、真のアーティスト珂慧は絵を描いていた。
 ただの霧深い海を前にして心の目で見て描いた絵には、一隻の小さな船。
 その船では……エメがバイオリンを艶やかに弾いている。武尊が華麗なバレリーナのポーズ。ルイがにかっとルイ・スマイル。勇がウミガメに亀甲縛りをして踏みつけて空を見上げる。イルカは船のそばを泳いで跳ねている。
 パラミタ・カウボーイズは、妙に絵になる連中だった。