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リアクション
【4】
超国家神への謁見を許された美羽とコハク、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)……とついでにあたしも! とついてきた茅野 茉莉(ちの・まつり)とダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)、館下 鈴蘭(たてした・すずらん)と霧羽 沙霧(きりゅう・さぎり)はコルテロと一緒に大神殿の来賓の間に続く階段を上がっていた。
階段も、階段の上にも下にもテンプルナイツが並び、物々しい警備が体制だ。
階段を一段、また一段と上がる。そのたびに空気が張りつめていくのを感じた。
「……アリの子一匹通さんって感じね」
茉莉は言った。
「しもべよ、妙な真似をするなよ。笑えない冗談で被害をこうむるのは我等なのだからな」
「別に何もしないわ。ただ話を聞きたいだけだし……と言うか、ダミアン」
「何だ?」
「さっきから気になってたんだけど、それ何?」
ダミアンは、聖書と十字架を小脇に抱えていた。
「いい機会だ。超国家神とやらに我が十字架教を布教しようと思ってだな……」
「そっちのがマズイわ!!」
シリウスがスパコーン! と彼女の頭を引っぱたいた。
流石は悪魔、宗教戦争を起こしかねない恐るべき悪魔的発想である。
「な、何をする、愚民。我が崇高な行為に何か文句でも……」
「アホか! その場で火で炙られるわ!」
シリウスは、はぁ……とため息。
「何か……顔色悪いよ……?」
美羽が心配すると力なく笑った。
「実はちょっと記憶を思い出してさ」
「!?」
美羽とコハクは顔を見合わせた。
「実は僕達もさっき思い出したんだ」
「そ、そうなのか? なら話は早いな……」
シリウスは続ける。
「そしたらすごい怖い考えがよぎって……なぁオレ達は今、ナンバーゼロが送り込まれるのを止めに来てるんだよな?」
「そのはずだけど……?」
「オレ達がこの時代でメルキオールを止めるだろ。そいつが上手くいってクルセイダーを壊滅させるとする……生き残ったメルキオールが過去を変えようとナンバーゼロを送り込む……ま、まさかこんな無限ループじゃねぇよな……?」
「僕たちの行動そのものがこの事件の発端になってるってこと?」
「ああ。だ、大丈夫だよな?」
「大丈夫だよ、超国家神様ならそんなの、解決してくれるよ」
美羽は言った。
「しっ、静かにしろ。着いたぞ」
誰よりも緊張してガッチガチのコルテロは、押し殺した声で皆に言った。
巨大な、重厚な扉が目の前にあった。
「……待ちなさい」
そう言って、ナイツは超国家神のコスプレをする鈴蘭と沙霧を怪訝な顔で見た。
「……あのー、何か問題でもありますか?」
「やっぱりこの格好が不味いんじゃ……不敬罪とかになるんじゃないの?「
「いえ、その格好は問題ありません」
「え?」
問題なのは、鈴蘭の持つ紙袋だった。
「中には何が?」
「あ、これですか。メルキオール様にお渡ししたいものがありまして……」
「司教様、今、外の視察に出かけております」
「では、後でお渡しください。頼まれた約束の品です、と……どうぞご内密に……」
「……なんと!」
中に入った超国家神のコスプレ衣装を一瞥して、ナイツは目を丸くさせた。
「……喜んでくれるかな、司教様」
沙霧は言った。
「夜なべして縫ったんだもの、改心の一着よ。きっと笑顔で来て下さるわ」
来賓の間は来賓の間というには巨大だった。
足元に敷かれた深紅の絨毯の両端にはナイツが剣を胸の前に掲げたまま整列していた。
超国家神アルティメットクイーンは、絨毯の辿り着く先、美しい意匠の凝らされた黒曜石の玉座に座っていた。
(ひえぇ〜〜〜〜〜〜!!)
(何かとんでもないとこにきちまったなぁ〜〜……)
美羽もシリウスも他の皆も息を飲み、絨毯の途中で跪いてクイーンを煽いだ。
クイーンは視線をわずかに下に、皆を見つめた。
「ようこそ神殿へ、栄光あるグランツミレニアムの神民と言葉を交わす機会に恵まれ、わたくしもとても嬉しく思っています」
「こ、こ、こ、このたびは手前勝手な申し出を受けて頂き、感謝感激でございまして、まことにその、恥ずかしながらのうれし涙でありまして、ええとえっと……」
「落ち着いて、コルテロさん」
取り乱す彼を、鈴蘭はどうどうとなだめた。
(まぁ取り乱すのもわからなくはないけど……)
クイーンは見た目こそうら若き女性だが、底知れない何かを感じさせた。
その視線は、穏やかさを感じさせると同時に猛獣の如き隙のなさを感じさせ、凛とした声と口調は聞く者の胸を打つと同時に、聞く者の喉元を押さえるような威圧感もあった。
醸し出す空気は神々しさを感じさせると同時に、怪しく不吉な気配を放っていた。
「……さてと」
藤林 エリス(ふじばやし・えりす)とマルクス著 『共産党宣言』(まるくすちょ・きょうさんとうせんげん)は来賓の間の扉の外、豪華なシャンデリラの上に隠れていた。
「素直に神様に会わせてくれないと思ったけど……」
「あの人達と一緒に入れてもらえば良かったですね」
「うん……けど、あたしもこのまま手ぶらじゃ帰れないわ」
共産党宣言はナイツを見回した。
「私が彼らの注意をひきつけている間に、お話をして来て下さい」
「え?」
「ただ、あまり時間は稼げませんけど」
「……わかったわ」
共産党宣言はシャンデリアから飛び出すと、シューティングスターを放った。空から星のようなものが降ってくる。
しかし、星のようなものは大神殿に近付く前に都市の迎撃装置によって破壊された。
「あ……」
「何者だ!!」
ナイツは共産党宣言に剣を向けた。
こうなったらナイツをひきつれて逃げるしか。
けれど、どれだけナイツを誘き寄せても、ナイツはまだ数多くその場に控えていた。
「……参ったわね」
その瞬間、ワイヤークローがエリスに巻き付いた。
「もう一人、見つけたぞ」
そこにいたのは刀真だった。
「そんなところで何をしている。ここは超国家神様の御前だぞ」
「く……っ!」
引きずりおろされそうになったエリスは魔法の箒で振り払おうとする。
「なっ!?」
刀真を引きずったまま来賓の間に転がり込んだ。
中では、美羽とコルテロが、それから鈴蘭と沙霧が祈芸を披露しているところだった。
もつれて絡まり絨毯を転がる2人に、ナイツは一斉に刃を突き付けた。
「ま、待て。俺は侵入者を捕らえようと……」
「誰だ、お前は」
「超国家神様の忠実なる剣だ」
胸を張る刀真、しかし。
「知らん」
ナイツはぴしゃんと斬り捨てた。
「な、何よ。あんたも侵入者じゃないの?」
「違う。俺は個人的に護衛をしていただけだ」
「それが”侵入者”なのよ!」
「ええい! 神の御前だぞ! 黙らないか!!」
ナイツは騒ぎ立てる2人のくちを塞いだ。
「……はふ、ふ、なにふんのよ! あたひは神様と話に来たんらからっ!!」
「……その者達を放してあげなさい」
クイーンの言ったその一言に、ナイツは固まった。
「し、しかしクイーン様、お言葉ですが」
「わたくしは慈悲深い神です。わたくしに会いに来た者にはその機会を差し上げます」
ナイツは大人しく2人を解放した。
2人が謁見に来た彼らと合流すると、クイーンはあらためて一同を見回した。
「わたくしにお話とは何でしょう?」
「あなたの夢が知りたいわ」
そう言ったのは茉莉だった。
「あなた自身の夢でも、教団としての夢でもいいわ」
「あたしもそれが訊きたかったの」
エリスは言った。
「ねぇ神様、あなたはこの世界をどうしようと思ってるの?」
「……わたくしの夢。即ちそれは教団の目的と同義です。わたくしが成そうとしているのは、世界に正しき秩序をもたらすこと。古きものは去り、新しきものが世界を動かす。それが天の定め。その定めに背き、老醜を晒すこの世界をあるべき形に戻す。それがわたくしの夢であり、務めです」
「そのために地球と戦争をしてるってわけ?」
「それもわたくし達の悲願を達成するためのひとつの方法です」
「そのためにどれだけ血が流れても構わないと?」
挑戦的なもの言いにナイツは殺気立った。けれどクイーンは何一つ顔色を変えず続けた。
「ええ。新たな世界の創造はすべてにおいて優先されるべきこと。このわたくしの決定に、流れた血も異論はないでしょう」
「……!?」
「ちょっと……!」
危険な目付きになったエリスを茉莉はたしなめた。
「それよりクイーン様!」
シリウスが言った。
「どうしてもあなたに伝えたいことがあるんだ!」
そう言って、先ほどよぎった不安を話した。
「……ナンバーゼロが?」
「オレは別にあなたと敵対するつもりはない。けどメルキオールがしようとしてることはヤバイんだよ。きっとオレ達だけじゃなくて、あなた達にとってもひどいことになる」
「そうだよ! ナンバーゼロを放っておいたらグランツミレニアムも大変なことになる!」
美羽も言った。
「あなたなら彼を止められるだろ!?」
「メルキオールが教団の意志に反して暴走しているのなら、あたしらが力になるわ。ナンバーゼロを止めるため、手を貸してくれる人達の心当たりはあるし、必要なら便宜を図るわ」
クイーンは目を細めた。
「なるほど。メルキオールが探していた時空震の要因とはそなた達のことでしたか」
「……何の話をしてるんだ?」
コルテロは話が見えず戸惑った。
「ごめん。私たちこの時代の人間じゃないの」
美羽は言った。
「ど、ど、どういことだ? 夢とか妄想の話じゃなかったのか??」
「だからほんとだって」
シリウスはポリポリと頬を掻いた。
「もう一度言っておくけど、教団をどうこうしようとか、あなたに危害を加えようだとか、そんな気はないからね。あたし達の目的はナンバーゼロを止めること、この一点よ」
茉莉が言うと、すかさずダミアンも。
「いや、もう一点。十字架教を広めるという……」
「それはいいっ!!」
全員に止められた。
「そなた達の話はわかりました。しかしメルキオールが謀反を企むなど有り得ないこと」
「そうでなくても何らかの対策を……」
コハクは食い下がった。
「クイーン様……」
シリウスは超然とした態度の彼女を見つめた。
神とはそういうものなのかもしれないが、彼女からは世界平和のためだとか、人々の平穏のためだとか、そういう人間らしい感情もしがらみも見えなかった。
やり方はどうあれ、人々のために働いているメルキオールとは根本的に違う。
「十分に言葉は交わされました。下がりなさい」
「クイーン様、この者達の処遇は如何様にいたしましょう」
「この都市はメルキオールに任せてあります。彼が戻るまでそなた達が目を光らせなさい」
「……ま、待って!」
ナイツは首根っこを掴み、全員を退室させた。
「待って! 最後にひとつ教えて!」
エリスは声を上げた。
「あんたにとって、神や宗教って何?」
「わたくしの意志そのものです」
シリウス、美羽、コハク、茉莉、ダミアン、鈴蘭、沙霧、そしてエリスは外に引きずりだされた。
「ま、待ってくれ……!」
刀真は、ナイツを振りほどき、クイーンの前に跪いた。
「ど、どうか……どうか自分に名をお与え下さい」
「……何です?」
「俺には記憶がありません。自分の名前すら思い出せない俺にとって、光はあなた様だけなのです。だからどうか、俺に名前をお与え下さい。名を頂ければ、その名にかけてあなたをお守りします、必ず」
「やめないか!!」
ナイツが刀真を取り押さえた。
それでももう少しだけ時間を、と抵抗したその時、
「待ちなさい」
とクイーンは言った。
彼女は身体の奥、心まで見通すようにまじまじとじっくり彼を見つめた。
「……いいでしょう。道に迷える者を導くのも神の務め、そなたに新たな名を授けます」
「有り難き幸せ……!」
「猛き戦士の名を。これからは”ギデオン”と名乗りなさい」
名前を得た刀真……いやギデオンは顔を上げた。
その目にはもう記憶を持たないことによる恐れや不安はなかった。
「我が名はギデオン。我が黒き剣は偉大なる神に捧げましょう……!!」
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