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【裂空の弾丸】Knights of the Sky

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【裂空の弾丸】Knights of the Sky

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第3章 天空の騎士 3

「セラフ、行くわよ!」
 セレアナは叫ぶと、ソーラーフレアと呼ばれる銃を構えた。
 太陽熱エネルギーをレーザーに変換させるその銃から、光線が放たれる。

 ズゴオオオオォォォ!

「了解、任せといて!」
 セレンフィリティは光線が飛来した瞬間に、跳躍した。
 太陽エネルギーが白騎士を貫き、その身を真っ赤に染めた直後、彼女の二丁拳銃が火を噴く。

 ズガガガガガガガッ!

 融合機晶石フリージングブルーの力を取り込んだシュヴァルツとヴァイスという二対の拳銃だ。
 撃ち抜かれた白騎士たちは氷漬けになった。
「っと……」
 くるくるっと二丁の拳銃を指先で回すセレンフィリティ。
 スチャッとそれが腰のホルスターに収まった。
「一丁上がりっとね」
 ビキニ姿にコートを羽織って、腰にはホルスター。
 まるでどこかの勘違いしたモデルのような姿見だが、それもまた一興。
 セレンフィリティの個性に一役買っていた。
「そろそろ終わりかな? ねえ、ベル? あれ?」
 きょろきょろと辺りを見回すセレンフィリティ。
 セレアナが、無言で彼女の肩をつつき、反対側にいるベルネッサを指さした。
 ベルネッサは倒れている白騎士を静かに見下ろしていた。
「いまはそっとしてあげましょう」
「…………そうね……」
 セレアナに言われ、セレンフィリティも殊勝にうなずいた。
 と、しばらくしてである。
「それじゃあ、先を急ぎましょう」
 感傷に耽っている暇はないとばかりに、ベルネッサは言った。
 そのときである。
「待って、ベルネッサ」
 声をかけたのは、イブだった。
「どうしたの?」
「あの子を見て」
 イブが視線を動かした先にいたのは、ペトラだった。
「ペトラ?」
 彼女が見ているのは、広間のある一点にある壁だった。
 そこは一見すると何の変哲もない壁に見える。が、ペトラはまるでその奥に何かを見るよう、壁の前で立ち尽くしていた。
「……もしかして、ペトラになにか関係があるのか?」
 アルクラントがイブにたずねた。
「きっと、あの子は感じているのね。仲間の鼓動を……」
「仲間の?」
 言っている意味がはっきりとは理解出来ず、ベルネッサたちは眉をひそめる。
 イブはそんな彼女たちに告げた。
「ベルネッサ、あなたたちは先に行ってちょうだい」
「あなたは?」
「私と、そしてアルクラント、ペトラは、あの壁の向こうに行くわ」
 イブはそう言って、ペトラと壁へと視線を動かした。
 あの壁の向こうに何があるのか? イブはきっとそれを知っている。
 しかし、彼女はあえてそれをここで語ろうとはしなかった。
「ペトラには、真実を知る権利があるわ。自分が誰なのか。自分が何者なのか。そして自分が生まれたきた理由は何なのか」
「………………」
「だから、行かなくてはならない。彼女自身のために」
 イブはベルネッサを見返した。
 理解を促すその目に、ベルネッサは一つしか答える言葉を持っていなかった。
「……わかった。それじゃあたしたちは、先にアダムを止めに行く」
「全てが終わったら、必ず追いかけるわ。それまで、持ちこたえて」
 イブに懇願されて、ベルネッサはしかとうなずいた。
「行きましょう、みんな」
 ベルネッサが皆をうながし、仲間たちが階段の向こうに消えていく。
 イブとアルクラントはそれを見届けてから、ペトラのもとに近づいた。
 一連のやり取りをペトラは見ていなかったようだ。アルクラントの手が肩に触れたことで、ようやく意識が現実に戻ってきたらしい。
 びくっとなって振り返ったペトラを、アルクラントは暖かい眼差しで見つめていた。
「この向こうに、あなたの真実があるわ」
 ペトラにそう言って、イブは壁に触れた。
 すると、彼女の胸の中にある何かが光るとともに、壁も同じように輝き出した。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………

 壁がぱっくり割れて左右に開いた。
「行きましょう」
 イブにうながされて、ペトラとアルクラントは扉の向こうに足を踏み込んだ。



「ここは、もう長いこと使われていない研究室なの」
 部屋に入ってからすぐに、イブがそう説明した。
 様々な実験器具やテーブルが並ぶそこは、確かにいかにも怪しげな部屋といった雰囲気がある。
 部屋の中のものは全て埃を被り、蜘蛛の巣が部屋の隅という隅に張られている。
 その研究室の奥へ向かうと、そこにはたくさんのコンピュータが並んでいた。
 そしてそのコンピュータから伸びたケーブルにつながっているのは、無数のカプセルだ。
「これは……!」
 カプセルの中に眠っている者を見て、アルクラントが思わず声を出した。
「そう。そこに入っているのは全て、ペトラと同じ機晶姫。超攻性特化型機晶兵として造られた者たちよ」
 イブがそう言ってカプセルの一つに触れた。
 指先で埃が舞い落ちて、透明なカプセルの中身がハッキリと分かるようになる。
 ペトラとまったく同じ姿の少女が眠っていた。
「…………」
 ペトラは呆然と立ち尽くしている。
 一瞬だけ彼女に視線を送ったイブは、続きを口にした。
「超攻性特化型機晶兵――イグニスト02(ツー)。それが、この娘たち、そしてあなたがここで名付けられた製造名称よ」
「イグニスト02……」
「あなたは私たちにとって予想外の出来事だったわ、ペトラ。イグニスト02は元々、戦いだけに特化した戦闘マシーンとして開発されたのに……あなたはなぜか、自分の意思というものを持ってしまった」
「それは、もしかして機晶石のせいなのか?」
 アルクラントがたずねた。
「分からない。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ、機晶石には確かに“意思”と呼べるようなものが存在しているんじゃないかと言われていたし、私自身も同じようなもの……。もしかしたら機晶石に宿るものが、こうして数々の奇跡を起こしているのかもしれないわ」
 イブは目を俯けながら歩き、コンピュータの電源を入れた。
 モニタに映ったのは、映像記録だった。
「おい、引っぱるなって!」
「ほらほら、ペトラ! あなたもこっちいらっしゃい!」
「えっ、で、でもっ……あたし……」
「いいからいいから!」
 白い白衣に身を包んだ見知らぬ数名の男女たちと、中心に笑っているペトラがいる。
(『あたし』? 『僕』じゃないのか……)
 アルクラントは、ペトラの口調が今とわずかに違うことに驚いた。
「えー、本日ついに彼女の名前が決まりました! ほら、見せてあげて!」
「う、うん……」
 映像の中のペトラが服の袖をめくると、そこに記号が書かれている。
 ハッとなって、現実のペトラも袖をまくった。
 そこに書かれていたのは『Pe−TOR/A』の文字だった。
 とはいえ、文字は時間の経過でわずかに削ぎ落ちてしまっていて、読み取れるのは『Pe−T R/A』だけだったが。
「ペイター/Aっていうのが正式名称だけど、ちょっと味気ないもんね。というわけで、ペトラって読むことにするわ」
「発表前に、随分と言ってたじゃないか」
「あら、そうだったっけ?」
 女性研究員と男性研究員のやり取りに、笑いあう研究チームたち。
 その中にはペトラの姿もある。穏やかな口許で笑っている。幸せそうだ。

 ブツン……――

 やがて映像は消えて、部屋の中に静寂が戻ってきた。
「これが、あなたの全てよ、ペトラ」
「……イブ……」
 アルクラントはそこで初めて気づいた。
(似ている……)
 研究チームにいた女性の一人に、イブは似ているのだ。
 戦闘装束のような姿と白衣とのギャップ。それに映像の粗さで気づきにくいが、確かに彼女はあの中で笑っていた女性だ。
「みんな……死んじゃったの……?」
 しばらく立ち尽くしていたペトラは、ぼそっとそうつぶやいた。
 視線はゆっくりと周りのカプセルに動いていった。同じ姿の仲間たち。それが全て眠っている。
「イグニスト02たちは、攻撃力に特化した代わりに、見境なく敵を襲う危険性が発見されて製造が中止されたの。コントロールが難しくてね。いまの飛行機晶兵を量産するほうがまだ賢いわ」
「それじゃあ、生きてるの?」
「……壊れてないって意味じゃあ、そうね。だけど、あなたと彼らとでは違いがありすぎる」
「それじゃ、他のみんなは?」
 ペトラは顔をあげた。
 イブはフードに隠れたその視線に見つめられる。
「……死んだわ」
 イブの声が澄んだように響いて、ペトラは一瞬びくっと震えた。
「ペトラ、君は……」
 アルクラントはペトラの頬から流れているものに気づいた。
 それは涙だった。機械には為し得ない粒の輝きが、彼女の頬を伝って地面に零れていた。
「マスター、教えて……」
「…………」
「哀しいって、なに? 怖いってなに? この、胸が張り裂けそうな傷みって、なに?」
 ペトラはぎゅっと胸を握りしめた。
「許せないよ、僕……。初めて、許せないって思ったよ……」
「ペトラ……」
「う、あぁ…………あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……――」
 ペトラはわんわんと泣いた。
 アルクラントが彼女を抱きしめる。ペトラはその胸で泣き続けた。
 彼女の胸にある機晶石が、わずかに、哀しげな色の光を放っていた。