なし

リアクション

第３章　天空の騎士　５

「はあああぁぁぁぁっ！」
　気合いを迸らせて、刃を放ち続けたのは柊　真司（ひいらぎ・しんじ）だった。
　手の甲に刻まれた陽炎の印というものが、彼の体内エネルギーをコントロールして光の刃を生み出している。
「このこのこのこのこのっ！」
　その真司をサポートするのは、当然のことながらリーラ・タイルヒュン（りーら・たいるひゅん）だった。
　彼女が放つ火炎放射や、液体金属状になって姿を変えたアブソービングドラゴンがアダムを捉えようとする。
　真司はその隙を突いて攻撃を仕掛けるのだ。
　が、アダムはそれらを全て受け止めていた。
「フハハハハァッ！　その程度か、真司とやら！」
　驚異的な身体能力とスピードだ。真司たちの目でも中々捉えることが出来ない。
「くっ、ヴェルリアっ！」
「行きます」
　真司に呼びかけられたヴェルリア・アルカトル（う゛ぇるりあ・あるかとる）が、ＰＢＷと呼ばれる念動支援兵器を使った。

　ヒュンッ！　ヒュヒュンッ！　ドウウウウゥッゥ……――！

　浮かびあがった念動球のような物体が、コの字状に変形した瞬間、一瞬でレーザーを放つ。
「フンッ！」
　しかしアダムは、すかさず後ろに飛び退いてそれを全て避けきった。
「念動兵器とは、厄介だな……」
「それだけじゃないよっ！」
「！？」
　アダムの後ろに回っていたのは、榊　朝斗（さかき・あさと）だった。
「はあああぁぁぁぁっ！」
　鋼の蛇と呼ばれる紐のついた杭の様な短剣が、瞬時に距離を伸ばす。
　短剣の先は無数の細かな返しがついており、食い込めば敵をなかなか離すことはない。

　グシャアァッ！

「ぐおおぉぉっ！」
　短剣が腕に食い込んだアダムは、激痛に叫んだ。
「やった、かかったっ！」
「朝斗、そのまま離さないでよっ！」
　喜びに顔をほころばす朝斗の後ろから、退魔槍エクソシアを持ったルシェン・グライシス（るしぇん・ぐらいしす）が飛びだした。
「アイシスっ！」
「わ、わかってます！　いきますよ！」
　朝斗に呼びかけられて、アイビス・エメラルド（あいびす・えめらるど）が口を開いた。

　キュオオオオオォォォン……――！

　波紋を生み出すアイビスの声が、アダムに襲いかかった。
「ぐああぁぁぁ……」
　魔力を含んだ声はアダムに重圧を与える。
　重くのし掛かる声のパワーにアダムが動きを鈍らせたところで、ルシェンが頭上から槍を振りかぶった。
「これで、とどめっ！」
　魔を祓うと言われている聖なる槍が、アダムに迫る。
「この……こしゃくなッ！」

　ズガアアァァァァンッ！

　アダムの硬質化した片腕が、槍の刃を受け止めた。
「なんですって……！？」
　ルシェンの動きが止まり、愕然とした声がこぼれる。
「貴様ら下等生物ごときの攻撃が、私に通用すると思ったかあぁぁッ！」
　アダムはそのまま槍を掴みあげると、ルシェンごとそれを投げ飛ばした。
「きゃあああぁぁぁぁ！」
「ルシェン！？」
　朝斗が目を見開くその前で、

　ドゴオオォォォォン！

　ルシェンは壁に叩きつけられる。
「ルシェンっ！」
　朝斗は急いで彼女のもとに駆け寄った。
「朝斗っ！　ルシェンは……」
　遅れてアイビスも彼女のもとにやって来る。
　しゃがみ込んでルシェンの身体を抱いていた朝斗は、彼女が呻いているのを見てから言った。
「……大丈夫。息はある」
　しかし、確実に深いダメージを負ったのは確かだ。
「くそっ……アダム、なんてことをっ！」
　朝斗は怒りをむき出しにした瞳で、アダムを睨みつけた。
「悔しいか？　だが所詮はそれも無意味だ。私の前では、全てが消滅する」
「あんたって人は……命をなんだと思ってるんだ！」
「命だと？　そのようなもの、存在しないも同然だ！」
　アダムは両手を広げ、雄々しく叫んだ。
「やがては私が全てを再構築してやる。この世界を消滅させてな」
「生憎だけど、そんなことはさせたくねえんだな」
「なにっ？」

　ガイイィィンッ！

　頭上から襲いかかったのは神狩りの剣の刃だった。
　アダムはそれをかろうじて腕で受け止める。
　スタッと、アダムの前に十文字　宵一（じゅうもんじ・よいいち）が着地した。
「貴様は……」
「おっと、名乗る名前なんてもんはない。こちとらしがないバウンティハンターだ。あんたには恨みはないが、止めるのがこっちの仕事……全力でやらせてもらう」
「リ、リーダーっ、待ってくださいでふ〜！」
　ズダダダッと、遅れてリイム・クローバー（りいむ・くろーばー）やコアトー・アリティーヌ（こあとー・ありてぃーぬ）がやって来た。
「おっそいぞ、リイム、コアトー」
「ご、ごめんなさいでふ……」
「ワタシは急ぎましょうっていったんだもん！　でも、リイムちゃんが……」
「あっ、ひ、卑怯でふっ！　僕だって急いだんでふっ！」
「はいはい。二人とも、ケンカしないの」
　言い合いをする二人（二匹？）を、ヨルディア・スカーレット（よるでぃあ・すかーれっと）がなだめた。
「敵を倒すに変わりはないんだから、ね？」
　彼女がそう言うと、リイムもコアトーも睨むような目でアダムを見る。
　宵一も剣を構え直して、アダムを見据えた。
　と、その宵一が背後にいたベルネッサとフェイ・カーライズ（ふぇい・かーらいど）に声をかける。
「ベル、フェイ、頼んでもいいか？」
「なに？」
「あんたたちの武器は射撃武器だ。接近戦は出来ないだろう？　だから、俺たちが接近戦に持ち込んで隙を作る。その隙を、確実にそれで撃ち抜いてくれ」
「……了解」
　ベルネッサとフェイはお互いにうなずくと、拳銃と長銃を構えた。
　神狩りの剣の切っ先を向ける宵一を見たアダムは、面白そうに笑みを浮かべる。
「ほう、この私に接近戦を挑むか。よかろう」

　キュゥイイィィンッ……

　アダムが両手を前にかざすと、そこに突如として剣と盾が生まれた。
　鮮やかな紅玉と藍色に輝く機晶石の剣と、同じく機晶石の盾だ。
「騎士に伝わる機晶剣『エンリル』、そして盾『ニンフルディク』……この二つをもって、貴様らを打ち倒してやろう！」
「やれるものなら――」
　宵一が身構えた。
「やってみやがれっ！」

　ドンッ！

　瞬間、彼は地を蹴ってアダムへと接近した。
「リイム！　コアトー！」
　ヨルディアがタイミングを計って呼びかける。
「はいでふっ！」
「いくもんっ！」
　二人は返事をすると、一気に飛びだした。
　ヨルディアもそれに続く。彼女はホワイトアウトの魔法を使い、吹雪を巻き起こした。

　ゴオオオオォォォ！

「くっ！」
　吹雪によって視界を遮られたアダムは、すぐにその空間から逃げようとする。
「させませんわ！」
　しかしヨルディアは、エバーグリーンと呼ばれる魔法を唱えた。

　ギュオオオォォォォ！

　魔力を注ぎ込まれた世界樹の苗が、一気に蔓を伸ばしてアダムの足に絡みついた。
「なにっ！？」
　アダムが驚愕するや、リイムとコアトーが彼の懐に近づいていた。
「いくでふよっ！」
　リイムが融合機晶石フリージングブルーをその身に溶け込ませる。

　ズガァァァンッ！

　放ったのは、イーダフェルトソードによる絶零斬だった。
　フリージングブルーの冷気に加え、もともとの技の冷気がその斬撃に重なる。
　機晶石の盾「ニンフルディク」が氷によって覆われてしまった。
　その隙を突いて、コアトーの腕にあった金属の輪が光を放つ。
「ワタシだって、やるときはやるもん！」
　光が拡散するや、コアトーのスピードとパワーがぐんと飛躍した。

　ズガァァァァァァァンッ！

　融合機晶石フリージングイエローの力によって増した電撃が、アダムの身体を打つ。
「ぐおおおぉぉぉ……！」
　盾を放り投げたアダムに、宵一が剣を放った。

　ガイイィンッ！

　宵一の剣が機晶剣エンリルとぶつかり合う。
「どーだっ！　見たか、俺たちの連携パワーをっ！」
　宵一は叫び、剣を握る手に力を込めていった。
「くっ……この……たかが人間風情がっ！　世界を支配する私に、逆らうというのかッ！」
「出来るものなら、やってみな！　たとえあんたが何者であっても、俺は最後まで足掻き続ける！」
「ぐおぉ……」
　アダムは徐々に宵一の力に押されつつあった。
　後ろにさがって体勢を立て直すことを考える。が、その前に、背後に現れた人影があった。
「おっと、そうはさせないぜ」
「なにっ！？」
　それは柊　恭也（ひいらぎ・きょうや）だった。

　ザシュウゥッ！

　いつの間にか後ろに回り込んでいた彼は、カムツカと呼ばれる剣をアダムに突き立てた。
　背中から貫かれたアダムは、苦痛に叫び声をあげた。
「ぐおおおおぉぉぉ……！」
　カムツカはその刀身の長さが恭也の意思で自在に変化する。
　ゆうに二メートルはあろうかという長さに伸びたそれに貫かれた痛みは、想像に難くない。
「ふんっ……そいつはおまえが今までぶっ殺してきた分の痛みだよ」
　恭也は吐きすてるように言って、ベルネッサたちを見た。
「いまだ、ベルネッサっ！　撃ちやがれえええぇぇぇ！」
　と、同時である。
「ベルっ！」
　綾那に介抱されていた某が、痛みをこらえて立ちあがっていた。
　その手にはベルネッサが持ってきていた通信機があった。
「ダリルから連絡だ！　アダムの弱点は、まだ一体化されきってない機晶石だ！　それを破壊すれば……！」
「機晶石ね！」
　ベルネッサとフェイは銃砲をアダムにセットした。
（機晶石……どこ……？　どこにあるの……？）
　それはアダムの体内にあるものだ。外側からでは視ることが出来ない。
　が、二人の背中を康之が叩いた。
「大丈夫だ、お前たち二人ならやれる！　気合いを入れろ！」
「言ってくれるじゃないのよ、康之……ま、任せといて」
　フェイは返答してから意識を集中させた。
　瞬間、ベルネッサとフェイ。二人の声が重なった。
「見つけた！」
　ベルネッサはライフルの、フェイは曙光銃エルドリッジの引き金を引いた。

　ドウウゥゥ……――――ッ！

　二つの銃弾がアダムの胸の中心にある赤い輝きを貫いた。
「ぐおおおおおおぉぉぉぉぉっ！」
　赤い輝きが霧散して消え去ったとき。
　アダムの身体はしゅうしゅうと音を立てて溶け出し、彼の絶叫が響き渡ったのだった。

「ぐ……おぉぉ…………」
　仰向けに倒れているアダムは苦しそうに呻いている。
　見るも無惨な姿であった。身体中のあちこちに酸をかけられたような穴が空いている。
　しゅうしゅうと音を立てて、いまも徐々に身体を失おうとしている彼を、ベルネッサたちは見下ろした。
「これで本当に終わりね、アダム……」
「終わり……？　終わりだとッ！？　そんなもの、私は認めん！」
　立ちあがったアダムは、ベルネッサたちから距離を取った。
「すでに、無転砲のカウントダウンは始まっている！　残り数秒もあれば、貴様らごとこの浮遊島も……！」
「なんだと……っ！？」
　某が愕然とした。
　そう。アダム完全に滅ぼすまで、無転砲は止まらないのだ。
　アダムは後ろへと徐々に引き下がり、培養槽前の制御盤に手を伸ばした。
　モニタに映ったのは残りのカウントダウンだ。
「フッ……ハハハハッ！　ハハハハハハハ！」
　残り５秒の数値が一秒ずつ刻まれていく。

　５、４、３、２、１……――――

　しかし……
「ハ、ハハハハ……ハ…………？　な、なぜだ？　なぜ、発射しないっ！？」
　時が止まったかのように、カウントダウンは静止していた。
「無駄よ、アダム。何もかも」
　そのとき言い放ったのは、最上階に現れたイブだった。
「イブっ！」
　喜びを口にするベルネッサたち。
　イブの後ろには、ペトラとアルクラントの姿もあった。
「貴様は……！」
　アダムは驚愕に目を見開いていた。
「無転砲はとっくに他の仲間によって破壊されたわ。これで全てが終わった。あなたの理想もね」
「ぐっ……」
「もう何百年も前、あなたに私は言ったはずよ。いつか、あなたでさえ予想のつかない相手が、あなたの理想を止めるときが来ると。それが今日だった。……もう、終わりにしましょう、アダム」
「終わりにだと……！　そんなこと、させてなるものか！」
　アダムは狂乱するように叫んだ。
「私はこの世界を変える！　変えてみせる！　イブ……！　貴様を失ったこの世界を……ッ！」
「誰もそんなもの望んでいなかった！　アダム！　終わったのよ！」
「終わっていない……！　終わっていないのだああぁぁぁぁぁ！」
　アダムは叫び、朽ち果てかけた身体でベルネッサたちへ襲いかかってきた。
　最後の力を振り絞り、ベルネッサの前に突撃してくるアダム。
　ペトラがその前に立ちはだかった。
　――フードが、外れている。
「ヤアアアァァァッ！」

　ズゴオオオォォォ！

　ペトラが叫び、その腕から伸びた鉤爪でアダムの身体を貫いた。
「ぐ、おぉぉぉぉっ！」
　アダムはそれでもなお抵抗の意思を示し、手刀でペトラの背中を狙う。
　それを防いだのは、ベルネッサの長銃だ。

　ズガアアァァァァァン！

　父の形見のライフルは砕ける。
　が、ベルネッサは残された半分の銃身で、アダムを殴り飛ばした。
「これは、父さんの分！」
「これは……みんなの……僕の家族の分だああぁ！」
　ペトラの鉤爪が、アダムを真っ二つに切り裂いた。
　血塗られた赤色に輝く彼女の目は、それまでの彼女の雰囲気とは打って変わり狂気を宿している。
「うあああぁぁぁぁぁ！」
「ペトラ！？　急いで、フードをっ！」
　暴走を続けようとしたペトラを見て、ベルネッサが呼びかけた。
　アルクラントがベルネッサと一緒になって、ペトラのフードを被せる。
「ペトラ！　落ち着け！」
「フー……フー……ッ！　う……うぅ…………」
　フードごと彼女の頭を抱きしめていると、やがてその呼吸が次第に落ち着きを取りもどしてきた。
「ぅぅ……僕……僕…………」
「大丈夫だ、ペトラ。私がついてる……。ずっと……」
　泣きじゃくるペトラを、アルクラントはきつく抱きしめ続けた。