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【蒼空に架ける橋】第4話 背負う想い

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【蒼空に架ける橋】第4話 背負う想い

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■第32章


 一方そのころ、参ノ島にある放送局の入ったビル内では、ミツ・ハの取り計らいでバイトスタッフとしてもぐり込むことに成功した榊 朝斗(さかき・あさと)が忙しく立ち働いていた。
 大小の撮影用魔法具がそこかしこに配置された広いスタジオが狭く感じられるほどそれを操る大勢の人間があふれ返り、空調は故障しているのではないかと疑うほどの熱気に満ちている。
 そこで朝斗は一番の下っ端なので、すべての命令を聞かなくてはならない。
 これから撮影するのは生放送、一発撮りだ。あえてそれを選んだ意図はさておき、おかげで現場は猛烈な忙しさにてんてこ舞いで、だれもが鬼気迫る勢いになっている。
「遅いぞバイト! いつまでかかってんだ!! 仕上がるのは明日の朝か!!」
 ほとんど怒鳴りつけるような威勢の声に「はい、すみません!!」とこれまたたたきつけるような声で返答をする。すっかり朝斗も現場の熱気と人々の発散する雰囲気に飲まれ、今の自分を顧みる余裕もない状態で、とにかく命じられた雑務をひたすらこなしていた。
「大丈夫? 朝斗」
 足を引っかけて転ばないよう、床を縦横に走るコードの整理をしていた朝斗が、余分なコードを巻き取って目立たない隅に運んでいるのを見て、ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が飲み物を手に近寄った。
「これでも飲んで。水分補給はしっかりしないとね」
「ありがとう」
 差し出されたそれを飛びつくように受け取って、がぶがぶのどに流し込む。
 ひと息つくのを待って、濡れタオルを汗の吹き出た額に押しつけるようにして拭いてあげながら、ルシェンは訊いた。
「それで、どう?」
「うん。今のとこ、それらしい人物はいないかな」
 ちょこちょことスタジオじゅうを走り回りながらもしっかりディメンションサイトであやしい動きをする者はいないか警戒していた朝斗は、慣れない仕事である上そちらからくる精神的負担も相俟って、相当疲労していた。
 大きく息を吐き出し、ちょっとだけ、と背中を壁に預ける朝斗を、周りから見えないようさりげなくルシェンがしゃがんで隠す。
「ルシェンの方は? サク・ヤさんはどうしてる?」
「今、セットで打ち合わせ中」
 肩越し、ルシェンが視線を走らせた方に目を向けると、スタジオ内につくられた応接間のようなセット内で、サク・ヤとカナヤ・コがチーフプロデューサーやカメラマンと、台本を手に番組進行の打ち合わせをしていた。その体に隠れるようにして立っているため見えにくいが、向こう側には進行役の男性と並んで、布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)の姿もある。
「あれだけ目立つ場所で犯行に及ぶようなことはないでしょう。一応、セットの裏に潜もうとしたりする者がいないか、アイビスが警戒してるわ」
「そっか」
 彼らはここで、弐ノ島から機晶石が採掘されたことを発表することになっていた。それにより、弐ノ島は一躍脚光を浴びることになる。これまで浮遊島群で――率直な言い方をすれば――一番のお荷物のように見られていた何もない島が、まさに文字どおり、浮遊島群を救うことになるのだ。
 しかもその功労者として地上人が取り上げられる。地上人のイメージダウンを狙っている敵側とすれば、面白くないだろう。
「絶対妨害者は現れる。気を引き締めていこう」
「ええ、朝斗」
 カラのグラスを差し出され、それを受け取ると同時に、あきらかに朝斗に向けてと思われるアシスタント・プロデューサーの男の声が響いてきた。
「おいコラ、バイト! どこに消えた!?」
「ここです!
 休憩終わり。僕はもう行くから、ルシェンも行って」
「分かったわ」
 2人は再び分かれて、それぞれの持ち場へと向かう。
「やらなきゃいけねぇことは山ほどあるんだぞ、新入り!」
「すみませんっ」
 駆け寄ってくる朝斗をイライラと待ちながら、男はぶつぶつつぶやいていた。
「この忙しいときに、一体もう1人のバイトはどこへ消えちまったんだ。まったく、人事部のやつら、使えねえやつを送り込んできやがって」


 その消えたもう1人のバイト――アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)はどうしているかといえば。スタジオを出て、人目につかない廊下の端の階段の影で、背中を丸めて気配を殺していた。
 もちろん殺人的忙しさにこき使われるのを敬遠してちゃっかり、というわけではない。(それもあるとは思うが)
 魔珠『タクティリス』でルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)からテレパシーを借りたアキラは、週に1便しか出ない南カナン行きの船が待てないと密漁者の船を雇って地上へ戻った東カナンの騎士カディル・ジェハド・イスキアと連絡をとっていたのだった。
「なぜカディルなんじゃ?」
 カディルを通して地上に警告を送りたいからテレパシーを貸してと言ったとき、ルシェイメアは率直に疑問を口にした。
「その父親のオズどのの方がよほど領主に近かろう。東カナン12騎士で騎士長といえば、領主どのの次の次くらいの権力者じゃ」
「だって、隊長めんどくさがりなんだもん」
「それはそうじゃが。こんな事態になってまで……まあよいか」
 べつにカディルだと悪いわけでなし。ルシェイメアはアキラにツッコミを入れることをあきらめた。
 それに、浮遊島とゆかりのあるカディルの方が深刻に話をとらえてくれるだろうと。
 実際、アキラからテレパシーを受けて事情を聞いたとき、カディルの声は真剣さを増した。
 ――浮遊島が砕かれてその一部が地上に落下するというのはたしかに由々しき事態だが、おまえ、その証拠は掴んでいるのか?

「ない!」
 アキラの即答に、カディルはのどの奥で声にならない声でうなったようだった。
 ――ちょっと整理させてくれ。おれが間違っていたらそう言ってほしいんだが、つまり、そちらで大罪人として名高い男が「オオワタツミは近々浮遊島群を破壊するつもりだ。そうなったら砕かれた浮遊島群は地上に落下するぞ」と推測を口にしたので、それを警戒してほしいと?

「まあ、そうなるかなー。あ、あと、もし国家神ぱぅわーとかでバリアみたいなのを上空に張れるんだったら、それもしてほしいかな」
 昔、そんなことをして敵のグラビトン攻撃からキシュを守ったというのを聞いたおぼえがあるような気がして、とりあえず言ってみた。調子のいいことこの上ないが、この際打てる手は何だって打っておかないと、だ。
 ――おまえ、何の証拠もないただの疑惑で、領主や国家神を動かせというのか!? しかもその結果、浮遊島群とシャンバラ、カナンの後々の関係にひびを入れかねないんだぞ!?

 国家間問題となる、その責任を負えるのか? と言外に問われて、アキラは口をつぐむ。
 最高権力者である国家神、そして領主を動かすというのはそういうことだ。非公式ならば気軽に「ちょっと自転車貸してー」とか言いあうこともできるが、その権力を用いるよう進言するとなると、到底それではすまない。彼らのふるう力は強大であり、その波及力は多方面に及ぶがゆえに、軽々しく扱うことはできないのだ。
 たしかに推測段階だが、この先そうなる確率はかなり高い。これはアキラだけでなく、大勢の者が思うところだ。しかし現状、それが分かる、空気としてひしひし肌で感じているのはアキラたちが現場にいるからこそであって、遠く離れた場所にいて浮遊島群の状況を知り得ない国家神たちに、それを信じて動けというのは難しい。
 そして残念ながら、アキラは自分がそれでも動いてもらえるだけの強固な関係を相手と築いていないという自覚もあった。
「……やっぱ、だめ? 難しい?」
 カディルはさらに強いうなりを発した。アキラの無茶振りに頭を抱えている様子が目に浮かぶほどだ。これは駄目だな、と結論づけそうになったとき。
 ――……やってみよう

 重々しい声でカディルがうなずいた。彼らへの恩義の念が言わせているのは分かったが、この際打てる手は以下略。
 ――ただし、成功する保証はないぞ。会ってもらえるかすらあやしいところだ。

「うん。ありがとな、カディル」
「その分だと成功したようじゃの」
 テレパシーを終えてスタジオに戻ろうとしたアキラを、途中の廊下で待っていたルシェイメア呼び止める。
「あー、うん。成功率は低そうだけど、まあ、俺にやれることはやったかなー、って感じ」
「そうか」
 各々が、やれることを最大限にする。成功率など二の次で、とにかく考えて、動けるだけ動くことが大事だ。
「では護衛に戻るとしようかの」
「よーっし、行くかぃ! 俺とサク・ヤさんの結婚披露会け――」
「違う」

 るしぇいめあきぃーーーっく!

「けへぶぁ!?」
 みごとな楕円軌道を描いて吹っ飛び、顔面から床に着地したアキラは、つるつるの床をそのままの体勢で滑っていく。
「なんならきさまの死亡会見でもええんじゃぞ」
 指をぽきぽき鳴らして歩み寄ってくるルシェイメアのどこにも笑いがないことに、思わず「ごめんなさい、調子に乗ってごめんなさい、生きててごめんなさい」とひたすら全力で土下座していたアキラの横に、後ろから人影が伸びた。
「あらあら。顔で床掃除するなんて、地上人はここでもユニークなのねん」
 面白がる声でコロコロと笑う、それは護衛の竜造たちを従えたミツ・ハだった。


「ミツ・ハさん、軍の方へ行ったんじゃ?」
「実戦装備で待機命令出したら何もすることなくなったから、ちょっと様子見に来たのねん。こっちはどうなのねん?」
 スタジオへの道すがら、情報交換をする。
「こっちは特に何ともなーし。
 ところでさ、ミツ・ハさん。ちょっと訊きたいことがあるんだけどー?」
「何なのねん?」
「ミツ・ハさん、クク・ノ・チと恋愛関係にあるってホント?」
 それはこちらへ来て耳にしたゴシップだった。
 ミツ・ハはそのセレブな身分のわりに私生活をかなりオープンにしている方で、しかもあれだけの外見をしていることからとかく派手なうわさに事欠かない。彼女のきらびやかな過去は、憶測も交えてワイドショーやメディアの紙面を連日にぎわせており、そのなかでも最も多彩なのが男関係の遍歴だった。
「なんでそんなことを訊くのねん?」
「んー? 好きな男と敵対してまで、よく俺らに肩入れしてくれる気になったよなあ、と思って。ヒノ・コのじーちゃんもこっち側だし。もしかしたらクク・ノ・チのやってることの方がこの浮遊島群のためになるかもしれないって、思ったりしないのかなー? と」
 ぴたりと足を止め、ミツ・ハはじーっとアキラを見つめた。
「な、なに?」
 いやん、そんなに見つめると、アキラ、ドキがむねむねしちゃう。
「アナタ、女のこと分かってないのねん。女はね……、
 額の生え際がイヤ! シャツのセンスがイヤ! 鼻の頭がテカってるのがイヤ! 食べるときの仕草がイヤ! そういったささいな事で床を這い回るGのように相手の存在すべてを否定し嫌悪できる! それが女の本質なのよ!!
「……はい……?」
 力説されて思わず退いたアキラの前、フン、とミツ・ハは鼻を鳴らす。
「それが陥れられ、殺されかけたのよん。許せるわけないでしょ。憎さ倍増ってとこかしらねん。……まあ、もともとアタシたちはそういう感情の関係でもなかったしねん。近くにいて、気が向いたら寝てたってだけねん。
 アタシ、そっちは結構さばけてるのねん。お互いそのときフリーなら、べつにいいんじゃない? ってカンジよん」
「おー。じゃあどう? 俺がここにいる間、俺と個人的な交易ルート築いてみない?」
 意気込んで身を寄せてくるアキラのほおを両手で包み込み、自分の顔の近くまで引き寄せると、ミツ・ハはにっこり笑ってこう答えた。
「あと15歳ほど年とってからいらっしゃいなのねん。アタシって強い男が好きだけど、年下ボーヤは好みじゃないのねん。
 まあ、それを撤回させるほどアナタが凄腕の持ち主なら、考えてあげなくもないけどねん」
 ぺちぺちぺち。ほおをたたいて放す。まるきり子ども扱いだ。
 おほほほほほと笑いながらスタジオへ入っていくミツ・ハを見ながら、アキラが「チェッ、ざーんねん」と笑って舌打ちをする。その後ろで、竜造と徹雄が互いに視線を合わせ、肩を竦めあっていた。