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【蒼空に架ける橋】第4話 背負う想い

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【蒼空に架ける橋】第4話 背負う想い

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 一方。
「当たりだ」
 後方を振り返り、そんな不謹慎なことをニカッと嗤って口にする者が1人。
「こんなこと、当たっていて何がうれしいんですか……」
 ぼそっと不満を独りごちたのは、茶色のおさげ髪を揺らして先頭を走るアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)だ。
「ゴチャゴチャ言ってねーで、とっとと目的の場所に案内しろ。ちゃんと用意してあんだろ?」
「……あそこです」
 アユナが指差したのは一面ガラスとなった壁の向こう、中庭だった。放送ビルのど真ん中を円柱型にくり抜いた形で設計された中庭は、どこからもこの癒し空間が見下ろせるように、上の階まで全面ガラス張りだ。
 なかへ飛び込み、竜造はぐるっと見渡した。
「広さ的には問題ないが、おいこりゃ闘技場か? 俺ら虫相撲の虫か?」
「……ちゃんと、巡回中に通路に「清掃中・立ち入り禁止」の札を置いてきてますから。見物人はいません。大丈夫です」
 何人かが無視して喫煙コーナーへ向かおうとしたが、彼らにはひぐらしのナタをチラつかせて、数日はここへ近づきたくなくなるくらい、きっちりおどしておいた。今ごろ噂として広がってるかもだから、きっといない。
 2人の会話に頭痛がすると言いたげに、こめかみに指をあてたのは松岡 徹雄(まつおか・てつお)だった。
「ちょっと待ってきみたち。どうもさっきからおかしいと思ってたけど、逃走してたわけじゃなかったの?」
「なんで俺があんなやつら相手に逃げなきゃなんねーんだよ」
「ああ、うん、竜造はね……そうだろうね……」
 次に徹雄はミツ・ハを見た。
「じゃあ、ここにきみの護衛者たちが待機しているわけ?」
「え? そんなの待機させてるわけないのねん。アタシの護衛者はアナタたちでしょ」
 こっちもけろりとした表情で小首を傾げ、徹雄の言っている意味が分からないと言いたげだ。しかし目は含み笑いにどうしようもなく輝いている。
「おまえ、分かってねーな。そんなのいたらあいつらブッ殺す邪魔になるだけじゃねーか」
「そうそう」
「ほんときみたち、こういうときは滅法気があうみたいだよね。
 きみ、今度から女竜造って呼んでいい? ゴージャス」
「口にした瞬間、頭が胴体から離れててもいい覚悟があるならいいわよん」
「いいからさっさとてめェも仕事モードに入れ。アユナ、てめーもだ。羽出して上へ上がってろ。
 来るぞ」
 今くぐったばかりの自動ドアに向き直り、男たちが入ってきたところで、ぶん、と背負っていた神葬・バルバトスを振り抜く。
 この片刃剣は巨大であるため、リーチを考えればそうせざるを得ないのだが、巨大剣を軽々と扱うその動作がすでに威嚇ととったか、灰色のマントフードの男たちが中庭に入ったところで一斉に足を止めた。
「どいつもこいつも似たような格好して、変なモンかぶりやがって。個性を持ちたいと思わねェのかねえ」
 ひとと同じ格好で同じことするなんざ、俺なんか絶対死んでもしたくねェが。
 片頬をゆがめ、ドス黒い笑みを見せる。
 そこにあるのは彼らに対する殺意でも憎悪でもなく、愉悦だ。
「逃げるのはこれまでだ。さあ、とっとと殺し合おうぜ」
 竜造の言葉を聞いた瞬間、男たちがかまえをとった。刃渡り30センチほどの小刀を持つ者がほとんどだったが、なかには小杖を持つ者たちもいる。
(あれは魔法使い、ですね)
 竜造の言いつけどおり、地獄の天使で上空にポジションをとったアユナは彼らが魔法を放とうとしているのを見て、奈落の鉄鎖をその腕目がけて放ち、動きを封じていく。しかし一瞬遅く、突然の上からの圧力に押されるかたちで前のめりにその場に倒れかかった男たちが放った火球は、竜造目がけて飛んだ。目標とした位置とは違っていただろうが、さほど差異はなかったようで、標的を違わず飛んで行く。上下左右から飛来するそれに対し、竜造は避ける動作を一切取らなかった。着弾するかに見えた瞬間、空間が水へと変化したように振動して、波紋を描いたような感覚をもたらす。
 その瞬間竜造の姿は消えさり――男たちが竜造の持つ巨大な片刃剣を警戒して取った間合いを一瞬で飛び越え、近接距離で再び姿を現した。
「!!」
「俺たちが非力なガキのようにただ逃げ回るだけだと思ってたのか? てめェらが今度こそミツ・ハの息の根止めようと狙ってくるのは、はなから読めてたんだよ」
 クク・ノ・チはシャンバラに対する宣戦布告をおどしに入れた。そんなクク・ノ・チが是が非でもほしいものは何か?
 戦力、兵隊だ。
 それがなければあんなもの、単なる夢物語のたわごとにしかならない。
 巨大兵器(オオワタツミ)1つでどうにかなる戦争なんてのはないのだ。
 それを浮遊島群で保有しているのはミツ・ハ。
 今となってはミツ・ハは絶対にクク・ノ・チに賛同しないだろうし、ミツ・ハが生きてその権力を保持しているのはクク・ノ・チにとって邪魔でしかない。ミツ・ハが死ねば生存している太守はクク・ノ・チとエン・ヤのみとなり、パワーバランスからも浮遊島群は完全にクク・ノ・チの支配下に入ることになるだろう。
 クク・ノ・チの野望のためにはミツ・ハは絶対に排除しなくてはならないのだ。
 クク・ノ・チとのつながりを調べるために、こいつらのうち何人かは捕縛しなければならないだろうが……。
「全員はいらねェ。てめェはここで血ヘド吐いて死ね」
 上段から全力で斬り下ろされる巨大な刃を、男は恐怖の目で見上げた。
 訓練のたまものか、それでも無意識に持ち上げられた小刀が、男が真っ二つにされるのを防いだ。がきんッという鋼のかち合う音がして小刀は刃の当たった場所から2つに折れて床を転がり、割られた男の肩と太ももから鮮血が噴き出す。即死は免れた。このままでは1分と待たずに失血死するのは目に見えているが。
 チ、とつまらなさそうに舌打ちを漏らしたが、うかうかとその男にかまってはいられなかった。すぐさま左右の男たちが小刀を同時に竜造に突き込んでくる。微妙に高さと角度を変えた攻撃は、横なぎするだけでは防げない。
 しかし次の瞬間、右の男が何かに気づいたように体をひねった。とっさに軌道を変えた小刀は、間合いへ飛び込んできたミツ・ハが振りかぶったサクイカヅチの一撃を受け流そうと、サクイカヅチの軌道上に寝かされる。それを見た一瞬、ミツ・ハは酷薄な笑みを浮かべた。
「銘もない十把一絡げの刀ごときが、このサクイカヅチの一撃を流せると思って?」
 ちゃんちゃらおかしいってーのよ。
 それは激突という言葉すらおこがましい接触だった。全長60センチはあろうかという巨大鉄扇は、まるで撫でるかのような動きで容赦なく小刀を粉砕する。その衝撃で体勢を崩したところにミツ・ハのひざ蹴りが顔面にヒットした。白目をむいて後ろによろけた男は、ほぼ同時に竜造の一撃を受けた左の男とかち合って、もんどりうって倒れる。
 まばたきほどの間に前列の半数、3人がやられた。その光景に、しかし敵も動じた様子はなく、襲撃で仲間が倒されるのは想定内か、倒れた男たちを飛び越えて向かってくる。小刀は竜造やミツ・ハの武器に比べれば貧弱かもしれないが、その刃渡りの短さから早い切り替えしが可能だ。それゆえに、瞬間攻撃は有利と見たのだろう。
「そりゃ、実力にほとんど差がないやつら同士の場合だ」
 そんな思考からの特攻はくさるほど見てきた。冷たく嘲り、水平に寝かせた神葬・バルバトスをゼロ距離で振り斬る。その速さは男たちの理解の範ちゅうを超え、動体視力をはるかに上回っていた。よけるどころか、いつ斬られたのかも分からなかっただろう。
 しかし竜造もまた、あなどっていた。男たちは死をも覚悟でミツ・ハをとりにきていたのだ。
「太守……お覚悟です……!」
 割られた腹から血を噴き上げながらも、男たちは仮面で隠されていてもそうと分かる、決死の形相でミツ・ハへと肉薄する。ミツ・ハが片腕であることから、その攻撃の大半は彼女の左半身に集中していた。
 大半はミツ・ハの放った雷撃が始末した。しかしその雷撃をもくぐり抜けてきた男が、小刀を振りかぶる。だが次の瞬間、びくんと男は体をひきつらせた。勢いづいていた分、前後に揺れるが手を振り下ろせない。男はナイフが突き立てられたような衝撃と激痛を感じた己の胸を見たが、そこに思ったような得物は何もなかった。
 自分に最後の一撃を与えたのが何なのかを悟れないまま、血を吐いてその場に倒れて動かなくなった男の影から、徹雄が影縫いのクナイを引き抜く。
「無事か、ゴージャス」
「ええ」
 まだ暴れたりない、この腕のお返しをしきれてないとの不服を伝えるように、その声は不満たらたらだ。それを徹雄は無視して、アユナの奈落の鉄鎖でうつぶせになったまま動けないでいる男の元へ向かった。
「白状させる、って、1人でいいですよね」
 降りてきたアユナが男たちを見下ろしてぼそりと言う。
 口の端には、小さく笑みが浮かんでいる。
「残りは……始末しちゃってもいいですか?」