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【蒼空に架ける橋】第4話 背負う想い

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【蒼空に架ける橋】第4話 背負う想い

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 くだんの爆発の主は、だれあろう十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)だった。
 正確には少し違うが、似たようなものだ。

「うお!?」
 爆発音と振動、そして奥の曲がり角からかすかに見えた光と床を這う黒煙に目を瞠り、硬直する。
「みゅ〜? お兄ちゃん、どうしたの?」
 その様子に、毛皮をまとった白蛇型――ただし手が4本ある――のギフト、コアトー・アリティーヌ(こあとー・ありてぃーぬ)が足元でフクロウがよくするように首をくるっと横に倒した。上目遣いで宵一を見る。しかし宵一はいまだ爆発のした方角に意識を奪われたままだ。
 長いつきあい、リイムはピンときた。
「何か失敗したでふね? リーダー」
「……いや、失敗はしてない。断じてしてない、と思う、ぞ……うん」
 あれは失敗じゃない。ぞでぃあっくさんは、もともと陽動をさせるために向かわせたんだし。ただ、思った以上に近場でやったなー、って……。しかも爆発とか。
 しまったなあ、と一瞬しかめた顔を、リイムは見逃さなかった。
「リーダー?」
 怪訝そうに見るリイム。その瞬間。
 ブッ、と吹き出す声が聞こえた。
 声のした方を見ると、壁に手をつけたウァールの丸まった背中がぶるぶる震えている。どうもツボに入ったらしく、爆笑したいのを我慢しているらしい。
「ウァール?」
「笑いたいときは笑っていいんでふよ」
「いやーーーもう、おまえらさいこーー!」
 わははははははははは!!
「うん、おかしいのはすごーくワイも分かるんだけどねぇ?」
 自在刀で肩をトントンしながら七刀 切(しちとう・きり)が言葉をはさむ。
「今はそれどころじゃないんじゃないかな」
 ちょいちょい、と指差した後ろの方では、こちらへ駆けつけてくる随身たちの足音がしていた。それもそのはず、ぞでぃあっくさんが爆発した先は今いる廊下を通りすぎた先だ。反対方向で陽動させようと向かわせたら爆発したのだから。
 足音がしている廊下は、ちょうど自分たちが向かおうとしていた廊下で、そのことに気づいたウァールもさすがに笑いを消し、表情を引き締めた。
「突っ切るしかない、かな」
 セルマ・アリス(せるま・ありす)は嘆息をつき、全員にゴッドスピードをかけた。
「ワイが先頭をいく。ウァールを中心に腕に覚えある者で左右固めて。――あ、ルーンさんはワイの後ろで、ちょっとヤバそうと思ったら手を貸してね」
「はいはい」
 ルーン・サークリット(るーん・さーくりっと)が面倒そうに返事をする。
「ほいじゃあ、行くよぉ」
 先頭を切が、そしてしんがりに神狩りの剣を抜いた宵一がつく。そうして走り込んでくる彼らを見て、随身たちは驚きの表情を浮かべた。見つかった侵入者は逃げるとばかり思っていたのだろう。しかも彼らは人間技と思えない速度でまっすぐこちらに突っ込んできている。
 廊下いっぱいに広がっていた彼らは、互いが邪魔で避けることも不可能だった。もともと避けて不法侵入者に道を譲ることは許されない立場だが、困惑した人間の行動とは得てしてそんなものだ。
「くそっ」
 あわてて抜いた刀に切が伸ばした自在刀がかち合った。
「ほいっと」
 手のなかから絡め抜いて飛ばすと同時に間合いを詰め、腹に肘を入れる。引き戻す動きでとなりの男の刀を下から切り上げて弾き、あいた脇にみぞおち目がけ柄を入れた。
 ぐ、とうなって2人は後ろの者たちを巻き込みながら左右に倒れる。開いた前方に、そのまま駆け抜けようとしたときだった。
 通り過ぎた側路から火球が飛んで、ウァールの背中を焼いた。突然走った痛みにウァールは息が詰まり、足をもつれさせて派手に転倒する。
 周囲を囲まれるようにして中央を走っていたものだから、重要人物と思われたのだろう。
「ウァール!」
 リイムたちが床で苦しむウァールに目を奪われるなか、ルーンが冷静に、第二、第三の火球に対し氷術をぶつけて追撃を阻害する。
「みゅ〜っ」
 宵一が女神の右手で守るなか、コアトーがすぐさま慈悲のフラワシを呼び出してウァールの背中を癒した。しかし、これで完全に彼らの足は止まってしまっていた。
 動揺から立ち直った随身たちが前後を固めたところで側路から先ほどの火球を飛ばした法術使いらしい者が出てくる。
「ここより先、進むことはまかりならぬ」
 法術使いが重々しい声で告げた。
「ここは奥宮。太守の許可なくして入ることは許されぬ。クク・ノ・チさまより追って沙汰あるまで、きさまたちは牢に入ってもらう。――連れて行け」
 随身たちに命令するため、法術使いの視線が彼らから離れた。その一瞬の隙を、切は見逃さなかった。自分たちに刃を突きつけている随身たちに向け、刀を鞘走らせる。
 涅槃寂静――動体視力では追えない速度で走った刀が、すべての刀を薙ぎ払う。目にした者はすべからく、光が走ったと知覚したのではないだろうか。刃と刃がすれ合う金属音は1音しかなかった。しかし、切の刀が鞘に納まったとき、随身たちの刀はすべて真っ二つに断ち切られていた。
「ここはワイに任せて、行け!!」
 いつの間に折られたのか。あきらかに狼狽している随身たちに油断なく目を配りつつ、切は自在刀をかまえる。
「でふが――」
「おれ、走れるよ……」
 ウァールが身を起こし、リイムを肩に乗せた。それを肩越しにちらと見て、それがやせ我慢でないのを確認すると、切は肩を軽く竦めて見せる。
「こっから先は任せた。だからまぁ、ここはワイに任せてくれよ」
「……分かった」
 ここで押し問答をし、もたつくのは時間のロスだ。潜入はバレてしまっている。じきにここにはもっと大勢の者たちが駆けつけてくるに違いない。
「ここは頼みます!」
 セルマが再びゴッドスピードをかけて、全員が奥へ走り出す。直後、法術使いの放った雷が宙を走って彼らを追ったが、コアトーが生み出したアブソリュート・ゼロの氷壁がそれを阻んだ。
「おい、待てっ!」
 彼らを止めようと、一歩踏み出したところで見えない空気の刃を受け、随身たちの袖がはらりと落ちる。
「あんたたちはワイが食い止めるってーのは、察することができたと思ったんだけどねぇ?」
 にっこり笑って。切は低いかまえから一歩で間合いを詰め、とどまることを知らない水のごとき流麗な動きで刀をふるい始める。
「ひるむな! やつらは2人だ!」
(2人?)
 法術使いの言葉に視線を走らせた切は、仁王立ちしたルーンの姿を見つけた。てっきりみんなと一緒に奥へ行ったとばかり思っていたが。
「あなたたち、本当におばかさんね」
 切と随身たちのたてる金属音を小脇に、ルーンはあきれ返ったというように腕組みを解く。
「先からいつ気づくのかと思って見ていたのだけれど……この程度も見抜けないなんて、救いようがないわ」
 ルーンの人差指に青白い光が灯り、彼女が描くまま宙を流れる。彼らの足元は濡れていた。先の法術使いの火球を防ぐ際に一緒にばら巻かれた氷が溶解したのだ。そこを、サンダーブラストの降りそそぐ雷が走る。
「ぬう」
「あなた」ルーンの目はいまいましげに歯噛みする法術使いへと向く。「魔法と法術の違いはご存じ?」
 彼も、自分も、炎を生み出し操ることができる。しかしその生み出す過程、原理は全く異なったものだ。
 宙に描かれた魔法文字が赤々と燃える向こう側で、ルーンがうっすらと笑む。
「いい機会よ。『世界』の力を知るといいわ」



「大丈夫かな……2人、置いてきちゃったけど」
 切とルーンのことが気になって、振り返り振り返り走るウァールの頭の上からリイムが答える。
「気にすることないでふ。本当に危ないと判断したら、彼らもこっちへ逃げてくるでふよ」
「そうか?」
 もう一度後ろを見る。2人が走ってくる気配はなかった。そして、2人以外の者が走ってくる気配もなかった。切とルーンが一本道であることを利用して、食い止めてくれているのだろう。おそらくほかの者たちの目を引きつけてもくれているに違いなかった。
「あまり後ろを気にするな。俺たちにもそんな余裕はない。前を向いて、周囲に気を配れ」
 先のような不意打ちを食らわないようオートバリアをかけているが、守れるのは魔法からだ。物理攻撃や、おそらくヤタガラスには効果はないだろう。
 宵一の言葉にセルマもうなずく。
「今までは1本道だったけど、側路が出てきたし廊下の幅も広がってきてる。注意しないと」
 中門廊を通って、東対(ひがしのたい)へ。この先に正寝(せいしん)と呼ばれる殿舎がある。太守にとってとても重要な客をもてなす場だ。ここで東西対象となって伸びた釣殿、中門廊からの道は一度1つに合流する。
 東対、透渡殿(すきわたりでん)と呼ばれる廊下を通ってそこへ向かって走っていると、ふとティエンがあることに思い当たったような表情をした。
「どうしたのだ?」
「あ、うん。ここ、おじいちゃんが先に通ってるはずだよね。じゃあ牧神の猟犬くんならおじいちゃんのにおいをたどれるかな、って」
 並走していた巨大な猟犬に目をやる彼女に釣られたように、義仲もそちらを見る。
「ふむ。犬だからな。しかし肝心のヒノ・コのにおいがついた物を持っておらぬだろう」
「あ、そうか。じゃあだめだね」
 残念、というようにため息をついた、そのときだった。
 突然牧神の猟犬が鼻先にしわをつくり、険しい表情でうなり始める。
「む。敵か!」
 視線の先を追ってそちらをふりあおいだ直後、コアトーが突然インフィニティ印の信号弾を取り出して、天井と壁の境の辺り目がけて発射した。
 激しい光と炸裂音がして、壁の一部が吹き飛ぶ。その跡から闇より濃い影が動いて壁伝いに床へと下りた。そこで影が厚みのない人型となって立ち上がり、ゆらゆら揺れる。
「出たな!」
 ヤタガラスが現れるのは計算の内だった。
 宵一は距離を詰められる前にと悪霊退散を唱えて光をぶつけ、これを散らす。散った影は泥のように壁や床に飛び散ったように見えた。そしてそこで染みのように広がって、さらに2つ、3つと増えて立ち上がる。もちろん真実は、どこかにいる外法使いが3体のヤタガラスを召喚したわけだが。
「物理攻撃は見せるな! こいつら、人まねが得意だからな!」
 ヤタガラスは近接攻撃しかできない。スカージを飛ばして砕き、集積しようとするのを妨ぎながら、宵一が指示を出す。
「無理でふよ!」
 リイムが指差した廊下の向こうに、先ほどの随身そっくりの、しかし顔の上半分に仮面をつけた者たちが刀を手に立ちふさがっていた。
「式神か。こやつら雑魚どもは俺に任せておけ!」
 義仲は緑竜殺しを握り直し、持つ手を返して随神たちの元へ駆け込んでいく。その横を抜けるように、コアトーのグラビティコントロールが飛んだ。ひと足先に着弾し、重力圧で動きが鈍化した随神たちを、義仲が切って捨てる。ひらひらと舞い落ちる人型の紙の向こう、しかし新手の随神たちがこちらへ向かってきていた。
「足を止めず、振り切るしかないか」
 義仲の戦い方を見て、緑竜殺しそっくりの形の影を手につくりだしたヤタガラスを見て、ち、と舌を打つ。宵一の体から同一の、宵一そっくりの者が現れ2つに分裂するのを見て、ウァールが目を瞠った。今さら大抵のものを見ても驚かないと思っていたが……。
「それ――」
「いいからウァールは走るでふ。
 リーダー、しんがりは任せたでふよ!」
 宵一がシャドウリムの分身とでヤタガラスをけん制しているうちに、前をふさぐ随神たちを蹴散らして先へと急ぐ。
 彼らが真下をとおるのを待っていたのか。まるでクモのように天井からずるりと垂れてきたヤタガラスをリイムは見逃さなかった。
「そうそうさせないでふよ!」
 勇ましく宣言すると同時にリイムの全身がまぶしく光り輝いた。光は激しい圧を伴ってヤタガラスを打ち、散り散りにして弾き飛ばす。
 そうして彼らは東対を抜けて正寝へと飛び込んだのだった。