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【蒼空に架ける橋】第4話 背負う想い

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【蒼空に架ける橋】第4話 背負う想い

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■第33章


 参ノ島でミツ・ハより提供された――もちろん表向きは彼らが独自に交渉して傭兵ともども雇用したことになっている――武装船に乗り込んだコントラクターたちは、一路三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)の割り出した雲海域へ向かっていた。
『雲海の魔物たちとの戦闘はそいつらに任せるといいのねん。慣れてるから、大抵のやつだったらそいつらとその船だけで十分対処できるのねん』
 ミツ・ハの言葉は正しく、彼らはとても頼りになる者たちだった。
「目的の地点に着いたらそこから先はきみたちだけになるからね。それまでゆっくり休んでおくといいよ」
 船に乗り込むとき、8人の部下たちの先頭に立った長い赤毛をポニーテールにした彼らのリーダーは、リー・シウと名乗ると快活な声でそう言った。
 その宣言どおり、長い航海の間、警告ランプが黄色く灯ることはあっても緊急事態を知らせる赤が点灯することはなかった。


「何か見える?」
 姿の見えなくなった小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)を探して船内をあちこち歩いていたコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は、1階の右舷デッキで柵にほおづえをついている美羽の姿を見つけて歩み寄った。
 美羽は首を振る。
 その力ない様子に、コハクも笑顔を消した。
 そうだった、美羽はこの旅行にすごく期待していたんだ……。
 新天地。7000年鎖国していて、どこともつながりを断っていたそこは、ある意味未踏の地でもある。そこへ、たくさんのキラキラした期待に胸をふくらませてやってきた、これはトラベルだった。なのに、やっぱりここでも戦いになった。
「美羽……元気出して」
「……うん。たくさんの人たちの命がかかってことだから、やっぱり放っておくことなんてできないし……。
 でも私、こんなの思いたくない。持ちたくないよ、失望なんて」
「うん」
 コハクはそっと、包み込むように後ろから柵に手をつく。
「僕も、ここのこと、好きでいたい。だから、浮遊島群が平和になったら、また絶対旅行に来よう。浮遊島群は広いから。まだまだ、僕たちの知らない、いっぱいいいことやすてきな場所がここにはあるんだと思う。
 だから、そのためにも守らなくちゃね」
 砕かせたりしない。どの島も、絶対。
「……うん。
 ありがとう、コハク」
 コハクの腕のなかで身をねじって振り向く。そのままどちらともなく触れ合わせた唇が離れた直後。
 それまで無音だった警告ランプがジリリリリという高いベルの音を発した。
 色は赤。緊急警報だ。
 驚いて見つめる美羽たちの横、船からかなり近い距離にある雲海の雲間から、伸びあがるようにして巨大なヘビの魔物が姿を現した。


 前甲板へと続く階段を駆け上がり、真正面の鉄製のドアを乱暴に押し開ける。
 強い風に一瞬翻弄されかけるも踏みとどまったリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)の視界に広がったのは、日に照らされて白銀に輝く雲海と、そこにもぐったり、かと思えばすぐ先で飛び出したりと、アーチをつくって泳ぐ巨大なヘビたちの姿だった。
 距離は少々近すぎるものの、ただ泳いでいるだけならば問題はなさそうに見えるが、鎌首をもたげたヘビはどれも輝く赤い目を船へ向け、鉄板もやすやすと貫きそうなとがった牙をむいてシューッと威嚇にのど笛を鳴らしている。
 船の前後左右に備えつけられた自動追尾の機銃10基が弾を連射しているのだが、ひるんで逃げる様子は全くない。
 やがてそのうちの1匹がリカインに気づいて頭上に迫った――が。
 すっと鳥の影が太陽とヘビの間を横切ったかに見えた瞬間、ヘビの首が横にずれて甲板に落ちた。首は甲板で跳ねて、そのまま柵を越えて落下していく。
「やあすまないね。当たらなかった?」
 リーだった。
 声そのものは船内に設置されたスピーカーから聞こえてくる。
 トトリを操り、頭上に戻ってきた彼女の腕にはキラキラと光をはじく何かがあるが、距離がありすぎて――太陽も背負っているし――それが何かまでは分からなかった。
「ええ」
「警報を鳴らさせてもらったよ。悪いけど、ちょっとこのカカの群れは大きくて、私たちだけでは手に負えそうにないんだ」
「手伝うわ。この先に用があるのは私たちなんだから」
「そう言ってくれると助かる」
 ははっと目を線にして笑って、リーはトトリの手綱を持つ手を上に引いた。機首が上がり、風をはらんだ翼は急上昇して、船に接近しようとしている大きめのヘビへと舵を切る。ほかの1機がそれに続いた。彼らは銃のほかにも何か、腕につけた機械から伸縮自在のチェーンのようなものを射出して、それで貫いたり切ったりしているようだ。
「って、見てる場合じゃないわね」
 魔物たちを片付けないと。
 アブソービンググラブを嵌めた手をパンっと打ち合わせ、甲板へ到達したヘビへ殴りかかっていく。そのとき。

「チチだかカカだか知らんが、私の邪魔をしようというなら容赦はしない!!」

 突然勇ましい声がして、甲板で戦っている全員の目がそちらを向いた。
 そこにいたのは闇医者希新・閻魔に変装した新風 燕馬(にいかぜ・えんま)だった。その場にいる者たちの注目を浴びていることに気づいた様子はなく――意に介していない?――、気炎を上げている。
「せっかくひとが地道に活動してきたというのに、あっさり台なしにしてくれやがって……ッ!!」
 1発入れるどころか死ぬ寸前までたたき込んで、腕ずくで再教育してやらなきゃ気がすまねえ!!
「ちょ、ちょっとちょっと。ツバメちゃん、化けの皮がはがれかけちゃってるわよーぅ」
 閻魔が燕馬と唯一知るローザ・シェーントイフェル(ろーざ・しぇーんといふぇる)が、豹変っぷりにとまどいながら後ろで手をぱたぱたする。しかしその手も
「あ゛?」
 と冷たい視線で見られて、ぱたりと止めた。
「え、えーと……」
(燕馬ちゃんにこんな一面があったとはね……おねーさんちょっとビックリだわ――ってこれ、完全にキレちゃってない?)
 内心あせりつつも、これ以上閻魔を刺激しないように、えへっえへっと愛想笑いを浮かべていたら。
 サツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)が爆弾を投下した。
「何ですかその殺気は。あなたはまがりなりにも医者でしょうに」
 きゃあーーーーーーーーっ!!
 サツキちゃん、何あおってるのーーーーーっっっ
「まがりなりにもは余計です」
 ローザは冷や水をびしゃーんと浴びせられた気分になったが、閻魔は平然とした顔で言葉を返している。
「では、言い直しましょう。あなたは医者でしょう。
 医者は医者らしく後方にいて、私たちに守られていてください。私たちはあなたの護衛として、あなたに同行しているんですから。そのあなたが私たちより前に出てどうするんですか」
 サツキの言葉はいちいちもっともだった。閻魔は何か言い返したそうに口端を引いたが、サツキの言葉はあまりに正論すぎて、頭に血の上った今の状態の閻魔ですら反論ができず、ただ睨むしかない。
 それでも何か言わんと口を開いた、次の瞬間だった。
 甲板が重く振動し、船が前に傾く。見ると、船首にヘビが乗り上げていた。
 サツキやローザが目を瞠るなか、閻魔がヘビ目がけて奈落の鉄鎖を飛ばす。
「今です! やっておしまいなさい!!」
「……なんですって?」
「はいはーいっ。私がいかせていただきまーす」
 カチンときているサツキの後ろを抜けて、ローザが偽式断塞刀『閻』を手に走り込む。
 それは、いつものきゃらきゃらとしたローザではなかった。
 目標を定めるや一直線に走り込み、自身の身長ほどもある大太刀をすらりと抜いて、ヘビの鎌首の下へ到達すると同時に低いかまえから跳躍した。白波立つ刃がぞぶりと白銀のウロコに覆われた肉に食い込んだ瞬間、ひと息で切り上げる。
「はあぁっ!」
 ローザののどから裂帛の声が放たれたと思った次の瞬間にはもうローザは間合いを抜けていた。一拍遅れてヘビの首が横にずれ、切り離された胴体もろともに雲海へと落ちていく。
 切断された面から噴き上がる血が呼ぶのか、周囲のヘビたちが一斉に宙のローザを見た。
 降下するローザは彼らにとり、エサに等しい。
「ローザ!」
 叫ぶ閻魔の横で、サツキが終焉のアイオーンを連射する。ヘビはどれも巨大で、その厚い胴体を撃ち抜けるとは思えなかったが、口内や眼球といった、ウロコに守られていない部位ならば、あるいは。そして撃ち出された黒い光弾がサツキの狙いどおりに飛んでヘビたちの頭部をえぐり、ひるませている隙に、ローザは難なく甲板へ着地した。
 しかしその息も整わぬうちに、またもや別のヘビたちが船へ突貫をかけてくる。刀の柄を握り直し、立ち上がったローザの脇を抜けて、リカインが最初に到達したヘビにこぶしを入れた。
 レゾナント・テンションで底上げされた一撃はサンドバッグのようにヘビを後ろへはじき飛ばす。ヘビはその巨体で、すぐ後ろにいたヘビを巻き込んで、もつれ合うように雲海に落ちて見えなくなった。
「完全重量オーバーよ。船が沈んじゃうじゃないの」
 乗り込ませてたまるものですか。
 リカインは気合いを溜め、練り込まれた気を力に変えて、船に近づくヘビたちにたたき込んでいく。そうする合間にもほかの場所で船に体当たりをかけるヘビはいて、そのたびに船は揺さぶられて振り子のように傾くこともあり、甲板で戦っている者のなかには一時戦闘を中断してしがみつかざるを得ない場面もあったが、リカインは違った。
 天駆ける靴を履いたその身は軽く、なめらかに空中を飛行し、通常ならば届かない高さにあるヘビの頭部も殴りつけ、戦闘不能状態へと追い込み雲海へ落としていく。
 しかしながら、相手はどれ1匹をとっても超重量のヘビたちだ。自分の数十倍あるそのウロコで覆われた厚く固い体を殴り続けていくには、相応の威力を保たなくてはならない。体じゅうから汗が吹き出し、息が切れて、なかなか整わなくなってきた。それでもこぶしをふるう彼女の脳裏に、ザナドゥにいる引きこもり悪魔ウェイン・エヴァーアージェ(うぇいん・えう゛ぁーあーじぇ)のことがよぎる。
 きっと快適な室内で、何の苦労も知らず、ゴロゴロと寝て過ごしているのだろう。今のリカインの苦境も知らずに。
(あんなバカで、どうしようもないやつでも、ここへ召喚してやったら少しは役に立つかしら?)
 いくら「働いたら負けと思ってる」「働きたくないでござる」なニート野郎とはいえ、さすがに敵陣の真ん中に放り出されたら自衛くらいするだろうし……。
(いや、でも分からないわね。あのアホのことだから「どうしてこんな場所に俺を召喚したりすんだよ!」とか私に向かって怒鳴ってるばかりで、周りなんか見てなさそうだわ)
 そして後ろからぱっくんちょされる、と。
 ああ、想像できてしまった。
「リカインさん、危ない!!」
 突然名指しで叫ばれて、リカインは理解できないまま反射的、その場から飛び退く。
 後ろにいた別種のヘビが前列のヘビの隙間から、圧縮された水弾を発射してきていたのだ。甲板に着地したリカインの右足に激痛が走った。完全には避けきれなかったようで、ふくらはぎをえぐられていた。
「大丈夫ですか」
 傷ついた足では支えきれず、その場に手をついたリカインの元へ、先ほどの声の主、閻魔が閻魔印のファーストエイドキットを手に駆けつける。
 あのあとある程度奈落の鉄鎖でうさ晴らしをした閻魔はもう分別を取り戻していて、それからは負傷者の治療に専念していた。
 護衛につき、油断なく周囲に視線を走らせるサツキの足元で、閻魔はリカインの足の治療を始める。
「私は大丈夫だから、ほかの人たちを見てあげて」
 と言いかけたリカインだったが、彼女があてにしていた禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)は戦闘の激しさにドアから先に出てくることもできず、小動物よろしく内側でぷるぷる震えているだけなのを見て、開いた口を閉じた。
「……どうしたんです?」
 リカインの変調に気づいた閻魔が視線を上げて問う。見ていなくても手は慣れた動きで傷口に治療を施している。
「なんでもないわ。――ありがとう」
 戦闘中ということもあり、早く、的確な治療に礼を言うと、うなずく閻魔の元から離れて再び戦線に復帰した。リカインの向かう先ではローザが『閻』を縦横無尽にふるい、リカインの不在分を埋めていた。彼女が動くたびにその周辺できらりきらりと反射光が舞い、切り刻まれたヘビが雲海へと落ちていく。
 それからしばらく船を襲撃するカカの群れとの戦闘が続いた。
 彼らはあきらかに意図を持ってこの船を攻撃していた。でなければ、仲間がこれほどやられて退かないはずはない。生物としての本能に逆らってまでも執拗に攻撃をしてくるのは、なんらかの作意がそこに介在しているからだ。
 しかしそれも、際限がないとまではいかなかったらしい。もはや群れを形成できないほど数を減らしたヘビたちが、船を離れて四方八方に散っていく。
 戻ってくる様子のないことにだれもがほっとひと息ついたとき。
「みんな、あれを見て!」
 美羽が柵から身を乗り出す勢いで右手前方を指す。
 そこにはまだ濃い雲海が広がっていたが、薄れた雲の切れ間に、わずかに白銀以外の色――巨大な浮遊岩を示す茶と黒とわずかな緑色が見えていた。