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【蒼空に架ける橋】第4話 背負う想い

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【蒼空に架ける橋】第4話 背負う想い

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 ほんのわずかな時間もやむことのない風が吹いていた。
 一定のリズムで強弱のついたその不自然な風は、あきらかに先へ進むにつれて強まっていく。太陽の光は何重にも重ねて塗り込まれたような雲海に阻まれて弱まり、部分的には夜のように暗い方角もあった。
「いつまでも吹き流されないし、どんどん濃くなってるみたい。ということは、この雲、もしかしてさっき見えた浮遊岩から吹いてきてるんじゃない?」
 船室の窓から外の様子を眺めながら三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)が言う。
 そこから見える景色はもうずっと流れる灰色の雲ばかりで、まるで雷雲のなかを進んでいる飛行機のようだ。
「さあな。この雲海はオオワタツミのやつが作りだしたそうだから、もしかするとそうなのかもな」
 答えつつ、ミカ・ヴォルテール(みか・う゛ぉるてーる)はのぞみの見えない後ろの方で、ロビン・ジジュ(ろびん・じじゅ)に意味深な視線を送る。その目は「決してのぞみから目を離すんじゃないぞ」と言っていた。
 見えたのは1分にも満たなかったが、さっき見えた浮遊岩には、あきらかに自然にはない物があった。固い岩石の間から唐突に突き出した塔や窓。それは、まるで空間転移に失敗して重なり合ってしまった岩と城のようだった。岩をくり抜いて嵌めたというにはそれらしい継ぎ目といった不自然さがない。まるで最初からその姿であるかのようだ。
(間違いなく、あれはのぞみが探していたオオワタツミの根城だ。これだけ接近してるってのに出てこないってことは、案外留守なのかもしれないが、注意は必要だろうな)
 対するロビンもまた、ミカの言いたいことは十分に理解できてか、幾分緊張した面でうなずく。そしてふと、何かに気づいたような表情をして、ミカの方へ近づいた。
「ミカも十分気をつけて」
 その言葉を聞いた直後、ミカはぱちぱちとすばやくまばたきをして、そして微妙な苦笑のようなものを浮かべる。
「……おまえに心配されるようじゃ、俺もまだまだだな」
 またそういう憎まれ口を、と敬遠するように眉をしかめ、無言で元いた場所へ戻ろうとするロビンに、今度はミカの方が言葉をかけた。
「これが終わったら、あらためて旅をやり直そうや。せっかくはるばるやって来たっていうのに、まだ碌に見せてやれてないからな。せいぜいが壱ノ島だけで」
 今度ははじめから3人で、と言っているのだ。
 ロビンはうなずき、それだとのぞみを見ているミカには見えないことに気づいて、「うん」と噛み締めるようにつぶやいた。



 人の目には見えなくても、船に備わっている機器は正確にその場所、形態を掴んでいた。
「ここからならこの船でもぐり込めそうだな」
 リーがモニターに映し出された一角を指差して言う。
「かなり下の方だが」
「大丈夫。あとは自分たちでなんとかするからっ」
 意気込んで言うのぞみに、リーは笑顔を浮かべる。
「そうか。じゃあそれで頼む。
 なかにいる者たちに気づかれずに着岸することは無理だろう。着岸すれば、私たちは船の防衛に全力をそそぐ。きみたちの帰りの足は何が起きようとも絶対に確保しておくから、きみたちは目的達成のみに集中してくれ」
 リーたちもまた、この遠征の目的と意味は何かを聞かされていた。
 オオワタツミからの解放とオオワタツミ打倒は浮遊島群に生きる者たちの悲願でもある。
 敵の巣窟へ飛び込んで、そこから一歩も退くことができずに防衛線を張ることは、ときに内部へ遊撃に向かう者たちよりはるかに困難だ。しかしこれは命を賭けるに値する任務だというように、8人の傭兵たちはそれぞれの武器を手に、誇らしげにうなずいた。
「われわれに、こんな栄誉ある任務を与えてくれてありがとう」
 そんな彼らに言える言葉は1つだけだ。
「こちらこそ、信じてついて来てくれて、ありがとうございます。
 行って、必ず目的を果たしてきます!」


 目的の地点についてみれば、そこは本当に船のサイズがぎりぎり収まる高さだった。そこに、船はかなり乱暴な操縦で突っ込んでいく。まだ着岸の振動が収まらない状態で、船の後部ハッチが引き開けられた。
 まず先に8人の傭兵たちが左右に展開する。「クリア」の言葉でリーが船内のコントラクターたちに手を振った。
「さあ行け! 急げ急げ!! すぐに魔物どもが集まってくるぞ!!」
 船のレーダーが敵を感知したか、警報を鳴らすのとほぼ同時に、外の雲海でギャアギャアと枯れた鳥の鳴き声のようなものがして、羽ばたき音が近づいてくる。岩の影に向かって、最初の銃弾が撃ち込まれた。
 いくつもの銃声が響くなか、急き立てられるようにして、コントラクターたちは奥に向かって走る。
 走って、走って。光も音も届かない、角を曲がった先で足を止めた。
「ストップ。ここから先は慎重に行こう」
 それから全員の目が自分の方を向くのを待って、のぞみは言葉を継いだ。
「みんな、ここがどういう場所か想定して、それぞれ用意してるよね。なんといっても相手は魔物だし。暗闇も想定してると思うんだけど」
 人外の魔物が――しかもオオワタツミの種族からして、その眷属はおそらくヘビ系だろうと想像がつく――あかりを気にして灯しているとは考えにくい。
 全員がうなずくのを見て、のぞみは長時間の安定的な光源確保のために、必要な分だけ順番に使うことを提案した。
「まずは私からね」
 ジャックランタンの指輪を取り出し、指に嵌めたのぞみが先頭につく。道は鍾乳洞といった自然洞窟を思わせるつくりで、天井は暗くて見えないほど高いが3人が横に並べるほどの幅はない。半歩遅れるかたちでミカとロビンが左右に分かれて後ろを歩く。
「フフ……ついに来たぞ。殺られる前に殺す。――鏖殺(こんさつ)だ」
 物騒なことをぶつぶつとつぶやいてその後ろを閻魔が歩き、サツキ、ローザが続いた。
「翠、何してるの?」
 先へ進むみんなに続いて歩き出そうとしたミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)が、いつもなら真っ先に飛び出して行きそうな及川 翠(おいかわ・みどり)が周りにいないことに気づいて足を止めた。
 振り返ると、スノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)の出力を絞られた光術で手元を照らしてもらいながら、何か銃型HCに打ち込んでいる。
「翠?」
「設定できたのー」
 戻ってきたミリアの前、翠は意気揚々背中をまっすぐに正した。
「よかったですねぇ。これでこの岩城もマッピングできますよぅ〜」
 にっこり笑って言うスノゥに、「うんっ」とうれしそうにうなずく。
「完成が楽しみですねぇ〜」
「楽しみなの。敵さんの本拠地さん、探検し尽くすの〜っ!」
 おーっ! とこぶしを振り上げているところからして、どうやら翠はこれも1つの冒険ととることにしたらしい。
(まあ、泣いて怖がられるよりいいかもしれないけど……)
 この様子だと、また何かあったら後先考えないで一番に飛び出していきそうな、嫌な予感が早くもすると、ミリアはじっと翠を見下ろす。翠は見つめられている意味が分からず、ただ屈託のない笑顔で見返しているだけだ。
 本人には悪気も、危険行動の自覚もないのだから、当然だろうけれど。
「そうなったらそうなったときですぅ〜」
 ただ1人ミリアの心の内を読んでスノゥがお気楽な声で言うが、もちろんそこには「私たちが気をつけて、翠ちゃんを守ればいい」という言葉が言外に含まれている。
 ミリアは気をとりなすように、はーっと息を吐いた。
「じゃあみんなとはぐれないうちに、さっさと行くわよ」
 その言葉に、やる気満々の輝く瞳で翠は笑う。
「待ちきれないのー!」



 それから少しの間、変わり映えのしない、似た景色が続いた。
 当初、禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)がディテクトエビルを用いて敵の気配の探索を行ったが、直後に真っ青な顔で涙を浮かべ、ふるふる首を振った。
 無理もない、ここはまさに敵陣まっただなか、本拠地だ。天地左右、全方向に人に対して害意を持つ存在が山ほどいる。そんななかでディテクトエビルを用いても、ほとんど役には立たない。ただ大量の邪念を感じ取れるだけだろう。
 では分かれ道にさしかかったときに正しい道を選べるかといえば、敵意のより少ない方、多い方、感知することはできてもどちらへ向かえばいいのか判断基準がないため、これまた役に立たない。
「まだ水晶の杖があるでしょう。あれを使いなさい」
 無言で目に涙を溜めて耐えている河馬吸虎に、リカインが助け舟を出した。河馬吸虎はあたふたと水晶の杖を前にかまえて、前に続く暗がりに向かって片方の水晶を飛ばす。そうして軽く両方の探索を終えたあと「こっち」というふうに、片方の道を指した。
 河馬吸虎の選択で分かれ道を進みながら、ミリアは
「翠のマッピングは帰り道で意外と役に立ちそうね」
とつぶやく。ミリアは独り言のつもりだったが、思いのほか周囲の岩に反響して普通の声並に増幅された言葉は、スノゥの耳まで届いていた。
 スノゥはのんびりと、しかし確かな目と手で周囲の景色を観察していた目を前のミリアに戻し「そうですねぇ」と応じる。
 それに対してミリアがさらに何か言おうとしたのだが、その口から出たのはあきらかにそのとき思っていたこととは別の言葉だった。
「きゃーっ! 翠、不用意にそんなに周りに触れちゃだめーっ!」
「え?」
 翠は突然名前を呼ばれて、それまで手の届く域の岩を撫でまくっていた手を止めて振り向く。
「だって、探検なの。調べないと、何かあるかもなのー」
 宝箱とか、宝箱とか、宝箱とか。
「何かあるかもしれないから、触わっちゃだめなんでしょ!」
「?」
 今いち分からない、と小首を傾げて見せる翠に、めっ、と上からしかりつけたときだった。
 先頭の方で声にならない声のような悲鳴が上がった気がしてそちらを振り返ると、なにやら騒動が勃発したらしく、あきらかに騒々しかった。
「えっ……」
 もしかして自分が何か触ったせい? と思わず手をひっこめる翠。しかしそうではなかった。
 気を集中して水晶の玉を飛ばし、操っていた河馬吸虎が、何の前触れもなく突然びくんっと体を跳ねさせたのだ。水晶の玉が巨大なヘビに飲まれたからだと、あとになってリカインたちは分かったが、このときは全くわけが分からなかった。
 まるで感電したようにショックを受けている河馬吸虎の様子に全員が驚いていると、ずずずと奥の方から何か重い物が這うような音がした。
「みんな、気をつけて!」
 気づいたコハクが鋭く警告の声を発する。
 ずず……ずず……と這い寄る音をたてながら奥から現れたのは巨大なヘビで、鎌首を持ち上げた姿でゆうに彼らの倍以上、5メートルはあった。後ろに続いていると推察できる尾の先端まで何メートルあるかは考えたくもない長さだ。
「おっきなヘビさんなのーっ!」
 きゃーっとまるで体験型アトラクションショーか何かに参加している子どものような歓声を上げて、翠がデビルハンマーを手にまっすぐ突っ込んで行こうとしたのをミリアが寸前で襟首を掴んでやめさせた。
 その一方で
「またヘビかよ」
 辟易する、と言いたげなミカの仰向けにした左右の手のひらに1つずつ、赤い炎がきらめき生まれる。マジカルファイアワークスの火炎が打ち出されるのと、ヘビがカッと口を開いてその口内から圧縮された水の弾が発射されるのとがほぼ同時に起きた。炎と水は互いを相殺し、爆発のような音を立てて一瞬で消え去る。その様子に我を取り戻したほかの面々も、すぐさま攻撃態勢をとった。
 巨大なヘビに注意を奪われそうになるが、周囲の岩からもぞろりとヘビたちが沸きだしている。岩を伝い下りてくるその数は、数えきれないほどだった。
「一体いつの間に……っ」
 サツキは終焉のアイオーンを手近な1匹へと向ける。
「待ってください」
と閻魔が銃を持つ手に手をあて、制した。
「ここは洞窟も同然、そんな強力な銃を用いては何を併発するか分かりません」
 閻魔からの指示にとまどうように目を瞠りつつも、サツキは納得し、方法をアブソリュート・ゼロによる防御に切り替える。頭上のヘビたちの何匹かは牙から液を飛ばしてきており、それが毒であるのは分かりきっていた。
「しゃらくさい!」
 ふりそそぐ雨のような毒液に、ミカのファイアストームが炎の防壁を頭上に張る。蒸発を狙ったものだが、残念ながら完全には防ぎきることはできなかったようだった。「あっ」というのぞみの声に、それと知る。
「のぞみ!?」
「……大丈夫!」
 毒の一滴はほおをかすめていった。酸に焼かれたような一瞬の熱がその毒の強さを物語る。触れただけでも皮膚から吸収されて致命傷になりそうなものだったけれど、ここに来る前にありとあらゆる場合を想定して練られたのぞみの防備は万全だった。
「みんなも治療が必要なら言ってね!」
 そう言い置いてから、ロビンがヒプノシスで眠らせていく上のヘビたちに向かって次々と白き煌めきを放つ。その間にも岩壁を伝うなどして下へと下りて、這い寄ってくるヘビたちは、ローザがすべて斬り払った。
 彼らがこまごまとした周囲のヘビたちを一掃してくれている間に、ほかの者たちが正面の巨大ヘビの対処にとりかかる。
「こっちは任せて!」
 宣言とともに、美羽は腰だめにかまえたブライトマシンガンを連射する。水弾を発射させまいと口を狙い撃つ彼女の攻撃の向こう側で、パリパリと青白い雷撃の光が走ったのをリカインは見逃さなかった。
 さっと河馬吸虎に目を走らせる。この場で最も最弱な河馬吸虎は、先の強烈な精神的ダメージから完全に回復しきれておらず、真っ青を通り越した紙のような顔色で周りの戦闘にすっかりおびえきっている。しかし首に巻かれたマフラースネークは主の状態に一切関係なく、しっかり護衛の役目を果たしているようだ。
 短い時間なら大丈夫だろう、そう判断したリカインはトリップ・ザ・ワールドを解き、防御から攻撃に転換する。美羽をかばうように前へ飛び出した彼女のアブソービンググラブが射出された雷撃を吸収した。
「おかえしよ!」
 吸収したばかりのエネルギーを、今度はヘビに向かって放出する。
「はあっ!」
 コハクの振り切った対イコン兵器・蒼炎槍から放たれた爆炎波が動きを止めたヘビに真正面からぶつかった。強烈な炎は一瞬でヘビの全身を包み込んで燃やす。どう、と倒れたヘビの後ろに道が開けた。
「クリア!
 さあみんな、とっとと抜けよう!」
 ここにとどまって戦う意味はない。左右の壁から飛びかかってくるヘビたちを宙で撃ち落とし、這い寄るヘビを蹴散らしながら、美羽とコハクが先頭に立って走り込んでいく。
 追い討ちを防ごうとしんがりにつこうとしたリカインが、きっと腰が抜けているに違いない河馬吸虎を連れて行ってもらおうと、そちらに目を向けたときだった。
 宙の翼あるヘビから光が飛んで、河馬吸虎へと命中する。
「カバ!?」
 目を瞠るリカインの前、河馬吸虎は為すすべなく石へと変わっていったのだった。