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【蒼空に架ける橋】第4話 背負う想い

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【蒼空に架ける橋】第4話 背負う想い

リアクション

 スタジオ内ではちょうど撮影が始まろうとしているところだった。
「大丈夫? 佳奈子」
 長引く慣れない緊張のせいで、すっかり紙のように白くなっている佳奈子を、同じソファのとなりに腰かけたエレノアがそっと小声で気遣う。
「う、うん……だいじょぶ……」
 本当は心臓が今にも飛び出してしまいそうなんだけど。
「さっき練習したとおりにしゃべればいいだけだから。それ以外は全部、司会者とサク・ヤさんたちに任せればいいわ」
「そう、だね……」
 佳奈子はカラカラののどでどうにかこうにか返事を返したが、声はだれの耳にもあきらかなほど固く響き、目はひざの上でぎゅっと握った両手を見下ろすばかりで、エレノアの方を見れないでいた。
(ああ。こんなんじゃだめ……)
 自分でも分かっているけど、緊張は解けるどころかますます高まって、耳の奥がじーんとしてくる。そんな佳奈子の耳に、どこか遠い場所で発せられているような小さな声で、正面奥のカメラの足元にしゃがんだ女性のカウントダウンを始める声がかすかに入ってきた。
「ではカメラ回しまーす。5、4、3……」
 これは生放送。撮り直しはきかない。
 カーっと高まる緊張に、ついには吐き気まで起きそうになった佳奈子の手を、横からぎゅっとサク・ヤが握り込んだ。
「大丈夫。わたしたちに任せて」
 と、声に出さず唇が動いている。
「佳奈子」
「……うん。忘れるとこだった。私は、私にできることをすればいいんだよね……」
 精一杯。そうすれば、それで足りないところはサク・ヤさんやカナヤ・コさんが補足してくれるし……エレノアだっている。
 そう思いきり、ようやく顔を上げた先で、スタッフの指が「2、1、0」と数字を切った。一拍おき、司会者がしゃべり始める。
「浮遊島群の皆さん、こんにちは。きょうはとてもめずらしい方々をスタジオにお招きしております。なんと、弐ノ島太守代理を務めていらっしゃいますご息女のサク・ヤさま、そして弐ノ島にある機晶石採掘場の現場責任者のカナヤ・コさん、それに地上から来られていますかわいらしいお嬢さん方2名、布袋佳奈子さんとエレノア・グランクルスさんです」
「こ、こんにちは。はじめまして……シャンバラにある蒼空学園という所で学生をしています、布袋佳奈子です。きょうはよろしくお願いいたします」
 佳奈子は司会者の男性と、その後ろにあるカメラを見つめて、頭を下げた。



「ふうーん。いい感じじゃない。彼女たちを使ったのねん」
「うむ。あの2人はいつも誠実で、真面目で、一生懸命じゃからの。それが見ている人々に好印象を与えると思ったのじゃ。
 うちのアキラなんぞをあそこに座らせたら、それこそ手がつけられないほど暴走して、とんでもないことになるのは火を見るよりあきらかじゃ」
 ルシェイメアの言葉に、ちらとバイトに戻ったアキラへ視線を流して「賢明なのねん」とうなずく。
「調子乗りじゃからの」
 フン、と鼻を鳴らしつつ、ルシェイメアは司会者に尋ねられるまま、経緯を話しているサク・ヤを見つめる。ときどき髪に手で触れたり、頭に手を伸ばしそうになっているのは、警戒・警護役のアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が頭に乗っているからだろう。アリスは光学迷彩を用いて姿を消して、だれにも見られないようにしているが、サク・ヤは人形を頭に乗せるのは初めてで慣れていないせいか、どうにも気になっているらしかった。
 まあ、そのうち慣れて、特別意識しなくなるだろう。アリスは軽いし。
「……なに?」
 ちらちらとルシェイメアが彼女の武器サクイカヅチの入った箱に視線を投げているのに気づいてサク・ヤが問う。
「いやなに、昨夜その武器について話しておったじゃろう。国家神のアイテムじゃったということなら、相当の力を秘めておるのではないかと……。動かぬという残りの5つも修復して、万一の場合の予防策として使えないかと思うてな」
「ああ。どうかしらねん。アナタたち地上人がどれだけ技術力を持ってるかアタシは知らないからなんとも答えられないのねん。でも大きく部分欠損してるのもあるから、今すぐというのは無理だと思うのねん。それに、使用者として登録されてるのは今ではアタシだけで、アタシにしか扱えないから、やっぱり難しいと思うのねん」
「ふむ。では、この島の武器屋、ギルドに頼んで、雲海の魔物やヤタガラス何かに対抗できる武器を提供してはもらえないじゃろうか?」
 この言葉に、ミツ・ハはくすりと笑った。
「お忘れ? アタシはこの島の軍の総指揮官なのねん。余剰武器ならいくらでも提供できるのねん」
「では」
「時がきたら。でも今は無理なのねん。現時点で地上人に武器を提供したということが知れたら、足元をすくわれかねないのねん」
 表向き、参は中立。立場表明はすでにクク・ノ・チ側へ通達してあった。詳しくは近々全島代表を招集しての合議の席で話しあいましょう、と。それは、向こうに手を貸さないかわりに地上人にも手を貸さないということだ。
「今はとにかく地上人のイメージ回復と時間稼ぎを考えるべきねん。肆ノ島で何か騒動が起こっても、そのニュースがかすんでしまうように」
 そして浮遊島群に大きく貢献してくれた存在なのだと強くアピールする。
 今朝のニュースでは殺人容疑がかけられていたが、あくまで「容疑」だ。彼らの仕業と決定づけるものは何一つ出ていない。マフツノカガミを持っていた程度なら、いくらも言い訳は立つ。
 とはいえ、彼らと同じように潔白を訴えるだけの記者会見をすれば、遺族の反発がさらに増して――しかも相手はここの権力者の一族で、完全に分が悪い――さらなる悪化、泥沼化してしまうが、伍ノ島へ謝罪に行ってくれた者たちの働きによって彼らが鎮まりこれ以上騒ぎたてなければ、この作戦は成功するだろう。
「問題は、これが心理戦の域を出ないということです」
 そう言ったのは戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)である。
「弐ノ島はひとまずこれで安泰でしょう。そしてわれわれは、ここで貴重な機晶石を発掘した、地上人が来なければそれはかなわなかった――そうアピールすることでイメージアップを図ったあと、強く潔白を訴えれば、それこそマフツノカガミをわれわれが持っていたことなど、とるに足らない程度に思わせることはできます。ちょうど、ハ・バキ家がいい例でしょう」
「そうねん」
 10年前起きたハ・バキ家の事件についてはミツ・ハもある程度記憶していた。しかしもともと少し排他的な肆ノ島で、しかも肆ノ島の有力者が何人もかかわる事件ということで情報統制されるのはよくあることだ。事件についてミツ・ハが知っていたのは例の都合よく処理されたお家騒動話で、一般に知れ渡っているものと同じだった。
 そのことについて、小次郎は自分の体験に基づいて知った事実をすでに話してあった。裏にいるのはクク・ノ・チであるということも。
『ハ・ヅチ家を襲った外法使いは10年前の事件についても自白しましたが、直後何者かに殺害されました。ですので、今話した内容に対する物的証拠は何もありません。ただあなたが信じてくださることを期待するのみです』
 淡々と締めくくった小次郎は、ミツ・ハに見せ終えたデジタルカメラの電源を切り、カバンに戻した。
 彼にミツ・ハは、2日前だったら信じなかったかもしれない、と答えた。そして同時に、それを立証するのは難しいだろう、とも。
 クク・ノ・チは何のためにそれをしたか。元婚約者が彼を振ったからか? 事件が起きたのは彼女が結婚したさらに数年後だ。そのために何年も待って復讐したのか?
 動機も分からない状態で、言葉で押し切るにはあまりに信ぴょう性がない。それが出ない限り、人々の持つ彼に対する心証を覆してまで信じさせるのは不可能ということだった。
「印象操作、それ自体はある程度成功するかもしれません。しかし結局のところ、それは何の物的証拠もないものであることは変わりありません。強い風が吹けば、またたく間に裏と表は再びひっくり返ることになります」
 古い情報は新しい情報に書き換えられ、年月を重ねて何度も上書きされていくうちに最初の情報は忘れ去られて、それが事実となってしまう。ハヤ・ヒの訴えのように。
 だれの目にもあきらかで、確実なものが必要なのだ。
「そこはもう、肆ノ島へ向かった者たちに賭けるしかないのねん」
 肩を竦め、あっさりと言い切って、ミツ・ハは撮影現場に背を向けた。軍港へ戻るのだろう。その腕にはセルマ・アリス(せるま・ありす)から受け取った銃型HCが装着されており、肆ノ島へ潜入した者たちがクク・ノ・チが裏切り者であるという確たる証拠を掴めば、その者から即座に彼女の元へ連絡が入り、ミツ・ハは軍を動かす手筈になっている。
 その背中を見送って、ふっと息をつくと、小次郎はデジタルカメラを取り出して両手に持った。スタジオ内での撮影許可は得ている。ハ・ヅチ家襲撃でのような失態は犯すまい、と決めていた。今回は最後まで撮影に徹すると。



「――では、自由契約を希望されるということですね? 弐ノ島は以前より参ノ島から採掘に関する技術提供を受けていたはずですが?」
 司会者からの問いかけに、佳奈子はちらとサク・ヤを盗み見て、視線で会話をしたあと、
「はい」
 と答えた。
「参ノ島太守ミツ・ハさまから直接了承をすでに得ています。この件に関して、参ノ島は優先権を保留してもいいということでした」
 さらりと、地上人は参ノ島太守とも関係があることを織り込む。
 この会見の意味を知るサク・ヤは、何かと地上人を立て、佳奈子に話のリードをとらせるようにしていた。話題が技術的なことに及べばサク・ヤとカナヤ・コが答えざるを得ないが、それ以外の部分では佳奈子がまず最初に返答するようにする。
 その様子を興味深く見守っていたルシェンは、突然肩に針が突き刺さるような痛みを感じて目を眇めた。瘴気の梟が何かを感知したらしく、主に警告を送っている。その面が向いているのは入口の方だ。
 ルシェンはすぐさま朝斗とアイビスに、あらかじめ決めてあった合図を送ると、自身もドアへと向かう。分厚い防音仕様のドアを出た廊下の先に、標的とする者たちがいた。
 彼らは全員体格のいい男ばかりの、見る限りは一般人で、手に手に「野蛮な地上人を追い返せ!」「地上人を信じるな! 彼らは人殺しだ!」等々、そのほかにも過激な言葉が赤や緑のペンキで書かれたボードを持っている。
「あらあら。どちらが野蛮なのかしらね」
「……彼らは全員雇われただけのようです」
 ソウルヴィジュアライズを用いたアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が、男たちを無表情で凝視したままつぶやいた。
「私たちに特別憎しみを持ったり、嫌ったりしているわけではないですね。おそらくあのボードを用意したのは彼らではないでしょう。それだけの関心も、彼らは持っていません」
 かすかに安物の酒のにおいまで漂ってきて、アイビスは眉間にしわをつくる。
「ふうーん。つまり、お金で雇われたごろつきってところね」
 会ったばかりの少女に内心を言い当てられ、まごついている男たちに向かい、ルシェンは嫣然と笑みを向ける。
「そんなやつらに大切な番組を邪魔させるわけにはいかないわね」
「はい」
 警戒モードから戦闘モードへ。アイビスの意識の変化に呼応するように、レゾナント・テンションがほのかに輝きを発する。その様子と、2人の発する気配におじけづいた男たちは、後ろへよろめくように1歩2歩と後退する。しかしその先には、別のドアから出て背後に回り込んだ小次郎が立っていた。
 片手でデジタルカメラをかまえ、覗き込んでいるが、片手にはしっかりワイヤークローが握られている。
「彼らは素人です。さっさと捕縛してしまいましょう」
「そうだね」
 朝斗が鋼の蛇を物質化し、放つかまえをとる。全員を一網打尽にしてしまうつもりで投擲したときだ。
 まるでそうすると読んでいたようなタイミングで、するりと男たちのなかから1人が跳躍した。
「なっ!?」
 驚く朝斗の上を飛び越えて行こうとする男の背中に、ルシェンがとっさに奈落の鉄鎖をぶつける。弾き飛ばされ、空中で体勢を大きく崩して前傾しながらも一回転をして滑りながら着地したとき、男の手には小型のナイフが抜かれていた。ほんのわずかな時間に、自分に何かしたのがルシェンと見抜いた男は、着地体勢のままナイフをルシェン目がけて投擲する。ナイフはまっすぐルシェンの顔面を狙って放たれており、着地と同時に魔王の目を用いようとしていたルシェンは一瞬反応が遅れた。
「ルシェン!」
 ルシェンは強引に身をねじり、そのせいでバランスを崩して壁に肩をぶつける。だがナイフはこめかみのあたりをかすめたに終わり、彼女の後ろにいたほかの男たちに当たる前にとアイビスがたたき落した。
 男はナイフに彼らの意識が集中した一瞬の隙をついて、スタジオへ飛び込む。
「あの動き、どう見ても素人じゃない」
 朝斗たちも追って飛び込んだが、男は突然の乱入に困惑しているスタッフを朝斗たちの方へ向かって突き飛ばしていくことで障害物として利用し、追跡を阻もうとしているのを見て、朝斗はすばやくPPWを飛ばした。
 この入り乱れた状態でレーザーを使うことはできない。2つの念動球は人の間をかいくぐり、挟みうちをするように、左右の死角から同時に男に体当たりをかける。
 肋骨の下に潜り込むように、みしりと音をたてて念動球は男の体にめり込んだ。息もできない激痛に、ぐうと男がうなったところへ、追撃をかけるように、サク・ヤの頭から大きく飛び跳ねるようにして飛び出したアリスがすばやく男の顔面目がけてしびれ粉を吹きかけた。
「やったワ! やったワ!」
 昏倒した男の肩先でぴょんぴょん飛び跳ねるアリスは、アキラが近づいてきているのに気づいてグッと親指を突き出して見せる。
「お手柄だなっ」
 アキラに褒め言葉をもらって、アリスは面はゆそうにしたあと、ぴょんっと身軽に定位置――アキラの頭の上に戻っていく。
「もう、すっごいびっくりしたよ!」
 番組が終わったあと、楽屋に走って戻ってきた佳奈子が、まだ興奮冷めやらない、きらきらした目で言った。
「ドアがいきなり開いたと思ったら、男の人が飛び込んできて! こっちへ向かってくるんだもん。もうどうしようかってあせってたら、そのあと朝斗くんたちが飛び込んできて、もう……!」
「ヘエー。全然そんなふうには見えなかったワヨ?」
 サク・ヤの頭の上という、特等席にいたアリスが茶々を入れる。
 佳奈子のほおが赤く染まった。
「だって、放送中なんだもん。何も起こってないフリしなくちゃって、とにかく笑顔つくるのに必死だったんだから」
「それで、あの男はどうしたの?」
 エレノアの質問に答えたのは小次郎だった。
「全員、この時刻にここへ来て、騒いで番組をつぶすようにお金とボードを受け取った者たちです。あの男だけは、元傭兵の腕を見込まれて雇われたようですが、やはり詳しくは知らされていないようでした」
 一応男たちを雇った男の特徴は聞き出してあるが、灰色のマントフードにボイスチェンジ機能のついた仮面という格好では、探すだけ無駄だろう。
 そのとき、トントンとノックする音がした。
「佳奈子さん、エレノアさん、いらっしゃいますか?」
「はーい。今開けますねー」
 ドアを開けると、番組スタッフのアシスタント・ディレクターの女性が立っていた。
「お疲れのところすみません。もう反響がすごくて……それで、番組を見た何人かのギルドマスターがですね、あなたたちと連絡をとりたいと言ってきてまして」
 これこそ2人の望んでいたことだ。
 佳奈子はエレノアと顔を合わせ、うん、とうなずく。
「お疲れでしょうから、明日にしても――」
「あ、大丈夫です。私たち、会います!」
「そうですか。ではサク・ヤさんたちにもお伝えしておきますね。詳細が決まりましたらまたあらためてお知らせにきます」
「はい。よろしくお願いします!
 やったね! 大成功!!」
 ドアを閉めた直後、佳奈子はみんなを振り返り、笑顔でVサインを見せる。
「よかったわね」
「あーん、エレノアーっ。私、うれしいー」
 パチパチと拍手され、「よかった」と口々に言いあう彼らを見やりながら、小次郎は息をつく。
 すべてがすべて徒労だったわけではない。こうして記者会見は成功したわけだし、襲撃の方も記録に残すことができた。クク・ノ・チののど元まで斬りつける武器となるまでには至らなかったが、まったく無意味な物というわけでもないだろう。こういった事実の積み重ねは大事だ。そして、やがてじわじわと這い寄る毒にすることができるかもしれない。
 小次郎はカバンのかぶせの上から、なかにしまい込んだデジタルカメラをなぞるようにそっと撫でた。