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紅葉が散る前に……

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紅葉が散る前に……

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過去との決別

「よし、かなり取れた」
 知り合いであるメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)セシリア・ライト(せしりあ・らいと)、戦友である緋桜 ケイ(ひおう・けい)らの写真をカメラに収め、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は満足そうに微笑んだ。
 もっとも心の奥底から笑っているわけでは……ない。
 ずっと牙竜には心にひっかかることがあった。
 いや、引っかかっている人がいた。
 それは、かつて共に戦った恋人。
 そばにいた、大事な人……。
「正義の味方を一番よく見える場所を見付けたから…………」
 あの日も紅葉の時期だった。
 今もこうやって自分は変わらず正義の味方をしている。
 リリィというパートナーと契約して。このパラミタで。
 ザッ……
 足音がして、牙竜は思わず身構えた。
 いつものように左手でカードを突きだし……。
 しかし、見据えるような眼で牙竜が見つめた相手は、パートナーのリリィ・シャーロック(りりぃ・しゃーろっく)だった。
「リ……リィ?」
 牙竜は問いかける。
 金色のポニーテールにくりッとした青い瞳。
 それは牙竜の知るリリィであり。
 牙竜の知らないリリィであった。
「リリィ?」
 もう一度、牙竜が問いかける。
 リリィの体から放たれる気は、いつもの彼女ではない。
「牙竜」
 呼びかけるその声は今までのリリィとは違うものだった。
「なんだ?」
 相手がリリィなのに、警戒を解けない自分に気づく。
 そんな牙竜を咎めることなく、リリィは冷静な表情で真実を告げた。
「あたしね、牙竜と契約する前に、ある人に会って、ある約束をしているの」
「ある人……?」
「牙竜のかつての恋人」
「え……!?」
 驚く牙竜だったが、リリィは冷静な表情を崩さずに応えた。
「一目ぼれしたのは事実よ。でも、牙竜のかつての恋人とは強力関係にあるの」
「ある約束とは、なんだ?」
 続いた質問に、リリィは静かに答える。
「牙竜を正義の味方として戦わせて、その行動を逐一報告すること」
「なんで……」
「悪側が一番、正義の味方のすべてを見ることができるから」
「…………」
「それが約束。牙竜のかつての恋人と結んだ契約」
「あいつ……が……」
 ざあっと風が吹いて、紅葉が舞う。
 美しい錦も、今は牙竜の瞳には映らない。
「どうする? 牙竜」
 リリィが問いかける。
「正義の味方、やめる?」
 牙竜はじっと考えた。
 真実がそんな所にあったとは、ずっと気づかずにいた。
 でも、事実を知ったことは不幸ではない。
 これでようやく、自分の道が……見えた。
「正義に生きるか、正義に死ぬか。それだけだ」
 牙竜の答えにリリィは微笑みを見せた。
(愛しているから、一番輝いてる姿を見たい。見ることが出来る)
 心の中で安堵しながら、リリィは牙竜に向けていた気を変えた。
 それに気づき、牙竜は『相棒』に声をかける。
「まだまだ山頂は先だ。行くとしようぜ」
「うん!」
 リリィが元気に答えて、「セシリアさんやセオボルトさんも撮ろう」話して隣を歩く。
 楽しそうに、リリィは牙竜のそばを微笑む。
 いずれ来る。決定的な別れに気がつかないように。
 牙竜も一つこの時点で気づいていないことがあった。
 自分が撮った写真の中に、かつての恋人が写っていること。
 いるはずのない人物が、凛とした空気を纏って、風景を撮ったはずの写真の中にいて、まるで一枚の完成した絵のようになっていることに。
 
 山から帰り、写真を現像してそれに気づいたとき……牙竜はの本当の戦いが始まることを知る。


 待ち合わせ時間より、かなり早目に到着したヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)は紅葉の山の山頂を見上げ、ぽつりと呟いた。
「紅葉、キレイね」
 いつもの楽しげなヴェルチェの語尾とは違う言葉。
 それはきっと、今のヴェルチェの気持ちのせい。
「あの時はあんなに楽しかったのに……」
 2人で行ったデートを思い出す。
 でも、その思い出すらも、ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)の裏切りの前では苦い思い出にしかならない。
「二股をかけようとして、相手にふられたから……なんて」
 そんなこと許せるはずがない。
 だから、ヴェルチェからルースに別れを告げた。
 他の女にふられたから、やっぱりあなたに、なんて信じられるはずもない。
 でも、もう一度2人で話したいと言われて、つい来てしまった。
「ヴェルチェ。お待たせしましたか、すみません」
 やってきたルースがヴェルチェに声をかけると、ヴェルチェは軽く手を上げて応えた。
 山ということで、普段よりラフな服装のヴェルチェだったが、ルースはいつものように軽口叩いて褒めたりはせず、「来てくれてありがとうございました」とお礼だけ言った。
「歩きながら話しましょうか?」
 ヴェルチェに促され、ルースは歩きだした。
 2人の間に会話はない。
 かつては「ダーリン♪」と呼んでくれたヴェルチェはもうそこにはいない。
 ルースはヴェルチェの顔を見た。
 普通そうにしているが、そこには笑顔はない。
 心の中でルースは溜息をついた。
 10月のことだった。
 ルースは他の女の子を好きになった。
 いつもナンパなルースは、出会った女性たちに良く声をかけていたが、その子に対してはナンパではなく、本気になってしまった。
 それが原因でヴェルチェに距離を置かれ、恋人同士ではなくなってしまった。
 今はルースは戒めとして、その子と接してはいないし、ナンパも封印していた。
 現在の距離を置いた関係を修復したいと思い、もう一度話し合おうと、ルースはヴェルチェを誘ったのだが……。
 言葉が出てこない。
 山頂まで上がって、やっと出てきたのは、ずっと考えていた言葉だった。
「ヴェルチェ……」
「ん……?」
「愛してる……都合のいい言葉かもしれませんが……も一度やり直せませんか?」
「…………」
 それを他の女の子にも言ったのかなという思いがヴェルチェの心に過ぎる。
 ナンパ癖は承知していたし、嫉妬はしても、それで嫌いになんてならなかった。
 でも……。
「ねえ」
 ゆらりとヴェルチェの体が揺れる。
「あたしは誰かにふられた時のための保険……?」
「えっ?」
 ヴェルチェの言葉を聞き、ルースは驚く。
「だってそうでしょう? 相手にふられたから、あたしのところへ……だったんだし」
「違います、ヴェルチェ。今回のことで本当に愛してるのはヴェルチェだけだって気づいたんです。殴るのでも刺すのでも、なんでもお受けします。オレが悪かったんですから……本当にすみません」
「謝って欲しいわけじゃないわ」
 ドラゴンアーツで樹木を殴りつけるのをこらえつつ、ヴェルチェがルースを見つめる。
「女の子が、結局いいんじゃないの?」
「そんなことは……」
 自分の性別のことを気にしてるとは夢にも思わなかったルースは戸惑う。
 しかし、ヴェルチェはさらにたたみかける。
「それじゃ、もしその女の子がOKしたら、どうしたの?」
「……それは」
「あたしのことが大事だと気付いた。そう良かったわね。それって、その子にふられなかったら、どうなっていたのかしら」
「待ってください、ヴェルチェ」
 ルースが慌ててフォローをする。
「騙されているのではと恐怖を抱くことも分かります。今までだます側の人間だったわけですから、だからこそ……」
「赤詐欺だったことを軽蔑しているの?」
 常に付きまとっていた不安。
 ルースは結局『女性』を求めてるのではないかということ。
 そして、自分の赤詐欺師としての過去を軽蔑しているのではないかということ。
「そんなことは……」
 何かを言おうとするルースだが、言葉が思いつかない。
 しかし、ヴェルチェはふと穏やかな表情を浮かべ、ルースに尋ねた。
「あたしに別の好きな人が出来たら?」
 思いもよらない言葉にルースは凍りつく。
「それは……」
 ヴェルチェの気持をすべて受け止める、もう逃げない、と決めていた。
 自分がどれだけヴェルチェを愛してるか、どれだけ反省したかをを伝えてやると思っていた。
 でも、そんな問いは考えていなかった。
「オレは……」
 ルースが返答に窮する。
 そんな様子を陰から見守っていたクレオパトラ・フィロパトル(くれおぱとら・ふぃろぱとる)が小さく溜息をついた。
「やれやれルース殿もどうして欲しいのか分からぬというような感じじゃが……クールな顔でチューしてしまえばよいのじゃ」
 謝ったりとかそんなことをヴェルチェは望んでるのではないだろうにと、とクレオパトラは思っていた。
 ナンパをして、嫉妬をされるのも楽しめばいい。
 愛しているからこそ妬くし、妬かれるのも恋の楽しみの一つだろう。
「問題はルース殿本人の自信のなさ……かな」
 2人の擦れ違いがどうかなくなりますように、とクレオパトラは願わずにいられなかった。