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紅葉が散る前に……

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紅葉が散る前に……

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 レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)セシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)を気遣いながら、少しずつ紅葉の山を登った。
「大丈夫か、セシー」
「これくらい全然なのじゃ!」
 10歳の見習い魔女は、気丈に胸を張る。
 魔法使いといえども、体を鍛えているし、体力には自信があった。
 そんなセシリアを見て、レイディスがくすくす笑う。
「最初に会ったときから、ファイアボールの直撃だったもんな。セシーはいつも元気だぜ」
「むむむ。それは褒められてるのじゃろうか?」
「ああ。セシーのその明るくて広い心と逞しい精神にどれだけ助けられてきたか」
 レイディスが思いを込めて、セシリアの髪を撫でる。
 10月中旬、セシリアの方から告白され、受け入れた。
 その結果、前にデートをした宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)朝野 未沙(あさの・みさ)の2人を振る形になった。
 ふられて傷つく二人を見て、過去にふられた自分の姿を重ねて、レイディス自身も深く落ち込み、そのままずるずると今日まで過ごしてきた。
 そして、同時にそんなレイディスを、セシリアはずっと傍にいて支え、今日まで見守ってきたのだ。
「ファイアーボールの直撃は、レイが悪いのじゃ。あれは撃ってくれと言っておきながらレイがよそ見してるから……」
「その後だって良く打ったじゃねえか」
「それはレイがチビチビ言うからじゃ!」
 身長128センチのセシリアと156センチのレイディスだと小さいコンビの気がするが、それはつっこまないでおこう。
 レイディスは怒るセシリアを見て、小さく笑った。
「セシーといると色々起きるよなあ。迷子になったり、図書館でケンカしたり」
「迷子は私じゃなくてレイが原因じゃー! ……もうでも、パラミタに来て蒼空学園に入学してから半年が経つのじゃのう」
「もう山が紅葉をしているしなあ。学校に入ったころには夏合宿だ、海だ、とかだったのに」
「なんだか色々あった気がして、ちょっと前のことなのに懐かしいのう」
「そうだな。ヤドカリ相手に鋏で踊ったり」
「……ロクな事してない気がするのじゃ、私達」
 2人は顔を見合せて、笑い合う。
 その2人のところに、控えめな足音が近づいてきた。
「……レイちゃん」
 未沙がおずおずと顔を出し、声をかけてきた。
「あ……」
 レイディスとセシリアの顔から一瞬、笑いが消える。
 しかし、セシリアはすぐに明るい表情に戻り、パッとレイディスから離れた。
「ちょっと私は山をウロウロしてくるのじゃ」
「ごめん、セシリアさん、レイちゃんを借りて行っても良い?」
「うむ。この山には知り合いがいっぱい来てそうじゃし、なかなか会えない他校の友達もいるから、挨拶に行きたいと私も思っていたのでな」
 セシリアが手を振って、二人のそばを離れる。
「迷子になるなよー」
「レイじゃないから、ならないのじゃ!」
 気を使ってその場を離れてくれたセシリアに感謝しつつ、未沙はレイディスの手を引いた。
「レイちゃんに話があるんだ……真剣なお話。二人っきりになりたいんだけど良いかな?」
「ああ、いいぜ」
 レイディスの了解を取り、未沙はレイディスを人気のない場所に連れて行った。
 多少大きな声出してもみんなに聞こえない場所へ……。

「ずいぶん山深いところだな。大丈夫か?」
「大丈夫だよ。ちゃんと戻るところ分かってるし」
 未沙は周囲に人がいないのを確認し、くるっとレイディスの方に向いた。
「レイちゃん、あたしが好きになった『男の子』はレイちゃんだけなんだ」
「……未沙」
 未沙と言えば小谷愛美大好きっ子で、愛美ラブ☆と言って憚らない……という印象があり、恋愛対象も常に女の子だった。
 でも。
「今でも、レイちゃんを好きな気持ちに変わりは無いよ。この先もレイちゃん以外の『男の子』に恋することは無いかも」
 普段は明るい彼女の瞳が、少し悲しげな色を浮かべる。
「だから……ずっと好きで居続けても良いですか?」
 懇願するように問いかける未沙に、レイディスは笑顔を向けた。
「ありがとう」
 その途端、未沙の中で何かが弾けた。
「レイちゃん……!」
 未沙がぎゅっとレイディスに抱きつく。
「お……っと」
 驚いたレイディスだったが、避けるようなことはせず、未沙を抱きとめた。
「あたしはレイちゃんのことが大好きだから、愛してるから」
 言葉では足りないというように、未沙がレイディスを強く抱きしめる。
「愛人でもお妾さんでも構わない、少しだけでも、あたしを愛してくれませんか?」
「愛して……って」
「こんなあたしでも受け入れて貰えますか? 受け入れて貰えるのなら、今この場でだって構わないよ」
 未沙の意図がどこまでレイディスに伝わったかは分からない。
 しかし、レイディスは逃げるような真似はせずに、すべて受けとめようと決めていた。
 拒絶するような真似はしないと。
「未沙が望むなら」
 その答えと共に、未沙がレイディスにキスをした。
 前にしたときみたいに、命を助けるため……ではないキス。
 今度こそ、本当のキス。
 唇を合わせるだけのキスの後に、未沙は囁くようにレイディスの名を呼んだ。
「レイちゃん……」
 もう一度、唇を重ねて、徐々に口を開き、未沙の舌が、レイディスの唇に触れる。
「……!」
 ビックリしたレイディスが何か言いかけたが、その開いた口のところに、未沙が舌を差し入れる。
 そして、そのまま、舌を絡め取り、レイディスに深く口付けする。
「…………」
 レイディスを抱きしめていた未沙の手が、レイディスの体に触れる。
「未沙……」
 自分の体に触れる未沙の手の上に、レイディスが手を重ねる。
「レイちゃん……。あたしね、クリスマスにセシリアさんと出かけるレイちゃんを、笑顔で見送れるようになりたいんだ」
 重ねられた手を、未沙はぎゅっと握る。
「このキレイな紅葉の山の中で……自分の気持ちに区切りをつけたいの」
 未沙の脳裏に、妹分である朝野 未羅(あさの・みら)朝野 未那(あさの・みな)のことが思い浮かぶ。
 未羅は元気のない未沙を励ましてくれた。
 未那は未沙が気持ちの決着をつけるために、今、協力してくれている。
「将来……ね」
「ん?」
「機晶姫である未羅ちゃんや、魔女である未那ちゃんは、ずーっと生きていくことになると思うんだ。あたしが、死んでも」
「そんな死ぬなんて不吉なこと……」
「不吉かもしれないけど、とっても重要なことだよ? 2人が寂しくなるんじゃないかって思うと……胸が切なくなるの」
 未沙が自分の胸に手を当てて、思いを語る。
「あたしがいなくなってもね。あたしの娘とか、子孫がいれば……少しは2人のためになるんじゃないかって思うの。寂しい思いを少しでも紛らわせることができるんじゃないかって」
 この紅葉の山で区切りをつけたいと思った。
 可愛い妹たちのために子孫を残したいと思った。
 だから、二人っきりになって、多少大きな声出しても人に聞こえない場所に、レイディスを誘った。
「セシリアさんからレイちゃんを横取りしたいとか、そんな気持ちは全くないよ。皆無だよ。でも……レイちゃんになら、あたし、何をされても、どんなことになっても後悔しないから」
 縋りつくように、未沙がレイディスに抱きつく。
「一番じゃなくてもいいから、そばに置いて欲しいの……」
 ざあっと、紅葉を散らす風が吹いた。
 その後の2人に何があったのかは、お互いと、それを見つめていた紅葉たちしか、知らない。


「おかえりなのじゃ、レイ」
 戻ってきたレイディスをセシリアは笑顔で迎えた。
「ああ、セシー。待たせてごめんな」
「良いのじゃ。レイも色々お疲れさまだったのじゃ」
 未沙は先に帰ったのか、現れたのはレイディス一人だった。
 区切りがついたのだろうと思ったセシリアはホッとした笑みを見せた。
「本当にこれまでいろいろあって色々な人たちを巻き込んでしまったからのう。幸福にならないと刺されそうじゃ」
「だな」
「ま、大切な人ぐらい幸福にできぬと大魔女の名がすたるからの。大船に乗ったつもりでいるのじゃ!」
 ふふんと胸を張って威張るセシリアを、レイディスは頼もしそうに見つめる。
「セシー」
「ん、なんじゃ?」
 レイディスは剣の切っ先を天に向けて構えた。
「……この俺レイディスは、生涯セシリアを愛し、剣と共に歩んで行く事を誓う」
「レイ……」
 セシリアの顔に満面の笑顔が浮かぶ。
 楽しい事も辛い事も見てきて……いつの間にか隣にいる事が自然になっていた。
「ずっと傍にいたいと、支えていきたいと思ってたのじゃ……」
「うん」
「まあ、本当に私を選んでくれるとは思わなかったのじゃが」
 ふふっとちょっと大人びた笑いを見せて、セシリアが一生懸命背伸びする。
「どうした、セシー?」
 小さな彼女のためにレイディスが膝を屈めると、セシリアはレイディスの首に手を回した。
「レイ」
 セシリアがそっとレイディスの唇にキスをする。
 10歳の少女の、多分、初めてのキス。
 そんな2人を夕焼け空が照らしていた。