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リアクション
第5章 ユーフォリア争奪戦・後編
フリューネ達一行は、中央遺跡を目指して進んでいた。
土方伊織の話だと、遺跡は高台にあるとの事だった。石造りの階段を上がれば、遺跡群を展望出来る開けた場所に出る。右を向けば、古代の町並みが見下ろせ、左を向けば、さらに上層へ続く階段がある。
遠野歌菜はその先頭を切って歩いていた。
「ほらほら、急いでフリューネさん、あそこに貴方の幸せが待ってるんだからっ!」
どことなく浮かれた様子で、彼女は階上を指差しながら進んでる。
幸せ=ユーフォリア、と解釈したフリューネはその言葉に疑問を抱かなかった。だが、彼女の言うところの幸せは意味が違う。彼女の左手薬指に輝くもの的、幸せのことを言っているのだ。
彼女もまた『島村組』の一人である。
この上の開けた場所まで、フリューネ達を誘導するのが役目だ。
しかし、一行の歩みが止まった。
「ど……、どうしたの? ホラ、もう少しで階段が終わるよ、頑張ろうよ」
フリューネの横で瀬島壮太がこそこそやってるのが見えた。ふと彼が自分を指差したので、彼女は頬に冷たい汗を流した。瀬島は歌菜を指差しながら忠告していたのだ。昨夜消息を絶った『島村組』に前回彼女が参加していたこと、そして、昨夜の島村組の中に彼女のパートナー、リヒャルト・ラムゼーがいたこと。
「……明らかにその先やばいぞ」
罠の警戒にあたっていた閃崎静麻は、いち早くその危険性に気が付いた。
階段の上に、無数の落とし穴が存在するのを察知した。無論『島村組』が掘ったものだろう。
「ここが見せ場だったのに、壮太さん、酷いよぉ……」
「いや、つーか、おまえらのほうが酷いだろ……。なに企んでんだよ」
よく見ると、落とし穴ゾーンを挟んで反対側に、集団の姿があった。
その先頭に立っているのは、まごうことなきキャプテン・ヨサーク(きゃぷてん・よさーく)である。彼の後ろには空賊団の団員、そして、彼の依頼を受けて集結した猛者たちが集まっている。
フリューネとヨサーク、双方は互いの存在に気が付き火花を散らした。
「ユーフォリアを狙ってるって噂は本当だったみたいね、ヨサーク」
「義賊とか言われて調子こいてんじゃねえぞクソパンツ。下半身冷やしてそのまま腹痛に悩まされてろボケ」
「やっぱり下品な男ね……、それを言ったら、あんたは上半身冷やし過ぎなんじゃないの?」
「うるせぇ! おめえのヘソの胡麻ほじ繰り返して、炒り胡麻にして戻すぞっ!」
「こっちはあんたの指バキボキにへし折って、二度と農作業出来ない身体にしてやるわ!」
フリューネがハルバードを突きつけると、ヨサークは鉈を肩に担いだ。
「とにかく、絶対にユーフォリアは渡さないわ!」
「うるせぇ、クソアマ! こっちの台詞だ! 近日中に胃下垂になれ! それか死ね」
フリューネ側、ヨサーク側の生徒たちも、睨み合いに参加している。
その時、ピシィと何か不吉な予感をはらんだ音が響いた。
何事かと生徒たちが警戒するのも束の間、足下に無数の亀裂が走った。ただでさえ、穴だらけで地盤が緩んでいる所に、数十名の生徒が押し寄せたのが決定打となったのだ。
フリューネとヨサークは声を張り上げた。
「みんな! 早く上に登って! ここはもう崩れるわ!」
「なんだおい、これ!? 誰の許可取って勝手に土掘ってやがんだ! 耕すのは俺の専売特許だろうが……!」
声と同時に崩落は始まった。
あれほど強固だった地面が一瞬にして、泥のように融解してしまった。突然の破局に多くの生徒は脱出が間に合わず、また多くの生徒は自分の身に何が起こったか知る事もなく、アリ地獄に飲まれるアリさながら、瓦礫とともに、何処かに吸い込まれたのだった。
◇◇◇
フリューネとヨサークは奇跡的に生き埋めを免れた。
遺跡の入口までなんとか逃げ延びる事が出来たのだ。ここに続く階段は途中から空中に繋がっている。ここまで来ることが出来たのは、両陣営合わせても数えるほどの生徒しかいない。
「こんな事になるなんて。たしか『島村組』とか言ったわね……、この件の黒幕は……!」
フリューネは失った仲間のため怒りを燃やした。
こちら側で残ったのは、たったの2名、小鳥遊美羽とエル・ウィンドである。
その前に一人の男が立ちはだかる、島村組の東條カガチ(とうじょう・かがち)だ。ただ、立ちはだかったと言っても、実際にとーせんぼしてるわけではないのだ。ブラックコートを着用の上、隠れ身スキルを使って息を潜めている。ただもう描写されないレベルで隠れてるので、彼の詳細は描写されない。
「……フリューネさん、非常に嫌な予感がします」
ヨサークのほうを見て、エルは不安を確かなものにした。
「向こうには、島村組の手の者が差し向けられているのに、こちらにはない」
「もしかしてもう、来てるとか?」
フリューネが言うと、エルはどんと胸を叩いた。
「心配ご無用。どこにいるかわからなければ、全部燃やしてしまえばいいんです」
エルはサンダーブラストで一帯を焼き払った。
「それ私もやるーっ! よーし、撃ちまくるぞーっ!」
美羽は諸葛弩を構えると、轟雷閃を連続発射し、周辺に矢を突き刺しまくった。
「これでもう安心でしょう。ほら、ヨサークの奴が先に行ってます。急がないと……」
フリューネが駆け足で遺跡に向かうと、突如、エルはラリアットを食らって吹っ飛ばされた。
「い、いてぇーじゃねぇーかよぉ!!」
描写されない場所からやってきたカガチは、エルを奈落の底に突き落としてまた消えた。
目に涙を浮かべて登場した彼は、稲妻でよりブラックに焦げたコートを着て、お洒落な落ち武者ワンポイントの矢をいっぱい身体に刺している気がしたが、描写されないレベルで隠れてるから気のせい。
(……さて、次はあのお嬢ちゃんか)
「あれーっ! 金ピカくんがいなくなっちゃた! あと、なんかおっさんの腕が見えた気がするー」
美羽は弩にガシャコンと矢を装填すると、楽しそうに周りを警戒し始めた。
(……とっとと余所向いてくんないかねぇ)
「『島村組』めー、私より目立つなんてゆるさないんだぞー!」
(……こわいよぉ)
向こうでヨサークを相手にしていた歌菜を見るも、描写されないレベルなので気付いてもらえない。
この場に残った島村組の役目、ヨサークとフリューネを二人きりにさせ、他の邪魔者を排除する事。
島村組の計画は着々と成功への道を進めていた。
◇◇◇
そんな戦いが行われている中、フリューネは遺跡入口へと到達していた。
しかしそれは、ヨサークも同じだった。フリューネが扉を開けようとすると、女に遅れを取ってたまるか、とヨサークは先に自分が中に入ろうとするのだった。
「おい、何、女が勝手に開けようとしてんだこらあ!」
「後から割り込んできたのはあんたでしょ? その手離しなさいよ」
入口を前にして、いがみ合う二人。
その時、二人の頭上から声が聞こえた。一足先に遺跡内部で石像を手に入れ、屋根へと上っていたメイベル・ポーターと島村組のリーダー、島村幸だ。その腕には、遺跡で手に入れた石像がどんと抱えられていた。
「これが欲しいんでしょう? 争ってる場合じゃないですよ」
欲しければ二人で力を合わせ、奪ってみなさい。言い換えればそれは、こういうことだった。
これで二人がこちらに向かってくれば、島村組の計画は大成功となる……はずだった。
幸のところに迫ってきたのは、ヨサークでも、フリューネでもなかったのだ。そこに突如現れたのは、ずっとこの機会を窺っていた少年剣士だった。彼は日中、既に光学迷彩を使用してヨサークのところから抜け出し、ユーフォリアを手に入れるチャンスを待っていたのだ。そして今、最大の好機が訪れたのだ。
「未開の地にある秘宝なんてワクワクするもの、他のヤツに取らせるわけには行かないぜ!」
屋根に上っていた少年剣士は、そのまま幸たちのところに近付くと、問答無用で爆炎破を放った。際どいところでそれをかわした幸たちは、反撃に出ようとする。
しかし、そんな幸たちと少年剣士の間に、聞き覚えのある声が届いた。
「ハーハッハッハッハ! ここで、このタイミングで俺ですよ!!」
それは、ついさっき遺跡内で他の生徒にやられたはずのクロセルだった。彼はあの後しばらく放心状態だったが、屋根に誰かが上っているようだと気付くと、こうしてはいられないと気力を振り絞り立ち上がったのだ。
「高いところは俺の専用ポジションです! 屋根上は戦場ですよ!」
クロセルを派手に演出するかのように、そのタイミングで突如遺跡がズズズ、と揺れた。遺跡内部で、何か大きな衝撃でも起こったのだろうか。たたでさえ不意に第三者が登場し気を取られていたところに、急な揺れでバランスを崩した幸たちと少年剣士には僅かな隙が生まれていた。それを逃さず、素早く石像を奪い取るクロセル。そして彼は、先ほど幸がやったように石像を下にいるヨサークとフリューネに見せびらかした。
「空賊とは自由を求める者! しかーし、それは秩序の中でこそ輝くものなのです! それを理解していないあなた方に、この宝は過ぎたるもの! 俺があなたたちに代わって有効活用してあげましょう!」
そう言うと、クロセルは「正義の烏賊」と書かれたのぼりをどこからか持ち出した。
それを見て、後ろからパートナーのマナがぽつりとつっこむ。
「……それはイカと読むのだぞ」
おそらく彼は、その変装した格好にちなんでカラス族と言いたかったのだろう。
だが、この場において一番の問題は、ネーミングではなく石像とのぼりを両手に抱えてしまい身動きの取れない彼の状態だろう。クロセルは慌てて呼び出しておいたトナカイのそりに荷物を乗せようとするが、それを黙って見ている幸と少年剣士ではなかった。屋上で揉みくちゃになる3つの勢力。
そんな彼らの争いを止めたのは、フリューネの何気ない一言だった。
「……その像、何?」
それを聞いた瞬間、全員の動きがぴた、と止まった。
「……え? 何って、ユーフォリア……」
答えようとする幸だったが、フリューネはあっさりとそれを否定した。
「それはユーフォリアじゃないわよ。私が知ってるユーフォリアは、そんな姿形じゃない」
「え、じゃあこれって……」
「さあ、私も知らないわ。何よそれ」
どうやらフリューネ以外全員は、大きな勘違いをしていたようである。
今、屋上にある石像は、伝説の秘宝ユーフォリアではなかったのだ。寺院の紋章がこの建物にあることから考えて、おそらく昔寺院のものが崇拝して作ったダークヴァルキリーの石像だと思われる。
真相を知った少年剣士は落胆と怒りのあまり、石像に轟雷閃をぶつけた。みしり、と音を立て、容易く石像は砕けた。
「せっかくすごいお宝が手に入ると思ったのに、がっかりだぜ!」
八つ当たりをし、少しだけ気が晴れた少年剣士はそのまま屋根を降り、裏手から斜面を下り去っていく。力を出し尽くしたクロセルもその場に倒れ、パートナーたちによってそりで運ばれていった。幸とメイベルらもここまで綿密に立ててきた計画が水泡に帰し、大人しく屋根を降りようとする……が、彼女たちだけはすんなり退場することが出来なかった。
「キミたち、よくも仲間を罠にはめてくれたわね。どの指から折られたい?」
「おめえ、前も男だと騙してくれたよなあ、ええ? そもそも女が上から見下ろしてんじゃねえ! 耕すぞこらあ!」
空賊二人の怒りを買った幸は、図らずも一時的にではあるが二人の意思を揃えることが出来たのだった。しかしそれはそれとして、自分たちが逃げないことには何をされるか分かったものではない。
「これまでのようですね!」
捨て台詞を吐いた幸は屋根から空に向け、勢い良く火術を放った。
垂直に立ち上った細長い炎が、瞬く間に空の彼方へと消えていく。島村組最後の作戦、それはこの火術を合図に逃走することだった。もっとも、この時島村組の半分以上は合図を確認出来ない状態にあり、あまり意味はなかったのだが。
合図を終えると、幸はメイベルらと共に一目散に逃げ出した。追いかけようとしたヨサークとフリューネだったが、その追走の足はすぐに止まった。それよりも優先すべきことが、二人にあったからだ。
あの像は確かに偽者だったけど、中にはまだ見落としているものがあるのでは……?
そう当たりをつけた二人は、再び競い合うようにして遺跡へと入っていった。
ちなみに教導団の朝霧垂は、しばしあと、壊れた偽ユーフォリア像を見て途方に暮れる事になる。
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