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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第2回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第2回/全3回)

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第1章 空の狭間に眠る島・前編



 戦艦島。
 雲の波間にたゆたうその小さな島は、タシガン空峡に浮かぶ無人島の一つである。島内には、古い時代の遺跡が屹立している。多くが地上10階以上の高層の建築物であり、それが隙間をぬうように密集して立ち並ぶ、複雑に入り組んだ迷宮のごとき様相である。

 島の西部に、フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)の姿があった。
「……やはりこの島には何かあるみたいね」
 フリューネは一枚の壁の前に立っていた。
 かつては大広間の一部だったのだろうその壁は、広間が時の流れに飲み込まれ崩れ去ったあとも、悠然とその場に立っていた。そこには色褪せた壁画があった。黒い手、翼を生やした黒い女性、雲の三つが上から順に描かれている。おそらく、この手のところから雲に向かって女性が落とされているところだろう。


 ◇◇◇


 蜜楽酒家を出発した生徒たちが、戦艦島に到着した時には日が傾きかけていた。
 フリューネが発見した壁画の前で、彼女と合流した生徒たちは、日が落ちる前にキャンプの設営をすることに決めた。ちょうど壁画の前は広々とした空き地となっていたのだ。敷き詰められたデコボコの石畳がやや気になるが、四方を高層遺跡に囲まれたこの場所は外敵から身を隠すにはちょうど良かった。
 壁画を調べるフリューネを見つけると、ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)は声をかけた。
「また一緒に戦えるわね、フリューネ」
 自信に溢れたヘイリーの表情に、フリューネは見覚えがあった。
「確か……『シャーウッドの森空賊団』のヘイリーだったわね」
「ふふふ、覚えていてもらって嬉しいわ」
 『シャーウッドの森空賊団』とは、彼女が旗揚げした義賊団だ。空賊を専門に狙い、戦利品を市民に施す。理念としてはフリューネと同様のものを持つ一団だ。それはヘリワード・ザ・ウェイクの記憶が、伝説の義賊・ロビンフッドのモデルとなったヘリワードの記憶が、英霊である彼女を突き動かしているのかもしれない。
 数日前のバッドマックス空賊団との戦いで、フリューネとは共闘した間柄である。
 ヘイリーの後ろには、空戦の時は見なかった二人の新入団員がいた。
「ううう……、アーちゃん大丈夫かなぁ、心配だよぉ……」
 少女の一人、御陰繭螺(みかげ・まゆら)はどう言うわけか挙動不審だった。
 活発そうな少女に見えるのに、何かに気を取られて落ち着かない様子である。
「うにゅ〜、まゆまゆは心配し過ぎだよぉ、ゴハン食べて寝てればあーしゃは帰ってくるよぉ」
 もう一人の少女、フェルセティア・フィントハーツ(ふぇるせてぃあ・ふぃんとはーつ)はよしよしと頭を撫でた。
 繭螺より二つ三つ年下であろう猫耳尻尾を持ったジャタ族のお子様である。話の流れから察するに、二人の契約者が別行動中のため、繭螺はホームシックならぬ、コントラクターシックに陥ってるようだ。
「……あの子たち、大丈夫なの?」
「まあ……、契約者が戻ってきたら、本気出すと思うけど」
 フリューネとヘイリーは不安そうに視線を交わらせた。
「……ところで、キミ達もマダムの依頼を受けて私の手伝いに?」
「その依頼は聞いていたけど違うわ。いち空賊団として空賊狩りを討ちに来たのよ」
 隣りに控えていたヘイリーの契約者リネン・エルフト(りねん・えるふと)が口を開いた。
「フリューネ、たぶん空賊狩りはこの島に現れるわ。あなたもいる、私たちの空賊団もいる。それに噂だとヨサーク空賊団もこの島を狙ってると聞いたわ。きっと空賊狩りはここにやってくる」
 空賊団では副団長をリネンが務める。彼女は抑揚のない声で、静かに推理を伝えた。
「あなたさえ良ければ、私たちの空賊団に入らない? 一緒に行動したほうが危険は少ないと思うわ」
 しかし、フリューネは首を振った。
「気持ちは嬉しいけど、私はどこかに所属するとか……、そういうの苦手なのよ」
 残念そうに肩を落とすヘイリーだったが、フリューネから思わぬ申し出があった。
「……でも、空賊狩り討伐に関しては協力したほうがいいわね」
 ヘイリーとリネンは、思わず顔を見合わせた。
「フリューネがそう言ってくれるなら、あたし達もユーフォリア探しに協力するわ」
「でも……意外ね。フリューネからそんなことを言うなんて」
「まあ、私にも関わる話だし……、それに一緒に戦った仲だからね、噂よりも義理堅いでしょ?」
 そう言うとフリューネは、目を細めて微笑を浮かべた。


 ◇◇◇


 瀬島壮太(せじま・そうた)は瓦礫の上に寝転び、携帯電話を眺めていた。
 画面には文字がズラリと並ぶ。その文字列はキャンプにいる生徒の名前の一覧のようだ。
「裏切り者の心配なんてしたくねーんだけどな……」
 多くの生徒が集まったフリューネキャンプだが、その盛況具合が逆に壮太には引っかかった。
 単純にフリューネを慕ってやってきたとは思えない。
「せめて俺ぐらいはしっかり見張っておかねぇとな」
 裏切り者が出るとしたらおそらく夜、今のうちに仮眠を取ることにした。
 ところが、彼の上にふと影が覆い被さった。
「壮太さん……でしたわよね。ごめんなさい、ちょっとよろしいかしら?」
 目を開けると、佐倉留美(さくら・るみ)が顔を覗き込んでいた。
「お暇なようでしたら、バリケードを作るのを手伝って頂けませんか?」
 男女七歳にして席を同じうせず、と言う。年頃の男女が集まれば、妙な気を起こす者も出るだろう。そんな風紀の乱れに備え、彼女は男女のテントの境に、バリケードを設けようと主張しているのだ。
「さっき水汲みに行ってきたんだから、ちょっと休ませて……んんっ!?」
 ガバッと勢い良く身を起こし、まじまじと留美の姿を見る。
 たわわに実った豊かな胸、ミニスカからすらりと伸びた美脚、世の男子諸君を虜にする武器を彼女は持つ。だが、最大の武器は下着の類いを身につけていないということだ。もはやその威力は核である。
「は……、はいてないだと……!?」
「はいてない? ……おっしゃってる意味が良くわかりませんわ」
 逆光でよく見えなかったが、明らかにパンツではないシルエットがそこにあった。
 彼女は下着未装備の件に関してまったく気に留めていないのだ。
「つーか、おまえ……、ぶ、ぶぶぶ、ブラもつけてないんじゃねぇのか!」
 なんてこったいとばかりに、壮太は己のでこをべしっと叩いた。
「あの、よくわかりませんけど、何か問題でもありましたか?」
「いやいや、問題どころか、ごちそうさまです……ってそういうことじゃねぇよ!」
 留美の胸に思わず突っ込むと、水風船のごとくぽよよんと波打った。
 本物の感触に壮太は驚いた。そして、次の瞬間、彼はもっと驚く。
「……だ、誰か! 誰か、来てぇ! フリューネさぁーーん!!」
 突然、留美は大声で叫び始めた。
 乙女としては至極当然の反応だが、人を呼ばれたら壮太は死ぬ。社会的に。
「ご、誤解だ! そんなつもりじゃない! それでも俺はやっていないっ!」
 留美の口を押さえつけた。
「……むぐむぐむぐ(殺してぇ、この人を殺してぇ!)」
「わ、悪かった! バリケード作んの手伝うから! 頼む、人を呼ぶな!」


 ◇◇◇


 二つの影が広場の上を飛び交う。
 一つはペガサスに騎乗したフリューネ、もう一つは空飛ぶトナカイに騎乗したアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)だ。アリアは前回の空戦を反省し、フリューネに空戦騎乗戦闘の指導を頼んだのだ。
「そうそう、その呼吸を忘れないで。重心移動は素早く確実に。攻撃と同時に衝撃はちゃんと逃がす」
「少しコツが掴めてきました。もう一度、お願いします」
 騎乗戦闘は高等技術である。
 操縦と攻撃を同時に行うのは至難の技だ。さらに騎乗戦では特殊な戦闘技術が必要になる。攻撃を受ける時、攻撃を仕掛ける時、常に乗り手に衝撃がかかる。その負荷を如何に上手く散らせるかが重要なのだ。
 安全を期すなら、二人で騎乗するのが望ましい。操縦と攻撃で分担するわけである。
「あ、トナカイさん、もう少し頑張って……!」
 慣れない動きをして疲れたのだろう、トナカイは息を荒げふらふらと着陸した。
 アリアは手綱を放し、トナカイの首筋を優しく撫でた。
「ごめんね、無理させちゃって……」
 フリューネも地上に降りると、アリアは駆け寄って指導のお礼を述べた。
「うん、すぐものに出来ると思うわよ。剣術の腕前もなかなかだったし」
「ありがとうございます。剣には特別思い入れがあって……、それで練習してるんです」
 まさか褒められるとは思ってなかったのか、アリアは頬を赤くして照れている。
「じゃあ今度は、私が剣術を教えてもらおうかなぁ」
「わ、私がフリューネさんに……?」
「ここだけの秘密だけど、実は私……、槍以外はへったくそなのよ」
 冗談っぽく言うフリューネに、アリアはくすくす笑って、後日教えることを約束した。
「じゃあ、お礼に一つ、私の奥義を伝授してあげよう」
 名高い義賊の奥義と聞いて、アリアは目をキラキラと輝かせた。熱烈な期待を受け、フリューネは得意げにその技を披露した。そっとアリアの指を掴むと、その細い指をパキャッとへし折った。
「コツは躊躇しないことよ。この技さえ覚えれば、大抵の悪党は泣いて逃げ……」
 はっとすると、アリアは目に涙をいっぱい溜め、折れた指を押さえて震えていた。
 フリューネの顔色がみるみる青くなったのは言うまでもない。
「……ご、ご、ご、ごめん! つ、つい調子に乗っちゃって!」
「だ、大丈夫です……。でも、ちょっと手当してきますね……」
 身を持って奥義を会得した彼女は、唇を噛み締めながら小走りに去っていった。


 ◇◇◇


「やあ、お疲れさま。下で見ていたけど、華麗な戦いだったよ」
 フリューネが頭を抱えていると、鬼院尋人(きいん・ひろと)が大きな花束を抱え現れた。
 その顔には覚えがあった。前回の空戦でペガサスに異常な愛情……もとい愛の深さを示してみせた少年だ。動機はどうあれ、彼女(ペガサス)をかばってくれた恩人である。
「この間はありがとう。この花束、私に……?」
 花束に手を伸ばそうとするフリューネを素通りし、尋人はペガサスの前に片膝を折ってひざまずく。
 手を差し出したまま、フリューネは頬を染めた。恥ずかしい。
「あんたを守るためにタシガンから来たんだ。ユーフォリアを見つけて、捧げるよ、絶対に……」
 尋人の直感が訴えていた、ユーフォリアはペガサスに関係するものだと。その力でペガサスは気高く美しく咲き誇る、その直感を信じない理由を今のところ彼は見いだせなかった。
 ペガサスは捧げられた花束をむしゃむしゃ食べ始めた。
「美しい生き物は、やはり美しいものを食べるんだな……」
 怒るどころか、彼は感心している。
 そして、愛馬アルデバランを連れてくると、ペガサスに紹介した。
「どうだ、アルデバラン。彼は美しいだろう? ああ、おまえもそう思うか、気が合うなぁ、オレ達は」
 フリューネには見えなかったが、どうやら会話が弾んでいるらしかった。
「なあ、フリューネ、彼の名前はなんと言うんだ? 好きなタイプは?」
「名前はエネフだけど……」
 好きなタイプを訊いてどうするつもりか、と言いたくなるのを飲み込んだ。
「ああ、エネフ! 俺たちはファミリーだ! 一緒に暮らそう!」

「君、エネフから放れたまえ、嫌がっているのがわからないのか?」
 そこに白馬に股がったララ サーズデイ(らら・さーずでい)がカッポカッポとやって来た。
 相棒のリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)ユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)が付き添う。
 フリューネは三人の姿を見て顔をしかめた。エネフに馴れ馴れしくボディタッチしてきた三人組だ。
「やあ、また会えたね」
 ララは馬から下り、うっとりとエネフに視線を向けた。
「今日は私の愛馬グラニを紹介するよ。翼はないが君に劣らず美しいだろう?」
「触るな!」
 エネフの首筋を撫でるララに、尋人は指を突きつけた。
「あー、驚いた、とんだ泥棒猫だ。オレ達の邪魔しないでもらおう」
「フッ……、もう恋人気取りかい? 笑わせてくれる……見たまえ!」
 ララが指差すと、エネフはユリが焼いてきた大量のビスケットにパクついていた。
「ひえええ、な、舐めないで舐めないで〜。ビスケットはたくさんあるですからぁ〜」
 またしてもユリは菓子ごと舐め回されていた。
 今回はさらにアルデバランとグラニも加わり、三頭の舌技に腰砕けである。馬身に逃げ道を塞がれてしまったユリは、為す術無くペロペロされながら、よく周りが見えないが近くにいるはずのリリを探した。
「リリさん、リリさん、助けて欲しいですぅ」
 唾液でべちょべちょになったユリはリリに助けを求めたが、リリは普通に無視した。
「これでリリ達とエネフの関係はわかってもらえたであろう、間男?」
「アルデバランまで……、あ、あんた達、そんな卑劣な手を使ってエネフを……!」

「こんにちは、フリューネさん」
 醜い争いを繰り広げる戦場に来てしまったのは、琳鳳明(りん・ほうめい)にとって不幸な出来事だった。
「あの、この島にいる間、私にペガサスのお世話をさせてもらえませんか?」
 フリューネのことをもっと知りたいと思っているものの、フリューネの本心は見えてこない。この機会に鳳明は、ペガサスの世話をしながら彼女の人となりを観察しようと思った。
 ただ、ペガサスに関しては譲れない人間がここにいる。
「悪いが君の居場所はここにはない。エネフの世話は私たち三人で行う。テントに戻って寝ていたまえ」
 高らかに引き抜いたエペを突きつけ、ララは言い放った。
 これには尋人も負けていられない。
「テントに戻るのはあんた達だ。エネフはオレの家族だ、一緒にいてあげるのがオレの仕事だ」
 尋人はバスタードソードを突きつけ、ギラリと目を光らせた。
「わわわ……、ちょ、ちょっと、やめて!」
 尖端恐怖症である鳳明はたまらずフリューネの影に隠れた。
 服の裾を掴んでおどおどしていると、フリューネの手がポンと彼女の肩に乗せられた。
「キミの熱意に負けたわ。エネフの世話をお願いするわね」
「あ……、はい、頑張ります!」
 特に熱意は示していないが、採用である。採用理由はもちろん、一番まともだから、だ。
 抗議する尋人とララを置いて、そそくさとフリューネはその場をあとにした。
 2分後、鳳明は二人の嫉妬に満ちた視線を浴びて気付くことになる。貧乏くじを引かされた、と。