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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第2回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第2回/全3回)

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第1章 空の狭間に眠る島・後編



 日暮れ。
 太陽が遺跡の向こうに沈み、辺りはほんのり青い闇に包まれる。キャンプのたき火が点火された。
 生徒たちは仮設テントの前に列を作っていた。テントの中には大きな寸胴鍋が幾つも並び、網の上にはたくさんの肉の串焼きが乗っている。やっぱりキャンプの食事と言えば、カレーとバーベキューだろう。
「おかわりはたっぷりあるからねー。足りなくなったら、すぐ作るからねー」
 料理担当はセシリア・ライト(せしりあ・らいと)だ。
 自分の番が来たカルナス・レインフォード(かるなす・れいんふぉーど)は、彼女の手料理と知って満面の笑みである。
 無類の女好きと評される彼にとって、女子の手料理というだけでそれ即ち甘露である。
「食事を楽しみにしたかいがあったな、うん。さて何を食べ……」
 その時テーブルの下から妙な鳴き声が聞こえた。
 カルナスは怪訝な顔を浮かべる。
 セシリアは光条兵器のモーニングスターを取り出し、テーブルの下にいる何かを殴りつけた。
「テケリ・リ!」
 何かが鳴いてるが、テーブルクロスで隠れ見えない。
 二度、三度と殴打すると声は完全に聞こえなくなった。セシリアはふぅと一息吐いて、血にまみれたモーニングスターを肩に担いだ。唯一、その光景を目撃したカルナスは口をぱくぱくさせた。
「おい、そのテーブルの下に何がいるんだ……?」
「何って、バーベキューの材料だよ。来る途中に雲海で見つけたからたくさん捕まえたんだ」
 腹立たしいことに、串焼きは美味しそうだった。
 きっと何か幻聴の類いだったんだ。カルナスは自分にそう言い聞かせ、セシリアに注文した。
「……カレー大盛りで」


 ◇◇◇


「うーん、美味い! どっかの誰かさんにも見習って欲しいもんだぜ!」
 串焼きにかぶりついて、アレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)は声を上げた。
「……それ、どういう意味ですか、アレクさん?」
 契約者の六本木優希(ろっぽんぎ・ゆうき)は、ビン底眼鏡に鋭い光を宿した。
 おそらくその誰かさんなのだろう。険のあるアレクセイの物言いに、優希は珍しく不快感を露にした。いつもは仲の良い二人なのに、今日は圧壊しそうなほど空気が重い。他の生徒も何事かと遠巻きに見ている。
「はあ? 忘れたとは言わせねぇぞ! ユーキのメシの所為で俺様が昨日どれだけ苦しんだか!」
「そ、そんなのアレクさんだけじゃないですか、自分のお腹が弱いのを人の所為にしないでください」
 話の流れから察するに、優希の手料理でアレクセイは寝込んだらしい。
「……アレク様。大きな声はやめてください。ほら、皆さん見ていらっしゃるではないですか」
 もう一人のパートナー、ミラベル・オブライエン(みらべる・おぶらいえん)がたしなめる。
 アレクセイがジロリと周りを見ると、生徒たちは絡まれる前に目をそらした。
「それに優希様の言う通りです。わたくしも食べましたが、なんともありませんでしたよ。優希様の所為にしていますけど、アレク様のことだからどこかで拾い食いでもしたんじゃないですか?」
 静かながらもトゲのある口調だった。
「んだよ、俺様一人が悪者ってか、テメーらといるとメシがまずくなるぜ……!」
 アレクセイは立ち上がり、ふんと鼻を鳴らして去っていった。

 一部始終を見ていたマナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)は眉をひそめた。
 ドラゴニュートの彼女は、生まれつき生体に近い姿で生まれた。非常に成長が遅いため、その身体はとても小さく可愛らしい。周りにマスコット扱いされている彼女だが、実は正義感は人一倍強かったりする。
「こんな場所でケンカとは。どれ、私が行って仲裁してこよう」
「いけません、マナ様。目立たれては作戦に支障が……」
 と言いかけて、シャーミアン・ロウ(しゃーみあん・ろう)ははっと口をつぐんだ。
 狼系獣人である彼女はピンと耳を立て、今の言葉に反応した者がいないか警戒した。
「……マナ様の正義感には感服しておりますが、夫婦喧嘩は犬も食わぬと申します。それがしとて、そんなものは口に入れませぬ。見たところ、痴情のもつれの一種でありましょう。放っておくのが懸命かと」
 マナを主君と仰ぐマナ様原理主義の彼女は、無駄な諍いに関わらせないよう必死で止めた。
「……それほどに言うなら、やめておこう。ところで、クロセルから連絡はあったのか?」
「いえ、ありませぬ。まったく、あのろくでなしめ。何をやっているのやら」
 二人の契約者はヨサークの船に潜伏中だ。表向きには、ヨサークの船でフリューネのため情報を収集していることになっている。だが残念ながら、二人の契約者はそんな親切心で動くような人間ではない。
「まあ、よい。私たちはユーフォリアの手がかりを追う。フリューネから目を離すな」
 正義感の強いマナなので、空賊であるフリューネを無法者と捉えている。
 マナとしてはユーフォリアを先に手に入れ、フリューネの面目を潰すしたいところだ。
「まずは腹ごしらえです。明日はきっと忙しくなりますからね、力を蓄えておかねば」
 シャーミアンは串焼きを咀嚼すると、ガッとマナの頭を鷲掴みにした。
「それがしが咀嚼して柔らかくしておきました。ささ、マナ様、胃腸に優しいですよ」
 おげえと口の中のものを出して、そのドロドロの物体をマナの口元に近づけた。
「や、やめるのだ! そんな愛は重過ぎるのだ!」

 騒がしい二人の隣りには、よからぬことを思う人間がいた。
 マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)である。大人しそうな男の子に見える彼だが、かつて地球で処刑された連続猟奇殺人鬼である。死を偽装し姿も変え、現在はパラミタに潜伏しているのだ。
 彼の目線の先には、たき火を囲むフリューネの姿があった。
「石に変えたら、良い表情を出してくれそうだなぁ……」
 マッシュは快楽殺人者だ。拉致した人間を石像に変えて殺す方法を好む。
 石像好きの彼なので、なんならユーフォリアも石化した人間だったらいいのに、と思ってるくらいだ。
「……でも、指折られるのは嫌だな〜」
 だが、実力行使でフリューネに勝つ自信はない。
「ふふふ……、獲物を見つけた時の君は本当に良い顔をするね」
 マッシュの相方、シャノン・マレフィキウム(しゃのん・まれふぃきうむ)が怪しく囁く。
「なに、彼女はあとでゆっくり楽しめばいいさ。まずは、本来の目的通り空賊狩りに接触しよう」
 空賊たちを惨殺するその手口に、シャノンは甘美なものを感じていた。
 己の目的のために他人を踏みにじる、そんな背徳者が彼女は好きなのだ。吸血鬼である彼女は、背徳者たちに手を貸してやることこそ魔族の本懐と考える。彼か彼女か知らないが、空賊狩りにも是非力を貸したい。
「ええ、シャノンさん。今回はちゃんと我慢しますよ……」
 そう言いながらも、マッシュは名残惜しそうにフリューネを見つめた。


 ◇◇◇


「フリューネさん、セシリアの手料理はいかがですかぁ?」
 のんびりした口調で、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は話しかけた。
 フリューネの周囲には、数名の生徒集まって賑やかだ。こうして皆でたき火を囲み、わいわい夕食を食べるのもキャンプの醍醐味だろう。メイベルはフリューネの隣りを陣取り、ニコニコと微笑みかけている。
「キミのパートナーが作ったんだってね。うん、特にこの串焼きが美味しいよね。なんの肉なんだろう?」
「……わかりませんけど、美味しいんだからいいと思いますぅ」
 でも、メイベルは串焼きには手を付けていなかった。
「ところで、フリューネさんって、恋人さんはいらっしゃるんですかぁ?」
 尋ねると、フリューネは串焼きを持つ手をピタリと止めた。
「えっと……、どうしたの?」
「だって、空峡をまたにかける義賊の恋……なんて、ロマンチックな響きですよぉ」
「折角の機会ですから、フリューネ様の恋愛譚をわたくし達の参考にさせていただきたいですわ」
 メイベルのもう一人の相棒、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)はそっと後押しした。
「ふぅん……、そう言うキミ達はどうなの?」
「私たちですかぁ? 私たちの間で恋愛と言えば……」
 メイベルはちらりと遠野歌菜(とおの・かな)を見た。
 話題を振られた歌菜は顔を赤らめながら、そっと左手の薬指に光るリングを見せた。青いタンザナイトが中央に添えられたプラチナリングである。彼女の恋人が誕生石にちなんで贈ったらしい。
「えへへ、実は……彼と婚約することになって……、えへへ、恥ずかしいなぁ」
「では、歌菜さんは、もうすぐわたくしの後輩ですわね」
 このグループでは唯一の既婚者であるフィリッパは優しく微笑んだ。
「あ、あの、いろいろ相談してもいいかな?」
「ええ、もちろん」

「……で、どうなんですか? フリューネさん、彼氏はいらっしゃるんですか?」
 風祭優斗(かざまつり・ゆうと)はグッと身体を乗り出して、フリューネに質問した。
 それに呼応するかのように周囲の生徒が、フリューネに矢のように視線を集中させた。気になっている人は結構いたようである。しかし、この視線の弾幕の中で言うには、彼女の返答はそっけないものだった。
「残念だけど、彼氏はいないわ」
「……もしかして、彼氏じゃなくて彼女なのですか?」
 発想を逆転させたメイベルが、期待に満ちた目で問うたが否定された。
「そうですか。ではどんなタイプの人が好みなんです?」
「うーん、タイプかぁ……」
「ええ、教えて下さい。みんな、気になっているみたいですから」
 優斗は中空を飛び交う視線に苦笑いした。
「やっぱり笑顔が素敵な人だよね。辛い時も悲しい時も、その笑顔で吹き飛ばしてくれる人。そんな人が支えてくれたら、いいなぁとは思うよ。私がうっかり指をへし折っても笑って傍にいてくれると嬉しいな」
 でも、そんな人いないんだよね、と彼女が言うと優斗は同意した。
「ええ、普通は傍にいないで病院に行きますからね……」
「まあでも、今は恋人はいらないわ。ユーフォリアを見つけてからよ、全ては!」

「……話に出たユーフォリアだけど、どうしてフリューネさんは探しているんだ?」
 傍で聞いていた神和綺人(かんなぎ・あやと)が、おもむろに質問した。
 初対面なので遠慮していたのだが、話の流れにチャンスが出来たから思い切って訊いてみたのだ。この話題を出そうとしていた生徒は他にもいたらしく、先ほどのアレクセイや御凪真人、白砂司などが聞き耳を立てた。
「正直、あなたはお金のために財宝を求めるような人には思えない」
「……ロスヴァイセ家の誇りのため、かな」
「名を上げて没落した家を復興させる……とか、そう言うことか?」
 フリューネは微笑を浮かべて、質問には答えなかった。
「あの、フリューネさん! カッコイイです! 弟子にして下さい!」
 沈黙を破ったのは綺人の相棒のクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)だった。
 同じヴァルキリーでセイバーの彼女にとって、空峡で名を馳せた彼女は憧れの存在だ。きっと学べるものがあるハズと弟子入り志願したのだが、もう一人の相棒ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)はいい顔はしなかった。義賊とは言え、空賊とは二人に関わって欲しくないのが本音である。
(依頼だから仕方がないが……)
 二人を気にかけるユーリを他所に、クリスはフリューネに弟子入りを嘆願している。
「いや、だから弟子なんて取らないって……」
「そんなの嘘です。フリューネさんのお弟子さんからメールを預かってるんですから」
 クリスはそう言うと、蜜楽酒家で会った少女から送られたメールを見せた。

 題名:一応報告
 本文:空賊狩りに会ってスパイしてくる(サングラスの絵文字)別に裏切るわけじゃないから。
    それじゃ(飛行機の絵文字)

    八ッ橋優子(やつはし・ゆうこ)

 フリューネは深々とため息を吐いた。
「ほーら、私も弟子にして下さいよー」
「あのね、この子は弟子って言うかね、なんて言うかね……」
 弟子と言えば弟子であるが、完全なる押し掛け弟子である。姿が見えないと思えば、こんなことになっていようとは。空賊狩りに会うなど危険極まりない。優子が空賊狩りと遭遇しないことを、フリューネは願った。


 ◇◇◇


「さて、フリューネさん。食後のコーヒーをお持ちしましたよ」
 人数分のカップを持ったエル・ウィンド(える・うぃんど)がやって来た。
 黄金に輝く改造制服を纏った彼は、たき火の灯りを乱反射し非常にまぶしかった。服だけではなく、眼鏡も髪も黄金色である。あまりにもハイセンス過ぎて、世の凡夫たちはダサイと評したと言う。
「ところで、ボクから提案があるんだけど、フリューネさんの親衛隊を結成しないかい?」
「し、親衛隊!?」
 フリューネはぶふーっとコーヒーを噴き出した。
 ゲホゲホと咳き込む彼女だったが、他の生徒たちはエルの提案に興味を示した。
「フリューネ親衛隊クリス・ローゼン……。なんですか、これ、すごくカッコイイです」
「フリューネ親衛隊風祭優斗、ですか。この枕詞がつくだけで、なんだか誇らしげな気持ちになりますね」
「そう言ってくれると思ったよ」
 満足そうに頷くエルを、フリューネは止めた。
「い、いいわよ、そんなの。自分の身ぐらい守れるし、それに恥ずかしいから、やめて」
「何を言うんですか、フリューネさん。この島にはヨサークや空賊狩りが出没する可能性があるんです。自分の力を過信してはいけません、もっとボクたちを頼って下さい。それにどちらにせよ、みんな貴方の力になりたくて集まった人間ばかりです。どうせなら、自分の仕事にカッコイイ名前がついていたほうがいいでしょう?」
 止めても無駄なようだ。エルの自信に満ちた目から、フリューネはそれを悟った。
「わかったけど、あんまり他所でその名前ださないでね。恥ずかしいから」

 和気あいあいと騒ぐ生徒たちを、一息吐いてフリューネは眺めた。
 そう言えば、こんな風に皆で食事を囲んだのは、彼女にとって数年ぶりのことだったのだ。