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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第2回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第2回/全3回)

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第6章 獅子座の十二星華



 瓦礫の山が築かれている。
 崩落のあと、斜面には抉られた痕跡が残っていた。傷跡の下のほうに、瓦礫の山がそびえ立つ。多くの生徒が崩落に巻き込まれたので、安否が気遣われるところである。
 瓦礫の一部がガタガタと動き、下からグレン・アディールが姿を現した。
「大丈夫か……、ソニア……」
 崩落の際、彼はソニアを抱きしめ守っていたようだ。
 もう一人のパートナーの行方はわからない。契約者のグレンが無事なら、彼のほうも無事なハズだ。あの崩落の規模だと、離ればなれになってる契約者とパートナーが多そうである。
「やあ、無事だったか……?」
 契約者のシャーロット・モリアーティに肩を貸し、呂布奉先(りょふ・ほうせん)がやってきた。
 奉先は、瓦礫の前に怪我をしたシャーロットを座らせた。
「これ以上、崩れる心配はなさそうだな……、フリューネが心配だ……、探しにいく……」
「……彼女を心配するなら、もう少しここに残ったほうがいいな」
 奉先は殺気看破で、その存在を感知していた。
「間違ってたらすまないが……、おまえが空賊狩りだな?」
 付近の瓦礫の上で、挑戦的な瞳をしている少女は、先ほど空賊狩りと呼ばれていた少女だ。
「仮にそうだとしたら、あんたはどうするつもり?」
 方天画戟と名付けた長槍をくるくると回し、奉先は宣戦布告を行う。
「おまえを通すわけには行かねーんだ。俺が相手してやるよ、かかってきな、子猫ちゃん」

 空賊狩りはくるくると宙を前転しながら、奉先の鼻先に迫った。
 奉先は軽身功をその身に巡らせ、空賊狩りの放つ突きを捌く。閃光のごとく繰り出される技は、予想を上回る速度と正確さだった。奉先は狙った攻撃は確実に捌いている、だが、それ以上に空賊狩りの手数が多い。
「くっ……、とんだイタズラ猫だ」
 グレンはハンドガンによる射撃を試みた。
「下がれ……っ!」 
 彼の中ではまだ半信半疑だった。目の前のこの少女が、空峡を脅かす空賊狩りだとは信じられなかった。
「女一人に随分な歓迎ね」
 空賊狩りは標的をグレンに変更し、肉食獣のごとき俊敏な動作で迫る。
 前面に構えたジュラルミンシールドに、ドンッと鈍い衝撃が走った。跳躍した空賊狩りは盾を踏みつけた。人間一人分の体重が盾の上にかかり、グレンは思わず膝を突く。盾の向こうで青い火花が飛び散るのが見える。
「この程度であたしの前に立ちふさがるつもりだったの?」
「くそっ……! そこを……どけっ!」
 強引に盾を押し返し、グレンはハンドガンを突きつける。
 だが、そこに空賊狩りの姿はない。
「ば……、馬鹿な……!」
 彼の視界の端を黒い影が横切ったかと思うと、肩に鋭い痛みが走った。
 肩から血飛沫があがる中、彼は苦悶の表情を貼付けて地面に倒れた。

「どうもこの猫はしつけがなってないようだ」
 再び防戦に徹する奉先だが、彼女は一撃にかけている。決まれば勝利、決まらなければ敗北。
 その内に、勝利の瞬間が訪れた。
 一瞬のことだが、空賊狩りの攻撃に隙が生じたのだ。
 懐に飛び込み、奉先の一撃必殺『唇を奪う』が飛び出した。こんな時に何を言ってるのかわからないと思うが、筆者にもわからない。勇敢に戦ったグレンの事を思うと忍びない。
 だが、空賊狩りはバク転し彼女の抱擁をかわすと同時に、そのあごにキックを叩き込んだ。カウンターで炸裂した攻撃に、奉先の身体は仰け反りそのまま地面に倒れた。
 空賊狩りは爪を構えて、伏した彼女に近付く。
「今回は引っ掻かれて終わったか……、また今度遊ぼうぜ……」
「……あんた、変な奴って言われない?」
 息も絶え絶えで言う彼女の姿に、空賊狩りは呆れた様子で武器を納めた。
 呂布奉先、クールな美少女キラー。空賊狩りの唇を必ず頂くと、心に誓った。


 ◇◇◇


「この人が空賊狩り……、幾つもの空賊団を滅ぼした……」
 空賊狩りと対峙し、水上光はゴクリと息を飲み込んだ。
 誰もが思うように、彼もまた思う。もし、目の前の少女が空賊狩りならフリューネの身が危ない、と。危機の迫る女性を放っておくのは、控えめに言っても、男らしい行為ではない。それは彼の信念に反する。
「……ボクだってやればできるってこと、見せてあげるよ!」
 光条兵器の大型の両手剣を、腰の下で構え間合いを詰める。
 そして、おもむろに斬り掛かった。空賊狩りはひらりとなぎ払いを避け、光の喉元目がけて爪を走らせる。スパーク音と共に火花が飛び散る。空賊狩りの爪撃は、横から割り込んだ光条兵器の刀が受けた。
「光くん、正面から挑んでも無理だ……! こいつのスピードは普通じゃない……!」
 高村朗は光条兵器の刀を正眼に構え、敵の戦力を推し量る。
「じゃあ、どうすれば……?」
「話がまとまらないようなら、こっちからいくわ」
 空賊狩りは間合いを詰め、朗の懐に潜り込む。左右から繰り出される乱撃、一撃目は払ったが、二撃目が彼の胸を切り裂いた。空賊狩りは鮮血が飛び散るより速く、あびせ蹴りで彼を吹っ飛ばす。
 瓦礫に叩き付けられながらも、彼は力を振り絞って立つ。
「こ、こいつ……、何か弱点はないのか……!?」
「朗……、もう下がって。ここはボクが……!」
 光が両手剣を構えると、すでに空賊狩りは視界から消えている。
 はっとして見上げると、空賊狩りの恐るべき爪が、光の頭上で青く輝いていた。

 その時、空賊狩りの鼻先を、一条の閃光が突き抜けた。
 閃崎静麻は、光条兵器のバトルライフルをSモードに切り替え、距離を詰める。
「レイナは一緒に来てくれ、空賊狩りの注意を引きつける。魅音とクリティは、二人の援護を頼む!」
 レイナ・ライトフィードはライトブレードを抜き払った。閃崎魅音(せんざき・みおん)クリュティ・ハードロック(くりゅてぃ・はーどろっく)も頷いて指示に従う。
「二人とも、いったんそいつから離れろ! 近接戦を挑むには分の悪い相手だ!」
「みんな、巻き込まれないでねーっ!」
 そう言って、魅音は胸の前に手を掲げた。
 両手の間に煙のような白い光が収束、空賊狩りに向かって手を突き出す。瓦礫の隙間を、冷気が吹き抜けていく。地面には霜が降り、瓦礫が凍結していった。空賊狩りから一定の距離を取るための煙幕代わりである。
「静麻お兄ちゃんー、朗お兄ちゃんと光お兄ちゃんは無事だよー」
「マスター、こちらはこのクリュティにお任せください」
 魅音とクリュティの様子に少し和みつつ、静麻はまだ緊張を解くわけにはいかない。
「これで多少時間が稼げるといいんだが……?」
「ふぅん……、なんの時間を稼いでるの?」
 見上げれば、空賊狩りは瓦礫の上から静麻を見下ろしている。
「空賊狩り、剣の花嫁だったのか……、もしかすると、あんた【十二星華】じゃないのか?」
「へぇ、有名になったもんね」
 彼女はとくに驚いた様子もなく応えた。
「じゃあ、やっぱり……、何の目的があってこんな事を……?」
「おしえてあげない。どうもあんた達、あそこの高台に行かれるのを嫌がってるみたいね」
 空賊狩りは生徒たちの動きから、護衛対象を発見したようだ。
 静麻の質問は耳に入れず、彼女は中央遺跡を目指し跳躍した。



 ◇◇◇


「……フリューネさんに手出しはさせないよ!」
 瓦礫の中を進む空賊狩りに、神和綺人が立ちはだかる。
 妖刀村雨丸を抜き払い、綺人は斬り掛かった。渾身の踏み込みから放たれる袈裟切りを、はっきりと目で見切って空賊狩りは避けた。渾身の攻撃を空ぶった彼の脇腹に、空賊狩りの爪撃が突き刺さる。
 彼は数歩後ろに下がり、左手で傷の深さを確認する。
「あんた達、邪魔。大人しく道をあければ怪我しなくてすむのに」
「そう簡単に譲ったら、もう仲間って呼べなくなるからね」
 思いのほか傷は浅いようだ。
 彼が再び刀を構えようとすると、そこに九条風天が現れた。
「空賊を倒すあなたの姿勢……、一時でも賛同しかけた事を恥じます」
 そう言って、高周波ブレードを構える。
 仕事だからとここにいた彼であるが、今は少し心境に変化があった。フリューネの話に本心を聞いて、心を動かされたのかどうかは、自分でもわからないところである。
 ただ、少なくともここにいる生徒たちは、一晩共に過ごした仲間なのだ。
「あなたはボクの仲間を傷つけました……、仲間の敵を討たせてもらいます」
 高周波ブレードの刃を返し、空賊狩りと斬り結ぶ。
 しかし、風天の気合いのこもった一撃は、俊敏な空賊狩りの動きの前に届かなかった。
「……くっ」
「もう充分付き合ってあげたでしょ。そろそろ、覚悟はいいわね……」
 空賊狩りに危険な笑みが浮かんだ瞬間、空間の歪みとともに身体が重くなった。
 綺人が奈落の鉄鎖で、空賊狩りの動きを縛ったのだ。その時見せた空賊狩りの表情は、これまでの彼女が見せなかった、明らかな同様の表情であった事を、二人は目撃した。
「……風天さん! 今がチャンスだよ!」
 綺人の声にはっとした彼は、高周波ブレードの横一文字を叩き込んだ。
 ガキィンと鋭い金属音がこだました。風天の放った渾身の一撃を、空賊狩りは両腕の爪を交差させて受けていた。よろめく彼女の姿に、その一撃が体勢を崩した事がわかる。
「今まで当たらなかったのに……、技が入った!?」
 今日、初めて空賊狩りは相手の攻撃を受けた。
 避けると言う事は、その攻撃が効果的だから避けるのだ。
 空賊狩りは先ほどから、攻撃を防御するという行為をまったく取らない。それは俊敏さへの自信の現れかもしれないし、直撃を受ける事の恐怖からかもしれない。
 彼女自身も驚いた様子で、二人から後ずさった。
「……やめた」
 彼女はきびすを返すと、二人を置いて去っていった。


 ◇◇◇


「アレが噂の空賊狩りか……、見つけたぞ!」
 高速で移動する空賊狩りの姿を、エリオット・グライアスは見つけた。
 そして、肩を並べるウィルネスト・アーカイヴスと土方伊織に目配せする。
 塔状の高台に三人はいる。偶然にも崩落の際、瓦礫が積み重なって出来たものだ。足場の悪さをものともせず、水を切る小石のごとき軽やかな跳躍で、空賊狩りはまっすぐにこちらへ向かってくる。
 後方にそびえる中央遺跡には、彼女を招待するわけにはいない。
「……空賊狩りにはここでお引き取り願おう」
「ああ、イルミンスールの底力見せてやろうじゃねぇか!」
 エリオットとウィルネストが言うと、伊織も負けじと声を上げる。
「はわわ、援護ぐらいなら、僕にだって出来ると思うのですよ」
 空賊狩りを正面に捉え、三人は掌に魔力を集中させた。赤やオレンジの光を放つ粒子を、その手の中に収束させ、イメージを具現化させていく。手の中には、大きめのボールほどの火球が生成された。
 やってくる空賊狩りを射程に捉えると、エリオットは高らかに言った。
「ファイエル!」
 空賊狩りに向け、三人は火球を発射した。黒煙を巻き上げて、一直線に飛ぶ様はまるでミサイルだ。
 ミサイルは正面から来る空賊狩りに突っ込み、巨大な火柱を作ったのだった。
「どーだどーだ! 良い感じに燃やせたか!」
 ウィルネストは興奮した様子で言う。しかし、『やったか、と言ったら、やっていない』。
 炎上する瓦礫の中から、空賊狩りは風のように向かってくる。 
「こっちに来るぞ、迎撃を……!」
「ま、間に合いません!」
 困惑する三人の中央に、小さな影が降り立った。
「さっきの炎は、あたしへの挑戦と受け取ったわ」
 その目に光を宿すと、空賊狩りは空間を掻き混ぜるように回転し、伊織に斬り掛かるがすんでのところで、ベディヴィエールが身代わりになる。鎧に五本の傷跡が刻まれ、血祭りに上げた
 伊織の相棒、サー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)、は、伊織に斬り掛かるがすんでのところで、ベディヴィエールが身代わりになる。なまじホワイトアーマーを来ていただけに、真っ赤な血の色が生々しく映る。
「ぺ、ペディベールさん!」
「……お、お嬢様、無事でなによりです」
 鎧に五本の傷跡が刻まれ、彼女の身体は中空を舞って瓦礫に突っ込んだ。
 続いて、メリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)が挑む。
 メリエルは加速ブースターに点火する。青緑色の粒子を身体から噴出させ飛びかかった。
「スピードならあたしだって負けないんだからねっ!」
 メリエルと空賊狩りは低空を飛び回り、二度三度と刃を交える。
 だが、その度に傷つくのはメリエルだった。空賊狩りの爪撃が彼女の肩を切り裂き、失速してエリオットの元に落ちた。空賊狩りの本当に優れている点は、速度ではなく反応なのだ。


 ◇◇◇


「フリューネと連絡がつかない今、我々がここを守るのよ!」
 ヘイリー・ウェイクは瓦礫の上に『シャーウッドの森』空賊団の旗を掲げた。
 突然の崩落によって、生徒たちは混乱状態にある。未だパートナーと逸れたままの者もいる。おまけに空賊狩り襲来の報も入っており、数名の生徒が負傷したと聞く。
 フリューネと共闘出来ないのは厳しいが、空賊狩りを討つなら今しかない。
 ヘイリーは団員を見つめる、やはりまだ彼女が戻らないのは大幅な戦力ダウンだ。
「……ヘイリー、来るわ」
 リネンの知らせを受け、ヘイリーは振り返った。
 ヘイリーは空賊狩りと対峙する。まるで想像とは違う姿に、少々面食らったが、彼女は目的を果たす。
「私は『シャーウッドの森』空賊団団長、ヘイリー・ウェイク! 空賊狩り、その名と目的を明かしなさい!」
 よく通る声で、空賊狩りに指を突きつけると、彼女は目を細めた。
「はぁ? どうしてあんたに教えないといけないのよ」
「……くっ、偉そうな女ね。口で言うより、力で訴えたほうがよさそうね」
 ヘイリーはリネンと目配せし、連携を取る。
 ヘイリーのヒロイックアサルト『超感覚による強襲』と、リネンのブラインドナイブスによる息のあったコンビーネーションで、空賊狩りはさみ討つ。
 しかし、空賊狩りはその場で駒のように回転し、接近した二人を切り裂いた。腕にダメージを負ったヘイリーは膝を突き、脇腹を切り裂かれたリネンは瓦礫の上に突っ伏す。
「……リ、リネン!」
「……傷が浅かったみたいね」
 空賊狩りは跳躍し、ヘイリーの顔面をその爪で引き裂いた。
 しかし、その手応えはなく、爪は空を虚しく裂いたに過ぎなかった。
「これは……?」
 空賊狩りは眉を寄せ、振り返ると、別の場所にヘイリーはいる。
「遅くなって申し訳ありません、ヘイリー」
 友の窮地に、『シャーウッドの森』空賊団員エレーナ・レイクレディ(えれーな・れいくれでぃ)が駆けつけた。
「え……、エレーナ。遅かったじゃない……」
 安堵の息を漏らし、ヘイリーはその表情を綻ばせた。
 そして、エレーナと御陰繭螺とフェルセティア・フィントハーツの契約者、アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)も任務を終え、『シャーウッドの森』空賊団に復帰した。
「アーちゃん! やっと戻ってきたぁ〜〜、うえぇぇ〜〜ん!!」
 ずっと心配していた繭螺は、アシャンテの姿を見て思わず泣き出してしまった。
「まったくもー、まゆまゆは今回、ダメダメだったねぇ〜」
 とことこやって来たフェルセティアの頭をアシャンテは撫でた。
「……よくやった、セティ」
 ずっと繭螺を支えていてくれた事を、アシャンテは感謝したのだ。
 そして、アシャンテは空賊狩りに向かい合うと、左手の雅刀を構え、右手に光条兵器の銃を構えた。
「……私のいない間に、好き勝手してくれた礼はさせてもらう」
 アシャンテは刀を振りかぶり初撃を繰り出した。空賊狩りはその間合いを見切り、跳んだ。アシャンテの銃撃をかわしつつ、空賊狩りは両腕から爪撃を繰り出した。
 しかし……、またしても、その一撃は空を斬った。
「また……?」
「……どこを見ている?」
 アシャンテの声がどこからか響く。
 空賊狩りが切り裂いたのは、ただの幻である。手応えのないアシャンテの幻影が、空賊狩りに引き裂かれ、文字通り霧散していった。ヒロイックアサルト『幻惑の霧』、虚像を見せる霧を生む奥義である。
 気が付けば、アシャンテと『シャーウッドの森』空賊団はリネンを連れ逃亡していた。
「……もしかして、コケにされた?」
 憤る空賊狩りの耳に、どこからかアシャンテの声が響く。
「……礼はさせてもらった」