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リアクション
第九章 ――地下・第二層――
・戦い終わって……
「閃光球が、消えた?」
「同時攻撃。どうやら有効だったみたいですね」
梓、リヴァルトが部屋を見渡して呟く。なんとか耐え凌いだようだ。
「皆さんお疲れさまですっ!」
「ひとまず回復しておきましょう」
部屋の中央に戻ってきたひなと緋音がヒールやSPタブレットでその場の者達を癒していく。
「やったな、みんな!」
周も戻って来る。続いてリアトリス、蘭丸と来て、にゃん丸だ。彼はリヴァルトに近付いていく。
「リヴァルト」
申し訳なさそうに声を掛けるにゃん丸。
「その……疑ってて悪かった。熱くなって弁解でもしてくれりゃ信じるのに」
戦いにおける彼の動向から、リヴァルトが自分達を騙そうとしてなどいないと確信したのだ。それどころか、この状況を切り抜けようと自分から身を挺そうとさえしていたのである。
「はは、お気になさらずに。正直疑われても仕方ない状況ですから」
気にした風もなく微笑を浮かべるリヴァルト。
「あとは下りた出入口が開けばいいんですが……」
そう声に出すなり、背後のシャッターが上がった。
「ひな、アカネ、無事か!」
真っ先に飛び込んできたのはレイディスだった。
「はい、なんとか大丈夫です」
「皆で切り抜けられましたっ」
二人の様子を見て安堵する。そしてリヴァルトの姿が視界に入るや否や、レイディスは飛び出し、強い剣幕で睨みつける。
「おいてめぇっ! 勝手に進んだ上に仲間を危険な目に合わせやがって!!」
彼にはリヴァルトの独断専行が許せなった。
「……申し訳ありません」
ばつが悪そうに頭を下げるリヴァルト。彼にも後ろめたさがあったらしい。レイディスは何も言わずに緋音達のもとへ歩み寄っていった。
「まあ、無理もないねぇ。あんたの行動やここに来るまでの飄々とした態度、誤解されても文句は言えないぜ」
ぽん、とにゃん丸はリヴァルトの方に手を当てる。
「まあまあ、せっかく合流出来たんだから仲良く行こうじゃないか」
終夏がその場の空気を良くしようと試みる。実際、一部を除けば関係が悪いというわけではない。
「さて、先には進めそうですが……あの扉はどうすれば開くのでしょうか?」
ウイングが真正面にある閉まったままの扉を見据える。
「この部屋には備品も何もないみたいですね。どこかにスイッチのようなものがあればいいんですが……」
戦っていたからこそ、この部屋には破壊された魔法陣以外に特に目立ったものがないと緋音には分かる。
ちょうどその時だった。
「今度は何だ!?」
閉ざされた道の前に突如として光が起こり、幾何学模様――魔法陣が出現する。光が消失した時、そこにはあちこちが破れた黒いローブを纏い、血を流した左腕をだらりとぶら下げた姿が現れた。
「……皆さん、下がって下さい」
クライスが静かに一歩踏み出す。目の前の人物はふらつきながらもなんとか立っている。顔にはヒビの入った仮面。そして――その仮面が砕け、中の素顔が露わとなる。
「な、女……だと!?」
驚きに声を上げたのは周だ。無貌の仮面の下にあったのは、精巧に造られた人形のような整った顔立ちであり、底の見えない漆黒の瞳があった。同時にフードが外れ、白銀の長髪がたなびく。白い肌も相まって、それは神秘的に輝いてさえ見える。
図書館で先程まで死闘を演じていた守護者であった。やはり最後の攻撃がかなり効いているのか、その場に膝をつく。
クライスの他にも、リアトリスやウイングが動き出した。目の前の女性が危険な存在ならば斬るつもりだ。
「待って下さい!」
その時大声を上げたのはリリエである。
「その方がこの遺跡について何か知ってるかもしれません」
まずは話してみよう、とのことだ。
「それに、一度迷い込んだリヴァルトさんをあえて殺さなかったんです」
リリエの言葉を聞いた一同は決して気を抜く事はなく、しかし一時的に武器を下げた。
「そうですね。私も質問があります」
リヴァルトも一歩前へ出る。だが、リヴァルトが問う前に
『なぜ貴様がここにいる? 記憶は完全に消したはずだ』
という声が頭の中に響いた。思念によるものだが、それは凛とした女性の声だった。
「どういうことだ?」
梓が首を傾げる。
「この方が私の記憶を消そうとした事は分かりましたが、それが完全でなかったようです……妙ですね」
リヴァルト達は眉をひそめる。もしこの場に図書館で戦った者がいたなら、ありえないと思った事だろう。それほどの力を持つのが目の前の人物なのだ。
『……どうするつもりだ。このまま殺すのか?』
「教えて下さい」
リリエは守護者に頼み込む。遺跡の真実を知るために。
『我が使命は、主が帰還するまでこの地を守り抜く事だ。貴様らが阻むなら排除するまで』
立ち上がろうとする守護者。
『だが、本来ならばこの地には主以外の者が入ることなど不可能なはずだ』
その言葉を聞いてさらに訝しむ一行。
「どういう事ですか?」
『人払いの術式がこの建物の周囲には張り巡らされ、誰も存在に気付かない。偶然に迷い込むなどもっての他だ』
この遺跡が発見された事自体、守護者には不確定要素だったようだ。
「でも万が一のためにここを任されていた、ってわけだよね?」
終夏が問う。
『そうだ。我はここの全てを任されている。だが、扉の向こう側は知らぬ。我の中にあるのはこの場所に関する記録であり、人としての記憶は一切存在しない』
それは知識としてこの遺跡の事は知っているが、一人の人間としての経験による記憶の全てを持ち合わせていないという事に他ならない。
「あなたは自分が守ってるものの正体を知りたくはないのですか?」
ウイングが尋ねる。
『欲望は我には存在しない。ただ守るべきものだと知っていればそれで問題はない』
守護者も譲る気はない。
「それでも私達は行く必要があります。なぜ私がここに来れたのかを確かめるためにも」
リヴァルトは引き下がらない。しばらく目を合わせ続ける両者。
『ならば我も確かめねばならぬ。今がその時なのかを――』
守護者の合図と共に彼女の背後の扉が開く。そのまま一行を先導するかのようにゆっくりとした足取りで歩き出す。
「ついて来い、ってことか?」
にゃん丸が呟く。
「そのようですね……罠かもしれませんが」
クライスが懐疑的な様子で守護者の背中を眺める。
「じっとしてたって始まらないだろ? 何があるかは分かんねーけど、行こうぜ!」
周が他のみんなを促す。
「封印の扉は確かにこの先なのかもしれんが、着いたところで俺達までまとめて記憶を消されるのは御免だぜ」
口に出しつつも、にゃん丸も後に続いていく。
「ここでは情報が得られませんでしたが、この先にはあるかもしれません。危険かもしれませんが私も行きます。その前に禁猟区を」
前を歩く者達に禁猟区を施し、緋音も続く。他の者も皆、通路の奥へと進んでいった。
***
「なになに、『扉を閉めると地下に行けます。アトラス遺跡調査団』ってことはやっぱりエレベーターじゃない、これ」
「でもこれ地下行き専用でしょ。まあ、エレベーターに変わりはないけど」
月実とリズリットがそのような話をしているのは、地下行きの小部屋の中だ。
「ってことはこれを閉めてっと。重いな」
日和が扉を閉める。すると、部屋が揺れ始めた。
「驚いたな。下へと向かっているようだ」
悠姫がまじまじと部屋を見渡している。小部屋とはいえ、通常想定されるエレベーターよりは遥かに大きい規模だ。
「俺達より先に行った連中がこういう目印を残してくれたのは有難い。じゃなかったら、多分分かんなかっただろう」
日和がメモ用紙を手に取る。紙の具合からして、自分達と同じ調査団の一員が置いていったものに間違いはないようだ。
「あら、着いたようね」
しばらくすると揺れが収まり、自然に扉が開いた。
「ここが地下か。一本道のようだが……先行組がいるのはやはりこの先だろうか?」
悠姫が呟く。
「だろうな。見ろよ、微妙に靴跡が残ってる。奥に行けば誰かには会えるだろうよ」
日和は通路を見渡して確信した。
さらに奥へ進むと、今度は無菌室のような広い部屋へ躍り出た。
「何だろう、この部屋。消毒室?」
月実には何か確信が持てない。
「近いものはあるけど、ここって研究室かなんかじゃない? 強ち研究所ってのは間違ってないのかもね」
リズリットが見渡して言う。
「誰かが戦った形跡……この部屋で何かに襲われたようだ。が、この様子だとそんなに前じゃないみたいだし、もうこの奥に行ったみたいだ」
機能しなくなった魔法陣や閃光球が当たったらしき壁を見て日和は気付いたようだ。
「日和ちゃん、気をつけて下さいね。ここで戦ってたってことは、この先も安全じゃないかもしれないってことなんですから」
マールが日和に注意を促す。
「分かってる」
一言だけで答える。
(もしなんかあったらそれこそ面倒だ)
口に出さなかった部分は心の中に留めておく。
「やはりただ先へ行くしかないようだな。もしかしたら、急げば追いつけるかもしれない」
奥へ続く通路へ踏み出そうとしていた悠姫が振り返り、他の者に確認するかのような目を向ける。
「ここは、行けるとこまで行くしかないわね」
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