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リアクション
第八章 ――第三層――
・読み解く者
「くっ、遅れを取りましたか!」
図書館一階で守護者との戦闘が始まっていた頃、島村 幸(しまむら・さち)とパートナーのアスクレピオス・ケイロン(あすくれぴおす・けいろん)は図書館三階の仲間達のへの合流を果たしていた。彼女達の他にも、椎名 真(しいな・まこと)、七枷 陣(ななかせ・じん)、陣のパートナーの小尾田 真奈(おびた・まな)も同時に駆けつける。先に図書館内部にいた東條 カガチ(とうじょう・かがち)からの無線での連絡をベースキャンプで聞き、ここまで来たのだ。
(連絡もらって島村さん達ときてみたはいいけど……凄いなここ……!)
とても古代の施設とは思えない姿に真は驚嘆しているようだった
「ついさっきおねえちゃんがとんでもないものを見つけてねぇ。しかも、見ての通りなんかヤバイのも出てきたし」
カガチが現状を説明する。
「で、おねえちゃん、詳しく説明して欲しいんだけど……」
彼はパートナーのエヴァ・ボイナ・フィサリス(えば・ぼいなふぃさりす)を一瞥する。
「ええ、す、少し待って下さい。少々衝撃が大きかったもので」
エヴァは顔を強張らせ、わなわなと震えている。書の記述が彼女にとってあまりに大き過ぎるものだったようだ。
「えーっと、とりあえずそこに書かれてるのは非人道的な兵器実験とからしい」
仕方がないので、カガチがざっくりと説明する。実験、という言葉に幸が反応した。
「非人道的実験、ですか。それが具体的にどんな実験だったかが分かればいいんですが……もしここが実験場だとしたら、暴走の可能性もありますからね。知っていれば万が一そうなった時に対処出来るでしょう」
その話を聞いて彼女は冷静に現状を考察している……ようだが、どことなく湧き上がるものを抑えているようにも見える。
(非人道的な実験は許しがたいですが、ここにある山ほどあるだろう未知の知識はぜひとも手に入れておきたいですね。ふふふふ、あはははっ……はっ!)
じっくり考えていたものの、つい歓喜の声を上げてしまう。
「……失礼しました。何やら古代シャンバラ語のようなので解読は専門家に任せて私達は資料探しといきますか」
幸は近くの本棚から探し始めた。
「ふーん、古代語かぁ……事前の予習はちゃーんとしてきたから任せてくれよ」
アスクレピオスは自信ありげに幸に向かって言ってみせる。
「オレも解読したいんやけど、まずは本に当たりをつけんとな」
トレジャーセンスのスキルを生かし、本を漁りにかかる陣。
「ご主人様、私も手伝います」
真奈もまずは一緒に探すようだ。
「なら俺はせっかくここにトランシーバーがあることだし、連絡役に徹することにするよ」
連絡役を買って出たのはカガチである。
「なんだか妙な事になったねぇー。ま、調べるのは専門家に任せてっと」
佐々良 縁(ささら・よすが)は言葉を発するなり三毛猫耳としっぽが生えた。超感覚を使っているのである。彼女のパートナーである佐々良 皐月(ささら・さつき)と蚕養 縹(こがい・はなだ)も、縁と共に警戒を強めている。
「下はもっとヤバイし。警戒するに越したことはないよねぇ」
「そうだね、何やらさっきから戦闘音が聞こえてきてるし。それにこんな馬鹿げてるほどの魔力を持った相手がすぐそこにいるんだ。何が起こってもおかしくないよ」
真もまた解読組の護衛をするようだった。
「ふう、大分落ち着きました。なぎさん、この辺りの本片っ端から持ってきてもらえますか?」
動揺していた心を落ち着かせたエヴァは柳尾 なぎこ(やなお・なぎこ)に指示を出した。
「わかった。おねえちゃんのお手伝いします!」
なぎこはすぐさま近くの本をかき集めに奔走し出した。
(なぜこんな兵器を……しかもこんな技術、聞いたこともありません)
古代シャンバラに生きた彼女でさえも、そこにある記述が信じがたかった。同時に、何も知らなかった事に悔しさを覚えていた。
(ワーズワース……)
本の中に書かれているその言葉をエヴァは呟いた。
その時、図書館の館内が明るくなっていくのを感じた。天井を覆いつくすほどの光の矢が三階にいる者の目にも映りこんだ。
解読班から離れ光ってる書物――古代の魔道書を探していた曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)もそれを目撃していた。
「うわ、なんだありゃあ? あの下の守護者ってのは一体どれだけの魔力を持ってるんだ?」
目の前に浮かんでいる光の矢の数を見れば、その場の誰もが驚愕することだろう。そしてその矢はこの場の者を襲おうとしているのだ。
「とにかくこの光ってる本が役に立てばいいんだけど……さっき何冊か爆発したからなぁ」
瑠樹は本を既に何冊か調べたようだった。ダミーの魔道書も、開いてから爆発までにほんの少しのタイムラグがある事が分かった。一秒にも満たないが、うまく反応すれば重症は免れることが出来る。彼が今ほとんど無傷に見えるのは、パートナーのゆる族、マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)にヒールを施してもらったからである。
「マティエ、こっちの本は大丈夫だから頼む」
「分かりました。でも、今やっていいのでしょうか?」
下には無貌の魔道士、しかも結界に阻まれて戦う者達は防戦一方となっている。そして宙に浮く百を超える光の矢。
「もしあの矢で妨害されたら仕方ない。ただ、下の状況を見るとこれを探してる人たちがいるんだよな。出来れば渡してやりたい」
一度だけであるが、下にいる調査団の一人が強力な魔法攻撃を仕掛けたのを瑠樹は目撃していた。
「りゅーき、やってみます」
マティエはたまたま一階の隅の方で魔道書を探しているだろう人と目が合ったため、そこへ向かって魔道書を降ろした。
その瞬間、光の矢が一斉に放出された。大部分は一階部分に降り注いだが、そのうちの何本かは三階フロアにもやってくる。
「うお、撃ってきた!」
二人は寸でのところでそれを交わした。外れた矢は本棚にぶつかると四散した。
「何もこっちにまで来なくたっていいでしょーに……っとぉ!」
解読班の方にも矢は向かっており、縁は射撃でそれを相殺していく。
「ワタシだって!」
皐月は魔法でもって対応する。矢の一本一本はそれほどの威力は通常の魔法で十分対処出来るものだった。
「こういう類の攻撃は想定外ですぜ。でも、防げぬことはありゃせんぜ」
縹は先の先で矢の軌道を読み、十手で横から弾きだす。魔法に対する抵抗力が強くはないため、正面から受け止めようとはしない。
「みんなは絶対に護る!」
真は三階に向かってくる光の矢に対し、則天去私を行使する。それにより、解読班への攻撃は完全に沈黙した。
「みんな無事か!?」
真が背後を振り返った。
「ん、なんとかねぇ〜。まさかこんな形でくるとはねぇ」
魔法による無差別とも取れる一斉射出。自分達が警戒していなかったら危ないところだっただろう。
「皐月お嬢、こっちですぜ、こっち。もう矢はきませんぜ」
ふらーっとどこかへ行きそうになる皐月を縹が止める。
「まずは一安心、だね。でもまだ何が来るか分からない……ん?」
真が吹き抜け部分を覗くと、ちょうど守護者に向かって二階から飛び出していく影が見えた。小さく白い姿であった。
***
「一体あの魔力はなんなの!? あんな強敵相手にしてられないわ。本棚の影に隠れてこの本を……読めるようになってる。これも……。さっきの幻覚と一緒に本にかかってたものも解けたようね。今のうちに重要そうな内容はチェックしとかないと。師匠から学んだ博識で遺跡の謎を解いてやるんだから」
時間は守護者が現れた直後に戻る。如月 玲奈(きさらぎ・れいな)は本棚の書物を調べ始めた。
「でもここは危険ね。まずは安全圏までなんとか移動しないと……」
目星を付けた本数冊をパートナーのオオカミ姿のゆる族、ジャック・フォース(じゃっく・ふぉーす)に持たせて、慎重に移動する。
(まさかこの本全てにまで魔法が掛けられていたとは……もしかしたらこの中に『あれ』があるかもしれませんね)
玲奈のもう一人のパートナー、レーヴェ・アストレイ(れーう゛ぇ・あすとれい)は本を集めながら、そのような事を考えていた。
「とにかく早く上へ行くぞ。この階は危険だ」
ジャックに促され、南側の螺旋階段を上っていく。
同刻、二階。
「あの魔力、一体なんなの!? とてもじゃないけど相手にしてられないわ」
こちらでも守護者の強大な力を感じ、身を引いた者がいた。ミレーヌ・ハーバート(みれーぬ・はーばーと)である。
「ここは本棚の影に隠れて本を……うそ、読めるようになってるみたい。さっきの幻覚と一緒に本にかかってたものも解けたようね」
興味深げに書物に目を通していく。
「古文書に幻覚、それにあれだけの守護者が居るってことは、きっとこの遺跡には凄い物が眠っているのかもしれないんだぞ! なんかわくわくしてきたよ」
「重要なものがあるってのは確かだろう。ただそれが無害な宝なら問題ないが、危険な物や封印の類だった時が怖いな」
彼女のパートナーのアルフレッド・テイラー(あるふれっど・ていらー)とアーサー・カーディフ(あーさー・かーでぃふ)が続けて声を発する。
「古代シャンバラ語だってことは分かるけど……ああ、もう少し勉強しておけばよかった」
本の記述が読めるようになったことに変わりはないが、古代シャンバラ語ゆえに解読に苦戦する。
「誰かこういうのに詳しい人か、もしくは翻訳書でもあれば読みやすくなりそうだけどな。同じように近くで解読してる人がいればいいんだが……」
アーサーが頭を抱える。
「さて、戦闘なんてほかのやつらがやってくれるでしょ。現に下ではみんな構えてるみたいだし。僕はこの本を……」
ニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)は二階の隅で本を読み始める。それは光っている書物の一つであり、身体強化型のものだった。
(強化の魔法ね、とはいえこの位置から下で戦ってる人にかけるのは難しいし。ん?)
ニコの目に飛び込んできたのは、北側の螺旋階段を駆け下りる姿だった。永式 リシト(ながしき・りしと)とパートナーの山時 雫(やまとき・しずく)である。
(まあ、ちょうどいい。どんなものか知るためにも使ってみるか)
立ち上がり、ほんの少しだけ前に出て強化魔法を行使する。
「ん、なんだこの力は?」
予期せぬ自らの変化に戸惑うリシト。それが強化魔法によるものだとは夢にも思わない。
「どうなさいました?」
雫は彼に起こった変化にまだ気づいていないようだ。
「何やら未知の力がこみ上げてくる。これならあの結界を破れるかもしれない」
当初は弱点が見つかるまでは時間稼ぎをするつもりだったが、今なら守護者に対抗出来るかもしれないとリシトは考える。
(ん、本の光が消えた? なるほど、一度きりしかこの魔法は使えないのか。じゃあさっきの子が持ってたのも同じかな? 仕方ない、別の本を探そう)
本の記述を読んで得た知識も、一度きりしか使えなければ役に立たない。表紙の魔方陣からして使い魔に追わせたものも同系統のものだろう。すぐに別の本を手に取り、ニコは読み進めていく。その様子をパートナーのユーノ・アルクィン(ゆーの・あるくぃん)は不安げな表情で眺めている。
「古代シャンバラ王国に関する文献なら私も知りたいところですが、なぜニコさんはそこまでして知りたいんですか?」
思わずニコに問いかける。
「大それた理由なんてないさ、ただ僕は色んな事を知りたいだけだよ。ここに古代の知識があるのなら、尚更ね」
ニコはユーノに向かって不敵な笑みを浮かべた。
(……煩いですけど……今は仕方がないですね。それよりもせっかくこれらの本が読めるようになったのです……解読を進めないと……)
同じ階でレイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)も書物の解読に勤しんでいた。
(全て古代シャンバラ語のようですね……。仮にも魔法学校の生徒です……ある程度ならワタシにも読めますよ)
ページを開いて本を読み解いていく。今手元にあるのは資料検索の特技を生かして得たものだ。
(融合実験……魔獣……これはこの遺跡の記録でしょうか? それとも……古王国としての公のものでしょうか?)
手に取った書物に書かれていたのは合成獣(キメラ)の生成法や、魔力の技術転用に関するものだった。難しすぎる単語は推測するしかなかったが、大筋くらいは掴む事が出来た。
「本が読めるようになったですぅ……不思議ー」
シャーロット・マウザー(しゃーろっと・まうざー)もまた、古文書が読めるようになったことに驚きを見せていた。考古学の心得のある彼女にはかなり詳しいところまで読めるようだ。
「何か重要な事も分かってくるかもしれませんし、これは調べる価値が……」
「調べるのはいいんだが、せっかく読めるようになったんだから何冊か取ってくれ」
シャーロットのパートナーのセシル・ライハード(せしる・らいはーど)が書物を取るよう彼女に要求する。
「ええ、またですかぁー!」
今度こそ読めると思った矢先のことだった。
(いい加減に私にも読ませて欲しいですぅ)
不満気な表情こそすれど、断ることは出来なかった。
「せっかくフロアの隅にいるんだ。少し出れば騒がしい事になってるんだし、今のうちに読み進めるのに越したことはないだろう?」
(単に自分が動きたくないだけじゃないですかぁ!)
心の叫びを抑えつつ、仕方なしに魔道書を探すシャーロット。
「光ってる本がありますけど、どうしますぅ?」
「とりあえず確保しといてくれ」
表紙に魔方陣の描かれた光る書物――魔道書を二、三冊手に取りセシルのもとへ運ぶ。
「せっかく読めるようになったのはいいが、随分と小難しい事が書いてあるもんだ。もう少し噛み砕いて欲しいものだな」
古代シャンバラ語の細かい表現までは長い時を生きてきた吸血鬼たる彼にも完全には読み解くのは難しい。それが高度に専門的なものなら尚更である。
「魔道書みたいな本もありますが、ここに書いてあるものだけでは効果はないみたいですぅ」
光る本以外にもシャーロットは魔法に関する書物を発見したが、それは実践的なものではなかった。何かに使うための魔法理論のようだった。
その時だった。図書館の中央が光に包まれ、フロア全体が明るくなったのは。
「な、あれはなんですかぁ?」
宙に浮く無数の光の矢。それらは今にも図書館全体に降りそそごうとしていた。
「……あれはさすがにヤバイな」
セシルが手にした本を閉じ、立ち上がる。それと同時に光の矢が二階にも迫った。一階ほどではなくとも数が多い。
「セシルぅ、その魔道書でなんとかして下さい!」
出来る限り温存しておきたかったが、こうなってしまっては仕方がない。
「面倒だが、このままじゃ俺達もヤバイだろうな。まったく……」
徐に一冊を手に取り、開く。幸いにもそれはダミーではなかった。魔道書の知識と魔力を借りてセシルが攻撃魔法を発動する。
光の矢よりも強力な波動が放出され、二階部分に迫る十数本の矢を飲み込んだ。
「……なんて威力だ」
それは使用した本人の度肝を抜くほどのものだった。
「さて、邪魔者はいなくなったことだし」
セシルは再び隅に戻ると座り込む。
「これ読み終わったヤツだから新しいのを頼む」
またもやシャーロットをこき使おうとするのだった。
(ちょっと働いたからって……ああ、私も本が読みたいですぅ!!)
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