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リアクション
6-07 テング山の戦い(2)
テング山の麓でも、戦闘が開始されていた。
鋼鉄の獅子が隊長レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)と獅子の牙ルカルカ・ルー(るかるか・るー)、対するは黒羊の正規兵だ。
レオンハルトは、上方を見上げる。山間に身を潜め、こちらを窺うカラス達。
まだ、テング山は落とせていない。
さすがの鋼鉄の獅子も、若干の苦戦を強いられていた。
こちらの位置を、敵が把握できるからだ。カラスどもが、上へ下へ飛び交い、指揮を執る者にこちらの情報を素早く伝える。
しかし、それならば……!
「はぁっ!」
レオンハルトは、手綱を引いた。
精鋭のパルボン騎兵を率い、自らも駿馬を操って駆ける。
「続け!」
レオンハルト、それにルカルカもすでに百戦の勇士。レオンハルトの素早い判断と、ルカルカの戦い振りには敵も翻弄されていた。その行動を抑えきることは容易でない。
――黒羊の一隊。
この指揮を執るのは、
「……」
綺羅 瑠璃(きら・るー)。
「……来た、か」
敵騎兵だ。
こちらの200に対し、わずか二十騎程にしか見えない。しかし、山あいのあちこちから現れては、攻撃を仕掛けてくる。
「……押し潰せ」
すぐに、敵は逃げ出した。
「……深追いは、するな」
あの退き方は、誘い込むような退き具合。
「……鋼鉄の獅子。……」
「瑠璃将軍。どうして、追撃しませぬのか!
あの小うるさい蝿。一飲みにしてみせましょう! 50程、お貸し下され!」
「……待つのだ。……あ」
前方の一隊が、横合いから現れたまた同じ騎兵に、突っ込んでいく。
「敵は少数だ。一揉みに潰せ!」
カラスが、ばたばたと降りてくる。「瑠璃将軍。敵騎兵の逃げた先、数百メートルの山間に、伏兵と思われますぞ!」
「……遅い。敵の戦術だ」
ルカルカのブライトグラディウスが振り下ろされる。
追ってきた敵を、鋼鉄の獅子の遊撃部隊が待ちかまえていた。
パルボン歩兵の100だ。ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が指揮を執る。ルカルカを突撃の旗頭に、ダリルが次々、兵を繰り出す。夏侯 淵(かこう・えん)が声を張り上げ、士気を高める。
側面からの強襲だ。敵は崩れた。
ダリルは、やはり、山を見上げる。見えるのは、カラスばかり。
何か、罠があるのでは……?
天霊院が向かっている。有事には天霊院からの合図がある筈だが、まだ、上り詰めていないのだろう、と思う。
ダリルは、隊の守りに厚薄を設けることも忘れなかった。敵の窮鼠化を防ぐためである。
こうしてダリルの戦術は確実に敵を削っていった。
「これだけか。もっと来れば全部まとめて、叩けたのに、つまんない」
「ルカ。まだ、今は敵のが優勢なのだ。数においても、陣の配置においても。少しずつだ。少しずつ、形成を傾けていく。行くとしよう」
遊撃隊はそうして、一通り敵に打撃を与えると素早く場所を変えた。すぐに、敵に位置を見つけられてしまう。移動中の敵部隊を見つければ、すぐに攻撃を加える心積もりでいるが、敵もこちらの動きを察知してくるので、なかなか難しい。
物資も奪えていない。やはり、どこかに敵の物資がまとめられているのだ。そこを潰せば、ささやかでない宴会もできようものだろうが。
ダリルは、もどかしい思いであった。
「少し隊を休ませたいな」
「そうか。俺に任せろ」
「カルキ?」
「何。俺ものんびり風景や風を満喫させて貰うだけさ。ちょい離れてな」
カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)はあえて、山の少し上面にまで行って、腰かけた。
「……」「……」カラスが、寄ってこない。カルキノスは成体に近い竜族なので、さすがにカラスどもは恐れをなすようだ。
長く休んでもいられない。
また、レオンハルトの騎兵が囮となり、敵を誘き寄せる。敵の数は多い。確実に減らしていかねば。
しかし、黒羊側も策をもって戦っていたのだ。
綺羅 瑠璃(きら・るー)の隊もまた、時間稼ぎのための囮を演じていたのである。
「瑠璃将軍。追手は壊滅……も、申し訳御座いませぬ」
「……以後深追いはしなくていい。今頃……ふふ、ふ」
瑠璃は、きらっと瞳を光らせた。
その間に、ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)の部隊はカラスの指示に従い、鋼鉄の獅子の後方に回ろうと進軍していた。
「メニエス様に裏で動いてもらうのは心苦しいですが、仕方ありませんわね。
だけどおかげで、(ぎゃあぎゃあ煩い奴らではあるけど)敵に見つからずに進めていますわ。」
……あれですね? 獅子の仮設陣地。しかも設営中……」
ミストラルは、不敵に笑んだ。
「全力で潰しにいかせてもらいますわ!
……はぁっ?! な、何が起こったのか?」
繰り出した兵の先頭集団が消えて、後続がばたばたと倒れる。
金住健勝(かなずみ・けんしょう)が敵襲に備えて仕掛けた落とし穴であった。食糧の空き缶や破損した物を使用し即席に作られた鳴子が響く。
「敵襲!」「敵襲だ!」
弓矢が降り注ぐ。
「おのれ……!
怯むな?! わたくし達には、援軍が来る。これは勝ち戦だ!」
ミストラルは自軍の士気を高めると共に、敵にもそう聞こえるように言い放った。メニエス様……!
*
金住必死の防衛に獅子の奮迅も加わり、互角の勝負。ミストラル、瑠璃は、一時兵を下げた。
ラハエルの設営は無事、完了。これで拠点は確保できた。
吊り橋の付近に敵が集結し始めたため(ジャレイラが戻ってきた、とも)、付近を守備していたシルヴァ、ルインの隊も、自拠点側へ移動。
「橋は守り易いし、終わったら一息付けるね、頑張ろ」
ルカルカの気配り通り、橋を守った兵らに、ルカ常備のチョコバーが配られた。「やっぱり、チョコバーはおいしいですね♪」「チョコバーがないとやってられないかな、かなっ☆」
谷の中央付近、テング山とテント山の敵側警備は、物々しいものだった。この周辺が、ひとまず教導団と黒羊軍との衝突の前線になる。
テング山には天霊院の隊が上りつつある状態で、裏手には、テング勢も集結しつつある。
夏侯淵が、陣地に次々と状況や戦況の報告をもたらす。李少尉が救助された、との報も入った。
陣舎では、レオンハルトとダリルが、今後を思索しているのだった。
「南方も不安定だし、当分寧日はこんなぁ」
南部戦記全体の流れを思うダリル。
「ふむ。南方か」
舎からは、東河の流れが見える。
南方では外交が行われ、遡れば水軍がここと同じく戦闘状態にある筈。
「淵。少し、休めばどうか?」
「ああ。ありがとう」淵は、自分が休むよりもまず、と、馬達に餌を与えに行った。
馬は好きだ。戦の高揚を落ち着かせてくれる……。テング山・テント山の方に、重たい雲がとぐろを巻いてかかっているのが見える。
「……。はっ? ラハエル」
「ああ、淵? 隊長は……」
「陣舎の中に。
……どうしたんだろ?」
陣舎には、レーゼマンも来ていた。
「何? 救護班長のロザリンド殿がいなくなっているだと?」
更に、急報が入る。
吊り橋の向こう岸に、゛ジャレイラ゛の旗が。
「!」「ジャレイラ……」
「来たか。いよいよ、この東の谷も決戦が近いな」