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リアクション
第15章 北伐 環七北/24時頃
一台の軍用バイクが、“環七“を北方面から下り、さらに北方の工業団地へと向かっていた。
ハンドルを握るのは学ラン姿に木刀を背負った猫井 又吉(ねこい・またきち)、サイドカーに座るのは国頭 武尊(くにがみ・たける)。リアには旗が立てられて、“鬼摩久野獣会(キマクヤジュウカイ)“の刺繍が入れられている。
ふたりの表情が、いつになく厳しいのも当然だろう。彼らは今から“殴りこみ(カチコミ)“に行くのだ。自分の立場だけではなく、“鬼摩久野獣会(キマクヤジュウカイ)“の“看板“を背負っての“殴りこみ(カチコミ)“だ。
相手は“環七“北部最大の“暴走族(チーム)“、そして“環七“きっての武闘派である“空狂沫怒苦霊爾夷(クウキョウマッドクレイジー)“。抱えている“兵隊“は、既に60を数えるという。
一方、“鬼摩久野獣会(キマクヤジュウカイ)“はたったのふたり──
(──?)
不意に、武尊が空を見上げた。
「どうした、相棒? 空からパンツでも降ってきたか?」
ハンドルを握る又吉が訊ねると、「違げぇよ、もっとイイものだ」と答えながら携帯電話を取り出した。
電話番号を入れ、しばしの呼び出し音の後、「はい」と出てきたのはガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)だった。
「こちら国頭武尊だぁ。元気でやってるかい、ガートルード?」
「何の用です? 私は忙しいんです、要件は手短にお願いいたします」
「そっちのその“忙しい“って用事は、ひょっとしたら“空狂沫怒(クウキョウマッド)“への“殴りこみ(カチコミ)“かい?」
「……今、どこにいるのです?」
「下見てみろよ。猫が“転“がしてる軍用バイクがあるはずだぜ?」
武尊が電話をかけながら、空に向かって手を振った。
ややあって、真っ暗な空からこちらに向かって、小型飛空挺アルバトロスが迫ってきた。乗っているのはガートルードと、そのパートナーのシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)。
又吉が口笛を吹いた。
「よく見つけられたなお前。ずいぶん眼がいいんだな?」
「愛だよ、愛。俺はガートルードのファンなんだ」
「ごきげんよう、国頭さん、猫井さん! 意外な所で出会いますねぇ?!」
ガートルードが呼びかけてきた。
「おぅよ! ウチの“相棒(ツレ)“が“空狂沫怒(クウキョウマッド)“にムカついててなぁ! この先がヤツらの週末の集会場って聞いたから、ちょいと“躾(シメ)“に行くところよ!」
「話が合うのぅ、“パンツ大王“! ヒャッハァ!」
アルバトロスを運転していたシルヴェスターが、歯を剥いて大笑した。
「“堅気“に迷惑かけてる“子供(ジャリ)“には、誰かが“お灸“をすえてやらんとなぁ!」
(“お灸“程度じゃ済ませるつもりなんざねぇくせに)
又吉は、アルバトロスに積まれてある六連ミサイルポッドを見ながら苦笑した。
週末真夜中の、人も乗り物も見当たらない工業団地の道路を進んでいくと、彼方から排気音が聞こえてきた。暗闇の向こうに、不自然に集まっている光。集会の会場はあそこらしい。
(人やバイク、車の通りがほとんどないのをいいことに、広い通りの真ん中に陣取っている)
ガートルードも又吉も、事前に調査してそういう話を聞いてはいたが。
「“我が物顔(デカイツラ)“も極まれり、だな」
「同感です」
その集会会場の遙か手前に、身を隠している気配があった。三船 敬一(みふね・けいいち)とレギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)。
「オゥ。何やってんだオメーラ?」
武尊に声をかけられたふたりは、すかさず得物の魔銃や警棒を構える。が、服装が“空狂沫怒(マッド)“の“特攻服“ではない事を確認すると、武器を引いた。
「応援と、“事件(コト)“が起きるのを待っている」
敬一の答えに、又吉は首を傾げた。
「手際悪ぃな? ヤツらが集まるってのは分かってたんだから、事前に兵隊集めとけよ?」
「“空狂沫怒(マッド)“だけが“環七“の暴走族、というわけでもありませんからね」
レギーナは嘆息した。
「いつだって、人、モノ、時間は限られるんですよ」
「公僕さんというのは、不自由なものですね」
そう言いながら、ガートルードが彼方を見据える。
「応援というのはどれぐらいで揃いそうなんでしょう?」
「見当もつかん」
敬一は首を振った。
「“環七“とひとくちに言っても広いからな。みんな、自分の持ち場や目前の状況を何とかするので精一杯なんだろうが」
「……大変だなぁ、同情するぜ」
又吉が口元を歪めた。
「つまり、“事件(コト)“が起きてもすぐには対応できない、ってわけだな?」
「そういう事だ。匿名で通報はしてはいるんだが……って、ちょっと待てお前ら、何考えてる?」
「“応援(そっち)“の段取りは、そっちでやってくんな。“事件(コト)“ならこっちが起こしてやるからよ! 行くぜ、武尊よゥ!」
又吉がアクセルを吹かし、急発進した。
「そういう事です、公僕さん。そちらはそちらのお仕事を頑張って下さい……シルヴィ!」
「ほい来たぁ!」
ガートルードに急かされ、シルヴェスターもアルバトロスを発進させた。
「! ちょっと待て……! ったく!」
「空京本部! こちら“環七“北方面、三船・レギーナ組! 現在、“空狂沫怒(マッド)“会場に……!」
――数分後、彼方の光に煙と炎、排気音の中に爆発音と喚声が上がった。
──!?
ガートルードの「ファイアーストーム」、シルヴィの六連ミサイルポッドが同時に着弾した。爆炎を道案内にして、集会で群れている“空狂沫怒(マッド)“のただ中に飛び込み、突入した勢いのままで蹂躙を開始する。
「初めまして、空京“環七“北の雄、“空狂沫怒苦霊爾夷(クウキョウマッドクレイジー)“の皆様! 波羅蜜多実業高校D級四天王がひとり、ガートルード・ハーレックが謹んでパラ実流の“挨拶“に参りました! 全力で参りますのでせいぜい生き残って下さいな!」
ガートルードが高らかに宣言する中、アルバトロスのボディはガクガクと揺れる。揺れる度に、轢かれた“空狂沫怒(マッド)“のメンバーから悲鳴が上がった。
一方、同じように群れの中に吶喊した又吉らは、上げられている“チーム旗“を目指していた。
「“鬼摩久野獣会(キマクヤジュウカイ)“総長、猫井又吉だァ! “踊る“ぞ!てめーらァ!!」
行く手をふさぐ相手はバイクで脅し、それでも立ちふさがるのは木刀を振り回し、周囲から各種スキルをかけてくる相手はサイドカーの武尊がゴム弾装填ショットガンを構え「スプレーショット」で牽制する。
「あんまチョーシくれてっと“バラ肉“にしちまうぞ!?」
「黙れや“ナメ猫“ぉ!」
野太い声が、又吉に答えた。
「先にテメェの生皮剥いで“三味線“にしてやらぁ!」
──!?
正面、真っ向からバイクを走らせてくる姿。金髪の巨大なトサカ頭の下、怒りで歪んだ顔が、凶暴な眼でこちらを見ている。
「“空狂沫怒(マッド)“総長、田向井玄様よォ! 今夜の“スペシャル“は猫野郎の“血祭り“だコノヤロウ!」
「“上等“だァ! 金のトサカを“血染め“の“トーテムポール“にしてやるゼェ!」
二台のバイクは互いに全く減速することなく正面から激突し、乗っていた者達は路面に投げ出される。
最初に立ち上がったのは又吉だった。が、すかさず玄が得物の金属バットを構えて突進してくる。
突き出されるバットの勢いには迷いがない。「ランスバレスト」。咄嗟に又吉は木刀を前に出して防御の構えを取る。
インパクト。
バットの先は、木刀を粉砕した。飛び散った破片が、又吉の瞼を切る。
(くそったれ!)
玄の体に突き飛ばされ、又吉の体は再び路面に投げ出された。
「死ねやぁーーっ!」
玄の体が宙に躍った。大上段に振り上げられたバットが、又吉の頭を狙っていた。
又吉は手で周囲を探る。指先。触れる。手に馴染んでいるモノ。“そいつ“を掴み、捻る。手の先から排気音。
「だらあぁあぁぁぁッ!」
“そいつ“についた加速を殺さず、自分の体を支点にして力の限り振り回した。
降りてくる玄に、横から大きな何か。
振り回された軍用バイクの車体が、玄の体を空中で“轢いた“。
──!?
宙に舞った玄の体は地面に叩きつけられる。
振り回したバイクの勢いが、又吉の体を引き起こす。アクセルは吹かしたまま。
又吉は、玄の倒れている位置を確かめると、そちらに向けて加速の乗った軍用バイクを放した。
「“不運(ハードラック)“と“踊“っちまいなぁ!」
投げ出された軍用バイクは、真っ直ぐに突っ走り、立ち上がろうとしていた玄を再び“轢いた“。
玄は地に伏して、動かなくなった。
「“空狂沫怒(マッド)“の総長は俺が倒した!」
又吉は大声で宣言した。
「環七北でデカい面していた“空狂沫怒苦霊爾夷(クウキョウマッドクレイジー)“は、たった今“鬼摩久野獣会(キマクヤジュウカイ)“がぶっ倒した! 今夜限り“空狂沫怒(マッド)“は解散! 文句があるヤツは俺が相手だ!」
その宣言で、動きを止める“空狂沫怒(マッド)“の構成員。一瞬にして静まった空気に、武尊も武器を収める。
武尊はデジカメを取り出すと、無惨な姿で地面に横たわる玄の姿を写そうとした。が、
「そいつは勘弁してくれ」
と“空狂沫怒(マッド)“のひとりに止められる。
「……ジャマすんな。お前らは負けたんだ」
「分かってる。
だが、パラ実ってのはワルの集まりだが、ワルなりの仁義はあるって聞いてるぜ?
お前等の言う通り、“空狂沫怒(マッド)“はたった今終わった。そんな事をしなくても、玄が“環七“で立ち上がる事はもうできねぇよ」
「お前は“空狂沫怒(マッド)“のナンバーツーか?」
「ついでに総長の契約相手さ。いずれこうなる事は分かってたんだがな」
「……ちゃんと躾ておけ」
武尊はデジカメを収めた。
彼方からパトカーのサイレンが聞こえ始めた。
「バッくれるぜ! 乗れや、てめぇら!」
シルヴィの声に、ガートルード、又吉、武尊はアルバトロスに飛び乗った。アルバトロスは急発進し、夜空の中に飛び出していく。
入れ違いにパトカーや白バイが駆けつけて、現場の混乱は一層ひどくなった。